高崎晃

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高崎 晃
基本情報
別名 タッカン
スージー
出生 1961年2月22日(53歳)
出身地 日本の旗 日本,大阪府大阪市
血液型 A型
ジャンル ヘヴィメタル
ハードロック
職業 ミュージシャン
担当楽器 ギター
活動期間 1977年 -
レーベル 徳間ジャパン(LOUDNESS)
ランティス(レイジー)
共同作業者 LOUDNESS
レイジー
公式サイト Takasaki.net: Unofficial
著名使用楽器
ESP Signature Series
Killer Guitars

吉田拓郎[1]
クリーム[2]
リッチー・ブラックモア
エドワード・ヴァン・ヘイレン
ゲイリー・ムーア
マイケル・シェンカー
ジミ・ヘンドリックス
マイルス・デイヴィス

高崎 晃(たかさき あきら、1961年2月22日 - )は、大阪市東住吉区出身のミュージシャンギタリスト明治大学付属中野高等学校定時制卒(大阪府立藤井寺高等学校から編入)。

ヘヴィメタルバンドLOUDNESSギターを担当している。 愛称は「タッカン」。レイジー時代からのファンからは当時のニックネームの「スージー」と呼ばれることもある。 身長168cm。

来歴[編集]

中学生(大阪市立田辺中学校)の頃から、兄の影響でアコースティックギターに触るようになり、始めて2か月経つと、ギターを弾きながらハーモニカを吹くようになるまで上達したらしい。その後、エレキギターも始め、高校では「あの学校にはすごいギタリストがいる」と噂になっており、学校の一室で彼のテクニックを見た一人が、学校の先輩でもある樋口宗孝と言われている。

1973年には、同級生の影山ヒロノブ田中宏幸らとロックバンド「レイジー」を結成しギターを担当、1977年にデビュー。本来の路線とは異なるアイドル路線での活動には不満があったが、勉強のために真剣に取り組んだという。影山からは「ああいう曲を踊りながら弾けるのはタッカンと宏幸くらい」「アイドル路線でベーシックな部分を学んでいるため、他のメタル出身のギタリストとは何かが違う」と言われている。

1981年にレイジーが解散。同じくレイジーのドラマー樋口宗孝と共に、ヘヴィメタルバンドを結成。当初は名前が決まっておらず「高崎晃プロジェクト」と呼ばれていたが、その後「LOUDNESS」に決定、同バンドのギタリストとして再デビュー。LOUDNESSは、メンバー交代の多いバンドであるが、高崎はデビュー時から在籍している、唯一のオリジナルメンバーである。

また2000年からは個人プロジェクト「JI-ZO」(じぞー)を立ち上げ、作品を発表している。2001年にはテレビアニメジーンシャフト』の音楽を担当、劇伴を作成した他、オープニング、エンディング曲を担当した。

タッピング奏法を駆使したその高度な演奏技術は、1980年代初頭のヘヴィメタル界では世界的にも群を抜いており、ポール・ギルバートなど、多くの技巧派ギタリストに影響を与えた。

ギターの腕だけでなく、ベースやドラムの腕もあり、特にベースにおいては、元LOUDNESSのベーシストである沢田泰司柴田直人に「俺より上手い」と言わせる程の腕を持っており、個人プロジェクト「JI-ZO」ではレコーディング時に全てのパートを演奏している。

2006年2月、80年代末〜90年代初期頃に盗難にあったギターがYahoo! オークションに出品されるというハプニングがあり、高崎本人だけでなくキラーギターズまで巻き込まれる騒動になった。結果的には盗難されたギターではなかったそうだが、出品者の「高崎晃本人から譲り受けた」と書いたコメントを見た高崎が「(他人に)好きなギターを譲るほどお人好しじゃない」と自身のブログで発言していた[3]。 しかし、同じ大阪出身、同い年でかつての事務所の後輩であり親交のあるB'zのギタリスト松本孝弘には、自分自身のキラーのKG-PRIMEを譲り、松本からはギブソン製の"Tak Matsumoto"ダブルカッタウェイを譲り受けた、という話もある[4]

