イングヴェイ・マルムスティーン
| イングヴェイ・マルムスティーン Yngwie Malmsteen |
|
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Lars Johan Yngve Lannerbäck |
| 別名 | イングヴェイ・ヨハン・マルムスティーン |
| 出生 | 1963年6月30日(48歳) |
| 出身地 | ストックホルム県 ストックホルム |
| ジャンル | ネオ・クラシカル・メタル ヘヴィメタル プログレッシヴ・メタル |
| 職業 | ギタリスト ミュージシャン 作曲家 |
| 担当楽器 | ギター ベース キーボード 歌 シタール チェロ |
| 活動期間 | 1982年 - |
| レーベル | ポリドール エレクトラ ポニー・キャニオン スピットファイア・レコード ユニバーサル・ミュージック ライジングフォース・レコード |
| 共同作業者 | ライジング・フォース スティーラー アルカトラス |
| 影響 | ジミ・ヘンドリックス ヨハン・セバスティアン・バッハ リッチー・ブラックモア ウリ・ジョン・ロート ニコロ・パガニーニ |
| 公式サイト | Official Homepage |
イングヴェイ・マルムスティーン(Yngwie Malmsteen、本名Lars Johan Yngve Lannerbäck、1963年6月30日 - )はスウェーデン・ストックホルム出身のミュージシャン、ギタリスト、作曲家、マルチプレイヤー。「インギー」の愛称で親しまれている(ただ、本人はこの愛称をあまり好く思っていないとされる)。ロック・ギターにクラシック音楽の要素を盛り込み、驚異的な速弾きでギター奏法に大革命をもたらした。日本でのみマイケル・シェンカーの「神」に対して「王者」と呼ばれる[1]。
先祖は貴族(正確には伯爵)であるとされるが、1920年代のスウェーデン貴族の一覧表には、父方のLannerbäck家も母方のMalmsteen家もリストにはない。またスウェーデン語版や英語版など全言語のウィキペディアのスウェーデン貴族の人名リストにも、彼の名前は掲載されていない。
目次 |
[編集] 略歴
1963年6月30日、4人兄弟の末弟として出生。生まれて間もなく両親が離婚し、画家の母に育てられる。10歳までは軍人である父方の「Lannerbäck」姓を名乗っていた(「Malmsteen」は母方の姓の英語読み)。5歳の誕生日にはプレゼントとしてアコースティック・ギターを、翌年の誕生日にはトランペットを母からもらうが、どちらも興味がなく、やっても長続きしなかったという。
1970年、世界的なギタリストジミ・ヘンドリックスが死去。TVで彼の特集番組を見て、ギターに興味を持ち練習を始める。また、姉からディープ・パープルのレコードを貰い、ここでもまた大きな影響を受け、ギターのコピーをし始める。彼が音楽から影響を受けたのには、姉も関係していたようである。この頃からクラシックも聴き始め、ヴァイオリンの楽譜をギターで弾くことにも挑戦していた。
少年時代は、英語と美術の成績はすこぶる良かったものの、甘やかされて育ち、粗暴な少年で不登校気味であった。母親は学校に行かずに家でギターの練習をする生活を許した為、自宅でたっぷりとギターの練習をした。やがて学校の廊下をバイクで走るような問題児になり、15歳のときに学校を退学、ギター修理店でリュート製作をしていた。しかし、姉であるロロ・レナーバックへのインタビューによると仕事はしておらず、いつも自宅地下の練習場でギターを弾いており、食事は祖母に頼っていたとのこと[2]。
1983年、イングヴェイのデモテープを聴いたシュラプネル・レコーズのマイク・ヴァーニーの誘いでロサンゼルスへ渡る。地元のメタルバンド「スティーラー(Steeler)」に加入。同年これを脱退し、グラハム・ボネット率いる「アルカトラス(Alcatrazz)」に加入し名声を得る。
1984年、自らのバンド「Yngwie J. Malmsteen's Rising Force」を結成。デビューアルバム「Rising Force」をリリース。
1987年6月22日、彼の運転するジャガーが木に激突するという大事故を起こす。8日間にわたる意識不明の重体で、ギタリストの命である手(右手)に後遺症による麻痺も煩いリハビリで何とか克服するが、細かな手癖や後のギタープレイ自体にも支障を抱えることになる。
1988年、4thアルバム「Odyssey」をリリース。同年、母リグマーが死去。
1989年、Rising Force解散。以降は彼自身の名で活動をしていく。
1990年、母に続き、兄ビヨンが鉄道事故により他界。
1993年、当時のイングヴェイの婚約者の母が、彼と婚約者との結婚に反対する中、「自分と娘は(イングヴェイに)暴力を受け監禁されている」と通報。一度は逮捕されるが、誤認と分かり釈放される。
1998年、現在のマネージャーである3度目の結婚相手・エイプリル夫人と間に長男のアントニオが誕生。翌年、息子と共にBURRN!誌11月号の表紙を飾る。
1999年、アルバム「ALCHEMY」をリリース。これ以降はライジング・フォース名義で活動していく。
2008年、自らのレコードレーベル「ライジングフォースレコード」設立。
[編集] プレイ・スタイルと使用機材
