アイ・サレンダー

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アイ・サレンダー
レインボースタジオ・アルバム
リリース 1981年
録音 1981年
デンマーク
ジャンル ハードロック
時間 42 53
レーベル イギリスの旗日本の旗ポリドール
プロデュース ロジャー・グローヴァー
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 3位(イギリス)[1]
  • 12位(日本)[2]
  • 50位(アメリカ)
レインボー 年表
ダウン・
トゥ・アース

(1979年)
アイ・
サレンダー

(1981年)
闇からの一撃
(1982年)
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アイ・サレンダー (原題:Difficult to Cure) は、レインボーアルバム

収録曲[編集]

  1. アイ・サレンダー I Surrender - 4:10
  2. スポットライト・キッド Spotlight Kid - 5:10
  3. ノー・リリース No Release - 5:42
  4. マジック Magic - 4:15
  5. メイビー・ネクスト・タイム Vielleicht Das Nachste Mal (Maybe Next Time) - 3:23
  6. キャント・ハプン・ヒア Can't Happen Here - 5:09
  7. フリーダム・ファイター Freedom Fighter - 4:28
  8. ミッドタウン・タネル・ヴィジョン Midtown Tunnel Vision - 4:44
  9. 治療不可 Difficult To Cure - 5:58

※ 当初LP盤でリリースされた時は、トラック1-5がA面、トラック6-9がB面に収録されていた。

メンバー[編集]

概要[編集]

1980年8月16日にイギリスで開催された第1回モンスターズ・オブ・ロック・フェスティバルを最後にコージー・パウエルが脱退(この時点で既に後任のドラマーとしてボビー・ロンディネリが決定しており、同フェスティバルでコージー・パウエルと顔を合わせている[3])。同年9月から、デンマークのコペンハーゲンにあるスウィート・サイレンス・スタジオで本作の録音が開始された[3]が、制作途中でグラハム・ボネットが脱退。急遽オーディションが行われ、ジョー・リン・ターナーに決定した(その他、クロークスのマーク・ストレイスなど、何人かのボーカリストがオーディションを受けている[3])。ジョーは加入してすぐ、プロデューサーのロジャーとともに十日間に渡ってスタジオにこもって録音を行っているが、加入した時点で作品の多くが収録済みであったため、作曲そのものには関与していない。

シングル・カットされた「アイ・サレンダー」は、前作『ダウン・トゥ・アース』収録曲「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」に引き続いてラス・バラードの曲。「マジック」はブライアン・モーランの曲。「治療不可」はベートーベン交響曲第9番歓喜の歌をアレンジしたもの。そのほかはオリジナル。

日本では3月に発売され、8月の来日公演の時点でポリドールからゴールド・ディスクが贈られている[3]

しかし、アルバムツアー終了後、ドン・エイリーが、方向性の相違からバンドを脱退した。

脚注[編集]

  1. ^ ChartArchive - Rainbow
  2. ^ 『オリコンチャート・ブックLP編(昭和45年‐平成1年)』(オリジナルコンフィデンス/1990年/ISBN 4-87131-025-6)p.318
  3. ^ a b c d シンコーミュージック刊『リッチー・ブラックモア レインボー編』 ISBN 4401612027 より。