人物・エピソード[編集]

  • 高崎のギタープレイに関して、過去にUSツアーに同行した事がある森昌行(現オフィス北野社長)は、「彼くらい激しく弾きながら、リズムもメロディも感じさせるギタリストは少なかった気がするんですよ、あの時代。だから、あれはあれで認めていました。嫌になるくらい上手かった。」と評しているが、90年代以降にジミ・ヘンドリックスの影響を受けた事に関しては「ジミヘン体験するの遅すぎ!」とコメントしている[5]
  • とあるLOUDNESSのライブ終演後、二井原実の子供がステージ袖で待っており、それを見た高崎が、ステージ衣装(カツラと青いアイコンタクト)と汗だくで裸という姿で声を出して、脅かしたことがある。
  • レイジー時代に出演していたテレビ番組の中で、来日していたケンタッキーフライドチキンの創設者のカーネル・サンダース自身が手作りしたフライドチキンを食べたことがある。信じられないほど美味しかったらしく、時々その話をケンタッキーフライドチキンの店内で待ち時間に店員にすることがある。ある時それをしたところ、店中が大騒ぎになったという。
  • LoudPark09にて、LOUDNESSのライブ終了後に機材の後片付けをしてると、メガデスデイヴ・ムステインが近付いて来て「昔からアキラタカサキの大ファンなんだ! よかったらピックをくれないか」と言われ、驚きながらもピックをあげると、お返しにメガデスのピックを沢山貰った。2日後の大阪でのメガデスのライブにてゲスト出演し、「Symphony of Destruction」を演奏した。また、「SUMMER SONIC 2014」大阪会場でのメガデスのライブにも、ゲスト出演している。
  • 近年は動画サイトで過去のレイジーやLOUDNESSのライブにおける自分のプレイを再見して、自らのギタープレイの矯正に役立てている。

機材[編集]

ギター[編集]

レイジー時代は、ギブソン社のフライングV(75年製)を使用しており、レイジー解散直前から、初期LOUDNESS時代のトレードマークとなるナビゲーター(ESP)のランダム・スターを使用。ピックアップはフロント、リアと共にESPのLH-200を使用しており、アームは当時ESPから発売されていた「フリッカー」(ファインチューナー無し)をベタ付けで使用していた。84年頃からランダム・スターのネックをローズウッドからアタックの強い音が出せるメイプルに交換。以後高崎の使用するギターにはメイプルネックが採用されることが多くなった。87年頃よりキラーギターを製作開始し、88年には本格的にキラーを使用。トレモロアームも、フリッカーからフロイド・ローズに変更(最初期のキラーギターのデフォルトのトレモロユニットはウィルキンソンだった。)。80年代末〜90年代中期頃までは使用されたピックアップは、キラーの「ダイナバイト」、ディマジオの「HS-3」等様々なピックアップを使用していた。また、トレモロアームをフローティングするようになったのもこの頃である。現在は、キラーギターとランダムスターも使用しており、ピックアップはセイモア・ダンカン、トレモロはフロイド・ローズが基本装備となっている。

レコーディング時においては、フェンダー社のストラトキャスターも使用しており、こちらは主にクリーントーン用。また、世界に3本しかないと言われているギブソン社の12弦レスポールも所有しており(そのうちの1本は、スラッシュが所有している)、こちらもレコーディングで使用されることもある。

その他には、元ツイスト松浦善博から譲り受けた58年製のレスポール、54年製のストラトキャスターと言ったプレミア物のギターを所有している。[6]

主に使用されたギター[編集]