楽曲の特徴は、古典的なハードロックにハーモニックマイナー・パーフェクト・フィフス・ビロウというスケール(本人が言うところのフリジアンスケール)とアルペジオを主とした高速なギター・ソロが加わる所である。スウィープ奏法や、エコノミーピッキングなどのテクニックの存在を広く知らしめたとも言われる。インストゥルメンタルに於いては、大部分がインプロヴィゼーションに基づいている。その超絶なスケーリングは、19世紀の名バイオリニストであるニコロ・パガニーニの技巧に多大なる影響を受けたとされる[3]。ジミ・ヘンドリックス、ウリ・ジョン・ロート、ジェネシス、ディープ・パープル、クイーン等の影響が強く、リッチー・ブラックモアが初期レインボーで展開した様式美路線を極端化させた作風で欧州や日本における人気を確立した。
自らが7歳の時にテレビで観てギターを始めるきっかけになったとされるのがジミ・ヘンドリックスである。またスケーリングやジミの解釈に多大なヒントを与えたのはウルリッヒ・ロートであるとの認識が一般的[要出典]。マルムスティーン自身は(スウェーデン時代に初期スコーピオンズをカバーしていた映像が残っているにもかかわらず)ウルリッヒからの影響を初期には否定していたが、現在は肯定に転じ、敬愛するギタリストの一人として挙げている[4]。
速弾きばかりが強調されがちであるが、メロディのセンスも秀逸で歌い手に合わせた楽曲を製作する、かつブルースもプレイできる(アルバム「Live in Leningrad」の「Spanish Castle Magic」など)。
使用機材は一貫してフェンダー・ストラトキャスターとマーシャル・アンプで、リッチー・ブラックモアの影響が大きい。2008年11月には以前メインで使用していた「DUCK」を傷などの詳細まで再現されたレプリカ Yngwie Malmsteen Tribute Series Streatocaster”PLAY LOUD”が限定100本でフェンダーより定価180万円で発売された。 但し、ストラトキャスター以外にギブソン・フライング・Vやファイヤーバードを使用していた時期もある(アルカトラスでのライヴにて使用しているビデオ、写真が確認されている)。 エフェクターは、最低でもDOD250オーヴァードライヴプリアンプとBOSS NS-2 ノイズ・サプレッサーはラックに組み込まれている。現在はDOD社と共同で開発したYJM308プリアンプオーヴァードライヴを使用している。レコーディングでKORG社のギターシンセサイザーシステムを使用していた事もある。
ピックアップは10代の頃から30年以上に渡ってディマジオ製の製品 FS-1、HS-1、HS-2、HS-3、HS-4(旧名 YJM) を使用していたが、2010年よりセイモア・ダンカンのピックアップ(YJM FURY STK-S10)も新たに使用することを発表した[5]。2011年にはWinter NAMM SHOW 2011!! にて、シグネチャ・アンプ Marshall YJM100 を発売した。
弦は1弦が.008から始まるものだが、ボトムの弦が通常のセットより太いヘヴィーボトムのセットを使用している。また彼のトレードマークとなっている「スキャロップド指板」によって軽いタッチで押弦出来ることからあの驚異的な速弾きが生み出される。軟らかいピックでフルピッキングフレーズを弾くとタイムラグが生じるので、ピックはダンロップ製1.5mm厚のかなり分厚い物を使用している。
嫌いな音楽は数あれど特に好きではないのはフュージョンだといわれている[要出典]。理由は「ベースが調子に乗って前に出ているから」であるという[要出典]。
[編集] 出自
先祖はスウェーデンの貴族である。彼の先祖は1622年に銀の鉱山を発見し、その功績を称えられてスウェーデン国王から伯爵の位を与えられた。マルムスティーンの姓はこれにちなみ、「マルム」=「銀の」、「スティーン」=「鉱石」に由来するといわれる[6]。現在、彼の自宅には伯爵の紋章が飾られている。これをモチーフにした曲が 『Overture 1622』(『MAGNUM OPUS』収録)である。
またCDを開発したのは、彼の伯父さんであり「コレが未来のレコードだ」と言われ見せてもらったが、その当時はピンと来なかった。
[編集] エピソードと印象・影響など
- 所有するストラトの数は200本以上である。
- 彼のマーシャルは1971年製マーク2、50ワットである。
- バレットトラスロッドのついたラージヘッドストラトに拘っている理由は、それが他の年代のものよりリッチで満たされた音がするから、とインタビューで応えている。
- 1988年、日本ツアーに向かう飛行機内(ファーストクラス)で、メンバーは酷く酔っ払い周囲に迷惑をかけていた。酔っ払い眠ってしまったイングヴェイに、その場にいた女性が水を掛け、それに怒った彼は「What the f**k!You unleashed the fury!!」と言い放った。しかし、メンバーがその場面を録音し、2001年にインターネットで流された。この事は後に『アンリーシュ・ザ・フューリー - Unleash The Fury』のタイトルの元ネタにもなった。
- 1993年9月自宅にて誤認逮捕をされた際は、バスローブ姿で警察に連行された。
- 191cmと長身で元々は痩身で端整な風貌であったが、1992年頃から太り始め、2002年の『アタック!!』発売時には顎の肉に顔が埋もれるほどまで肥満したが、現在は太り始めた頃の体型に戻っている。2007年現在、喫煙と飲酒をやめている。
- 車はフェラーリをこよなく愛し、ギターにフェラーリのロゴステッカーを貼っていることが多い。2008年発表のアルバム『PERPTUAL FLAME』に収録されている楽曲『Red Devil』はイングヴェイの愛車について書かれたものである。ちなみにアルバムの歌詞カード裏は赤いフェラーリをバックにポーズをとるイングヴェイのポスターになっている。
