ジェフ・ベック
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| ジェフ・ベック | |
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ジェフ・ベック (2007 Crossroads Guitar Festivalにて)
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| 基本情報 | |
| 出生名 | Geoffery Arnold Beck |
| 出生 | 1944年6月24日(65歳) イングランドウォリントン |
| ジャンル | ロック フュージョン ファンク |
| 担当楽器 | ギター |
| 活動期間 | 1962年〜現在 |
| レーベル | EMI エピック・レコード |
| 共同作業者 | ヤードバーズ ジェフ・ベック・グループ ベック・ボガート & アピス |
| 影響 | レス・ポール チェット・アトキンスなど |
| 公式サイト | www.jeffbeck.com |
| 著名使用楽器 | |
| フェンダー・ストラトキャスター | |
ジェフリー・アーノルド「ジェフ」ベック(Geoffery Arnold "Jeff" Beck, 1944年6月24日 - )は、 イギリス、サリー、ウォリントン出身のギタリスト。エリック・クラプトン、ジミー・ペイジと共にUKロック3大ギタリストに数えられる。
ローリング・ストーン誌の2003年8月号のカバーストーリー「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第14位。
目次 |
[編集] 概説
「ロックギタリストには2種類しかいない、ジェフベックとジェフベック以外だ。」とポール・ロジャースが言った(ジョン・ポール・ジョーンズが言ったとする説もある)ことが象徴するように、既存の枠にとらわれない、自由で個性的なギタリストである。各年代ごとで音楽性を変化させながらも常に新しいギターサウンドを追求する姿勢が高く評価されている。還暦を過ぎた現在でも、過去の自己コピーに陥ることなく、音楽的な挑戦を止めようとしない。周囲に惑わされることなく、あくまで自分のやりたい音楽を追求する姿勢、他に類を見ない独特の存在感から「孤高のギタリスト」としばしば形容される。
[編集] 経歴
[編集] 生い立ちと初期
ジェフ・ベックは1944年、ロンドン南方のウォリントンで中流家庭に生まれる。一家は両親と姉の四人暮らしであった。(姉のエセルとは双子の兄弟)ジェフは地元の私立小学校に入学し、12歳になるとジュニア・アート・スクールに通い始める。ロックン・ロール、ロカビリーに興味を持ったジェフは、友人から弦が三本しか張られていないガット・ギターを手に入れる。それに満足できなくなると、ベニヤ板を使い黄色いペンキを塗ったギターを作り上げた。ギターにのめり込むジェフの姿を見て、母親は25ポンドのグヤトーンを買い与えた。
16歳になるとウィンブルドン・カレッジ・オブ・アートに入学する。ジェフは学友達と最初のバンド、ナイト・シフトを結成し、ローカル・クラブへの出演を果たすようになる。1962年、エプソム・アート・スクールに通っていた姉から、同校に在籍していたジミー・ペイジのことを知らされ、意気投合する(但しペイジはヤードバーズのドキュメンタリーで、「ベックは11歳の頃から知っているよ」と話している)。まもなくジェフはアート・スクールを退学、ナイト・シフトを解散し新たなバンド、トライデンツを結成する。トライデンツで活動する傍ら、セッション・ギタリストとして様々なセッションにも参加している。トライデンツでの音源はアルバム『ベッコロジー』に三曲が収録されている。
1965年、スタジオ・ミュージシャンとしてセッションワークで多忙だったペイジに紹介される形で、エリック・クラプトン脱退直後のヤードバーズに参加する。ヤードバーズは1966年、ベースのポール・サミュエル・スミスが脱退、その後任としてペイジがベーシストとして加入。やがてベースをクリス・ドレヤと交代したペイジは、ジェフと二人でリード・ギターを担当、ヤードバーズはツイン・リード編成で活動、シングル「Happenings Ten Years Time Ago / Psycho Daises」が発表した。この時期にバンドはミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』に出演、この映画でジェフはギターを破壊している。様々な活動やツアーを行いながらも次第にメンバー間の確執が表面化し、ついにはアメリカ・ツアー時にジェフはステージを放棄し、12月中旬に健康上の問題を理由に脱退することとなる。
[編集] ジェフ・ベック・グループ
