チェンバロ
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| 別称:ハープシコード、クラヴサン | ||||||||
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チェンバロ(独: Cembalo, 伊: clavicembalo)は、鍵盤を用いて弦をプレクトラムで弾いて発音させる楽器で、撥弦楽器(はつげんがっき)、または鍵盤楽器の一種に分類される。英語ではハープシコード (harpsichord)、フランス語ではクラヴサン (clavecin) という。
狭義にはグランド・ピアノのような翼型の楽器を指すが、広義には同様の発音機構を持つヴァージナルやスピネット等を含めた撥弦鍵盤楽器を広く指す。
目次 |
[編集] 構造
チェンバロに代表される撥弦鍵盤楽器は、大きさや外形は多様であるが、発音機構の基本は共通している。
奏者が鍵を押し下げると、他端に載っているジャックと呼ばれる薄板状の部品が持ち上がり、ジャックの側面に装着された鳥の羽軸などからできたプレクトラム(ツメ)が弦を下から上に弾いて音を出す。
奏者が鍵から手を放すと、他端が元の位置に戻り、ジャックも下がる。この時プレクトラムは弦を回り込んで落ちるための機構、「タング」の上に装着されているため、弦に強く触れない。そしてジャックの上に付けられたフェルト製のダンパーによって弦の振動が止められる。
以下では上記の基本原理をより詳細に説明する。
鍵(1)は単純なピボットで、鍵にあけられた穴に差し込まれたバランスピン(24)を支点として動く。
ジャック(17)は通常硬い木で作られた薄い長方形の木片で、鍵の端に垂直方向に立てられ、上下のジャックガイド(7・22、レジスターとも)で支えられている。ジャックガイドは、スパイン(左側の長い側板)側からチーク(鍵盤右の短いまっすぐな側板部分)側まで走るギャップの中に設置される、ほぞ穴のある細長く、長方形の二枚の板で、このほぞ穴の中をジャックが上下に動く。上部のジャックガイドはしばしば可動である(図4を参照)。 イタリアのチェンバロでは、ボックス・スライドと呼ばれる厚みのある単一のジャックガイドが用いられる。
ジャックの上部には、タング(図2-3)という硬い木でできた小さい可動性の部品が、イノシシの毛などを用いたバネを介して取り付けられている。タングからはほぼ水平にプレクトラム(図2-4)が突き出ており(通常はごく僅かに上方向に角度をつける)、プレクトラムは弦の下ぎりぎりの位置に設置される。歴史的にはプレクトラムはワタリガラス (raven) などの鳥の羽軸で作られていたが、現代では保守が容易なデルリン製のプレクトラムを用いる場合も多い。
A) 操作されていない状態のジャック。ジャックの一番上にはフェルト製のダンパー(図3-3)が突き出ており、鍵が押されていない時には弦の振動を止めている。
B) 鍵を押すことでジャックが上がり始めた状態。ジャックが上昇するにつれ弦に押し当てられたプレクトラムは徐々にたわんでいく。
C) プレクトラムは湾曲の限界点を超えて、弦を弾き、振動を起こす(音の発生)。ジャックの垂直に跳ね上がる動きはジャックレール(図1-6/3-1)によって止められる。ジャックレールの内側はジャックの衝撃を和らげるために柔らかいフェルト(図3-2)がつけられている。
D) 鍵から手を離すと、鍵のもう一方の端は自重で元の位置に戻り、それに従ってジャックも下に降りる。この際プレクトラムは弦に触れるが、弾力のあるタング(図3-6)の働きによって後方に退き、ほとんど音を生じることなく弦の下に戻る。その後バネ(図3-8)の仕掛けによってタングは元の位置に戻る。ジャックが元の位置まで降りるとフェルト製のダンパーが弦の上に乗り消音する。
[編集] 弦と響板
弦の素材には真鍮、鉄、丹銅などが使われる。一般に高音域の弦長の短い楽器では全域で真鍮弦が用いられるが、高音域の弦長の長い楽器では高音域に鉄弦を用い、低音域に真鍮弦、さらに最低音域では丹銅弦が用いられる。
弦が想定通りの音程で鳴るためには、正しいテンションで張られていなければならない。このため、弦の一端(通常は鍵盤に近い側)はチューニングピン(図1-4)に通され、ピンにあったレンチ(チューニング・ハンマー)を使って、適切な音程となるように巻き取られている。チューニングピンは堅い木で作られた長方形のレストプランク(ピンブロックとも、図1-23)にねじ込まれている。弦の他端は小さな輪を作りねじって止めたものを、ヒッチピン(図1-10)に引っかけてとめる。ヒッチピンはライナー(11)に打ち込まれている。 近代的なピアノのような金属フレームを持たないチェンバロは、湿度の変化に弱く、調律が変動しやすいため、演奏者は演奏のみならず、自ら調律する技術も要求される。
弦はブリッジ(図1-9)を介して響板(サウンドボードとも、図1-14)を振動させる。響板とケースの構造体は、弦の振動を効率良く空気の振動へ変換し、音量を拡大する。
響板は一般的にトウヒやモミあるいはイトスギなどの針葉樹の木材の2~4mm程度の薄いパネルである。
イタリアのチェンバロの響板は、裏側全体がリブで補強されている物が多くあるが、フランドルや18世紀フランスのものは、リブがあるのは低音側手前の領域のみで、ブリッジの下にはリブを持たない。