- 漫画BECK (漫画)では、“イングヴェイ楽器店”という名前の楽器店が登場する。
- スウェーデンの子供番組に出演した際には、子供番組にも関わらず容赦の無い速弾きで周囲を圧倒させた。
- 1994年8月18日には、日本武道館でのUWFインターナショナル 「'94プロレスリング ワールドトーナメント優勝戦」 高田延彦 VS スーパー・ベイダー戦を観戦しに来日した。高田のテーマ曲としてイングヴェイが作曲したPOWER AND GLORY ~Takada's Theme~が入場の際に流され、イングヴェイから花束が贈呈された。しかし試合の結果は高田が負け、それ以降この曲は使用されなくなった。ちなみに試合に勝ったスーパー・ベイダーには、優勝賞金3000万円が贈られた。
- グラハム・ボネットは、「イングヴェイにまつわる話は全部笑えるよ。 ギグを無事にやり通せたら、それは奇跡だった。(笑)」
- リッチー・ブラックモアは、「一時よりも自分が見えてきたって感じかな。しばらくすると、もっと素晴らしいプレイをするようになるんじゃないか・・・、今はそう思っている。」とイングヴェイの印象を語った。(1991年6月)
- ザック・ワイルドとダイムバッグ・ダレルの対談で、様々なギタリストの話題の後に
ザック「その後がイングヴェイが出てきたんだよ。あの時はイングヴェイにブッたまげた友達が、わざわざ電話口で曲を聴かせてくれたんだ。」
ダイム「イングヴェイは、それまであった全てを超越してた。 」
ザック「もう、バカウマを越えてたね。当時は速弾きの部分だけをクローズアップしたがる人間もいたけど、彼の凄さはそれだけじゃない。タイミング・フレージング、どれをとっても信じられないレベルだった。エディとランディの上をいくギタリスト?ウソだろ?って感じさ。」と話した。
- ビリー・シーンは、「ヴァン・ヘイレンが出てきた時も皆を驚かせたけど、イングヴェイが出てきた時は半端じゃなかった。今でも素晴らしいけど、一番俺が好きなのは、イングヴェイがインプロヴィゼイションでブルースを演奏するときなんだ」と語っている。 (2009年2月号Burrn!!)
- ジョージ・リンチは、1985年にHear'n Aidで共演した際のイングヴェイの存在を「誰もが噂していた奴だったから、だれもがいつもより速くプレイしようとしていた。彼はかなり怖い存在だった。」と後のインタビューで語った。(2010年)
[編集] ディスコグラフィ
[編集] スティーラー
- Steeler(1983)
[編集] アルカトラス
- アルカトラス - Alcatrazz(1983)
- ライヴ・センテンス - Live Sentence [ライブ](1984)
- Live '83 - Live '83 [ライブ](2010)
- ノー・パロール・フロム・ロックン・ロール・ツアー ライヴ・ イン・ジャパン 1984.1.28 オーディオ・トラックス - No Parole from Rock 'n' Roll Tour Live in Japan 1984.1.28 Audio Tracks [ライブ](2010)
[編集] ソロ、ライジングフォース名義
- ライジング・フォース - Rising Force(1984)
- マーチング・アウト - Marching Out(1985)
- トリロジー - Trilogy(1986)
- オデッセイ - Odyssey(1988)
- トライアル・バイ・ファイアー:ライヴ・イン・レニングラード - Trial By Fire: Live In Leningrad [ライブ](1989)
- エクリプス - Eclipse(1990)
- イングヴェイマルムスティーンコレクション - The Yngwie Malmsteen Collection(1991)
- ファイヤー・アンド・アイス - Fire And Ice(1992) オリコンチャート1位を獲得
- セブンス・サイン - The Seventh Sign(1994) オリコンチャート2位を獲得
- アイ・キャント・ウェイト - I Can't Wait [MCD](1994)
- マグナム・オーパス - Magnum Opus(1995)
- インスピレーション - Inspiration (1996)
- フェイシング・ジ・アニマル - Facing The Animal(1997)
- ライブ!! - Double Live!! [ライブ](1998)
- エレクトリック・ギターとオーケストラのための協奏組曲 変ホ短調『新世紀』 - Concerto Suite for Electric Guitar and Orchestra in E flat minor Op.1 -Millenium-(1998)
- アルケミー - Alchemy(1999)
- ウォー・トゥ・エンド・オール・ウォーズ - War To End All Wars(2000)
- アンソロジー 1994-1999 - Anthology 1994-1999 [コンピレーション](2000)
- アタック!! - Attack!!(2002)
- エレクトリックギターとオーケストラのための協奏組曲 変ホ短調:コンチェルト・ライヴ・イン・ジャパン・ウィズ・新日本フィルハーモニー交響楽団 - Concerto Suite for Electric Guitar and Orchestra in E flat minor LIVE with the New Japan Philharmonic [ライブ](2002)
