バリー・ギブ

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バリー・ギブ
Barry Gibb
オランダのテレビ番組にて(1968年)}
オランダのテレビ番組にて(1968年)
基本情報
出生名 Barry Alan Crompton Gibb
出生 1946年9月1日(67歳)
マン島の旗 マン島ダグラス
出身地 Rised in:
イングランドの旗 イングランドマンチェスター
Moved to:
オーストラリアの旗 オーストラリアブリスベン
ジャンル ポップロックディスコカントリー
職業 シンガーソングライター音楽プロデューサー
担当楽器 ギターボーカル
活動期間 1958年 - 現在
共同作業者 ビージーズ
1958年-2003年
2009年-現在
公式サイト Official website

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バリー・ギブ: Barry Gibb1946年9月1日 -)は、マン島出身のシンガーソングライター音楽プロデューサーである。2人の兄弟(ロビン・ギブモーリス・ギブ)と結成したビージーズのメンバーとして知られている。ビージーズはオーストラリアでデビューし、イングランドに戻ってから成功した。バリーは高いピッチのファルセットを歌声で使うことで知られ、Billboard Hot 100のナンバー1ヒットを6曲書いている。また、トップ10中5曲を同時にランクインさせた唯一のソングライターである。

Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第38位[1]

若年期[編集]

バリーはマン島で父ヒュー・ギブと母バーブラの下で生まれた。バリーは5人兄弟で、1人の姉(レズリー 1945年生)と3人の弟(ロビンとモーリス 1949年生、アンディ 1958年生)がいる。彼は家族とともに1953年にマンチェスターへ移り住み、彼が12歳の時に家族とともにオーストラリアブリスベンに移った。彼ら兄弟の音楽キャリアはオーストラリアでスタートした。1967年にイングランドへ戻り、その後まもなくビージーズはスターとなった。

来歴[編集]

ビージーズは、エルヴィス・プレスリービートルズマイケル・ジャクソンガース・ブルックスポール・マッカートニーに次いで通算の売上が6位のアーティストである。彼ら3人が貢献した『サタデー・ナイト・フィーバー』のサウンドトラックは、4000万枚のセールスを記録した。この記録はマイケル・ジャクソンの『スリラー』に抜かれるまで、史上最も多く売り上げたレコードだった。彼らは6曲のナンバー1ヒットを記録している。グラミー賞には16回ノミネートされ、9回受賞している。

シンガーソングライターとして、ソロでも兄弟と合同でも、バリーは成功している。1978年、Billboard Hot 100のトップ10内に同時に5曲を送り込んだ。また、同年3月には、トップ5内の4曲が彼によって書かれた曲だった時期が1週間あった。1977年12月24日から1978年9月2日までの37週のうち、27週もの間彼の曲が1位を記録していた。バリーが書いた曲は1960年代、1970年代、1980年代、1990年代の何れにも1位を記録している。彼の曲はエルヴィス・プレスリージャニス・ジョプリンバーブラ・ストライサンドデスティニーズ・チャイルドセリーヌ・ディオンアル・グリーンダイアナ・ロスケニー・ロジャースディオンヌ・ワーウィックルーサー・ヴァンドロスサラ・ヴォーンワイクリフ・ジョンなど100組以上のアーティストに録音されている。

バリーはアンディ・ギブケニー・ロジャースディオンヌ・ワーウィックバーブラ・ストライサンドダイアナ・ロスのアルバムの制作も行い成功している。

ビージーズはソングライターの殿堂、そしてロックの殿堂入りを果たした[2][3][4][5][6][7]

私生活[編集]

バリー・ギブは"ミス・エディンバラ"として知られるリンダ・グレイと1970年9月1日に結婚し(9月1日はバリーの誕生日)、ビートルズで知られるアビイ・ロードの近くのアビー・ハウスに住んでいた。彼らには5人の子供がいる。長男のスティーヴ・ギブクローバー、キングダム・オブ・ソローでギターを担当しており、ビージーズとともにツアーに参加している。

彼の伝記「Tales from The Brothers' Gibb」によると、バリーは1990年代前半に心臓発作を患ったためその後はモルヒネに頼る生活を送っていた。また、関節炎も患っている。バリーは思う通りに手が動かなくなったため、彼の活動は終わるかもしれないと思っていた。彼はギターを演奏する間、時々手を暖かくするために手袋をはめている。

2006年1月、バリーは別荘としてテネシー州ジョニー・キャッシュジューン・カーター・キャッシュ夫妻の旧邸宅を購入した[8]。しかし、2007年4月10日に建物は火事で全焼してしまった[9]

2004年5月2日、バリーとロビン・ギブはバッキンガム宮殿で開催された大英帝国勲章(CBE)の授賞式に出席し賞を授けられた。そのとき、もう1人の弟モーリス・ギブはすでに亡くなっていたため、モーリスの息子アダムが代理で出席した[10]