通常、響板の低音側の手前の部分には、リュートやギターのように穴が開けられ、木や羊皮紙、または金属の装飾が嵌め込まれる、これをローズと呼ぶ。
[編集] 複弦とストップ
チェンバロの音量は打鍵の強弱にはほとんど依存しない。しかし複数の弦の組を備えることで音量、音色に変化を与えることができる。
同ピッチあるいはオクターブ間隔のピッチの複数の弦を同時に鳴らすことで音量を増加できる。オクターヴ間隔のピッチの弦を同時に鳴らす場合は音色が大きく変化する。
同じピッチの弦が二組ある場合、それぞれに異なった音色を与えることが可能となり、これによってチェンバロの音色の幅を広げられる。音色の変化は、一組の弦はナット(ブリッジに似た弦の振動長を決定する構造、図1-5)に近いところで弾き、もう一組をナットから遠いところで弾くことで実現される。ナット近くで弾くと、高次の倍音が強調され、「鼻にかかった」音色となる。
音色の選択機構はオルガンの用語を用いて、ストップ、もしくはレジスターと呼び、ストップの組み合わせをレジストレーションと呼ぶ。
8フィート・ストップは通常の音高に張られた弦を鳴らすものであり、二組ある場合は、ナットに近いところを弾くものを「フロント」と呼び、ナットから遠いところを弾くものを「バック」と呼ぶ。これに対して4フィート・ストップはオクターヴ高いピッチの弦を鳴らす。同様に、稀に用いられる16フィート・ストップはオクターヴ低く、2フィート・ストップは2オクターヴ高く鳴る。なお、これらの「フィート」という用語はオルガンの用語から来ており、実際の弦の長さとは関係ない。
その他、弦のナット近くに革やフェルトを接触させて振動を抑えることで音色を変化させるバフ・ストップ[1]、弦のナットに極めて近いところを弾くナザール[2]、プレクトラムに革を用いて柔らかい音を出すポー・ド・ブフルpeau de buffleなどがある。
ストップの選択は、上のジャックガイドを少し横に動かし、プレクトラムが弦に触らないようにして、「除音」の状態にすることで実現される。バフ・ストップの場合は、革やフェルトの小片の並んだレールを横に動かして接触を切り替える。
簡潔な構造の楽器では、ストップの操作は手で直接行われるが、チェンバロ史上のさまざまな開発により、鍵盤の脇にレバーを設けたり、膝レバー、ペダルなどでストップを操作する機構が発明された。
複数のストップを同時に用いる場合、全てのストップのプレクトラムが同時に弦を弾くようになっていると、タッチが重くなり演奏に支障を生じる。そのため各ストップ間で発音に僅かな時差が生じるように調節される、これをスタガリングと呼ぶ。またスタガリングにより、鍵盤を押す速さによって発音の集中の度合いが変化するため、タッチによる表現がより豊かになる。
更に、楽器に複数の鍵盤を備えることで、各鍵盤が特定のストップの組合わせを弾くように設定でき、音色の選択の柔軟性が増す。 通常、各々独立した8フィートの弦を備える二段鍵盤の楽器では、下段にバック8フィート、上段にフロント8フィートが割り当てられる。
複数の鍵盤を持つ場合、上下鍵盤のストップを結合する機構を備えることが一般的である。これには主に2種類あり、一つは、フランス式の引き出し型カプラー機構(英: French shove coupler, 仏: tiroir)で、上鍵盤が前後にスライドするようになっている。上鍵盤を奥に入れることによって、下の段の鍵盤に取り付けられた垂直方向のクサビ状の突起が上の段の鍵盤の端の下に入る。この状態で下段鍵盤を操作すると同時に対応する上段鍵盤が連動する(逆に上段を操作しても下段鍵盤は連動しない)。鍵盤とカプラーの位置の選択によって、奏者は図5におけるジャックA、BとC、および3つ全てという選択肢を得る。
もう一つは、イギリス式のドッグレッグ・ジャック機構(英:dogleg jack system)と呼ばれるもので、上鍵盤は「犬の足」(ドッグレッグ)型のジャック(図6-A)のくぼみにもぐりこんでおり、下鍵盤を操作しても上鍵盤を操作してもジャックAは動く。一方この場合、下鍵盤は常に3つのジャック全てを動かし、フランス式のようにジャックBとCだけを動かすということはできない。そのかわりAとB及びCを同時に鳴らす場合、フランス式のように上鍵盤を介することが無いので演奏上有利である。
これらの機構により、下鍵盤では強音演奏、上鍵盤では弱音演奏ができる。弾き分けは上下鍵盤への手指移動だけで演奏中に瞬時に行えるので、強弱の対照表現を楽曲の中で頻繁にしたい場合、二段鍵盤の楽器が有利である。
ルッカース一族の楽器にみられる二段鍵盤は、上下鍵盤が四度ずれた配置で同一の弦を弾くもので、移調に使われたと考えられている。
[編集] 鍵盤
チェンバロの鍵盤は一般に現代のピアノの鍵盤よりも奥行きが短い。これは当時の親指を避ける運指に関係している。またピアノに比較してキー・ディップ(鍵を押し下げることの出来る深さ)は浅く、約8mm程度である。
しばしば最低音域はショート・オクターヴやブロークン・オクターブの変則的な配列が採用された。
ナチュラル・キーの表面は柘植や牛骨で覆われ、シャープ・キーにはボグ・オークなどが使われた。フランスでは白黒の逆転した配色の鍵盤が流行し、ナチュラル・キーは黒檀で覆われ、シャープ・キーはしばしば象牙で作られた。
