ビージーズ
| ビージーズ Bee Gees |
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オランダのテレビ出演より(1968年)
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| 基本情報 | |
| 出身地 | マンチェスター |
| ジャンル | ロック ソフトロック ディスコ・ミュージック |
| 活動期間 | 1955年 - 2003年、2009年 - 現在 |
| レーベル | フェスティバル・レコード ポリドール ワーナー・ブラザーズ ライノ・エンタテインメント |
| 公式サイト | http://www.beegees.com |
| メンバー | |
| バリー・ギブ ロビン・ギブ |
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| 旧メンバー | |
| モーリス・ギブ コリン・ピーターセン ヴィンス・メロニー ジェフ・ブリッジフォード |
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ビージーズ(英: Bee Gees)は、英国王領マン島生まれのイギリス人の三人兄弟を中心に構成された、男性ボーカルグループ。1963年にオーストラリアよりレコードデビューし、1973年からは米国を中心に活動。1955年から2003年まで息の長い活動を続け、「Massachusetts」「Holiday」「How Deep Is Your Love」「Stayin' Alive」「Night Fever」など、数多くのヒット曲を発表した。2003年、メンバーのモーリス・ギブが急逝し、グループとしての活動に終止符を打ったが、2009年から活動を再開した[1]。
目次 |
[編集] デビュー以前からオーストラリア時代まで
ギブ兄弟は、オートバイレースで著名な英国マン島に生まれた。1946年9月1日にバリー、1949年12月22日にロビンとモーリスが二卵性双生児として誕生。1950年に父の故郷、イングランド、マンチェスターに移る。
1955年、ギブ兄弟は教会の合唱団に所属しキャリアをスタートさせる。自宅の近所には、後にハーマンズ・ハーミッツのリード・ヴォーカルとして英米で大人気を博すピーター・ヌーン一家が居り、ギブ一家とは家族ぐるみの付き合いをしていた。1958年、父の仕事の都合に因り家族7人(両親、バリー、ロビン、モーリス、姉のレスリー、末っ子アンディ)でオーストラリアのクイーンズランド州ブリスベンに移住。一番下の弟、アンディ(1958年3月5日-1988年3月10日)はマンチェスターで生まれたばかりだった。ここで兄弟は、小遣い稼ぎに唄うようになる。最初のグループ名はラトルスネークス(Rattlesnakes)、その後、ウィー・ジョニー・ヘインズ&ザ・ブルーキャッツ(Wee Johnny Hayes & the Bluecats) になった[2]。
そして3人はラジオのDJ、ビル・ゲイツ(Bill Gates,マイクロソフト創業者とは別人)に紹介される。紹介者は、レーサーのビル・グード(Bill Goode)。ゲイツは、自分とグードのイニシャル(BG)から彼らのグループ名をBee Geesとつける。1960年に入るとテレビとラジオのレギュラー番組を持つようになり、1963年にフェスティバル・レコードより『三つのキッス』でレコードデビューする運びとなり、以後は国民的規模の人気を博すこととなる。 英米ミュージシャンの多くは黒人音楽に少なからずも影響を受けたが、ビージーズはエヴァリー・ブラザースからの影響を強く受けた。
[編集] メンバー紹介および第一期 - 第三期黄金時代から1980年代末まで
ビージーズはギブ3兄弟を中心に結成されたが、1972年からは完全に兄弟のみのトリオ編成となった。全員共通してボーカルを担当。
- バリー・ギブ(Barry Gibb)(1946年9月1日-)・・・長身(182cm)で、ビージーズ結成から数多くの楽曲は彼が作曲し、リードボーカルを担当。70年代中期以降、ファルセット唱法を積極的に導入した。
- ロビン・ギブ(Robin Gibb)(1949年12月22日-)・・・モーリスとの二卵性双生児で次男。一時的に脱退し、その後復帰した。ソロ活動も積極的に行っている。
- モーリス・ギブ(Maurice Gibb)(1949年12月22日-2003年1月12日)・・・三男。ギター、ベース、そしてロビン同様にオルガン、メロトロン(ビートルズのストロベリー・フィールズ・フォーエバーのイントロ部分でも使用された鍵盤楽器)、ハープシコードなどの楽器を演奏することができた。グループのライブバンドのバンドマスターでもあり、ステージではベースやオルガンを演奏することが多かった。2003年1月12日急逝。