ギブソン・フライングV(1970年代 - 1980)
レイジー時代のメイン。コントロールを1ヴォリュームのみに改造し、ピックアップセレクターも大型の物に交換。一説によると、日本のテレビで初めてフライングVを抱えて映ったのが高崎であるとも言われている。
ESP(ナビゲーター)ランダム・スター(1980 - 1987)(2001 -)
レイジー末期から使用。メインで使われていたミラ・ーピックガード付きのギター(レッド)には、メイプルネックで指板はローズウッド、ボディにはアルダー、トレモロアームにはESPのフリッカーをベタ付けでセッティング。ピックアップはESPのLH-200。
キラー Prime(1988 -)
1987年末に完成したプロトタイプは、黒色のボディにピックアップが中に埋め込まれていた。[7]1988年 - 1990年代初期にかけてメインになっていたのは赤色のPrime。2000年までは木目の出ているPrimeを使用。LOUDNESS再結成後はダウンチューニングに合わせて様々なモデルが作られており、2006年以降はネックにLEDを搭載したPrimeを使用している。基本的(市販品含む)にネックはメイプル、ボディはホワイトアッシュ。ピックアップはキラー製のものの場合ダイナバイト(ダイナバイトは高崎自身が制作にかかわった)だが、2000年の再結成以降は上記の通り、様々な材質やピックアップが使われている。
キラー SITAR(1994 -)
ソロアルバム『氣』から使用。第4期LOUDNESSでのメインギター。現在はソロ活動時に使用されている。ネックはメイプル、ボディはアッシュ、ピックアップはセイモア・ダンカン。

アンプ、エフェクター[編集]

初期は一貫してマーシャル社のアンプ(主に1970年代製)を使用しており、1985年辺りからホゼ・アルダント、リー・ジャクソンによる改造されたマーシャルを使用していたが、[8]1980年代末期にはリー・ジャクソンが開発した「Metaltronix」[9]メサ・ブギーも使用していたことがあった。1992年の第三期には、突然ピーヴィーのトランジスタアンプを使用している。1990年代後半以降はロジャー・メイヤーのパワーアンプ「RM-6550」を2台、プリアンプにマーシャルの「JMP-1」とロックトロンの「INTELIPICH」を使用している。スピーカーキャビネットは4×12のマーシャル社製。キャビネットは長年使われているもので、外観はぼろぼろに傷んでいる。 レコーディングの時に限っては、デジタルアンプを使用したことも(メーカーは不明(最近では菅沼孝三のアルバムでマーシャルのJMD:1を使用した)。

エフェクターは、BOSS GT-5、GT-10、エレクトロハーモニクス社のメタルマフ、Jimihendrix wah、エレクトロハーモニクスのスモールクローン(コーラスエフェクト)、MXRのフェイザー等をボードに組み込んでいる(スイッチングシステムも使用)。ラウドネス初期は、主にボスのコンパクトエフェクターをバラして中身だけをラックに組み込んだようなシステムを使用していた。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

  • SHAFT DRIVE 2001/05/02

アルバム[編集]

  • ジャガーの牙〜TUSK OF JAGUAR 1982/04/01
  • 氣 1994/10/25
  • 輪 1996/08/10
  • GENE SHAFT ORIGINAL SOUND TRACK 2001/05/23
  • TRANS=MIST MUSIC FROM "GENE SHAFT" 2001/6/27
  • Made in HAWAII 2002/03/20
  • SPLASH MOUNTAIN 2004/09/22
  • MACA 2005/09/21
  • OSAKA WORKS #128 2006/08/23
  • NENRIKI 2006/09/20
  • BLACK BROWN 2007/9/26

レコーディング・セッション参加作品[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ギターラボ高崎晃さんインタビュー Vol.1
  2. ^ ギターラボ高崎晃さんインタビュー Vol.1
  3. ^ 2006年2/27〜2/18のブログより[1]
  4. ^ B'z オフィシャルファンクラブ 会報誌「Be with!」 82号 B'zインタービューより
  5. ^ 酒井康 著「虹色の音詩II」171P
  6. ^ 1987年9月号『高崎晃ギター・コレクション』 70P
  7. ^ ロッキンf2001年5月号 22P
  8. ^ ヤング・ギター1985年一月号「高崎晃 インタビュー」11P
  9. ^ 日本エレクトロ・ハーモニックス リー・ジャクソンについて

関連項目[編集]

外部リンク[編集]