[編集] 他の撥弦鍵盤楽器
ヴァージナル、スピネットなど、チェンバロと同様の発音原理による小型の鍵盤楽器も広く用いられた。ただし、チェンバロ、ヴァージナル、スピネットといった名称は、歴史的には曖昧に用いられており、厳密に区別することは難しい。
[編集] ヴァージナル
ヴァージナル(英・仏・独: virginal、伊: virginale)は一般に小型で長方形の楽器で(外見はクラヴィコードに似る)、一音あたり一弦が楽器の長辺および鍵盤と平行に張られている。 手前に低音、奥に高音の弦が張られるため、鍵の全長は低音で短く、高音で長い。
ヴァージナルという語は1460年頃のプラハのパウルス・パウリリヌスによる記述に見られる。語源に関しては様々な説があるが確かなことはわからない。
イタリアのヴァージナル(あるいはスピネット)は、本体から突き出た形の鍵盤が特徴である。初期には多角形のケースが一般的であったが、後に長方形のものも現れた。イタリアのヴァージナルは、チェンバロと同様に、しばしばアウターケースに収められた。
フランドルのヴァージナルは、鍵盤が本体の左側に位置するスピネット型と、右側に位置するミュゼラー型(muselar, muselaar)に分けられる。どちらも一般に長方形で鍵盤が窪んだ場所に位置し本体から突き出ない。
イタリアのヴァージナルやフランドルのスピネット型のヴァージナルでは弦を弾く位置が通常のチェンバロに近いが、ミュゼラーでは全域で弦の中央に近い所で弾かれる。このことにより、基音が強く倍音の弱い、独特の太くて暖かい音質を持つ。しばしば倍音を補うためにアルピコルドゥムという金属片によってざわざわした音を付加する装置がテノールからバスの音域に付けられる。ミュゼラーでは中低音域のアクションは楽器の響板の真ん中に置かれるため、この音域を弾く時の打鍵音が増幅される問題がある。加えて、弦の中央付近で弾くために、まだ響いている弦の動きがプレクトラムが再度弦に触れることを難しくしてしまい、低音部の連打が難しい。このようなことから、ミュゼラーは複雑な左手のパートを持たない、旋律と和声の組合わせのような曲に向いているとされる。ミュゼラーは16、17世紀には人気があったが、18世紀にはあまり使われなくなった。18世紀のある評論家は、ミュゼラーは「低音部では若い豚のようにブーブー言う」と評している (Van Blankenberg, 1739)。
フランドルでは大小2台のヴァージナルを組み合わせたダブル・ヴァージナルも作られた。
なお、エリザベス朝の頃のイギリスではヴァージナルという語は撥弦鍵盤楽器を全般的に指し示すのに用いられており、上記のような今日一般にヴァージナルと呼ばれる楽器だけに限定するものではない。
[編集] スピネット
詳細は「スピネット」を参照
スピネット(英: spinet、仏: epinette、伊: spinetta、西: espinetta)あるいはベントサイド・スピネットは通常のチェンバロを歪めて縮小したような外観を持ち、鍵盤に対して斜めに角度をもって弦が張られている。特に18世紀のイギリスではヴァージナルに代わる家庭用鍵盤楽器として普及した。
小型の撥弦鍵盤楽器を形式にかかわらずスピネットと呼ぶ場合もある。イタリアの多角形のヴァージナルはスピネットと呼ばれることが多い。
[編集] クラヴィツィテリウム
クラヴィツィテリウム (clavicytherium) は響板と弦が垂直に、奏者の顔の前にくるように立てられた楽器である。弦が地面と垂直に走るため、ジャックの動きは地面と水平になり、このためクラヴィツィテリウムのアクションは、地面に垂直な鍵盤の動きを水平な動きに変換するというより複雑なものとなっている。同様の省スペース原理は、後のアップライトピアノでも用いられることとなった[3]。
興味深いことに、現存最古のチェンバロはクラヴィツィテリウムである。このことから、チェンバロ族のアクション開発初期には、クラヴィツィテリウム式のアクションも一つの可能性として模索されたものの、後には、ジャックを元の位置に戻す際に重力を利用できるという大きな利点を持った水平に弦を張ったチェンバロのアクションに席巻されたとみられている。
ただしクラヴィツィテリウムは歴史上、散発的に制作され続けており、特に18世紀にはフランドルのアルベルトゥス・ドゥランによって優れたクラヴィツィテリウムが制作されている[4]。
[編集] オッタヴィーノ
4フィート弦のみを持ち、1オクターヴ高い音の出る小型の楽器もあり、オッタヴィーノと呼ばれる。
[編集] クラヴィオルガヌム
クラヴィオルガヌムはチェンバロやヴァージナルをオルガンと組み合わせ、両方の音を同時に鳴らすことのできる楽器であり、ヨーロッパ各地でかなりの数が製作された。
[編集] 歴史
詳細は「チェンバロの歴史」を参照
1397年のパドヴァの法律家による「オーストリアのヘルマン・ポールという人物がクラヴィチェンバルムという楽器を発明したと主張している」という記述がチェンバロについての最古の記述である。
1425年のドイツのミンデンの大聖堂の祭壇の彫刻にはチェンバロとこれを奏する人が確認できる。