- ザ・ジェネシス - The Genesis [デモ集](2002)
- 王者烈奏~インストゥルメンタル・ベスト・アルバム - Instrumental Best Album [コンピレーション](2004)
- アンリーシュ・ザ・フューリー - Unleash The Fury(2005)
- パーペチュアル・フレイム - Perpetual Flame(2008)
- エンジェルス・オブ・ラブ - Angels of Love [アコースティック](2009)
- High Impact [コンピレーション](2009)
- リレントレス - Relentless(2010)
[編集] 映像作品(VHS/DVD)
- メタリックライブ 84 - Metallic Live'84 ※Alcatrazz名義
- ライブ'85 - Live'85【VHS】
- チェイシング・イングヴェイ/トーキョー・ライヴ'85 - Chasing Yngwie/Live in Tokyo'85 【VHS】※余計なエフェクトの掛かっていない方
- トライアルバイファイヤー : ライブインレニングラード - Trial By Fire : Live In Leningrad '89 【VHS】
- コレクション - the Yngwie Malmsteen Collection 【VHS/DVD】
- LIVE~レオ・フェンダーに捧ぐ~ - LIVE -Tribute to Leo Fender-【VHS】(1993)
- ライヴ・アット・武道館 - Live at Budokan【VHS/DVD】
- ライブ!! - Live!! 【VHS/DVD】
- ビデオクリップ - Video Clips 【VHS/DVD】
- コンチェルト・ライブ・イン・ジャパン・ウィズ・新日本フィルハーモニー交響楽団 - Concerto Suite for Electric Guitar & Orchestra【DVD】
- Rising Force : Live In Japan '85 (2006) 【DVD】※余計なエフェクトの掛かっている方
- Trial By Fire : Live In Leningrad '89 (2006)【DVD】
- Far Beyond The Sun (2007)【DVD】
- Live in Budokon (2009)【DVD】
- Live Animal (2009)【DVD】
- Live in Korea (2009)【DVD】
- ノー・パロール・フロム・ロックンロール・ツアー ライブ・イン・ジャパン 1984.1.28 - No Parole From Rock'N'Roll Tour Live In Japan 1984.1.28 (2010)【DVD】 ※Alcatrazz名義
- RAW LIVE (2010)【DVD】
[編集] バンドスコア
| 初版発売日 | タイトル | 出版社 | ISBN |
|---|---|---|---|
| 1990年11月 | ライジング・フォース | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5898-7 |
| 1995年8月 | マーチング・アウト | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5899-5 |
| 1986年10月 | トリロジー | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5894-4 |
| 1988年6月 | オデッセイ | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5895-2 |
| 1992年3月 | トライアル・バイ・ファイアー ライヴ・イン・レニングラード | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5891-X |
| 1990年8月
1995年8月 |
エクリプス | リットーミュージック
ドレミ楽譜出版社 |
ISBN 4-8456-0136-2 |
| 1994年3月 | ファイアー・アンド・アイス | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5916-9 |
| 1994年3月 | セヴンス・サイン | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5946-0 |
| 1994年12月 | アイ・キャント・ウェイト | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5955-X |
| 1995年4月 | ライブ・アット・武道館 | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5958-4 |
| 1996年1月 | マグナム・オーパス | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5960-6 |
| 1996年12月 | インスピレーション | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5968-1 |
| 1998年1月 | フェイシング・ジ・アニマル | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5971-1 |