1966年にはオーストラリアで最優秀ボーカルグループに選ばれ、翌1967年2月、シングル『スピックス&スペックス』が全豪NO.1ヒットしている頃、オーストラリアでの大人気に着目したビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインは、自らが経営するNEMSエンタープライズに入社したての新人ロバート・スティッグウッドをオーストラリアへ赴かせ、ギブ兄弟にワールド・デビューの契約を持ち掛ける。イギリスに帰国したギブ兄弟は、オーストラリアクイーンズランド州生まれでロンドン育ちのドラマー、コリン・ピーターセン(1948年生れ)、そしてオーストラリア時代から彼らのレコーディングに度々参加していたシドニー出身のヴィンス・メロニー(1945年生れ)をリードギターに迎え、5人編成として1967年5月にポリドール・レコード本社より『ニューヨーク炭鉱の悲劇』でレコード・デビューする。アメリカでの発売元であるアトコ・レコード(アトランティック・レコードの子会社)が、新人では前代未聞の25万ドルで契約し、話題騒然となる。以後、『ラヴ・サムバディ』、『ホリディ』、『マサチューセッツ』(全米11位)、『ワールド』、1968年に『ワーズ』、『ジャンボー』、『獄中の手紙』(初の全米TOP10入り)『ジョーク』(同じく全米TOP10ヒット)、同年末にヴィンスがプロデュサー業に転向するため正式に脱退、翌1969年春、3rdアルバム『オデッサ』、シングル『若葉のころ』を発売間もなくロビンがソロ・シンガーになるべく独立(シングル『救いの鐘』は英国のみでヒット)、同年夏シングル『トゥモロウ・トゥモロウ』を最後にバリーとモーリスが一方的にコリンを解雇してしまう、これによって2人となったビージーズは『想い出を胸に』を全英TOP10に送り込むも、翌1970年春先にシングル『I・O・I・O』、アルバム『キューカンバー・キャッスル』発売直後の兄弟喧嘩に因って空中分解。その後、それぞれソロ・シングルを発表するも芳しい結果は出せず、同年9月にバリー、ロビン、モーリスの3人は固い結束の下に改めてビージーズとして再出発することを誓う。10月に再スタート第一弾アルバム『2Years・On』を発売、翌71年1月にシングルカットされた『ロンリーデイ』を全米3位(キャッシュボックス誌では1位)とし続くシングル『傷心の日々』は念願の全米No.1となるが、アルバムセールスは低調だった。コリン解雇後はジェフ・ブリッジフォードがドラムを叩いていたものの1972年春、初の来日公演(日本でもアイドル人気だった1969年に予定されていたがメンバーの脱退などの諸問題で、延び延びとなっていた)寸前に解雇される。1973年に、マネージャー兼プロデューサーでもあるロバート・スティッグウッドが設立したRSOレコードへ移籍し、アメリカでの発売元であるアトコ・レコード(アトランティック・レコードの子会社)でかっては、ヤング・ラスカルズなどを手掛け華々しい経歴の持ち主であるアリフ・マーディンのプロデュースを受け、マンネリ化した従来のストリングスサウンド(1967年~ステージではバックに30人編成から成るストリングス・オーケストラを付けていた)からリズム主体のファンキーなサウンドへと脱皮を図ったアルバム『ライフ・イン・ア・ティン・キャン』はファンから『売れるためにサウンドを変えた』と猛反発され、翌1974年のアルバム『ミスター・ナチュラル』も不発に終わる、1975年に芸能生活20周年記念アルバムでもある『メインコース』からシングルカットされた『ジャイヴ・トーキン』、『ブロードウエイの夜』がディスコブームに乗り、全米大ヒット、これより第三期黄金時代の幕開けとなる。以後も、ダンスナンバーを中心とするコンテンポラリー路線を手掛け、1978年には半年以上も彼らが手掛けた楽曲がNo.1を占めるなどの快挙を達成(ビートルズ、シュープリームス、カーペンターズ以来)。1981年のアルバム『リビング・アイズ』がマイナーヒットに終わって以降は、各自のソロ活動と並行して他アーティストへの楽曲提供が活動の中心となり、数多くの全米ヒットを生み出す。1987年にワーナー・レコードに移籍し、アルバム『E・S・P』よりシングル・カットされた『You・Win・Again』は、全英TOP10ヒット。1989年には、シングル『One』が久々に全米TOP10ヒットになるものの、Rolling Stone誌では"Unwelcome Back Band"と酷評される。モーリス死亡後はロビンは再結成の意向はないと表明したが、現在では必ずしもこだわってはいない、とのこと。
[編集] サタデー・ナイト・フィーバー&ステイン・アライブ
ディスコで大人気を誇っていたビージーズのナンバーを大きく取り入れた映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が、1977年に公開された。1998年にミュージカル版もロンドンで製作され、翌年にはブロードウェー公演も果たし、日本公演は2003年に新宿コマ劇場で行われた。続編である映画『ステイン・アライブ』もヒットする。
[編集] 業績・受賞