1440年頃にはアンリ・アルノー・ド・ズヴォレがチェンバロとその発音機構の詳細な図面を残している。
現存する最古のチェンバロは、1480年頃おそらくドイツのウルムで作られたクラヴィツィテリウムで、ロンドンの王立音楽大学に保存されている。
製作者名と製作年代の分かる最古のチェンバロは、1515年から1516年にフィレンツェのヴィンチェンティウスによって作られたものであり、次に1521年のボローニャのヒエロニムスによるものが続く。イタリアではこの頃すでに洗練されたチェンバロの様式を確立していた。イタリアのチェンバロは一般に薄く軽く作られ、発音が明瞭で減衰が早い。
アルプスから北では1537年にライプツィヒのミュラーによる作例が存在する。北ヨーロッパの初期のチェンバロは、構造はイタリアの楽器に準ずるが、側板はより厚みがある。このような原型的な様式の楽器は北ヨーロッパの広い地域で製作された。
16世紀後半にはフランドルにおいて、ルッカース一族により新たな様式のチェンバロの製作が行われはじめた。ルッカースのチェンバロは、厚い側板を基礎とした重厚な構造を持ち、響きの持続の長い音が得られた。
ルッカースの楽器は18世紀には北ヨーロッパでのチェンバロ製作に大きく影響を与えた。フランスではルッカースの楽器を改造(ラヴァルマン)することが流行し、音域の拡張や弦列の増設が行われ、一段鍵盤の楽器が独立した弦列を備える二段鍵盤の楽器に改造された。 フランスでそれまで作られていた比較的薄い側板の楽器に代わって、フランドルの影響を受けた厚い側板の楽器が作られるようになり、18世紀フランス様式の楽器はフランドル様式の構造を受け継ぎながら、より広い音域と優美な音色を持つことになった。有名な製作者としてはブランシェ一族やパスカル・タスカンなどが挙げられる。イギリスでもカークマンやシュディの工房においてルッカースの製法を受け継いだ楽器が製作された。カークマンとシュディのチェンバロの音はフランスの楽器に比べ繊細さに欠けるが華麗で力強い。
イタリアでも古い楽器が改造されることが多かった。音域を拡張し鍵盤は最配列され、単弦の楽器に第2の8′を追加したり、4′が8′に変更されるなどして多くが2×8′の構成になった。 1700年頃イタリアのバルトロメオ・クリストフォリがピアノを発明したが、ピアノはイタリアでは発展せず、18世紀末まで伝統的な製法でチェンバロが製作され続けた。
チェンバロは18世紀後半から、より強弱表現に長けるピアノに徐々に人気を奪われ、19世紀中は殆ど演奏されることがなくなり、楽器製作の伝統も途絶えた。
19世紀末から古楽演奏のためにチェンバロが復興され、当時のピアノ製作の技術を応用してチェンバロの改良が試みられた。このような楽器は現在ではモダン・チェンバロと呼ばれ、伝統的な製法のチェンバロとは区別される。
1860年代半ばにフランスのピアニスト、ルイ・ディエメルがリサイタルにチェンバロの演奏を取り入れた。彼は1769年製のパスカル・タスカンのチェンバロを主に用いた。 1882年にこの楽器は修復され、その後パリのエラール社が借り受けて研究した。 プレイエル社もタスカンの楽器を研究し、両社とも1889年のパリ万国博覧会にチェンバロを出品した。
ドイツでは通称「バッハ・フリューゲル」と呼ばれる楽器(ベルリン・コレクションのNo.316)がチェンバロ復興の参考にされた。下鍵盤に16′と8′、上鍵盤に8′と4′を持つこの楽器は、19世紀初期に改造されていて、3つ目の8′が16′に替えられ、4′が下鍵盤から上鍵盤に移し替えられたものであった。 1899年にベルリンのヴィルヘルム・ヒールによってこのNo.316に基づいたチェンバロが製作されている。
1912年にワンダ・ランドフスカの構想によりプレイエル社が近代的なコンサートホールでの演奏に向けた新型のチェンバロを開発した[5]。 この楽器は、鉄製のフレームを持ち、太い弦が高い張力で張られ、響板の補強法はグランド・ピアノとほぼ同じで、ケースも頑丈に作られていた。下鍵盤に16′、8′、4′、上鍵盤に8′の構成で、レジスターは7本のペダルで操作された。プレイエル社の楽器はドイツのチェンバロ製作にも大きな影響を与えた。
1930年ごろからドイツのチェンバロ製作は再び「バッハ」型のレジスター構成に戻り、鉄製フレームは用いられなくなったが、依然としてそれは歴史的な楽器とは大きく異なるものであった。 ノイペルト、ヴィトマイヤー、シュペアハーケ、アンマー、ザスマンなどのメーカーにより製造されたモダン・チェンバロ[6]は世界各地に輸出され、演奏家や聴衆の一般的なチェンバロのイメージとなった
一方で20世紀半ば頃からフランク・ハバード、ウィリアム・ダウド、マルティン・スコブロネックなどの製作家により歴史的なチェンバロの研究がなされ、伝統的製法の再現が試みられた。彼らの作る楽器は高い人気を博し、他の多くの製作家たちも歴史考証的な楽器の製作に転じた。最終的には歴史考証的な楽器が主流となり、今日ではルネサンス・バロック期の音楽を演奏する際に、モダン・チェンバロを用いることは殆ど無い。一方、モダン・チェンバロを前提とした音楽作品、例えば、フランシス・プーランクの「クラヴサンと管弦楽のための田園のコンセール」などはモダン・チェンバロで演奏するのが妥当とされる。
[編集] 様式
