佐治敬三

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佐治 敬三(さじ けいぞう、1919年11月1日 - 1999年11月3日)は、日本実業家。元サントリー会長。

目次

[編集] 経歴

[編集] エピソード

  • ACジャパン(旧:公共広告機構)の発起人として知られる。文化事業にも多く取り組んでいたが、東北熊襲発言では教養人格を疑われる事になったと同時に、自社の営業に大いにダメージを与えた。
  • 長男の佐治信忠は現サントリー代表取締役社長である(サントリーは現在でも非上場企業であり、同族経営である)。
  • 宝塚歌劇団の創団歌としても名高い「すみれの花咲く頃」を愛唱していたことで知られる。
  • 若貴兄弟のタニマチとしてしられ若乃花勝夫妻の媒酌人を勤めたり貴乃花を自社製品のCMに起用したことがある。
  • サントリーホール設計に際して、ホール形式(ワインヤード)の決定は、ヘルベルト・フォン・カラヤンの助言を受けた佐治敬三がその場で発した「ほな、そうしましょ」の一言で決まった。[1]

[編集] 関連項目

  • 東北熊襲発言 - 敬三が1988年に東北遷都論を牽制する趣旨で述べた発言だが、差別性と誤認ゆえの失言となった。

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク