ムーディ勝山

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ムーディ勝山
本名 勝山慎司
生年月日 1980年6月11日(34歳)
出身地 滋賀県草津市
血液型 O型
身長 171cm
方言 関西弁共通語
出身 NSC大阪校23期
コンビ名 アイスクリーム(旧・勝山梶)(2005年-2010年)
相方 梶剛(元相方)
芸風 漫談猿まわしなど
立ち位置
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー吉本興業
活動時期 2000年 -
同期 友近ガリガリガリクソンなど
過去の代表番組 エンタの神様
他の活動 歌手
配偶者 既婚(2011年より)
公式サイト 公式プロフィール

ムーディ勝山(ムーディかつやま、1980年6月11日 - )は、日本のお笑いタレントである。本名、勝山 慎司(かつやま しんじ)、滋賀県草津市出身。身長171cm。吉本興業よしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属。吉本総合芸能学院 (NSC) 大阪校23期生。

かつてはアイスクリーム(旧・勝山梶)の一員(ボケ担当)であった。ピン芸人としてムード歌謡ネタを披露する際には「ムーディ勝山」(ムーディかつやま)の名で登場していたが、そのまま正式な芸名になった。2010年6月19日をもって、梶剛とのコンビ、アイスクリームを解散した[1]。現在はピン芸人及びタレントとして活動している。

来歴[編集]

NSC入学まで[編集]

  • 福岡県柳川市に生まれ、幼い頃に大阪府吹田市に転居。さらにその後、滋賀県草津市に引っ越すことになる。草津市立新堂中学校卒業後、滋賀県立瀬田工業高等学校機械科を数カ月で中退。その後2年ほど引きこもる。
  • ひきこもりに困った母親が、何としても外に出したい気持ちでいる頃、ラジオで吉本総合芸能学院 (NSC) 募集の話を聞き、母親が資料を取り寄せ、ついに芸人の世界に足を踏み入れる。並行して滋賀県守山市内のなか卯でアルバイトをするようになり、その店で現在の妻と出会う。(2回の告白で振られるも、3度目の正直でようやく付き合う事となる。)

NSC入学からピンでのブレイクまで[編集]

  • NSC大阪校の23期生としてお笑いの道に進む。コンビ「セコンドアウト」を結成。素人名人賞で名人賞を受賞するも、間もなく解散。その後トリオ「平安京999」と結成するも再度解散。2005年にNSCでは1期上だった梶剛と「勝山梶」としてコンビを組む。
  • 2006年はじめに、笑い飯千鳥のライブにゲスト出演し、ムード歌謡ネタを初披露した[2]。実験的な目的で行ったが観客に大うけし、ネタに確信を持った[2]。同年6月、NSCやはり1期上のダイアン・津田篤宏の結婚披露宴パーティー会場にて、特技の歌を使った宴会芸として「右から来たものを左へ受け流すの歌」を披露した様子が、ヨシモトファンダンゴTVにて「ダイアン津田の結婚披露宴パーティー」という特番として放映された。これをきっかけに番組関係者からオファーが来るようになり、テレビ番組での露出が増える。ちなみに、この披露宴の司会をしていたのが勝山の後にブレイクを果たす天津木村である。
  • さらにヨシモトファンダンゴTV内の『ヨシモト∞』大阪2部若手芸人ネタコーナーにて、司会のブラックマヨネーズらの前で「右から左へ受け流すの歌」を歌いきり、それまで名乗っていた「DJ KATUYAMA」より、「ムーディ勝山」の名前が浸透するようになった。
  • 2006年から2007年にかけての年末年始特番は『オールザッツ漫才』(MBSテレビ)と『さんまのまんま2007年新春スペシャル』(関西テレビ)に出演した。勝山本人はこれがブレイクのきっかけだと語っている[3]。そして『オールザッツ漫才2006』で「右から来たものを左へ受け流すの歌」を披露した際審査員であった陣内智則らの目に止まり、陣内の結婚式2次会に呼ばれる。
  • ドッカ〜ン!』 (TBS) で初のレギュラー出演番組を獲得。「歌う工場見学先生」として製品のできる過程をムード歌謡に乗せて紹介しており、「コアラのマーチ」(ロッテ)や、「ひよ子」、「タイヤ」ができる過程を歌っていた。
  • 着うたダウンロード数は210万件以上(2007年8月9日時点)、携帯電話向けコンテンツだけで2億円以上の売上げを記録した[2]。レコード会社着営サウンドの2007年上半期着うたランキングで、ケツメイシレミオロメンなどのミュージシャンに混じって21位に入る[2]
  • 2007年には、前川清が歌う「そして神戸」のコーラスとしてNHK紅白歌合戦への出場を果たした。
  • 全盛期の月収は640万円で、目黒にあった家賃27万円のマンションに住んでいた[3]