2009年6月10日、バリーとロビンはダグラスで "Freeman of the Borough" の称号[11]を得た。この称号はすでに亡くなったモーリスにも授けられたため、彼ら3兄弟は揃って出生の街で栄誉を認められることとなった。

2009年に「サンデー・タイムス」がバリーとロビンの資産を合わせると1億8000万ドルだと見積もった[12]

バリーはフロリダ州マイアミビーチ、およびバッキンガムシャーに住んでいる。

政治活動[編集]

2006年12月7日、バリー・ギブは他の4,500人のミュージシャンとともに、イギリス政府に対して50年の著作権保護期間を延長するための広告を、フィナンシャル・タイムズ紙に出した。彼らはアメリカのように著作権保護期間を95年まで延長できるよう提案した。これは、2006年12月6日ガウアーズ報告書が著作権保護期間は現行の50年を維持する内容であることをイギリス政府が発表したことに対する反発だった[13]

近年[編集]

  • テレビ番組「アメリカン・アイドル」2007年5月8日のエピソードで、バリーは残っている4人のための助言者として出演した。翌日に行われたラキーシャ・ジョーンズの脱落の直前に、バリーは彼自身の曲「ラヴ・サムバディ」を歌った。
  • バリーは次に出すカントリー・アルバムに先行して、新曲「Drown On The River」をiTunesで発売した。この曲はバート・レイノルズ主演の映画『Deal』で使用された。
  • バリーはITVの番組「Grease Is The Word」のテーマ曲を作曲した。
  • 2009年の後半、バリーとロビンはビージーズを再結成すると発表した[14]

バリー・ギブ・トーク・ショー[編集]

「バリー・ギブ・トーク・ショー」は、サタデー・ナイト・ライブの中のコーナーで、皮肉な部分が人気だった。それはジミー・ファロンが、非常にあくが強いバリーおよび弟のロビン、ジャスティン・ティンバーレイクに扮する内容である。

2010年3月16日、バリーとロビンはテレビ番組「レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン」に出演し、彼らの50年のキャリアとロックの殿堂の授賞式、そして最近の出来事と「バリー・ギブ・トーク・ショー」について語った。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

  • 1970: The Kid's No Good (未リリース)
  • 1984: Now Voyager
  • 1988: Hawks (サウンドトラック)
  • 2006: The Eaten Alive Demos (iTunes)
  • 2006: The Guilty Demos (iTunes)
  • 2006: The Eyes That See in the Dark Demos (iTunes)
  • 2006: The Heartbreaker Demos (iTunes)[15]

シングル[編集]

  • 1969: "I'll Kiss Your Memory"
  • 1978: "A Day in the Life"
  • 1981: "Guilty" (duet with Barbra Streisand)
  • 1981: "What Kind of Fool" (duet with Barbra Streisand)
  • 1984: "Shine Shine"
  • 1984: "Fine Line"
  • 1988: "Childhood Days"
  • 2006: "Dr. Mann"
  • 2006: "Underworld"
  • 2007: "Drown on the River"[16]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Rocklist.net...Q Magazine Lists..”. Q - 100 Greatest Singers (2007年4月). 2013年5月21日閲覧。
  2. ^ Barry Gibb Bio”. 2010年7月17日閲覧。
  3. ^ Barry Gibb Infosite”. 2010年7月17日閲覧。
  4. ^ Barry Gibb Biography at IMDb”. 2010年7月17日閲覧。
  5. ^ The Rock and Roll Hall of Fame”. 2010年7月17日閲覧。
  6. ^ The Songwriters Hall of Fame”. 2010年7月17日閲覧。
  7. ^ Gibb Songs: 1978”. 2010年7月17日閲覧。
  8. ^ “Gibb buys Johnny Cash's house”. USA Today. (2006年1月5日). http://www.usatoday.com/life/people/2006-01-05-cash-house_x.htm?POE=LIFISVA 2007年4月15日閲覧。 
  9. ^ Johnny Cash's Former Home Burns to Ground”. 2007年4月10日閲覧。
  10. ^ Barry, Robin and Maurice's son Adam received the CBE award”. 2010年7月17日閲覧。
  11. ^ その地の名誉を高めるような働きをした者に贈られる称号。
  12. ^ Barry Gibb Biography at IMDb”. 2010年7月17日閲覧。
  13. ^ Being For The Benefit Of British Musicians” (2006年12月8日). 2010年7月17日閲覧。
  14. ^ BBC News (2009年10月15日). “Bee Gees to perform on Strictly”. http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/8308513.stm 2009年10月16日閲覧。 
  15. ^ "Bee Gees Rarity Site"
  16. ^ "Gibb Songs"

外部リンク[編集]