チェンバロの構造上の様式を大きく分ければ、イタリアの楽器に代表される原型的な様式と、フランドルのルッカース一族が確立した新しい様式、そして20世紀のモダン・チェンバロに分けられる。
[編集] イタリア
イタリアのチェンバロは、底板を基礎として支持材を組み、3~6mm程度の薄手の側板を貼り合わせた構造のケースが特徴である。ケースの素材にはイトスギなどの針葉樹の木材が用いられた。しばしばこの軽量な本体は、より頑丈なアウターケースに収納された。17世紀半ばからは、単一のやや厚手のケースを持つ楽器も現れたが、外見上はアウターケースの中にインナーケースが納められているかのように見せる「フォルス・インナー・アウター」(偽インナー・アウター)という様式も存在した。[7]。一段鍵盤が一般的で、弦列は16世紀には1×8′または1×8′,1×4′の構成が一般的であったが、17世紀以降は2×8′が主流となった。これはバロック音楽の通奏低音の演奏に適応したものと考えられる。 弦長は全音域の5/6程度までオクターヴごとに倍になる自然な比率に従っており、そのためベントサイドは深く窪み、全体の外形は細長いものとなる。 16世紀の楽器や文献は、高音域で鉄弦が使用された事を示唆しているが、典型的な17世紀の楽器は全域で真鍮弦が使用される。しかしこの点に関しては未だ議論の余地がある[8]。 イタリアのチェンバロの響板は、裏側に数本のリブがブリッジの下を横切って取り付けられる事が多い。リブはブリッジの振動を妨げないようにブリッジの下を通る部分に切り欠きが施される場合もある。 ブリッジは小さく、弦の振動はすみやかに響板に伝達される。 イタリアのチェンバロの音質は、音の立ち上がりが明瞭で、減衰が早い。
エンハーモニック鍵盤と呼ばれる、異名同音を弾き分けるための分割されたシャープ・キーを持つチェンバロは、特に16世紀から17世紀初期のイタリアで多く作られた。
アルプスから北の地域でも、ルッカースの製法の影響を受ける以前は、イタリアと同様の製法のチェンバロが広く作られていたが、ケースはより厚手である。
[編集] フランドル
フランドルでは1580年頃からアントウェルペンのルッカース一族によって、重厚な構造を持ち、音の持続性の高い、新しい様式のチェンバロが作られるようになった。
ルッカースのチェンバロは、14~16mm程度の厚い側板を構造の基礎としている。 ルッカースのチェンバロの製作手順は、まずベントサイドなどの側板、レストプランク、内部の補強材を組み立てて外枠を組み、響板を取り付け、最後に底板が取り付けられた。 ケースの素材にはポプラなどの広葉樹の木材が用いられた。 弦長は高音域側で長く、相対的に低音域の弦長は抑えられたため、イタリアのチェンバロよりもずんぐりとした外形となる。 高音域は鉄弦、低音域は真鍮弦が使われた。 標準的な弦列構成は1×8′,1×4′で、バフ・ストップを備える。音域はほとんどがショート・オクターヴのC/Eからc‴までの4オクターヴである。 ルッカースは二段鍵盤のチェンバロも製作したが、これは同一の弦を上下で四度ずれた配置の鍵盤で弾くものであり、移調に使われたものと考えられている。 ブリッジはイタリアの楽器のものよりも大きく、響板のブリッジの下にはリブを持たない。8′のブリッジと4′のブリッジの間の響板の裏側には4′のヒッチピン・レールがあり、4′のブリッジの手前の裏側には斜めにカットオフ・バーと呼ばれる細長い棒が取り付けられ、カットオフ・バーによって区切られた三角形の領域はリブで補強されている。 ルッカースのチェンバロの音質はイタリアのものとは明らかに異なり、音の立ち上がりが柔らかく、響きが長く持続する。
ルッカースのチェンバロは規格化された幾つかのサイズで製作され、装飾も規格化されている。外装は大理石を模した塗装がなされ、内装は文様を印刷した紙が貼られた。響板およびレストプランク表面は、花や果物、鳥、昆虫、エビなどがテンペラ画によって描かれた。このような響板装飾はイタリアの楽器には見られない特徴である。ローズは鉛と錫の合金で鋳造され金箔が貼られた。ローズの意匠はハープを弾く天使で、製作者のイニシャルが左右に配される。蓋の内側は文様紙が貼られ、ラテン語の格言が書かれるのが標準的だが、高級なものは画家により絵画が描かれた。
ルッカースのチェンバロは合理的な製法により量産され、近隣諸国に大量に輸出されたが、後述するように、多くがその後に改造を受け、現存する楽器でオリジナルの状態で残っているものは極めて少ない。
18世紀のフランドルではドゥルケン一族により大型のチェンバロが製作されている。現代の製作家マルティン・スコヴロネックが1962年に製作したドゥルケンをモデルとした楽器はグスタフ・レオンハルトが録音に使用したことで非常に有名になった。
[編集] フランス
17世紀のフランスでは、在来型の製法によるチェンバロが作られており、17世紀中頃から独立した2組の8′弦を持つ対比型の二段鍵盤のチェンバロが発達していた[9]。しかし革新的なルッカースのチェンバロがもたらされると、当地で絶大な人気を博した。 時代の要請に従って多くのルッカースのチェンバロは改造(ラヴァルマンravalement)され、音域の拡大、弦の増設、一段鍵盤の楽器の二段鍵盤化などが行われた。 この際、新たに追加される8′弦はバック8′であり、本来のルッカースのチェンバロの8′はフロント8′に相当する。
