バビロンの城門

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バビロンの城門
レインボースタジオ・アルバム
リリース 1978年
録音 1977年5月-7月12月
フランス
ジャンル ハードロック
時間 39 27
レーベル イギリスの旗日本の旗ポリドール
アメリカ合衆国の旗オイスター
プロデュース マーティン・バーチ
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 7位(イギリス)[1]
  • 9位(日本)[2]
  • 89位(アメリカ)
レインボー 年表
虹を翔る覇者
(1976年)
レインボー・
オン・ステージ

(1977年)
バビロンの城門
(1978年)
ダウン・
トゥ・アース

(1979年)
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バビロンの城門 (ばびろんのあーち、原題:Long Live Rock 'n' Roll) は、レインボーアルバム

収録曲[編集]

  1. ロング・リヴ・ロックン・ロール Long Live Rock 'n' Roll - 4:21
  2. レディ・オブ・ザ・レイク Lady of the Lake - 3:39
  3. L.A.コネクション L.A. Connection - 5:02
  4. バビロンの城門 Gates of Babylon - 6:49
  5. キル・ザ・キング Kill the King - 4:29
  6. ザ・シェッド The Shed (Subtle) - 4:47
  7. センシティヴ・トゥ・ライト Sensitive to Light - 3:07
  8. レインボー・アイズ Rainbow Eyes - 7:11

※ 当初LP盤でリリースされた時は、トラック1-4がA面、トラック5-8がB面に収録されていた。

メンバー[編集]

概要[編集]

サード・アルバム(ライブ・アルバムの『レインボー・オン・ステージ』をカウントした場合は4作目)。

1977年5月、ベーシストが前作のジミー・ベインからマーク・クラークに交代し、フランスのシャトー・デ・ホンデューという城で録音が開始された。しかしレコーディング半ばの7月にマーク・クラークとキーボードのトニー・カレイを解雇。アルバム制作は一旦中断する。その後、ボブ・デイズリーがベーシストとして、デヴィッド・ストーンがキーボードプレイヤーとして加入したが、この二人はリッチー・ブラックモアの意思によってセッション・ミュージシャンという扱いとなり、正式メンバーはリッチー・ブラックモア、ロニー・ジェームス・ディオ、コージー・パウエルの三人だけとなった[3]。このメンバー編成でヨーロッパ公演、そして11月のイギリス公演を行った後に再びシャトー・デ・ホンデューに戻り、同年暮れまでアルバムの制作を行っている。

なお、マーク・クラークが脱退した後ベースがしばらく空位であったため、やむなく[3]ブラックモアがベース・パートを担当した。その後ボブ・デイズリーが加入してベース・パートを担当したが、ブラックモアのベース・プレイは4曲で残されている。

脚注[編集]

  1. ^ ChartArchive - Rainbow
  2. ^ 『オリコンチャート・ブックLP編(昭和45年‐平成1年)』(オリジナルコンフィデンス/1990年/ISBN 4-87131-025-6)p.318
  3. ^ a b シンコーミュージック刊『リッチー・ブラックモア レインボー編』 ISBN 4401612027 より。