ヤードバーズ脱退後、ジェフはミッキー・モストとプロデュース契約を結び、ソロ・シングル「Hi Ho Silver Lining / Beck's Bolero」を発表する。この「Hi Ho Silver Lining」は大ヒットし、NME誌のチャートで17位を記録するが、こういったポップス路線に対してジェフは否定的な気持ちを抱いていた。その後新たなバンド、第一期ジェフ・ベック・グループを結成する。(注;「第一期」という名称は、後述の「第二期」が出来てから、双方を区別するため便宜上付けた名称である。「第一期」のアルバムの正式な名義はジェフ・ベックであり、ツアーもジェフ・ベックの名義で行われた)ジェフのリード・ギターをフィーチャーし、ヴォーカルにはショットガン・エクスプレスに所属していたロッド・スチュアート、ロン・ウッドがベース、ニッキー・ホプキンスがピアノ、エインズレイ・ダンバーがドラムスというラインアップであった。バンドはこのラインアップでシングル「Tallyman / Rock My Plimsoul」を発表するが、ほどなくエインズレイが脱退、代わってミック・ウォーラーが加入し、アルバム『トゥルース』を録音する。この『トゥルース』はわずか4日で録音された物であった。その後、ドラムスがトニー・ニューマンに交代し、セカンド・アルバム『ベック・オラ』を発表するが、メンバーの確執が表面化、バンドは活動を停止し、ロンとロッドが脱退してしまう。
その頃ジェフは、ヴァニラ・ファッジのティム・ボガート、カーマイン・アピスと接近、彼らにロッド・スチュワートをボーカリストとして加え、新たなバンドを結成する予定であったが、直前の1969年11月2日にカスタム・メイドのT型フォードを運転中ロンドン南30マイルのメイドストーンで交通事故を起こし重傷を負い、三ヶ月の入院を余儀なくされる。この出来事により、新バンドの構想は白紙となってしまう。
怪我が完治したジェフは新たなメンバーを集め、第二期ジェフ・ベック・グループを結成する。ベースにクライヴ・チェイマン、キーボードにマックス・ミドルトン、コージー・パウエルがドラムス、ヴォーカルにボブ・テンチというメンバーであった。この第二期ジェフ・ベック・グループでは第一期よりも洗練されたサウンドで、ジャズやモータウンといったブラック・ミュージックからの影響を大きく受け、それまでのブルース路線から新たな方向への転換がなされた。1971年の『ラフ・アンド・レディ』、翌年『ジェフ・ベック・グループ』を発表し、その活動も好調に行われたものの、ジェフは再びカクタスで活動していたティム、カーマインと接触、8月のアメリカ・ツアーで突如メンバーを変更、その後第二期ジェフ・ベック・グループは空中分解してしまう。
残ったティム、カーマインに加えてヴォーカリストとしてポール・ロジャース招聘を図るもこれに失敗し、結局ベック・ボガート・アンド・アピスとして活動することとなる(ベック・ボガート・アンド・アピスに関してはその項参照)。ベック・ボガート・アンド・アピスは二枚のアルバムを残し、1974年にはジェフとティムの対立から自然消滅する。
[編集] フュージョン期
翌1975年、初のインストゥルメンタルアルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』を発表。ビートルズのレコーディングプロデューサーでもあったジョージ・マーティンをプロデューサーに迎え、当時流行していたフュージョン色の濃い傑作アルバムとなった。セールス面でも成功し、インストゥルメンタルアルバムにもかかわらずアメリカでゴールドディスクを獲得。
『ブロウ・バイ・ブロウ』発表の1年後、またしても全編インストゥルメンタルの『ワイアード』を発表。 前作が丹念に作り込まれたフュージョン色の強い作品であったのに対し、ワイアードでは、ジャズ界の帝王マイルス・デイヴィスに絶賛されジェフとも親交の深いジョン・マクラフリンがリーダーの技巧派ミュージシャン集団であったジャズ・ロック、フュージョンバンドのマハビシュヌ・オーケストラに在籍していたナラダ・マイケル・ウォルデン(ドラム)やヤン・ハマー(キーボード)らを起用し、ジャズ・ロック的な要素を全面に出した非常にテンションの高いサウンドとなった。この『ブロウ・バイ・ブロウ』、『ワイアード』はジェフの最高傑作として挙げられることも多く、これらの作品以降、ボーカル入りの曲もあるものの、現在までほとんどがインストゥルメンタルアルバムであることから、ジェフベックが、ロック出身のギタリストによるロックギターインストゥルメンタルアルバムの先駆者であると言える。
1980年代に入ると、同じくヤードバーズ出身のジミー・ペイジ、エリック・クラプトンと共に、A.R.M.Sコンサートに参加し、三人が共演。エリックと共に、シークレットポリスマン・コンサートで共演。アルバム、「ハニードリッパーズ」に参加し、ジミー・ペイジ、ロバート・プラントと共演した。
1985年にアルバム『フラッシュ』をリリースする。もともとポップな音楽指向があるジェフが、それまでのスタイルから転換を図り、ナイル・ロジャースやアーサー・ベイカーをプロデューサーに迎え、ヴォーカル入りの曲を主体にして制作したアルバムであるが、内容的には満足できるものではなかった。しかし、収録曲「エスケープ」がグラミー賞の最優秀ロック・インストゥルメンタル賞を受賞し、また、「ピープル・ゲット・レディ」での旧友ロッド・スチュワートとの共演がMTV等で話題になった。