| 1998年8月 | 新世紀(カラオケCD付) | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-6830-3 |
| 1999年3月 | ライヴ !! | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5977-0 |
| 2000年4月 | アルケミー | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5980-0 |
| 2000年6月 | アンソロジー 1994-1999 | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5983-5 |
| 2001年3月 | ウォー・トゥ・エンド・オール・ウォーズ | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-5987-8 |
| 2003年5月 | アタック!! | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-6189-9 |
| 2004年5月 | 王者烈奏 : インストゥルメンタル・ベスト・アルバム | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-8108-8572-0 |
| 2005年8月 | アンリーシュ・ザ・フューリー | ドレミ楽譜出版社 | ISBN 4-2851-0297-8 |
| 2009年2月 | パーペチュアル・フレイム | ドリーム・ミュージック・ファクトリー | ISBN 978-4-9044-5604-0 |
| 2009年5月 | エンジェルス・オブ・ラヴ | ドリーム・ミュージック・ファクトリー | ISBN 978-4-9044-5607-1 |
[編集] 特集本
| 初版発売日 | タイトル | 出版社 | ISBN |
|---|---|---|---|
| 1990年5月 | ヤング・ギター5月増刊号 100%イングヴェイ・マルムスティーン | シンコーミュージック | |
| 1994年12月 | ヤング・ギター12月増刊 The イングヴェイ・マルムスティーン | シンコーミュージック | |
| 1996年2月 | ヤング・ギター2月増刊 100%イングヴェイ・マルムスティーンⅡ | シンコーミュージック | |
| 1998年4月 | [The 100%] イングヴェイ・ヨハン・マルムスティーン | シンコーミュージック | |
| 2002年9月 | ヤング・ギター[エクストラ]03 ~イングヴェイ・マルムスティーン奏法 Vol.1~ | シンコーミュージック | ISBN 4-4011-4287-X |
| 2003年2月 | ヤング・ギター[エクストラ]10 ~イングヴェイ・マルムスティーン奏法 Vol.2~ | シンコーミュージック | ISBN 4-4011-4296-9 |
| 2003年10月 | ヤング・ギター[エクストラ]22 ~イングヴェイ・マルムスティーン奏法 Vol.3~ | シンコーミュージック | ISBN 4-4011-4315-9 |
| 2007年3月 | ヤング・ギター[ウルトラ・エクストラ]05 ~イングヴェイ・マルムスティーン奏法~ | シンコーミュージック | ISBN 978-4-4011-4415-0 |
| 2009年11月 | ヤング・ギター[ボーナス・エクストラ03] イングヴェイ・マルムスティーン奏法+ポール・ギルバート奏法 | シンコーミュージック | ISBN 978-4-4011-4470-9 |
| 2007年7月 | 天才ギタリスト イングヴェイ・マルムスティーン | シンコーミュージック | ISBN 978-4-4016-3121-6 |
| 2008年8月 | BURRN! 2008年10月号増刊 METALLION (31) | シンコーミュージック |
[編集] 歴代の名言(迷言)
音楽雑誌等における彼の発言を以下に列挙する。
- 『俺は貴族なんだ。正確には伯爵だ。』(1995年6月)
- 『俺はルックスは悪くないし、金持ちだし、有名だ。』
- 『俺以外の奴等はみんなカス』
- 『俺の音楽が分からない奴等はクズ』
- 『俺はアンチ・クライストだ!!』(※初めてロン・キールに彼が会ったとき、「666」とペイントされたギターケースやスーツケースを見せながら言った言葉。ロンは、「こいつは気×いだ」と恐れたらしい。)
- 『俺にとっての最大のファンクは、ジミ・ヘンドリックスだ。』
- 『スウェーデンでは俺は嫌われているんだ。理由は、俺が成功していて金持ちだからさ。』
- 『スウェーデンでフェラーリに乗っていると「税金を誤魔化したのか!?」とからかわれる。(税金が高いため)』
- (手のひらがでかくて指が長いことをインタビュアーに指摘されて)『そうかい?○○もでかいけどね。(笑)』
- 『“ブラック・スター”と“ファー・ビヨンド・ザ・サン”、この2曲は俺が死ぬまでプレイする!』(1990年)
- 『“Black Star”や“Far Beyond The Sun”にはウンザリだよ。』(1999年)
- 『“ネヴァー・ダイ”っていうのは結局のところ俺のポリシーかもしれない』
- 『「誰々に似ないようにする」っていうのが,俺の1つのポリシーなんだ。』
- 『ディメオラはすべてピッキングする。ホールズワースはあくまでレガートなプレイをする。俺はその両方がやれて、弾くメロディーによってピッキングかフィンガリングかを使い分けているんだ。』(1984年1月)