18世紀にはブランシェ一族やパスカル・タスカンなどの製作家により、ルッカースの設計を受け継ぎ発展させた楽器が製作された。フランス式カプラーを備えた二段鍵盤に、弦列は2×8′,1×4′の構成が典型的である。この18世紀フランス様式のチェンバロは、洗練された音質と汎用性の高さから、現代のチェンバロ製作のモデルの主流となっている。
[編集] ドイツ
ドイツではヨーロッパでも最も古くからチェンバロの存在が確認できるが、度重なる戦争の影響もあり、現存する楽器は少なく、フランスのような統一した様式は見いだせない。18世紀のドイツでは様々な様式が混在していたが、特筆すべきものとして、ベルリンのシャルロッテンブルク宮殿に残るミヒャエル・ミートケのチェンバロは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハがケーテン宮廷で使用したチェンバロが同じくミートケのものであることから、現代のチェンバロ製作のモデル楽器として人気が高い。ミートケのチェンバロは17世紀のフランスのチェンバロに近く、在来型の構造ながらイタリアのチェンバロよりもやや厚手に作られている。
[編集] イギリス
16世紀から17世紀にかけてのイギリスでは、フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブックに代表される、チェンバロのための多くの作品が生み出されたが、現存する当時のイギリス製の楽器は少ない[10]。現在知られるイギリスのチェンバロは主に18世紀以降のもので、ジェイコブ・カークマンと、バーカット・シュディの2人の製作家が有名である。彼らの楽器はルッカースの流れをくむ設計で、非常に華麗で力強い音質が特徴であるが、その独特の音質から現代のチェンバロ製作のモデルとしてはあまり用いられていない。二段鍵盤の楽器ではドッグレッグ・ジャック機構を用い、ナザールのストップを備える。18世紀後半には音量を変化させる仕組みとして、マシン・ストップと呼ばれるペダルによってストップを操作する機構や、オルガンのようなスウェル(よろい戸)をペダルで開閉する機構を持つチェンバロも作られた。
[編集] モダン・チェンバロ
モダン・チェンバロは、20世紀初頭から新たに開発された、それまでの伝統的なチェンバロとは大きく異なるチェンバロであり[11]、20世紀を通じて広く使用された。
一般にモダン・チェンバロは、近代的なピアノに準拠した重厚な構造を持ち、ケースは厚い合板で作られ、底は開放されている。金属製のフレームを用いることもある。プレクトラムには主に革が用いられ、ジャックには調整用のネジが備えられている。 レジスターはペダルにより操作され、演奏中に自在に切り替えることが可能である。また歴史的なチェンバロでは稀な16′の弦列を標準的に備えている。
モダン・チェンバロは、重厚な構造のために、共鳴に乏しく、貧弱な音質のものが多かったため[5]、歴史的なチェンバロが見直されると評価を下げ、現在では用いられることは少ない。
[編集] チェンバロのための音楽
チェンバロによる音楽の演奏には以下のような形態が挙げられる。
- 独奏。
- 伴奏、通奏低音のための楽器として、主に和音を演奏する。
- 合奏において他の楽器と対等に旋律声部を担当する。複数のチェンバロのみによる合奏も行われる。
- 協奏曲の独奏楽器としてオーケストラと共演する。複数の独奏チェンバロを用いることもある。
チェンバロは中世の終わりから18世紀後半の古典派の時代まで広く使用され、チェンバロのために多くの作品が書かれたが、19世紀にはピアノにその地位を取って代わられた。
[編集] 中世から古典派まで
初期の鍵盤楽器音楽は楽器の指定が無いことが普通で、チェンバロ、クラヴィコード、オルガンなどで演奏される。
現存する最古の鍵盤楽器音楽とされるのは、14世紀のロバーツブリッジ写本 (en:Robertsbridge_Codex)である。これにはエスタンピーと呼ばれる舞曲や、モテットの編曲が含まれる。
ルネサンス時代には、イベリア半島でアントニオ・デ・カベソンをはじめとする作曲家により、ティエントやディフェレンシアスなどの鍵盤楽器音楽が栄えた。ディエゴ・オルティスは『変奏論』Trattado de Glossas (1553)でヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの合奏について述べている。 イギリスではウィリアム・バードやジョン・ブルなどのヴァージナリストと呼ばれる作曲家達により多くのヴァージナル曲が書かれ、『フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック』などの手稿で残されている。
バロック時代には、イタリアで劇的な感情の表出を重視したモノディ様式が生まれ、チェンバロは通奏低音のための楽器として重要な役割を担った。 またジローラモ・フレスコバルディは、1615年の『トッカータ集 第1巻』の序文において、厳格な拍子にとらわれない、情感に応じた自由な演奏を要求し、半音階や奇抜なリズム技法によってバロック的な鍵盤楽器音楽を作曲した。