[編集] エレクトロニカ、テクノロックサウンドに接近
1989年のアルバム『ギター・ショップ』は、グラミー賞の最優秀ロック・インストゥルメンタル賞を受賞。その後は、ビッグ・タウン・プレイボーイズとのコラボレーション作『クレイジー・レッグス』の発表や、セッション・プレイヤーとしての活動はあったものの、オリジナル・アルバムはしばらく発表しなかった。そして、10年の間隔を経て1999年に『フー・エルス!』をリリース。サイドギターにマイケル・ジャクソンのツアーなどに参加した経歴のある凄腕女性ギタリストのジェニファー・バトゥンを起用し、打ち込みを多用したテクノサウンドがメインのアルバムとなった。本アルバム発表に併せて来日ツアーを行う。
10年の沈黙を破った『フー・エルス!』のリリースの僅か1年後、前作のテクノロック路線をさらに押し進めた『ユー・ハド・イット・カミング』をリリース。前年に引き続き来日ツアーを実施。来日時に久米宏がメインキャスターであったニュースステーションにも生出演し、「ナディア」(オリジナルはニティン・ソウニー)を演奏している(ただし演奏は本番前に収録したものであった)。
さらに2003年、自身の名前を冠した『ジェフ』をリリース。プロツールスを使用した大胆なドラムンベースを大幅に導入し、ギターサウンド自体も過激になっており、前2作のサウンドをさらにアグレッシヴにしたアルバムとなった。『ジェフ』の制作時59歳と還暦を目前にして、音楽的挑戦を止めないジェフの姿勢、老いることを忘れたかのような若々しい感性にファンの評価も高いものとなった。
2003年には9月にロイヤル・アルバート・ホールでのデビュー40周年記念コンサートを行う。また同年インターネット上でのみ「オフィシャルブートレグ」というかたちで、ライブ・アルバム『Live at BB King Blues Club』を販売。この作品は2005年の来日に併せて『ライブ・ベック!』のタイトルで一般発売されている。1977年以来のライブ・アルバムとなり、「フリーウェイ・ジャム」や「スキャッターブレイン」といった往年の名曲も収録されている。
2006年は世界ツアーを行い、日本ではウドー・ミュージック・フェスティバルに参加。会場で発売されていたライブ・アルバムが後に『ライブ・ベック'06』として発売された。ヴィニー・カリウタ(ドラム)など腕利きのミュージシャンを起用し、ヴォーカリストを含む曲はカットされているものの、久しぶりに(ベースを含む)バンドでのベックのプレイが楽しめる内容になっている。
現在次のアルバムを制作中である。インタヴューではリリースは「2007年の冬ごろ」と語っていたものの、まだ発売されていない。 2008年中に3枚のライヴアルバムが一気に発売される。
[編集] テクニックと機材
近年はストラトキャスターをメインで使い、そのアームの巧みな使用とサウンディング、表現力には定評がある。ワウワウペダルはライブ、スタジオ共に使用する。ジェフ・ベックの自宅で、(プライベートで)ジャムセッションを行ったことのあるCharは、「間近で見ているのに、どう弾いているのか分からなかった」と評している。
近年のライブでの奏法の特徴
- ピックを使用しない。
- エフェクターはあまり使用しない。
- ボリュームノブ、トーンノブを頻繁に調整し、ピックアップの切り替えもよく行う。ボリューム奏法も比較的多く用いている。
- トレモロアームを多用する。そのため、右手でアームを包み込むような状態のまま演奏することが多い。ビブラートをかけるためだけでなく、アームによって音程を操作する。アームを使わず、手のひらで直接ギターブリッジを振動させてビブラートをかけることも多い。
- ハーモニクスを多用する。
- タッピングを行う。
Proco Ratペダルを使っていたことがあり、それを世間に広めた。現在使っている歪み系のペダルはハンドメイドのジェフ専用オーバードライブペダルである。
シグニチュアモデルのストラトは2001年にアップデートされ、ピックアップがレースセンサーからヴィンテージノイズレスに、また50年代風の極太ネックが薄いものに換装される仕様となった。このモデルのカスタムショップヴァージョンは2004年のリリースである。
1980年代頃から、ピックを使わなくなり、フィンガーピッキングに移行している。その理由はインタビューによると「1枚のピックより、5本の指を使った方が上手く弾け、いい音が出せる」というコメントもあるし、「70年代、僕はかなり酔っぱらってる事が多くなって、ピックを落とすようになり、最後には自分の指だけで演奏するようになった。」という冗談めいた説明もある。指を使うことにより微妙なタッチの変化を付けられるようになり、プレイにトリッキーさが増したものの、過去ジェフの魅力の一つであった「スピード感のあるフレージング」「速弾き」などがかなり減ってきているのも事実である。近年のコンサートでは「スキャッターブレイン」を演奏する時だけピックを使用している。