- 『スティーヴはアンチクライストだぜ!』 (※スティーヴ・ヴァイとの対談で。スティーヴは1960年6月6日生まれ。)
- 『(スティーヴ・ヴァイとの対談で『私は「セブンス・サイン」のジャケットも好きだ』と言われ)キツい冗談だな?』
- 『俺のスタイルに影響を受けたギタリストが大勢いることは光栄だけど、それを自分のスタイルだと主張する奴等があまりにも多すぎる。』
- 『コピーしたらコピーしたでそれをはっきり認めてほしいよね。完全にコピーしておいて、「イングヴェイ・マルムスティーン?一体その変な名前のヤツは誰だい?」なんて言って欲しくないよね』
- 『・・・・(無言)』(アラン・ホールズワースのスタイルについての質問に答えられなかった)
- 『グラハム・ボネットには何もなかった。曲のアイディアも何もなかったから「これはいい!勝手にやれる!」と思って彼のバンド(アルカトラス)に入ることにした。これもまた、いい踏み台だと思っていた。』
- 『(アルカトラスの)メンバーはみんな年をとって車椅子状態だからなぁ。こんな感じで(笑)(点滴を腕にさした老人の身振りをする)』
- 『ジョー・リン・ターナーは唯一の相棒だ』
- 『ジョー(リン・ターナー)は本当にパワフルで、かつソウルフルだよ』
- 『ジョー(リン・ターナー)がソウルメイトだって? あんなヤツがソウルメイトだなんて聞いてあきれるよ。』(※これに対しジョーは『彼が「僕が曲を作った」と言っているのは気に入らないね。単にリフがたくさんあっただけで、そこから僕が曲を作ったんだ。彼が傲慢なときは本当に嫌いだね。「嘘を言うなよ」、と言いたいね。』と反論した)
- 『マーク・ボールズは(「トリロジー」の頃は)変な行動が多かったね。変わっていたよ。手に負えなかったね。クレイジーだったよ。』
- 『(マイク・テラーナに向かって)お前はただのドラムなんだよ!』
- 『マッツ・レヴィンは素晴らしい。本当に巧いよ。』
- 『マッツ(・レヴィン)の起用は間違いだった。電話ボックスの中でしか唄った事がなくてね。』
- 『(気に入っていたマイケル・トロイの離脱の原因)ボクシング・クラブをはめて弾いているように聞こえて、あまりにも酷かったから。(笑)』
- 『リッチー(・ブラックモア)のいないディープ・パープルは成立しないよ。リッチーの代わりになれるのは俺だけさ。』(2009年にはリッチーのいないディープ・パープルと共にツアーを行っている。当初はディープ・パープルと一緒に演奏する予定であったが、実際のライブでは別々の演奏となった。最終日の東京公演で「Smoke on the Water」に飛び入りで演奏した。)
- 『ジミー・ペイジは世界で最も過大評価されてしまっているギタリストだ。彼のギターがラジオから流れてくるとウンザリしちゃって、ラジオのスイッチをいつもブチッと切るのが俺の習慣になってる。』
- 『ジミー・ペイジが3大ギタリストとして認められている事は、とんでもないジョークとしか思えない!』(※ペイジの人柄に触れてからは複雑な心境らしい)
- 『ジェフ・ベックはゲイリー・ムーアの真似をしているのか?』(※ゲイリーの方がジェフの影響を受けたと語っている)
- 『ハッハー! スレイヤーなんてお笑いだぜ!』
- 『エクソダス?ウェー、ひどいな。これだけたくさんのミスがあると一晩中かかっても指摘しきれないぜ!! まるで才能がないね』
- 『フランク・ザッパの音楽は、はっきり言って不協和音に聞こえる。』
- 『クリス・インペリテリは俺のプレイを端から端までパクっているだけ。』
- 『ヌーノ・ベッテンコートにはカリスマ性が感じられない。』
- 『カート・コバーンはもしも自分の頭を撃たなかったとしても今頃は失業しているよ。彼の悪口を言うつもりはない。冥福を祈る。』
- 『マドンナは毎日外見を変えている。何故だか分かるか?彼女はもともと薄っぺらだからだ。』
- 『例えばドリーム・シアターってバンドがあるだろ?彼らは結構良いよね。』
- 『ドリーム・シアター?あのドラムには時々イライラさせられるね。変化が多い。忙しすぎる。ああいうのは好きじゃない。』
- 『カモン・ベイベー! イエイ! ロックンロール! なんて歌詞は大嫌いだ!』(2005年)
- 『バッハが死んでから誰も作曲はしてこなかった。みんなバッハの真似なんだ。それ以後、初めて作曲をしたのは俺なのさ。』
- 『"Yngwie or Highway"』(『イングヴェイが駄目なら他へ行っちまえ』※イング-WAYという発音に掛けている。)
- 『正しいやり方(The Right Way)があり、間違ったやり方(The Wrong Way)があるとすれば、俺にはYngwieがあるんだ』
- 『(店員に)ピックね~か? 俺のアダ名は "早くピックよこせ" だぜ』(ギターショップにて試奏申し出の発言)
- 『速弾きっていうのは、チョーキングと同じように強力な音楽的表現法の1つだと思う。』
- 『流行ものの音楽なんて、マクドナルド・シンドローム(症候群)だ。』(1994年)
- 『(グランジ等の90年代当時の音楽シーンに対し)ジミ・ヘンドリックスやディープ・パープルで育った俺には信じられないものが多すぎる。』(1994年)
- 『ProToolsなんてまるでおもちゃだ。窓から放り投げてやりたいね。』(2000年)
- 『インストールしたら、「おい、凄いな、ProToolsってのは最高だ」と言ったよ』(2011年)
