BURRN!

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BURRN!(バーン)は、ハードロック/ヘヴィメタル、その中でも洋楽を中心に紹介する音楽情報系専門月刊誌。編集・販売はシンコーミュージック・エンタテイメント

雑誌の歴史[編集]

1984年10月、日本初のヘヴィメタル専門誌として創刊。創刊当時は「別冊ミュージック・ライフ」として刊行されていた。創刊号の表紙は、オジー・オズボーンジェイク・E・リーだった。初代編集長は元ミュージック・ライフ副編集長だった音楽評論家の酒井康

国内外の“ヘヴィメタル”全般を扱っているものの、洋楽雑誌という体裁をとっていることから、2014年で30周年を迎える現在でも日本のバンドが表紙になった事は1度も無い[1]

1990年代前半より発行及び編集は酒井の会社であるバーン・コーポレーションが手がけていたが、2013年11月号より元のシンコー・ミュージックによる発行となった。それに伴い、関連ラジオ番組のHeavy Metal SyndicateもBURRN!の手から離れ[2]、誌面上から(発行人としての)酒井の名もBURRN!から消え、発行人に現シンコー・ミュージック社長の草野夏矢の名が記載されている。

編集部の奥野によると酒井の会社は2013年9月下旬の時点で無くなっているとの事で[3]、酒井が2011年頃に出した誌の改革案[4]に対しても否定的な意見を残すなど、編集部内で今後の方針に関する確執があった事をTwitter内で明かしている[5][6]

1986年5月号で編集顧問の伊藤政則の事務所に当時所属していたANTHEMの「VICTIM IN YOUR EYES」がソノシートとして付録として収められていたことがあり、以降2014年まで音源が付録として付属されていなかったが、2014年9月号でMr.Bigの未発表曲CDが付録として収められる事が発売前に公式にアナウンスされた[7][8]

雑誌の特徴[編集]

創刊時のキャッチコピー:「日本初のヘヴィメタル専門誌、BURRN!」

現在のキャッチコピー:「THE WORLD'S HEAVIEST HEAVY METAL MAGAZINE, BURRN!」

80年代後半頃には、『METALLION』、ジャパニーズ・メタルを扱った別冊『BURRN! JAPAN』も出していたが、90年代に入った頃に休刊。『METALLION』は90年代後半から復活し現在も不定期で発行されている。

レビューでの最高得点は99点を獲得したアルバムは、『KAIZOKU-BAN』(1986年、アクセプト)、『5150』(1986年、ヴァン・ヘイレン) 、『WILD FRONTIER』(1987年、ゲイリー・ムーア)、『HYSTERIA』(1987年、デフ・レパード) 、『IOWA』(2001年、スリップノット)の5作。

最低点の0点を出したアルバムは、『聖飢魔II〜悪魔が来たりてヘヴィメタる』(1985年、聖飢魔II)、『I LIKE IT WHEN YOU DIE』(1997年、A×C×)。レビューが原因で、アーティストとトラブルが起きた事もある(例:ストラトヴァリウス)。ラジオ番組Heavy Metal Syndicate(全国27局ネット、1991年~2014年)。パーソナリティを編集部が担当(2006年から最終回まで前編集長の酒井康のみ)、下記のお家騒動があるまではBURRN!がメインスポンサーであった。

なお、スタート当初の番組テーマ曲はディープ・パープルの「BURN(紫の炎)」であった(雑誌名『BURRN!』はこの曲名に由来しており、創刊当初から本誌CMソングとして使用している)。 また、かつてはテレビコマーシャルも放送していた(関東地区では、「ベストヒットUSA」の番組終了後に放送されていた)。