全世界で2億3,000万枚を超えるレコードを売り上げているビージーズは、現在に至るまでビートルズ、エルヴィス・プレスリー、マイケル・ジャクソン、ポール・マッカートニーと並んで、歴史上最も成功した上位5ユニットのアーティストに数えられる。彼らの楽曲は古くはエルヴィス、近年はデスティニーズ・チャイルドといった日本においても知名度の高いアーティストらによってカバーされている。1971年から1979年にかけて米国のビルボードチャートに9曲のナンバーワンヒットを送り出した[3]。1978年の3月には、製作に携わった4つの楽曲が上位5位にランクインした。この記録は、ビートルズが1964年の4月に上位5つ全てを独占した記録に次ぐ偉業である。1977年の最終週から1978年の8月までの32週に亘り、携わった楽曲が常に1位の座を独占し続けた。イギリスに於いては、ビートルズの28曲に次ぐ19曲がナンバーワンヒットを記録した。活動期間中に5つのグラミー賞を獲得した。1997年にはメンバー3人全員がアーティストの殿堂、さらにはグループがロックの殿堂、[4]。2001年にはボーカルグループの殿堂、2004年9月20日にダンスミュージックの殿堂入りを果たし、音楽史上初めて4つの殿堂入りを記録した。他にも、「英国の音楽に多大な貢献を行ったアーティスト」の栄誉も受賞した。
[編集] シングル
- ニューヨーク炭坑の悲劇 - The New York Mining Disaster 1941 (1967年)
- ラヴ・サムバデ - To Love Somebody (1967年) - 全米17位, 全英41位
- 誰も見えない - I Can't See Nobody (1967年) - 日本に於いては「ニューヨーク炭鉱の悲劇」のB面
- マサチューセッツ - Massachusetts (1967年) - 全米11位, 全英1位
- ホリデイ - Holiday (1967年) - 全米16位(日本に於いては「マサチューセッツ」のB面)
- ワールド - World (1967年) - 全英9位
- ワーズ - Words (1968年) - 全米15位, 全英8位
- ジャンボー - Jumbo (1968年) - 全米57位, 全英25位
- 恋するシンガー - The Singer Sang His Song (1968年) - 全米116位(日本に於いては「ジャンボー」のB面)
- 獄中の手紙 - I've Gotta Get A Message To You (1968年) - 全米8位, 全英1位
- ジョーク - I Started A Joke (1968年) - 全米6位
- 若葉のころ - First Of May (1969年) - 全米37位, 全英6位 - 日本では同名のドラマ『若葉のころ』(1996年、TBS)の主題歌となっている。日本のレコードの対訳誤りの例として多くの英語学習書に紹介されている and you don't ask the time of day を文字通り、”君は時間を聞かなくなった”と世紀の誤訳していた ”君は声もかけなくなった”のような意味である[要出典]
- トゥモロウ・トゥモロウ - Tomorrow,Tomorrow (1969年) - 全米54位, 全英23位
- 想い出を胸に - Don't Forget To Remember (1969年) - 全米73位, 全英2位
- イフ・オンリー・アイ・ハッド - If Only I Had My Mind On Something Else (1970年) - 全米91位(シングルとしては日本未発売)
- アイ・オー・アイ・オー - IOIO (1970年) - 全米94位, 全英41位
- ロンリー・デイ - Lonely Days (1971年) - 全米3位, 全英33位
- メロディ・フェア - Melody Fair (1971年) - 映画『小さな恋のメロディ』の主題歌として、日本でのみシングル・カットされ大ヒット。(オリコン3位)
- イン・ザ・モーニング - In The Morning (1971年) - 映画『小さな恋のメロディ』の主題歌として日本でのみシングル・カットされた。(オリコン36位)
- 傷心の日々 - How Can You Mend A Broken Heart (1971年) - 全米1位
- 過ぎ去りし愛の夢 - Don't Wanna Live Inside Myself (1971年) - 全米53位
- マイ・ワールド - My World (1972年) - 全米16位, 全英16位
- ラン・トゥー・ミー - Run To Me (1972年) - 全米16位, 全英9位
- アライヴ - Alive (1972年) - 全米34位
- 希望の夜明け - Saw A New Morning (1973年) - 全米94位
- ひとりぼっちの夏 - Wouldn't Be Someone (1973年) - 全米115位
- ミスター・ナチュラル - Mr Natural (1974年) - 全米93位
- シャレード - Charade (1974年) - 全米103位
- ジャイブ・トーキン - Jive Talkin (1975年) - 全米1位, 全英5位
- ブロード・ウェイの夜 - Nights On Broadway (1975年) - 全米7位
