デレク・アンド・ザ・ドミノス

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デレク・アンド・ザ・ドミノス
Derek and the Dominos
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基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ジャンル ブルース・ロックサザンロック
活動期間 1970年 - 1971年
レーベル ポリドール
共同作業者 デラニー&ボニー&フレンズ
オールマン・ブラザーズ・バンド
メンバー
エリック・クラプトン
ボビー・ウィットロック
カール・レイドル
ジム・ゴードン

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デレク・アンド・ザ・ドミノス(Derek and the Dominos)は、アメリカロックバンドエリック・クラプトンが在籍し、『いとしのレイラ』で知られる。

略歴[編集]

クラプトンはブラインド・フェイス解散後にアメリカに留まり、デラニー&ボニー&フレンズと活動を共にする。ここで、アメリカ南部のブルースロックサザンロックに強い影響を受けたクラプトンは、バンドからボビー・ウィットロックカール・レイドルジム・ゴードンを引き抜き、1970年に結成した。同年に、トム・ダウドプロデューサーに迎え、アルバム『いとしのレイラ』を発表した。

アルバムには、オールマン・ブラザーズ・バンドデュアン・オールマンもゲスト参加、そのスライドギターは、クラプトンと対等の存在感を示した。彼は、デュアンの演奏に大いに触発され、ツアーにも同行させる。同時にバンドへの正式加入を請うが、断られたことでまたメンバー間の不和が表面化する。1971年、2枚目のアルバムのレコーディング中にクラプトンとゴードンが激しい口論となったことで製作は中止され、バンドは解散した。

解散後[編集]

その後、メンバーはそれぞれソロやセッションミュージシャンとして活動していくが、クラプトンはデュアンやジミ・ヘンドリックスの相次ぐ死などから精神を病み、ドラッグに溺れ暫く音楽活動から遠ざかり、レイドルは1980年アルコールドラッグ中毒により37歳で死去した。ゴードンは70年代後半からドラッグに溺れた上統合失調症を患い、ミュージシャンとしては引退状態となる。その後、1983年に母親を鈍器と刃物で殺害する事件を起こし、殺人罪で懲役16年の判決を受け精神病院に収監される(刑期を過ぎた現在も入院しているため、事実上の終身刑である)などした。

メンバー[編集]

サポートメンバー[編集]

  • デュアン・オールマン - ギター

ディスコグラフィー[編集]

オリジナルアルバム[編集]

編集盤[編集]

  • In Concert(1973年)
  • The Layla Sessions: 20th Anniversary Edition(1990年)
  • Live at the Fillmore(1994年)

シングル[編集]

  • Tell the Truth/Roll It Over(Atco Records, 1970年)
  • Layla/Bell Bottom Blues(Polydor Records, 1970年)
  • Layla/I Am Yours(Atco Records, 1971年)
  • Bell Bottom Blues/Keep On Growing(Polydor Records, 1971年)
  • Bell Bottom Blues/Little Wing(RSO Records, 1973年)
  • Why Does Love Got to Be So Sad [live]/Presence of the Lord [live](RSO Records, 1973年)