酒井時代のBURRN!の特徴として「日本のバンドを載せない」「お笑いは許さない」と言う決まりがあった[9][10]。1989年から2012年まで「ROCKOMANGA!」を連載していた喜国雅彦によると、漫画を連載する条件の一つとして酒井から「日本のミュージシャンはダメ」と言われたとの事である[10]。但し、編集長が広瀬に変わってからは日本のバンドインタビューもBURRN!誌上に増え、喜国も日本のバンドのネタ(主にライブレポ)を執筆する様になった。酒井時代の方針の一つであった「お笑いは許さない」に関して、ギャグ漫画家である喜国をBURRN!編集部(増田勇一)に紹介したのは喜国の友人である当時ZIGGYのベーシストであった戸城憲夫との事で、戸城はZIGGYのライブ後の楽屋で喜国、増田との会話で「BURRN!は誌面が固すぎるから喜国さんの漫画みたいなくだけた物があった方がいい」と増田に進言し、増田はその後酒井に交渉。その後上記の条件で連載が決まった[10]

広瀬によると日本市場でのBURRN!やヘヴィメタルバンドのアルバムの売り上げピークは1997年との事である[11]

2012年5月号でページ数の削減、コラムの殆どが終了している。発売と同時に、Twitterアカウントを取得している。

お家騒動[編集]

2013年10月、編集部の前田、奥野のTwitter上及び同年10月5日発売のBURRN!11月号の巻末の編集後記にて発行もシンコー・ミュージック一本になった事が発表される。前田や奥野の証言によれば、2012年に多くのコラムを終了させた原因は社長であった酒井の改革案[4]であるとし、前田、奥野の二人は酒井から呼び出しをくらい、この酒井の案が受け入れられない場合、今後の身の振り方を考えろと釘を刺された事を明かしている[12]。 酒井自身は社長業だけでなく上記の改革案を元に再びBURRN!の編集長に返り咲き、自身の掲げる改革案の元に賛成できない人物を左遷させ、それでも部数が伸びないのなら休刊にしようという考えを持っていた[13]。 しかし、この酒井の考えた自分勝手な改革案に編集部内で反発が起き、2012年に藤木が一時的に編集部から外された件に関しても人員削減と称して酒井個人が気に入らない部員を外した事[14]、日本のバンドの扱いが悪かった事も酒井の方針であったを暴露。

結果として2013年9月にはバーン・コーポレーションが閉鎖、酒井及びHeavy Metal SyndicateもBURRN!とは無関係な立ち居地となり[2]、酒井はシンコーの社員として勤務しているという[15]。前田曰く酒井の改革案をそのまま受け入れていた場合、雑誌は確実に休刊していたと酒井の改革案を批判[16]、他にも酒井がTwitterでHeavy Metal Syndicateのアカウントを取得しておきながら番組の宣伝もせず、突如鍵をかけたり、リツイートする者はブロックするなどと発言した事に関して批判的なコメントを残し、ブロック対象者はリツイートした番組のリスナーだけでなくBURRN!編集部員にまでブロックしていた事を暴露している[17]

こうした酒井への批判は前田、奥野だけでなくかつて編集部員だった増田もBURRN!2013年10月号での広瀬との対談で酒井の事をあえて“先代”と呼び、表紙にするアーティストのルックスに関しても酒井が好む“正しいヘヴィメタル”像でないと納得しないと言う物があったとし、例として当時パンテラフィル・アンセルモに柔道着を着用させた表紙[18]に関しても酒井が短髪・短パン姿のメタルバンドを認めたくなったが為に苦肉の策として柔道着を着させた事を明かし、酒井を満足させる為に作っていた側面があった事も明かしている[19]

また、酒井の名が消えた2013年11月号の編集後記内に記載された広瀬の選曲リストの中にNoGoDの「愚かな王」、クイーンズライクの「Revolution Calling」、レインボーの「Kill The King」、アイアン・メイデンの「Hallowed Be Thy Name」が挙げられている[20]

なお、酒井はBURRN!編集部から追い出された事に関するコメントを一切残しておらず、唯一のメディア出演となっていたラジオ番組も2014年の6月を最後に放送終了した。

BURRN!編集部[編集]

現在[編集]