一発屋へ[編集]

  • しかしその後は出演番組が減り、収入も激減。一発屋芸人とも呼ばれるようになる[4]
    • イメージチェンジを図るためチャームポイントである髭を剃った。テレビ局から用意された付け髭をしていたこともある[5]ダンディ坂野と間違われたこともある[5]
    • 仕事が無い時は公園で1日を過ごすことが多かった。そこで毎日仕事に行くフリをしてハトにエサをやって時間を潰していた[5][6]。1か月全く仕事が無かったこともあり、着うたダウンロードの収入で得た貯金を切り崩して生活していた[5]
    • 2009年当時週4 - 5日はオフで、着うたの収入を切り崩して生活していた[5]。また『エンタの神様』の番組公式サイトに掲載されたネタ後トークでは2008年に発売したDVDが数百枚しか売れなかったことを告白した[7]
    • ある月、マネージャーからスケジュール表が送られて来なかった。怒ったムーディはマネージャーに「今月の予定立てられへんから、今すぐFAXで送れ!」と電話、FAX用紙をセットして数秒後にFAXが起動してデータを受信すると、白いFAX用紙が真っ白なまま出てきた。
  • ケンドーコバヤシの「右肩下がり軍団」の筆頭若頭であり、メンバーには若井おさむネゴシックスがいる(RGも候補だったがメンバーから外れていた)。
  • 現在のライバルは同じ一発屋のポジションの奪い合いでレイザーラモンHG藤崎マーケットである。
  • 2013年現在は、地方の番組でレギュラーを得ている。レイザーラモンHG、三瓶楽しんご天津木村と5人で結成した「再生可能ボーイズ」としての活動もある[5]
  • 2009年6月、アメリカ映画『レスラー』のイベントにおいて仕事が月に4日の時があると語った。
  • 2010年に『100日劇場』の企画で猿回しに挑戦し、同年3月14日放送の『笑点』に「ムーディ勝山&生太郎」として出演した。
  • 最近[いつ?]ではマネージャーが自身も含めて100組の芸人をまとめて担当するようになった。ある日、家で寝ていたら突然マネージャーから電話があり、「ムーディさん、すいません。今、ムーディさんが出演する予定のラジオの生放送が流れてます!」と言われたことがある。
  • 100組満員の単独ライブのチケットが1週間で3枚しか売れなかったことがある。手売りしようと自身でチケットをコンビニエンスストアで2枚購入すると、通し番号が「4、5」だった。その3日後に再び2枚購入すると今度は「6、7」だった。さらに2日後に購入すると、2番目に買った人がキャンセルしたため「2」が出てきた。
  • 「アメトーーク」の「小忙しい芸人」では日本各地あちこちの舞台に行かされる事を愚痴る出演者に対して一言物申す「無忙しい芸人」として出演、そこで唯一のレギュラー番組だった「ムーディ勝山の好きです!かつしか」(葛飾FMで放送されていた5分番組)が2012年4月を以て終了したことを明かした[8]
  • 家が近所で先輩でもある麒麟川島明からは、週に3、4回のペースで食事に誘われるが、(ヒマなことが多いため)1度も断ったことがないと言う。銭湯にもよく一緒に通い、「恋人のようにいつも一緒にいる」とも言われている[9]

芸風[編集]

ピンでの芸風[編集]

  • 現れると自己紹介と「自作のムード歌謡をお聞かせします」との挨拶を述べ、「ミュージック、スタート!」の声と共にムード歌謡風のネタをア・カペラで歌う。
  • 外見的な特徴は、横に伸ばしたちょび髭。服装は常に白いタキシードと黒の蝶ネクタイ、髪型はポマードを付けたような横分けで、右手に金色や銀色等の派手な色のマイクを持っている。左手を腰のあたりで肘を曲げ拳を握ったポーズをとり、真顔で一点を注視したまま持ち歌(ネタ)を披露する。しかし現在は髭を剃っている(後述)。
  • 大した意味はないが、聞いている側がツッコミを入れずにはいられないような表現の歌詞で、歌の最後には必ず「♪あ〜あ〜(この)○○○〜」というフレーズが入る(○○○には演歌・歌謡曲のタイトルや歌にありがちな(しかし直前までの歌詞には全く関連しない)地名が入る(※ 具体例:東京砂漠鳥取砂丘神戸ポートピアランド、横浜ベイブルース、知床半島諏訪湖祭り、他)。