18世紀にはナポリ出身のドメニコ・スカルラッティが、ポルトガル王女のバルバラ・デ・ブラガンサに音楽教師として仕え、555のソナタとして知られる個性的なチェンバロ曲を残している。
一方、ルイ14世時代のフランスではジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエールやルイ・クープランをはじめとする作曲家によって、リュート音楽の延長上にチェンバロ(クラヴサン)音楽が栄え、スティル・ブリゼと呼ばれる分散奏法や、繊細な装飾音を多用した、優美な作品が多く生み出された。中心となるのはアルマンドやクーラントといった舞曲であり、これらを組み合わせた組曲は、フレスコバルディに学んだドイツ人のヨハン・ヤーコプ・フローベルガーによって定式化され、バロック時代のチェンバロ音楽を代表するジャンルとなった。
フランスのクラヴサン音楽は18世紀前半、フランソワ・クープランやジャン=フィリップ・ラモーらの時代に繁栄の頂点に達する。 彼らの作品においては、古典的な舞曲に代わって、描写的な標題を持つ作品が主体となっていった。 その後、ジャック・デュフリやクロード=ベニーニュ・バルバトルらを輩出するものの、フランス革命の勃発により打撃を受けて、フランスのクラヴサン音楽は終焉を迎える。
ドイツのチェンバロ音楽は、イタリアとフランス双方の影響を受け、さらに北ドイツ・オルガン楽派の伝統が加わる。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品には、それらの様式の高度な総合が見られる。また彼はチェンバロを独奏楽器とするチェンバロ協奏曲を作曲している。バッハの息子や弟子の時代にはクラヴィコードが流行し、さらにピアノがそれに取って代わっていった。
[編集] 近代の復興後
通奏低音にチェンバロを用いることはオペラにおいては19世紀まで残存したが、19世紀を通じて、チェンバロは実質的にピアノに地位を奪われていた。しかし20世紀に入って、古楽復興運動により、再びチェンバロが演奏されるようになると、さまざまな音色を求めるなかで、チェンバロに目を向ける作曲家も登場した。アーノルド・ドルメッチの影響の下、ヴァイオレット・ゴードン=ウッドハウス(1872-1951)、およびフランスではワンダ・ランドフスカがチェンバロ再興の最前線で演奏を行った。
チェンバロ協奏曲がプーランク、ファリャ、ベルトルト・フンメル[12]、グレツキ、グラス、ロベルト・カルネヴァーレなどによって作曲され、マルチヌーはチェンバロのために協奏曲とソナタを作曲し、カーターの二重協奏曲はチェンバロ、ピアノと2つの室内オーケストラのために書かれている。
室内楽の分野では、リゲティがいくつかの独奏曲("Continuum"など)を作曲しているほか、デュティユーの "Les Citations" (1991年)はチェンバロ、オーボエ、タブルバスとパーカッションのために書かれている。 その他、ショスタコーヴィチは(『ハムレット』、1964年)でこの楽器を用いている。シュニトケは大半のオーケストラ用作品の中にチェンバロを用いている[13]。
日本の作曲家が取り組みはじめたのは戦後になってからであり、その数も多いとはいえないが[14]、武満徹の「夢見る雨」(独奏曲)などが生まれている。
チェンバロ奏者でもあるヘンドリク・ボウマンは17世紀、18世紀の様式に基づいたチェンバロ独奏曲、チェンバロ協奏曲などを作曲している。
[編集] ポピュラー音楽
現代では、チェンバロ、もしくはシンセサイザーによる類似の音色がポピュラー音楽でも用いられている。代表的な例としては、ビージーズ、ローリング・ストーンズの「イエスタデイズ・ペイパー」[15]やR.E.M.の "Half a World Away" (アルバム「アウト・オブ・タイム」1991年、収録)[16]があげられる。
また、イージー・リスニングにおいては、ポール・モーリアがチェンバロ(の音色)を好んで用いたことで知られる(「恋はみずいろ」「オリーブの首飾り」が代表的)。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- Boalch, Donald H. (1995) Makers of the Harpsichord and Clavichord, 1440-1840, 3rd edition, with updates by Andreas H. Roth and Charles Mould, Oxford University Press. Boalchの1950年代の調査を基本とした、現存するオリジナル楽器を網羅したカタログ。
- Hubbard, Frank (1967) Three Centuries of Harpsichord Making, 2nd ed. Cambridge, MA: Harvard University Press; ISBN 0-674-88845-6. 著名な製作家による、初期チェンバロの製作技法と地域ごとのチェンバロの展開に関する権威ある研究書。
- Kottick, Edward (2003) A History of the Harpsichord, Indiana University Press. 現代の代表的研究者による広範にわたる研究書。