- ファニー - Fanny(Be Tender With My Love) (1975年) - 全米12位
- ユー・シュッド・ビー・ダンシング - You Should Be Dancing (1976年) - 全米1位, 米R&B4位, 全英5位
- 偽りの愛 - Love So Right (1976年) - 全米3位, 米R&B32位, 全英41位
- ブーギ・チャイルド - Boogie Child (1976年) - 全米12位, 米R&B31位
- 宇宙の片隅 - Edge Of The Universe (1977年) - 全米26位
- 愛はきらめきの中に - How Deep Is Your Love (1977年) - 全米1位, 全英3位
- ステイン・アライヴ - Stayin' Alive (1978年) - 全米1位, 米R&B4位, 全英4位 - 日本ではホンダ・オデッセイのCMソング(2008年~)に使われている
- 恋のナイト・フィーバー - Night Fever (1978年) - 全米1位, 米R&B8位, 全英1位
- 失われた愛の世界 - Too Much Heaven (1979年) - 全米1位, 米R&B10位, 全英3位
- 哀愁のトラジディ - Tragedy (1979年) - 全米1位, 米R&B44位, 全英1位
- ラブ・ユー・インサイド・アウト - Love You Inside Out (1979年) - 全米1位, 米R&B57位, 全英13位
- 愛のパラダイス - Spirits(Having Flown) (1979年) - 全英16位
- 愛はトライアングル - He's A Liar (1981年) - 全米30位, 全英82位
- リヴィング・アイズ - Living Eyes (1981年) - 全米45位
- ウーマン・イン・ユー - The Woman In You (1983年) - 全米24位, 米R&B77位, 全英81位
- よりそう二人 - Someone Belonging To Someone (1983年) - 全米49位, 全英49位
- ユー・ウィン・アゲイン - You Win Again (1987年) - 全米75位, 全英1位
- E.S.P. - E.S.P. (1987年) - 全英51位
- クレイジー・フォー・ユア・ラヴ - Crazy For Your Love (1988年) - 全英79位
- オーディナリィ・ライヴス - Ordinary Lives (1989年) - 全英54位
- ONE - One (1989年) - 全米7位, 全英71位
- シークレット・ラヴ - Secret Love (1991年) - 全英5位
- ペイイング・ザ・プライス・オブ・ラヴ - Paying The Price Of Love (1993年) - 全米74位, 全英23位
- 誰がために鐘は鳴る - For Whom The Bell Tolls (1993年) - 全米109位, 全英4位
- 甘い経験(パート1) - How To Fall In Love Pt.1(1994年) - 全英30位
- アローン - Alone (1997年) - 全米28位, 全英5位
- もうこれ以上愛せないほど - I Could Not Love You More (1997年) - 全英14位
- スティル・ウォータース・ラン・ディープ - Still Waters Run Deep (1997年) - 全米57位, 全英18位
- ディス・イズ・ホエア・アイ・ケイム・イン - This Is Where I Came In (2001年) - 全英18位
[編集] 楽曲提供曲・カバーされた曲
1968年
- Only One Woman / Marbles 全英5位
- To Love Somebody / Sweet Inspiration 全米74位
1969年
- To Love Somebody / Nina Simone 全英5位
- Marley Purt Drive / Jose Feliciano 全米70位
- And The Sun Will Shine / Jose Feliciano 全英25位
- Smile For Me / The Tigers(オリコン3位)
1970年
- Sweetheart / Engelbert Humperdinck 全米47位, 全英22位
1975年
- Only One Woman / Nigel Olsson 全米91位
1976年
- Jive Talkin' / Rufus feat. Chaka Khan 米R&B35位
- Come On Over / Olivia Newton-John 全米23位
- Love Me / Yvonne Elliman 全米14位, 全英6位
1977年
- I Just Want To Be Your Everything / Andy Gibb 全米1位, 米R&B19位, 全英26位