広瀬和生(編集長)、大野奈鷹美(副編集長)前田岳彦藤木昌生、奥野高久、幅由美子、箭内史子、伊藤政則(特別顧問)

外部ライター[編集]

  • 山崎智之
  • ジョン・ハーレル
  • ティモ・イソアホ

かつて編集部に在籍していた主な人達[編集]

  • 酒井康(1984年11月号〜1993年12月号)初代編集長
  • 平野和祥(1991年3月号〜1995年5月号)
1995年に別冊『炎』編集長に就任。休刊後は紆余曲折を経て「CDジャーナル」の編集長に就任。
1992年末にミュージック・ライフの編集長に就任。休刊後はフリーライターとして活動。2013年よりBURRN!にも記事を寄稿している。

コラム[編集]

BURRN!ではヘヴィメタル以外のコラムも扱っていたが、上記の説明通り酒井の改革案により2012年5月号でページ数の削減に伴い大半のコラムが終了した。

しかし、酒井が完全に去った現体制になってからいくつかのコラムを復活させる検討をしており[21]、2013年10月下旬には喜国雅彦の「ROCKOMANGA!」の復活が本人から発表[22]、2014年1月号から古屋美登里、岩沢房代のコラムが復活している。

連載中のコラム[編集]

  • MASAの今月の断言(伊藤政則
  • 温故知新(BURRN!編集部)
  • DARK RECOLLECTIONS(マイケル・アモット
  • DRRIAN'S DOOM(リー・ドリアン)
  • DEFENDERS OF THE HATE(山口勝正)
  • ROCK STARDOM AND OTHER PIRATE TALES(シャーリー・フォグリオ)
  • TALES FROM THE DARK SIDE(ティモ・イソアホ)
  • In The Bookshelf(古屋美登里)
  • BOX SEAT(岩沢房代)
  • Becoming The Dragon(マシュー・キイチ・ヒーフィー
  • ROCKOMANGA! 2(喜国雅彦)
  • LOST AND FOUND IN TRANSLATION(染谷和美)

過去に連載されていたコラム[編集]

など多数。

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 80年代後半に発行されたBURRN! JAPANを除けば同じ別冊のMETALLIONではガールズメタルバンド「ALDIOUS」がVol.44、Vol.47、Vol.51で表紙を飾っている。
  2. ^ a b @takehiko_maeda 2013年10月3日のツイート
  3. ^ @Takahisa_Okuno 2013年10月8日 7:32のツイート
  4. ^ a b @Takahisa_Okuno 2013年10月8日 20:49のツイート
  5. ^ @Takahisa_Okuno 2013年10月8日 22:28のツイート
  6. ^ @Takahisa_Okuno 2013年10月8日 23:02のツイート
  7. ^ @BURRN_ 2014年7月18日のツイート
  8. ^ BURRN!9月号はMR.BIG未発表音源スペシャルCD付 amass 2014年7月17日
  9. ^ 但し、特別顧問の伊藤政則の事務所に所属していたANTHEMOUTRAGEの記事は酒井時代でも掲載されていた
  10. ^ a b c 「ROCKOMANGA!」(リットーミュージック )256~257p 喜国雅彦インタビューより
  11. ^ BURRN! 2013年10月号 38p
  12. ^ @Takahisa_Okuno 2013年10月9日 14:28
  13. ^ @Takahisa_Okuno 2013-10-08 22:01:33
  14. ^ @takehiko_maeda 2013年10月9日 14:03
  15. ^ @Takahisa_Okuno2013年10月8日 22:27
  16. ^ @takehiko_maeda 2013-10-08 22:45:25
  17. ^ @takehiko_maeda2013年10月3日 23:11
  18. ^ 1992年9月号の表紙
  19. ^ BURRN! 2013年10月号 36p
  20. ^ BURRN!2013年11月号 160p
  21. ^ @takehiko_maeda 2013年10月10日 1:59
  22. ^ @kunikikuni 2013年10月26日 13:31

外部リンク[編集]