- O'Brien, Grant (1990) Ruckers, a harpsichord and virginal building tradition, Cambridge University Press. ISBN 0521365651. フレミッシュの開拓者、ルッカース一族による発明に関する研究書。
- Russell, Raymond (1959) The Harpsichord and Clavichord London: Faber and Faber.
- Skowroneck, Martin (2003) Cembalobau: Erfahrungen und Erkenntnisse aus der Werkstattpraxis = Harpsichord construction: a craftsman's workshop experience and insight. Bergkirchen: Edition Bochinsky, ISBN 3-932275-58-6. 現代の伝統的技法再興における代表的職人による英・独で書かれたチェンバロ製作に関する研究書。
- Zuckermann, Wolfgang (1969) The Modern Harpsichord, 20th-century instruments and their makers. October House Inc.
- 古楽器研究会編『チェンバロをさぐる』(シリーズ『古楽器研究』、 渡邊順生・野村滿男・柴田雄康・高橋辰郎執筆)東京コレギウム、2000年、ISBN 4-924541-00-1
- 野村滿男『〈改訂版〉チェンバロの保守と調律』東京コレギウム、1987年、ISBN 978-4924541030
- 渡邊順生『チェンバロ・フォルテピアノ』東京書籍、2000年、ISBN 978-4487794157
- 久保田彰『チェンバロ 歴史と様式の系譜』(ショパン)[17]
[編集] 脚註
- ^ リュート・ストップ、ハープ・ストップなどとも呼ばれる。バフ・ストップのことをフランスでは jeu de luth、ドイツではLautenzug、イタリアではliutoと呼ぶので、後述のナザール(リュート・ストップ)との間で名称にしばしば混乱が生じる。
- ^ リュート・ストップとも呼ばれるが、前述のバフ・ストップとは異なる。1537年のライプツィヒのミュラーのチェンバロで最初に見られ、その後18世紀のイギリスやフランドルで普及した。
- ^ The Ultimate Encyclopaedia of Musical Instruments, ISBN 1-85868-185-5, p. 138
- ^ Hubbard 1967, 77
- ^ a b J.A. Richard, "The Pleyel Harpsichord," The English Harpsichord Magazine, Vol. 2 No.5 1979
- ^ THE SOUNDS OF EUROPEAN REVIVAL HARPSICHORDS
- ^ Hubbard 1967, 20
- ^ Denzil Wraight - Italian Keyboard Instruments "PITCH IN ITALIAN STRING KEYBOARD INSTRUMENTS"
- ^ Michael Thomas, "Early French Harpsichords,"The English Harpsichord Magazine, Vol.1 No.3 1974
- ^ Thomas McGeary, "Early English Harpsichord Building A Reassessment," The English Harpsichord Magazine, Vol.1 No.1 1973。
- ^ 歴史的チェンバロとモダン・チェンバロの相違点はWhat sort of harpsichord is that?を参照
- ^ Bertold Hummel list of works: Op. 15, Divertimento capriccioso for harpsichord and chamber orchestra.
- ^ カプリコーンによるシュニトケ室内楽曲集=CDA66885解説書に、「(チェンバロは)シュニトケの大オーケストラ・スコアにてしばしば遭遇する楽器」との記述あり。
- ^ 光井安子「邦人作曲家によるチェンバロ作品と調査」『岩手大学教育学部付属教育実践研究指導センター研究紀要』第7号、1997年。
- ^ Rolling Stones at Scaruffi.com's "History of Rock Music"
- ^ Out of Time review by Rolling Stone
- ^ 著者は鍵盤楽器製作家、1998-2004東京芸大非常勤講師。読売 2011年1月13日。記事には「日本国内にあるチェンバロは約5千台」とある。
[編集] 外部リンク
- 初期鍵盤楽器のページ チェンバロQ&A・リンク集などを含む
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