猿まわし[編集]

ムディ川淳二[編集]

人物・エピソード[編集]

  • 2011年8月21日、上記にもあるなか卯のバイト時代から9年間交際している29歳の一般女性との結婚を発表。25日に婚姻届を提出。2013年10月27日に、第一子である男の子が誕生した[10]
  • ムード歌謡ネタが出来たきっかけは、掃除をしたり、部屋の模様替えで家具を“右から左に”とやっているうちに適当に口ずさんで、メロディーも歌詞もそのまま出来たのが始まりである[11]。その後、これがきっかけで出来た『右から来たものを左へ受け流すの歌』を、NSCの1期先輩のダイアン・津田篤宏の結婚披露宴で初めて披露した[12]
  • 学生時代は野球部に所属。
  • ファンクラブにも入っていたほどのMAXの大ファンである。特にお気に入りはNana。2007年8月15日、『ジャイケルマクソン』 (MBS) にて共演を果たし、披露したムーディソングで、史上初、右から来たMAXを受け止めた。
  • aikoの大ファンでもあり、素人時代に彼女が司会をつとめるラジオ番組にリクエストをしたことがある。ただし単なる曲のリクエストではなく、aikoと口じゃんけんをし、あいこ(名前にちなんだ洒落)になると15秒間会話が出来る権利を獲得するというコーナーだった。
  • 2009年8月『なべあちっ!』にて、怖い話DVDとともにムーディの寒い話を披露している。
  • 2009年暮にインフルエンザに罹り、年末の仕事に支障を来し相方とともに『オールザッツ漫才』に出場予定だったのを休むのを余儀なくされ梶のみが「アイスクリーム梶」として出演していた。
  • 2009年8月25日に開催されたニュージーランド航空の「ニュージーでつくろう、ニュー・ジブン。」キャンペーンのイベントにおいて、「ニュージー勝山」(ニュージーかつやま)へ改名を宣言した[13]が、これはあくまで「ニュージーランドでのワーキング・ホリデーに参加して新たな芸風を手に入れた」というキャンペーン内における設定であり[14]、実際には改名していない。

持ち歌[編集]

歌詞のレパートリーは10近くあるが、基本的にメロディはほとんど同じで、城みちるの「イルカに乗った少年」に似たものである。なお、ネタは携帯に吹き込んで作っているという。

右から来たものを左へ受け流すの歌
フルコーラスバージョンでは6分程の長さがある。勝山はタイトルを「右から左へ」と略されることにとても不満を感じているというが、自分自身も直前にイントロを忘れてしまい、近くにいた芸人に確認するなど、案外いい加減な扱いをしている。
本人曰く、「歌のタイトルには、みなさんも悲しみや不安を受け流して欲しいという意味合いがある」[15]
2007年5月16日以降iTunes Storeでも販売されている。またカラオケにも収録されており、「ミュージック、スタート!」「CHARA CHA CHA CHARA CHA…」なども全て歌詞とされている。
上から落ちてくるものをただ単に(ただただ)見ている男の歌
2006年11月3、4日にヨシモトファンダンゴTVにて放送された『ヨシモトファンダンゴTV6周年特番 29時間生TV』の中の「baseよしもと男芸人祭り」にて披露。2006年の『オールザッツ漫才』にて司会の陣内智則から無茶振りをされた際に歌詞ができた。
数字の6に数字の5を足したの歌
カレーライスがすごくおいしいことを知ってほしい歌
2日前から後頭部に違和感がある男の歌
2007年3月18日放送分『爆笑レッドカーペット』にて初披露。他に「後頭部に違和感がある男の歌」などもある。これは勝山自身のことを歌った歌である。
37歳の歌
2007年2月『メッセ弾』にて、メッセンジャー黒田の37歳の誕生日を祝って、あいはらビッキーズ須知を前に歌ったもの。
嫁はんがチョイスしたシャツを着てるの歌
犬井ヒロシとのコラボ。バッファロー吾郎木村について歌ったもの。
窓から虫が入ってくるのを気にしない女の歌
19時に始まり21時半に終わる披露宴の歌
2007年5月30日、陣内智則・藤原紀香の披露宴で披露した歌。
窓から虫が入ってくるのを気にしない歌
死相の歌
『ロンドンハーツ』2007年7月3日放送分、名物企画「格付し合う○○たち」でこの芸人の子供は産みたくないランキングの一般女性ランクワースト2に自分が入った際、理由に「死相が見えそう」というのがあり、逆にこれをネタにしたもの。その結果、次長課長河本準一宮川大輔などから不興を買った。
ただ単にキノコの事を歌った歌
ネタ帳に記載されていた歌。『リンカーン』の企画「芸人ネタ帳検問」(2007年7月17日放送分)において披露され、雨上がり決死隊より「OK」の判断を与えられる。
100万円の歌
『エンタの神様』にて披露した曲(2007年7月21日放送分より)。他の曲とはメロディなどが異なり、最後は他の曲のような最後の締めの歌詞が「フフッフ〜」になっている。なお、この曲と同じメロディの曲は間奏としてイントロと同じメロディの口笛が入るが、音が外れている。
ポッポの歌
『エンタの神様』で披露した曲(2007年8月11日放送分より)。メロディは「100万円の歌」と同じ。画面右上に表示される曲名は初め「汽車の歌」と表示されていたが曲の途中で「ポッポの歌」に変更されている。最後の締めの歌詞はない。
もう少ししたら寝返り打ちますの歌
『エンタの神様』で披露した曲(2007年9月15日放送分より)。メロディは「右から来たものを左へ受け流すの歌」と同じ。
フトンの歌
『エンタの神様』で披露した曲(2007年11月3日放送分より)。メロディは「100万円の歌」と同じ。
「頑張る」の歌
『エンタの神様』で披露した曲(2007年12月1日放送分より)。メロディは「100万円の歌」と同じ。
パを抜いて言ってみての歌
『エンタの神様』で披露した曲(2008年1月26日放送分より)。メロディは「100万円の歌」と同じ。
2より3が面白いの歌
『エンタの神様』で披露した曲(2008年5月24日放送分より)。メロディは「右から来たものを左へ受け流すの歌」と同じ。