[編集] 人物像、エピソード
- ベジタリアンである(乳製品と卵は食べる)。テレビ朝日「ニュースステーション」出演時(鍋料理を食べながら談笑するコーナー)にも、局は彼のために野菜鍋を用意した。
- 無類のホットロッド(改造車)好きであり、何台も所有している(自分で修理、改造、組み立てなどを行うことを趣味としている)。アルバム『ジェフ』の裏ジャケットにはクラシックカーを改造したホットロッドが写っている。また『ユー・ハド・イット・カミング』のジャケットでジェフの手がオイルで汚れているのは、車いじりの趣味による普段のジェフの手を再現したもののようだ。過去、自動車運転中に犬をよけようとして木に激突し鼻の骨を折り、入院したこともある。ジェフの鼻の傷はその事故によるものである。
- 寡黙な性格で、ライブ中に話すことはあまり無い。雑誌のインタビューなどでも、質問には比較的短く答え、私生活なども表に出したがらないタイプである。
- エリック・クラプトンは「ジェフは一貫した男。いつも彼の自宅に行くと、車をいじっているか、ギターを弾いてるか、どっちかだよ」と語っている。
- 2005年9月10日に当時41歳(ジェフは当時61歳)の女性と結婚している。結婚は6度目。また初婚は19歳の時だった。
- ファッションにはあまりこだわりが無いようで、タンクトップにカーゴパンツであることが比較的多い。髪型も昔からほとんど変わっていない。
- ジミ・ヘンドリックスとも交流があり、非公式のセッションをたびたび行っていたほか、ステージで共演したこともある(1968年6月)。デビューしたばかりのヘンドリックスのステージを見て衝撃を受けたジェフは「廃業を考えた」と英国BBCの音楽番組のインタビューに答えた。
- 家でギターを弾くときもアンプに通して、立った姿勢で弾く。
- なぜライブ・アルバムを出したがらないのかについては、「ライブではミスが多すぎるからね。」と語っている。
- 公式映像作品はほとんどリリースしていない。
- ドラマーのサイモン・フィリップスによれば「彼は自分では曲は書きません。彼はソロ・アーティストなんですが、音楽を創るには他の人達に依存せざるを得ないんです」
- 上述の通りCharはジェフ・ベックの自宅に訪れプライベートでセッションした事がある。ベースも上手いCharのために新品のベースが用意されており、ジェフがあまりにも一人で弾き倒すため、Charは途中でベースに持ち替えセッションを続けた。長時間セッションを続けた後、適当なところで切り上げて帰ろうとするとジェフは突然怒りだし、挨拶もせず自室にこもってしまった。帰り際、ジェフの奥さんはCharに謝罪し、「彼はいつもああなんです。」と言ったという。
[編集] ディスコグラフィ
第一期ジェフベックグループ
第二期ジェフベックグループ
- 『ラフ・アンド・レディ』 - ROUGH AND READY (1971)
- 『ジェフ・ベック・グループ』 - JEFF BECK GROUP (1972)
ベック・ボガート・アンド・アピス
- 『ベック・ボガート・アンド・アピス』 - BECK,BOGART & APPICE (1973)
- 『ベック・ボガート・アンド・アピス・ライヴ』 - BECK BOGART & APPICE LIVE (1973)
ジェフ・ベック
- 『ブロウ・バイ・ブロウ』 - BLOW BY BLOW (1975)
- 『ワイアード』 - WIRED (1976)
- 『ライヴ・ワイアー』 - JEFF BECK WITH JAN HAMMER GROUP LIVE (1977)
- 『ゼア・アンド・バック』 - There And Back (1980)
- 『フラッシュ』 - Flash (1985)
- 『ギター・ショップ』 - Jeff Beck's Guitar Shop With Terry Bozzio And Tony Hymas (1989)
- 『フー・エルス!』 - Who Else! (1999)
- 『ユー・ハド・イット・カミング』 - You Had It Coming (2000)
- 『ジェフ』 - Jeff (2003)
- 『ライヴ・ベック!』 - Live At B.B.King Blues Club (2003)
- 『ライブ・ベック'06』 - Official Bootleg USA '06(2006)
- 『ライヴ・ベック3』 - Performing This Week... Live at Ronnie Scott's(2008)
[編集] 参考文献
- ザ・ギタリスト〈下〉達人に聞くサウンドの秘密 ドン メン 編集 中山 義雄 翻訳 単行本 音楽之友社 (1996/03)
- 天才ギタリストジェフ・ベック―完全版 Shinko music mook シンコーミュージック・エンタテイメント (2005/02)

