ディッキー・ベッツ

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Dickey Betts
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基本情報
出生名 Forrest Richard Betts
別名 Dickey
出生 1943年12月12日(71歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国フロリダ州ウェストパームビーチ
ジャンル サザン・ロックカントリーロックブルース
職業 ミュージシャンソングライター
担当楽器 ギターボーカルドブロ・ギター
活動期間 1960 - 現在
共同作業者 オールマン・ブラザーズ・バンド
Dickey Betts & Great Southern
Dickey Betts Band
公式サイト Official website
著名使用楽器
1961 Gibson SG
Goldie

リチャード・ベッツ(通称:ディッキー・ベッツ、本名:Forrest Richard Betts1943年12月12日 - )アメリカミュージシャンギタリストシンガー。アメリカのロックバンド、オールマン・ブラザーズ・バンドのオリジナルメンバーとして有名。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第58位、2011年の改訂版では第61位。

経歴[編集]

1943年、フロリダ州ウェストパームビーチ出身。アマチュアのフィドル奏者であった父の影響で5歳の時にウクレレを始める。ブルーグラスやアイリッシュフォークソングを好み、その後バンジョー、マンドリン、ドラムといろいろな楽器を経て10代前半でギターを始める。最初のギターはStella製アコースティックギター。ベッツにとって最初のギターヒーローは、デュアン・エディーであった。その後B.B.キングなどのブルースに傾倒する。17歳になるといろいろなバンドで演奏し各地をツアーで回るようになる。

その後ジャクソンヴィルに移住。ベーシストのベリー・オークリーと一緒にセカンドカミングというグループで活動する。1969年ベリー・オークリーと共に参加したセッションでデュアン・オールマンと出会う。直後にオールマン・ブラザース・バンド結成。ベッツはデュアンとツインリードギターを構成する。またメインのソングライターとしても活躍し、初期の楽曲「リバイバル」「エリザベス・リードの追憶」等を世に送り出す。

1971年に事故でデュアン・オールマンが他界。バンドのリーダーであり絶対的な中心人物を失ったオールマン・ブラザーズ・バンドは存続が危ぶまれる。しかし代わってリーダーとなったベッツが強力なリーダーシップと豊かな音楽性を発揮する。ギタリストを追加せずソロギタリスト体制で活動することとなり、製作途中であったアルバムを完成させバンドの活動を軌道に乗せる。

1973年にはサザンロック屈指の名盤「Brothers And Sisters」がリリースされ、全米アルバム・チャートNo.1を記録した。このアルバム収録のベッツがボーカルをとった"Ramblin' Man"はバンドの最大のヒット曲となった。またベッツの作曲センスが際立っている"ジェシカ(Jessica)"はサザンロックを代表する名インスト曲となった。

1976年グレッグ・オールマンとベッツの不和からオールマン・ブラザーズバンドは解散する。ベッツはDickey Betts & Great Southern を結成した。

1989年オールマンブラザーズ・バンドが2度目の再結成をし、ベッツは自身のバンドにいたウォーレン・ヘインズと共に参加。2000年にオールマン・ブラザースバンドを再び離れている。

音楽性[編集]

オールマン初期にはブルースを基調としたプレイスタイルで、ライブでは長いソロを取ることも多い。特に、ライブ盤「フィルモア・イースト」での演奏はコンビを組んでいた不世出の天才ギタリスト、デュアン・オールマンに引けをとらない堂々としたものであった。また初期のソングライティングでは「エリザベス・リードの追憶」に代表されるようにジャズプログレ寄りの作風がオールマンの音楽性の幅を広げるのに貢献した。

その後、次第にカントリー色が強くなり、カントリーを基本とする独特のスタイルを確立。ボーカルも担当し「グレッグはブルース系、ディッキー・ベッツはカントリー系の曲」とアルバムでもわかりやすい分担となっていた。

メジャースケールとコードトーンを多用し、ゆるやかな緩急でメロディアスにうたう独自のギタースタイルはサザンロックギターのひとつの典型となり、後世の、特にサザンロック系プレイヤーに大きな影響を与える。またオールマンのギタリストとして例外ではなくスライドギターの名手である。

ベッツ作曲の「ジェシカ」は1996年にベスト・ロック・インスト賞を受賞した。

人物[編集]

オールマン・ブラザーズ・バンドでは最年長であった彼だが、デュアン・オールマンには深い尊敬の念を抱いているようで、自分の息子に"Duaneデュアン"と名づけいている。その反面、弟のグレッグとは折り合いは悪いようで、彼との不和が原因で同バンドも3度も脱退している。

使用楽器[編集]

オールマン・ブラザーズ・バンドの初期には1961年製のギブソン・SGを使用。後に、彼はそれをデュアンに譲った。それから1957年製のギブソンレスポールGoldtopを使い始め、このGoldtopはディッキーの代名詞となった。彼はそれに「ゴールディー」という名前をつけていた。そのほかフェンダー製のギターもよく使用する。

ディスコグラフィー[編集]

ソロアルバム

  • 1974年 Highway Call (Richard Betts)
  • 1977年 Dickey Betts & Great Southern (Dickey Betts & Great Southern)
  • 1978年 Atlanta's Burning Down (Dickey Betts & Great Southern)
  • 1982年 Night (Dickey Betts)
  • 1989年 Pattern Disruptive (Dickey Betts Band)
  • 2001年 Let's Get Together (Dickey Betts Band)
  • 2002年 The Collectors #1 (Dickey Betts & Great Southern)
  • 2005年 (Back Where It All Begins: Live at the Rock and Roll Hall Of Fame & Museum (DVD) Dickey Betts & Great Southern)
  • 2006年 The Official Bootleg (Live) (Dickey Betts & Great Southern)

外部リンク[編集]