出演番組[編集]

テレビ[編集]

バラエティ[編集]

ほか多数

テレビドラマ[編集]

CM[編集]

ラジオ[編集]

DVD[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ アイスクリーム 梶の「かじつよし日記」 (2010年6月20日). “解散” (日本語). 2010年6月21日閲覧。
  2. ^ a b c d 「短くなければもうウケない?ショートネタ芸人がお笑い界を変える!」、『日経エンタテインメント!』第11巻第17号、日経BP社、2007年11月、 pp.53。
  3. ^ a b ムーディ勝山 全盛期の月収640万円、家賃は27万円だった”. NEWSポストセブン (2013年1月5日). 2014年7月6日閲覧。
  4. ^ ムーディ勝山、月収14万へと転落! 第一子誕生も、スケベすぎて離婚危機?”. cyzo woman. サイゾー (2013年11月2日). 2014年7月6日閲覧。
  5. ^ a b c d e f ムーディ勝山 仕事激減しダンディ坂野と間違われてつらい”. NEWSポストセブン (2013年1月3日). 2014年7月6日閲覧。
  6. ^ “ムーディ勝山が“ニュージー勝山”に改名宣言! 「嫌な思い出の方が増えてきたので」”. ORICON STYLE (オリコン). (2009年8月25日). http://life.oricon.co.jp/68646/full/ 2014年7月6日閲覧。 
  7. ^ AFTER TALK 2009年4月18日(土) ムーディ勝山”. エンタの神様 番組公式サイト (2009年4月18日). 2014年7月6日閲覧。
  8. ^ 2012年3月8日(木)「アメトーーク!」- 汗水たらして働くよ 小忙しい芸人!!-”. gooテレビ (2009年4月18日). 2014年7月6日閲覧。
  9. ^ 眞鍋かをり熱愛報道 元恋人の麒麟・川島明が頼りにする人物”. NEWSポストセブン(元記事・女性セブン2012年3月29日・4月5日号) (2012年3月15日). 2014年7月6日閲覧。
  10. ^ “ムーディ勝山に第1子“まーくん”誕生「仕事を下さい!」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年10月30日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/10/30/kiji/K20131030006914950.html 2014年7月6日閲覧。 
  11. ^ ムーディ勝山 全盛期の月収640万円、家賃は27万円だった”. NEWSポストセブン(exciteニュース) (2013年1月5日). 2014年7月6日閲覧。
  12. ^ ムーディ勝山、月収14万へと転落! 第一子誕生も、スケベすぎて離婚危機?”. サイゾーウーマン(exciteニュース) (2013年11月20日). 2014年7月6日閲覧。
  13. ^ オリコン (2009年8月25日). “ムーディ勝山が“ニュージー勝山”に改名宣言!? 「嫌な思い出の方が増えてきたので」” (日本語). 2009年8月26日閲覧。
  14. ^ ニュージーでつくろう、ニュー・ジブン。
  15. ^ 教えて!スポニチより。

外部リンク[編集]