ケーテン
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| 紋章 | 地図 | |
|---|---|---|
| 基本情報 | ||
| 連邦州: | ザクセン=アンハルト州 | |
| 郡 (Landkreis): | アンハルト=ビッターフェルト郡 | |
| 標高: | 海抜 80 m | |
| 面積: | 78.42 km² | |
| 人口: |
27,861人(2011年12月31日現在) [1] |
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| 人口密度: | 355 人/km² | |
| 自治体コード: | 15 0 82 180 | |
| 市庁舎の住所: | Marktstraße 1-3 06366 Köthen (Anhalt) |
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| ウェブサイト: | www.koethen-anhalt.de | |
| 行政 | ||
| 市長: | クルト=ユルゲン・ツァンダー (Kurt-Jürgen Zander) (SPD) |
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座標: 北緯51度45分0秒 東経11度55分0秒 / 北緯51.75000度 東経11.91667度
ケーテン(Köthen)は、ドイツ連邦共和国のザクセン=アンハルト州に属する郡市 (Kreisstadt)。人口は約3万人(2007年)。
目次 |
地勢 [編集]
ハレ市の北約30kmに位置し、ザクセン州のライプツィヒ市からも北西約50kmに位置する。
歴史 [編集]
古くはCöthenと綴られた。1603年にアスカーニエン家のアンハルト侯国が分家して、アンハルト=ケーテン侯国として神聖ローマ帝国の帝国領邦となった。1806年には公国に昇格するが、1847年に家系断絶。1863年にデッサウのアンハルト=デッサウ公国に併合され、ドイツ帝国の構成国アンハルト公国の一部となった。1949年から1990年までは旧東ドイツ領に属した。
文化 [編集]
作曲家ヨハン・ゼバスティアン・バッハが、1717年から1723年までアンハルト=ケーテン侯レーオポルトの下で宮廷楽長として仕えていたことで知られる。
侯家の信仰がカルヴァン派であり、17世紀から18世紀にかけてフランスからユグノー教徒の亡命を受け入れていたため、その宮廷はフランス文化の影響が大きかった。侯国時代に建てられたフランス・バロック風の領主宮殿(Schloß Köthen)が現存し、博物館として公開されている。
関連項目 [編集]
引用 [編集]
- ^ ザクセン=アンハルト州統計局 - 市町村別人口; 2011年12月31日時点 (PDF; 168 KB)