- 『メロディーのないラップと、どこからか盗んできた既製品のビートを使うヒップホップは、最悪だったよ。あんなのラップじゃなくてクズだっていつも言っているんだ。ああいう代物が1億枚も売れるなんて馬鹿馬鹿しいし、買っている奴も頭が悪いよ。』(2009年スティーブ・モーズとの対談で)
- 『(自分を見つめ直す時期が来たと思いませんか?という質問に、)『何故俺が自分を見つめ直さなきゃいけないんだ?何故俺がそんなことしなきゃいけないんだ?』(2002年)
- 『(これまで高い評価を受けた数々のギタープレイに対し)技術的な難易度やユニークさという点でのインパクトは今となれば当時程感じられない。』(2006年)
- 『世間はソ連で初ライヴを行ったのは、ボン・ジョヴィということで認知されてしまい、それを知ったイングヴェイは「レコード会社の謀略だ!クソ!****!」と言い放った。』
- 『「インスピレーション」は“インスピレーション・アルバム”であって、カヴァー作品じゃない。』
- 『(「ファイアー・アンド・アイス」に対して)今まで、自分らしいといわれてきたエッセンスをすべて集結し、まとめあげてみた。100%イングヴェイ・マルムスティーンと言える内容さ!!(グッと親指を立てる)』
- 『死んだ魚みたいになった奴等(過去のメンバー達)と一緒に音楽を作る事はできない。不感症の女を相手にしているみたいで…。俺が好きなのは色情狂だ(笑)。』
- 『奴ら(メンバー)は給料をもらう為だけにいるんだ。』
- 『今から言うことは真実さ。このヤングギターが無かったら、俺はただの使い古したヘヴィメタル馬鹿でしかないよ。』(2000年スティーブ・ヴァイとの対談で)
- 『俺はいつも奴等(メンバー)に言っているんだ。「ヘマをするんじゃない。やるべきことをやっていれば個人的評価も得られるようになる!」ってね。確かに俺のバンドのメンバーでいるってのは、難しいシチュエーションだと思う。俺はリーダー以上の存在…いわば「絶対的存在」だからね!』
- 『(解雇したドラマー、ボー・ワーナーについて)彼はドラマーとしては最高だったが、とんでもない馬鹿だった。生まれてこのかた、あれ以上頭の悪い奴には会った事がないっていうくらい酷くて、この俺でさえ手に負えなかったんだ。そんじょそこいらの馬鹿とは訳が違うぜ!あれは世界でも1・2を争うほど凄まじい馬鹿だ。脳みそがあるとはとても思えなかったね。』
- 『俺のこれまでのアルバムが帆船だとしたら、ニュー・アルバムは原子力潜水艦さ!』BURRN ! 2008年 06月号
- 『(ネットを経由して自分の音楽が聴かれる事について)嫌な気分だ!特にYouTubeは最悪だ!音質も画質もクソだしね。若いリスナー達はそれに疑問を持たず、しかもmp3を聴いて、それが音楽だと勘違いしている』(2009年)
- 『今の方がエネルギーは1万倍あるんだ!20歳の頃よりも元気だ。昔の俺にハッパを掛けたいくらいだ』(2011年)
- 『俺はいつもマーシャルに囲まれてるよ。宇宙へ行った飛行士が地球を見下ろしたときに、2つのデカい人工物を確認する。 それって何かわかる?万里の長城とイングヴェイ・マルムスティーンのマーシャルさ(笑)』(2011年)
脱退した(解雇した)メンバーについては、ほぼ例外なく激しくこき下ろしているが、近年は脱退後もマーク・ボールズやデレク・シェリニアンらの実力を誉めるなど、軟化した態度も見られる。また、ここに列挙した名言はあくまで一部であり、他にも数多くの名言が存在する。
参考文献:『BURRN!』「イングヴェイ・マルムスティーン名(迷!?)言集」(34頁~37頁)2004年5月号
[編集] 時代別関係者
バンドメンバー構成はアルバムごとに大幅に替わり、安定して在籍するメンバーは基本的に存在しない。第四期ライジング・フォース期の編成(イェンス&アンダース・ヨハンソン兄弟、ジョー・リン・ターナー)がいわゆる「黄金期」と目されている。また、ツアー中にメンバーが替わることもある。
- ヴォーカル
- ジェフ・スコット・ソート→マーク・ボールズ→ジェフ・スコット・ソート→ジョー・リン・ターナー→ヨラン・エドマン→マイク・ヴェセーラ→マーク・ボールズ→マッツ・レヴィン→マーク・ボールズ→ヨルン・ランデ→マーク・ボールズ→ドゥギー・ホワイト→ティム・オーウェンズ
- ベース
- マルセル・ヤコブ→ウォーリー・ヴォス→バリー・ダナウェイ→スヴァンテ・ヘンリソン→バリー・スパークス→バリー・ダナウェイ→ランディ・コーヴェン→ミック・セルヴィーノ→ルディ・サーゾ→ミック・セルヴィーノ→ビヨルン・エングレン
- ドラム
- バリモア・バーロウ→アンダース・ヨハンソン→マイケル・フォン・ノリング→ピート・バーナクル→ボー・ワーナー→マイク・テラーナ→シェーン・ガラース→トミー・アルドリッヂ→コージー・パウエル→ヨナス・オストマン→ジョン・マカルーソ→ティム・ドナヒュー→パトリック・ヨハンソン
- キーボード
- イェンス・ヨハンソン→マッツ・オラウソン→デレク・シェリニアン→ヨアキム・スヴァルベリ→デレク・シェリニアン→マイケル・トロイ
[編集] 日本公演
- 1984年 Alcatrazz 初来日公演
- 1月24日 大阪フェスティバルホール、26日 名古屋市公会堂、28日・29日 中野サンプラザ
- 1985年 Rising Force / Marching Out tour
- 1986年 Trilogy tour
- 11月7日 渋谷公会堂、9日 NHKホール、10日 中野サンプラザ、12日 名古屋市公会堂、14日 大阪フェスティバルホール
- 1988年 Odyssey tour
- 1990年 Eclipse tour
