サタデー・ナイト・フィーバー
| サタデー・ナイト・フィーバー | |
|---|---|
| Saturday Night Fever | |
| 監督 | ジョン・バダム |
| 脚本 | ノーマン・ウェクスラー |
| 製作 | ロバート・スティグウッド |
| 出演者 | ジョン・トラボルタ |
| 音楽 | ビー・ジーズ デヴィッド・シャイア |
| 撮影 | ラルフ・D・ボード |
| 編集 | デイヴィッド・ローリンズ |
| 配給 | パラマウント映画/CIC |
| 公開 | 1977年12月14日 1978年7月15日 |
| 上映時間 | 118分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| 興行収入 | $237,113,184[1] |
| 次作 | ステイン・アライブ |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| AllRovi | |
| IMDb | |
『サタデー・ナイト・フィーバー』(英: Saturday Night Fever)は1977年製作のアメリカ映画である。監督はジョン・バダム。俳優ジョン・トラボルタの出世作である。日本での公開は1978年7月。
目次 |
[編集] 概要
ジョン・トラボルタ演ずるニューヨーク・ブルックリンの若者トニーが、週末ごとに行くディスコが主な舞台の映画。トニーをはじめとした仲間たちは、その「持って行き場のない青春のエネルギー」を、ダンスや喧嘩やセックスに明け暮れて、すごしている。
ブルックリン橋をへだてただけの、庶民的な町であるブルックリンと、華やかな都会的な町マンハッタンとが対比して描かれており、単なる娯楽映画ではなく、苦い社会性も持った映画である。
この映画によりディスコ・ミュージックが世界的に人気になり、「トラボルタ」はディスコの代名詞ともなった。ディスコ文化を取り巻く様々なサブカルチャーで、世界の若者文化に大きな影響を与えた。
ビージーズのディスコ・ミュージックを収録した「サタデー・ナイト・フィーバー」のサウンドトラックは世界的に大ヒットとなった。
また日本ではディスコ・ダンスで踊り、熱狂することを指す「フィーバーする」という言葉(和製英語)も生まれ、転じてパチンコでの大当たりのシステムでも「フィーバー」という言葉が使われるようになった。
[編集] ストーリー
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
ブルックリンのペンキ屋で働くトニーは、変わりばえのない毎日の生活にうんざりしていた。彼の生き甲斐は土曜日の夜(サタデーナイト)にディスコで踊り明かすことだけ。ある日、ディスコで年上の女性ステファニーに出会う。インテリで自立しており、将来設計を持つマンハッタンのステファニーに影響されたトニーは、自分の生き方を考え直すようになる。
トニーが踊ったフロアは、そのクラブの閉店に伴いオークションにかけられた。
[編集] キャスト
| 役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | ||
|---|---|---|---|---|
| ソフト版 | TV版 | |||
| トニー | ジョン・トラボルタ | 三木眞一郎 | 郷ひろみ | |
| ステファニー | カレン・リン・ゴーニイ | 加藤ゆう子 | ||
| ボビー | バリー・ミラー | 上田祐司 | ||
| ジョーイ | ジョセフ・カリ | 川村拓央 | ||
| ダブルJ | ポール・ベイブ | 望月健一 | ||
| アネット | ドナ・ペスコウ | 山田美穂 | ||
[編集] ミュージカル
1998年にはミュージカル版も制作されている。2003年に新宿コマ劇場において日本人キャストによるミュージカル版が公演された。
詳細は「サタデー・ナイト・フィーバー (ミュージカル)」を参照
[編集] 続編
1983年にはシルベスター・スタローン監督で続編にあたる『ステイン・アライブ』が製作された。
[編集] 脚注
- ^ “Saturday Night Fever (1977)” (英語). Box Office Mojo. 2010年2月19日閲覧。
[編集] 関連項目
- ステイン・アライブ
- サタデー・ナイト・フィーバー (サウンドトラック)
- サタデー・ナイト・フィーバー (ミュージカル)
- ディスコフィーバーなど世間一般レベルでの影響が伺い知れる。
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