山口冨士夫
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| 山口冨士夫 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1949年8月10日(62歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック ブルースロック ロックンロール |
| 職業 | ミュージシャン |
| 担当楽器 | ギター ボーカル |
| 活動期間 | 1965年 - |
| レーベル | Fjo-records |
| 共同作業者 | ザ・ダイナマイツ 村八分 裸のラリーズ TEARDROPS チコヒゲ |
| 公式サイト | 山口冨士夫 |
山口 冨士夫(やまぐち ふじお、1949年8月10日 - )は、日本のロックミュージシャン。
目次 |
[編集] 人物
日本人の母と、イギリス人の父の間に生まれる。しかし幼少時は孤児院で育った。
1967年にグループ・サウンズ「ザ・ダイナマイツ」のギタリストとしてデビュー。リードボーカルを務めたデビュー曲『トンネル天国』はスマッシュヒット。 しかしグループは1969年大晦日のステージで解散。
1970年代初頭、盟友・チャー坊(柴田和志)と共に伝説のバンド村八分を結成。 日本のロックバンドのパイオニアとして独自なスタイルを築く。 過激な歌詞、客に媚びないステージは後のパンク・ロックにも通じた。
1973年に「村八分」解散後はソロアルバム『ひまつぶし』を発表。
その後、「リゾート」「裸のラリーズ」「タンブリングス」「ティアドロップス」などで精力的なライブ活動を展開。
2000年以降、ソロやスリーピース編成などでライブハウスを中心に活動。
2005年に刊行された村八分時代の回顧録『村八分』はバンドのこと、自らのドラッグ遍歴まで赤裸々に語り話題に。
2007年に体調を崩して一切の活動を停止していたが、2008年11月、古巣のライブハウス原宿クロコダイルでライブ活動を再開。
数年はリハビリも兼ねた断続的なライブ活動であったが近年、新たなバンドスタイルで若者のロックイベント等にも参加し貫禄のステージをみせている。
[編集] 来歴
- 1965年 瀬川洋らと「ザ・モンスターズ」を結成。
- 1967年 「ザ・ダイナマイツ」に改名。シングル『トンネル天国』でデビュー。
- 1969年 「ザ・ダイナマイツ」解散。「村八分」結成。
- 1971年 「村八分」デビュー。
- 1973年 京都大学西部講堂にて伝説のラストライブを行う。同年このライブを収録した唯一の正式音源『ライヴ』を発表。これにより彼らの噂は全国的なものへ広がっていく。
- 1974年 ソロアルバム『ひまつぶし』をリリース。発売から10日後、名古屋市公会堂で行われたお披露目ライブは3曲のみ演奏し唐突にステージを去って客は唖然となった。
- 1975年 ルイズルイス加部らと「リゾート」を結成。
- 1979年 「村八分」を再結成。京都大学西部講堂で再結成ライブを行うも、再び自然消滅。
- 1980年 「裸のラリーズ」に参加。
- 1981年 「裸のラリーズ」を脱退。
- 1983年 『ひまつぶし』以来の作品となる20cmEP『RIDE ON!』をリリース。
- 1980年代中頃 「山口冨士夫グループ」→「タンブリングス」としてライブ活動を行う。
- 1986年 シーナ&ザ・ロケッツのアルバム『ギャザード』にギタリストとして全面的に参加。それに伴うツアーにも同行。
- 1987年 元村八分の青木真一、フールズの中島一徳、佐瀬浩平と「ティアドロップス」を結成。シングル『いきなりサンシャイン』でデビュー。
- 1988年 アルバム『TEARDROPS』をリリース。また、忌野清志郎との交流からアルバム『COVERS (RCサクセションのアルバム)』のレコーディングに参加。またこの頃、どんととの交流からボ・ガンボスのライブに頻繁にゲスト参加した。
- 1989年 アルバム『らくガキ』で東芝EMIよりメジャー・デビュー。また、忌野清志郎との共演シングル『谷間のうた』をリリース。FM東京などで放送禁止となり、忌野率いるタイマーズが「ヒットスタジオR&N」出演中に罵倒する一因となった。
- 1990年 自らの半生を語った自叙伝『So What 山口冨士夫』を刊行。しばらくの間、入手困難の希少本としてプレミアがつくが2008年に改訂新装版で復刻。
- 1991年 「ティアドロップス」が活動停止。
