ダウン・トゥ・アース (レインボーのアルバム)

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ダウン・トゥ・アース
レインボースタジオ・アルバム
リリース 1979年
録音 1979年
フランス
ジャンル ハードロック
時間 36 5
レーベル イギリスの旗日本の旗ポリドール
プロデュース ロジャー・グローヴァー
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 6位(イギリス)[1]
  • 15位(日本)[2]
  • 66位(アメリカ)
レインボー 年表
バビロンの城門
(1978年)
ダウン・トゥ・アース
(1979年)
アイ・
サレンダー

(1981年)
テンプレートを表示

ダウン・トゥ・アース (Down to Earth) は、レインボーアルバム

収録曲[編集]

  1. オール・ナイト・ロング All Night Long - 3:53
  2. アイズ・オブ・ザ・ワールド Eyes of the World - 6:42
  3. ノー・タイム・トゥ・ルーズ No Time to Lose - 3:45
  4. メイキン・ラヴ Makin' Love - 4:38
  5. シンス・ユー・ビーン・ゴーン Since You Been Gone - 3:25
  6. ラヴズ・ノー・フレンド Love's No Friend - 4:55
  7. デンジャー・ゾーン Danger Zone - 4:31
  8. ロスト・イン・ハリウッド Lost in Hollywood - 4:51

※ 当初LP盤でリリースされた時は、トラック1-4がA面、トラック5-8がB面に収録されていた。

メンバー[編集]

概要[編集]

リッチー・ブラックモアを別にすれば唯一のオリジナル・メンバーだったロニー・ジェイムス・ディオが脱退した後の初アルバム。目指す音楽の方向性が明確に差が出てしまった[3]ディオに加え、ボブ・デイズリーデヴィッド・ストーンも脱退。結果的に、最も早くから脱退の意思を表していた[3]コージー・パウエルだけが残留した。このパウエルの推薦でドン・エイリーがキーボード・プレイヤーとして加入、また当初は作曲とプロデュースを担当するために招聘されたロジャー・グローヴァーが、ブラックモアの強い要請によりベースを担当、さらにマーブルスの「オンリー・ワン・ウーマン」という曲を聴いたブラックモアの発案でボーカリストにグラハム・ボネットが決定した。

レコーディング自体は、メンバーが決定する前から開始されている。フランスのシャトー・デュ・パラス[3]という古城で、ムーラン・ルージュのモービル・スタジオを使用して行われた。

最初にシングル・カットされた「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」はラス・バラードの曲のカバー。オリジナルはラス・バラードの二作目のソロ・アルバム『ウイニング』に収録されている。この曲はそれまでのレインボーにはあまり見られなかった明るくてポップな作風を有しており、レインボーにとって初の全英シングル・チャートでのトップ10入り(最高6位)[1]、全米シングル・チャートへのチャート・イン(最高57位)を果たすヒット作となった[4]。しかし一方で、この曲は一部のファンから批判され、またコージー・パウエルが、この曲はライブで演奏したくないと発言している。[5]

脚注[編集]

  1. ^ a b ChartArchive - Rainbow
  2. ^ 『オリコンチャート・ブックLP編(昭和45年‐平成1年)』(オリジナルコンフィデンス/1990年/ISBN 4-87131-025-6)p.318
  3. ^ a b c シンコーミュージック刊『リッチー・ブラックモア レインボー編』 ISBN 4401612027 より。
  4. ^ Rainbow - Awards : AllMusic
  5. ^ コージーが参加したブライアン・メイのバンドでは、1993年のツアーで演奏されている