- 6月14日 福岡サンパレス、16日 瀬戸市文化センター、18日 広島郵便貯金ホール、20日 大阪厚生年金会館、21日・22日 中野サンプラザ、25日 横浜文化体育館、26日 仙台イズミティ21、27日・28日 NHKホール
- 1992年 Fire and Ice tour
- 3月4日 浦和市文化センター、5日 横浜文化体育館、7日 広島厚生年金会館、8日 福岡サンパレス、9日 尼崎市総合文化センター、10日 大阪厚生年金会館、12日 名古屋市公会堂、14日 日本武道館、16日 宮城県民会館
- 1994年 Seventh Sign tour
- 3月8日 名古屋市公会堂、10日 九州厚生年金会館、11日・12日 広島郵便貯金ホール、13日・14日 大阪フェスティバルホール、16日 日本武道館、18日 大宮ソニックシティ、19日 秋田市文化会館、21日 仙台サンプラザ、23日 横須賀芸術劇場
- 1995年 Magnum Opus tour
- 9月8日 鹿児島市民文化ホール、9日 九州厚生年金会館、11日 広島郵便貯金ホール、12日 松山市民会館、14日 倉敷市民会館、15日 大阪フェスティバルホール、16日 京都会館、18日 尼崎市総合文化センター、19日 名古屋市公会堂、20日 栃木県総合文化センター、22日 北海道厚生年金会館、24日 岩手教育会館、25日 秋田市文化会館、27日 新潟テルサ、28日 イズミティ21、29日 神奈川県民ホール、30日 日本武道館
- 1996年 Inspiration tour
- 11月2日 名古屋市公会堂、4日 大阪フェスティバルホール、5日 東京厚生年金会館、6日・7日 中野サンプラザ
- 1998年 Facing the Animal tour
- 4月5日 渋谷公会堂、6日・7日※clinic+Live 赤坂BLITZ、9日 神奈川県民ホール、10日 NHKホール、12日 川口総合文化センター、13日 宮城県民会館、15日 Zepp Sapporo、17日 愛知厚生年金会館、18日 倉敷市民会館、20・21日 大阪厚生年金会館、22日 梅田HEAT BEAT、24日 福岡市民会館
- 1999年 Alchemy tour
- 11月24日 Zepp Fukuoka、25日 大阪厚生年金会館、26日 名古屋市公会堂、27日・29日 渋谷公会堂、28日 HMV新宿SOUTH※clinic、12月1日 仙台イズミティ21、2日 神奈川県民ホール
- 2001年 Concerto Suite Live With The New Japan Philharmonic
- 6月15日 すみだトリフォニーホール、17日 オーチャードホール
- 2001年 War To End All Wars tour
- 7月10日 新潟フェイズ、12日 岩手教育会館、13日 横浜ベイホール、14日 渋谷公会堂、16日 大阪厚生年金会館、17日 アステールプラザ、18日 スカラエスパシオ、19日 CLUB DIAMOND HALL、21日 静岡市民文化会館、22日 赤坂BLITZ
- 2002年 Attack!! tour
- 12月3日 CLUB CITTA'、4日 岩手教育会館、5日 新潟フェイズ、7日 SHIBUYA-AX、8日 赤坂BLITZ、10日 広島CLUB QUATTRO、12日 DRUM LOGOS、13日 大阪IMPホール、14日 名古屋CLUB QUATTRO
- 2005年 Unleash The Fury tour
- 2009年 Perpetual Flame(Deep Purple/Yngwie Malmsteen Joint Live) tour
- 4月8日 東京国際フォーラム、9日 Zepp Nagoya、10日 広島厚生年金会館、12日 金沢市観光会館、13日 大阪厚生年金会館、15日 東京国際フォーラム
なお1995年の来日時は、今までの最多回数の18公演を行う。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- YOUNG GUITAR 1998年4月号増刊 『The 100% イングヴェイ・ヨハン・マルムスティーン』(シンコーミュージック・エンタテイメント 1998年)雑誌08838-4
- 天才ギタリスト イングヴェイ・マルムスティーン(シンコーミュージック・エンタテイメント)ISBN 978-4-401-63121-6
[編集] 脚注
- ^ 特にYOUNG GUITAR誌がイングヴェイの記事を掲載する時に使用している。BURRN!誌は2000年以降、イングヴェイの事を「御大」と表現する事もある。また、2004年発売のベストアルバムのタイトルは「王者烈奏」である
- ^ BURRN!編集部編『BURRN!増刊号メタリオン』31号、2008年8月
- ^ 厳密に言えばパガニーニの「カプリーズ24番」を演奏したギドン・クレーメルをテレビで見たのがきっかけである。
- ^ YOUNG GUITAR誌 1996年1月号でロート庭をバックに共に表紙を飾っており、対談もしている。
- ^ Pickups for Strat® - YJM Fury STK-S10 - Seymour Duncan/Basslines(英語)
- ^ 1998年、YOUNG GUITAR4月増刊『The 100% イングヴェイ・マルムスティーン』68P
[編集] 外部リンク
- Official Homepage
- Official Myspace
- Rising Force Record
- イングヴェイ・マルムスティーン バイオグラフィー
- イングヴェイ・マルムスティーン - Discogs