スティーヴ・クロッパー

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スティーヴ・クロッパー
スティーヴ・クロッパー
スティーヴ・クロッパー
基本情報
出生名 Stephen Lee Cropper
出生 1941年10月21日(71歳)
米国ミズーリ州ドーラ
ジャンル R&B
ブルース
職業 ギタリスト
歌手
担当楽器 ギター
活動期間 1961年〜現在
レーベル スタックス・レコード
共同作業者 ザ・マーキーズ
ブッカー・T&ザ・MG's
ブルースブラザーズ
公式サイト playitsteve.com

スティーヴ・クロッパー(Stephen Lee Cropper,1941年10月21日 - )はアメリカのギタリスト。ミズーリ州ドーラ出身。フェンダー社のエレキギター「テレキャスター」及びそれを元にしたピービー社のオリジナル・モデルを愛用し、世界でも指折りのテレキャスター使いとして名を馳せる。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第36位、2011年の更新版では第39位。

経歴 [編集]

9歳時にテネシー州メンフィスに家族で移住。10歳の時に初めてエレキギターに触り、14歳で自分のギターを手に入れる。やがて結成したバンド「ロイヤル・スペーズ」は、「ザ・マーキーズ」に名前を変え、スタックス・レーベルの専属バックバンド (当時のソウルミュージックは歌手以外の演奏者を殆どのレコードで使い回していた) となった。これが1958年頃のことではないかとされている。ザ・マーキーズにはドン・ニックスドナルド・ダック・ダンウェイン・ジャクソンも加わっていた。このバンドからスピンオフしたのがメンフィス・ホーンズパッカーズブッカー・T&ザ・MG'sである。

スティーヴ・クロッパーがブッカー・T&ザ・MGズとしての活動を開始したのは1962年であった。このバンドは1960年代を通してスタックス・レーベルで数多くのレコード制作に関わることになる。オーティス・レディングサム&デイヴアルバート・キングジョニー・テイラーエディ・フロイドステイプル・シンガーズウィルソン・ピケットなどである。こうして押しも押されもしない売れっ子となった彼は、1969年にはソロ・アルバムWith a Little Help From My Friendsも発表している。

しかしスタックス・レーベルが看板スター、オーティス・レディングの死や主要スタッフの離脱で勢いを失うと、スティーヴもレーベルを離脱。ジェリー・ウィリアムスらとともに自らのプロダクションTrans-Maximusを設立して、様々なミュージシャンのアルバム制作に関わってゆく。この時期に彼が関わったのはジェフ・ベックリンゴ・スタータワー・オブ・パワーホセ・フェリシアーノジョン・レノンらである。

1975年にスティーヴは活動拠点をメンフィスからロサンゼルスに移す。ここで彼はドナルド・ダック・ダンやブッカー・T・ジョーンズらとともにMG'sを復活させようと動くが、アル・ジャクソンの急死によりこれは頓挫する。1977年にはリヴォン・ヘルム&RCOオールスターズの一員としてダック・ダン、ポール・バターフィールドらと共に来日。1978年にスティーヴはブルース・ブラザーズ・バンドに参加。出演した映画も大ヒットする。

1991年に活動拠点をナッシュビルに移す。1992年にダック・ダンやブッカー・T・ジョーンズと共に、忌野清志郎のアルバム「Memphis」に参加。同年には、清志郎の日本武道館公演にも参加し、ブッカー・T&ザ・MG's、オーティス・レディング、RCサクセション等の曲もプレイ。この模様はライヴ盤「Have Mercy!」としてCD化された。1998年に映画「ブルース・ブラザース2000」に出演。

2008年にはラスカルズフェリックス・キャヴァリエとの共作Nudge It Up a Notchを復活したスタックス・レコードよりリリース。2010年にキャヴァリエとの第二弾目としてMidnight Flyerをリリース。

2011年、Royal Sons Quintetを前身とするThe Five Royales のトリビュート・アルバムDedicated429レコードよりリリースした。

フィルモグラフィー(音楽映画出演) [編集]

外部リンク [編集]