- Love Is Thicker Than Water / Andy Gibb 全米1位
- Nights On Broadway / Candi Staton 全英6位
1978年
- If I Can't Have You / Yvonne Elliman 全米1位, 米R&B60位, 全英4位
- More Than A Woman / Tavares 全米32位, 全英7位
- Emotion / Samantha Sang 全米3位, 米R&B42位, 全英11位
- Shadow Dancing / Andy Gibb 全米1位, 米R&B11位, 全英42位
- An Everlasting Love / Andy Gibb 全米5位, 全英10位
- (Our Love)Don't Throw It All Away / Andy Gibb 全米9位, 全英32位
- Warm Ride / Rare Earth 全米39位
- Night Fever / Carol Douglas 全英66位
- Grease / Frankie Valli 全米1位, 米R&B40位, 全英3位
- Ain’t Nothing Gonna Keep Me From You / Teri De Sario 全米43位
- Stayin’ Alive / Richard Ace 全英66位
1979年
- You Stepped Into My Life / Melba Moore 全米47位
- You Stepped Into My Life / Wayne Newton 全米90位
1980年
- Desire / Andy Gibb 全米4位, 米R&B49位,
- I Can't Help It / Andy Gibb & Olivia Newton-John 全米12位
- Hold On To My Love / Jimmy Ruffin 全米10位,米R&B29位,全英7位
- Woman In Love / Barbra Streisand 全米1位, 全英1位
- Guilty / Barbra Streisand & Baarry Gibb 全米3位, 全英34位
- Time Is Time / Andy Gibb 全米15位
1981年
- What Kind Of Fool / Barbra Streisand & Baarry Gibb 全米10位
- Promises / Barbra Streisand 全米48位
- Me (Without You) /Andy Gibb 全米40位
1982年
- Heartbreaker / Dionne Warwick 全米10位,米R&B14位, 全英2位
- All The Love In The World / Dionne Warwick 全英10位
- Take The Short Way Home / Dionne Warwick 全米41位
- Heart(Stop Beating In Time) / Leo Sayer 全英22位
1983年
- Islands In The Stream / Kenny Rogers & Dolly Parton 全米1位, 全英7位
- This Woman / Kenny Rogers 全米23位
- Eyes That See In The Dark / Kenny Rogers 全米79位, 全英61位
1985年
- Eaten Alive / Diana Ross 全米77位, 米R&B10位, 全英71位
- Chain Reaction / Diana Ross 全米66位, 米R&B85位, 全英1位
1987年
- Jive Talkin' / Boogie Box High 全英7位
1990年
- To Love Somebody / Jimmy Somerville 全英8位
1992年
- To Love Somebody / Michael Bolton 全米11位, 全英16位
1993年
- If I Can't Have You / Kim Wilde 全英12位
- Grease / Craig McLachlan 全英44位
1995年
- How Deep Is Your Love / Portrait 全米93位, 全英41位
- Stayin'Alive / N'Trance 全英2位
1996年
- How Deep Is Your Love / Take That 全英1位
- Words / Boyzone 全英1位
1997年
- We Trying To Stay Alive / Wyclef Jean 全英13位
1998年
- Y(How Deep Is Your Love) / DJ Scot Project 全英57位
- Immortality / Celine Dion & Bee Gees 全英5位
- Night Fever / Adam Garcia 全英15位
- More Than A Woman / 911 全英2位
- Tragedy / Steps 全英1位