- 1992年 ソロアルバム『ATMOSPHERE-Ⅰ』『ATMOSPHERE-Ⅱ』をリリース。
- 1994年 「村八分」時代の盟友、ボーカルの「チャー坊」こと柴田和志がドラッグのオーバードースにより死去。
[編集] エピソード
- ダイナマイツ時代、まだ当時日本で珍しかったチョーキング奏法を逸早く取り入れ、他のプロミュージシャン達にも影響を与えた。
- 「トンネル天国」は元々リードボーカル瀬川の歌った「恋はもうたくさん」のB面の予定だったがディレクターがその場にいたファンの女の子に聞くと「トンネル天国」のほうがいいというそれだけでA面に逆転した。
- 村八分時代、眉を剃り中性的なメイクは、後に海外でも隆盛を極めるグラムロックのそれを先取りしていたとも言えるが、きっかけは山口の「ロックコンサートを総合的に見れば見世物と同じ」というノリからであった。
- 自分に黒人の血が入っていることがあまり好きではなかったが、ローリングストーンズなどが元々は黒人音楽であるブルーズがスタート地点があることを知ってから、自らの血を好むようになった。しかし、外国にはない日本のロックを目指した音楽的なスタンスも特徴的である。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] 山口冨士夫
アルバム
- 「ひまつぶし」LP/CD(1974) ※再発CDには、1974年4月20日名古屋市公会堂でのライブを3曲をボーナストラックとして収録
- 「PRIVATE CASSETE」カセット/CD(1986) ※アコースティック作品、カセットテープでのみでリリースされ、後にCD化
- 「Like a rolling stone」LP/CD(1987) ※タンブリングスからTEARDROPS結成に到る間のライブを収録
- 「ATMOSPHERE 1」CD(1992) ※2010年に「1992 Atmosphere 1 # 2」として2枚組CDで再発
- 「ATMOSPHERE 2」CD(1992) ※2010年に「1992 Atmosphere 1 # 2」として2枚組CDで再発
- 「ATMOSPHERE LIVE」CD(1999) ※1992年のライブを収録
- 「Over there」CD(2008) ※未発表テイク集
- 「みどりの中へ」CD(2008) ※未発表テイク集
- 「Fujio&CicoHige&Rei」CD(2011) ※2005年の芝公園スタジオライブを収録
シングル
- 「RIDE ON!」20cmEP/CD(1983)
DVD
- 「TUMBLINGS LIVE」DVD(2008) ※タンブリングス時代、1983~1984年のライブを収録
- 「Fujio Yamaguchi at CROCODILE 2008/11/08 LIVE」DVD(2009) ※原宿クロコダイルで行われた復活ライブを収録
[編集] TEARDROPS
アルバム
- 「TEARDROPS」LP/CD(1988) ※再発CDにはEP「いきなりサンシャシン」「気をつけろ」の5曲を追加収録、さらに2003年の再発CD「TEARDROPS~deluxe edition」は1988年のライブを追加した2枚組
- 「らくガキ」CD(1989)
- 「MIXIN’LOVE」CD (1990)
- 「LOOK AROUND」CD(1991)
- 「TEARDROPS LIVE」CD(1999) ※1991年のライブを収録
シングル
- 「いきなりサンシャシン/メロディー」EP(1987)
- 「気をつけろ/まいた種/グァテマラのインディオ」EP(1988)
- 「瞬間移動できたら/Talk To Me Baby」シングルCD(1989)
- 「谷間のうた-素敵な泉/フラフラ」CDシングル(1989) ※忌野清志郎との共演作
- 「いいユメみてね/風にとけて」シングルCD(1990)
ビデオ、DVD
- 「LOVE GUERILLA」VHS(1988) ※1988年インクスティック芝浦ファクトリーでのライブを収録
- 「TEARDROPS Special Edition」DVD(2009) ※1988~1990年のライブ、セッションなどの模様を収録
[編集] 参考文献
- 山口冨士夫「SO WHAT」 ※1990年にJICC出版局より刊行、2008年にK&Bパブリッシャーズより改訂新装版で再発
[編集] 外部リンク
- 山口冨士夫ウェブサイト - 公式サイト・本人によるブログ
- 山口冨士夫の自主レーベル - 山口冨士夫関連のCD・DVD・書籍やグッズ等を扱っている