1999年
- You Should Be Dancing / Blockster 全英3位
- Love Me / Martine McCutcheon 全英6位
2001年
- Emotion / Destiny's Child 全米10位, 米R&B28位, 全英3位
- Chain Reaction / Steps 全英2位
- I Could Not Love You More / KLB ※ブラジル人アーチストでビー・ジーズと同じ3兄弟で活動している。伯題は「Te Amar Ainda Mais」。「KLB 2001」収録。
2002年
- Honey(Love You Inside Out) / R Kelly & Jay-Z 全英35位
- Sacred Trust / One True Voice 全英2位
2003年
- My Lover's Prayer / Alistair Griffin & Robin Gibb 全英5位
2004年
- I Can Not Give You My Love / Cliff Richard 全英13位
2005年
- Come Tomorrow / Barbra Streisand & Barry Gibb 全英95位
2006年
- Woman In Love / Liz McClarnon 全英5位
[編集] ディスコグラフィー
- 1965年 The Bee Gees Sing and Play 14 Barry Gibb Songs
- 1966年 Spicks and Specks
- 1967年 Bee Gees 1st 全米7位,全英8位(ジャケットデザインはビートルズの『リボルバー』も手掛け後にプラスティック・オノ・バンドに参加する当時はマンフレッド・マンのベーシストだったクラウス・フォアマン)
- 1968年 Horizontal 全米12位,全英16位
- 1968年 Idea 全米17位,全英4位
- 1969年 Odessa 全米20位,全英10位
- 1970年 Cucumber Castle 全米94位,全英57位
- 1971年 2 Years On 全米32位
- 1971年 Trafalgar 全米34位
- 1972年 To Whom It May Concern 全米34位
- 1973年 Life in a Tin Can 全米68位
- 1974年 Mr. Natural 全米178位
- 1975年 Main Course 全米14位
- 1976年 Children of the World 全米8位
- 1979年 Spirits Having Flown 全米1位,全英1位
- 1981年 Living Eyes 全米41位,全英73位
- 1987年 E.S.P. 全米41位,全英5位
- 1989年 One 全米68位,全英29位
- 1991年 High Civilization 全英24位
- 1993年 Size Isn't Everything 全米153位,全英23位
- 1997年 Still Waters 全米11位,全英2位
- 2001年 This Is Where I Came In 全米16位,全英6位
[編集] 日本公演
- 3月23日 渋谷公会堂、24日 日本武道館、25日,26日 大阪フェスティバルホール
- 9月1日,2日 新宿厚生年金会館、5日 福岡九電記念体育館、6日 倉敷市民会館、7日 名古屋市民会館、8日 渋谷公会堂、10日,11日 大阪フェスティバル・ホール、12日 京都会館、13日 静岡駿府会館、14日,15日 新宿厚生年金会館
- 10月3日,4日,19日,11月3日,4日中野サンプラザ、10月21日広島郵便貯金ホール、10月22日愛媛県民会館、10月23日,25日大阪フェスティバルホール、10月24日京都会館、10月26日名古屋市民会館、10月28日新宿厚生年金会館、10月29日静岡駿府会館、10月30日横浜文化体育館、11月1日新潟体育館、11月5日宮城県民会館、11月6日北海道厚生年金会館
- 11月28日,29日 横浜アリーナ、12月2日 名古屋レインボーホール、4日 大阪城ホール、6日 福岡サンパレス、7日 愛媛県県民文化会館
[編集] 脚注
- ^ Sean Michaels (2009年9月8日). “Bee Gees to re-form for live comeback”. 2009年9月26日閲覧。
- ^ Dolgins, Adam. “3rd ed.”. Rock Names: From Abba to ZZ Top. Citadel Press. pp. p.24.
- ^ FM Fan編集部 『ミュージック・データ・ブック 1955年-95年ビルボード年間チャート完全収録』 共同通信社、1996年。ISBN 978-4-7641-0367-2。
- ^ “Rock 'n' Roll Hall of Fame citation”. Rock and Roll Hall of Fame and Museum (1997年). 2010年1月19日閲覧。