ケーテン (アンハルト)

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紋章 地図
Wappen Koethen.png Lage des Landkreises Köthen in Deutschland.png
基本情報
連邦州: ザクセン=アンハルト州
郡 (Landkreis): アンハルト=ビッターフェルト郡ドイツ語版
標高: 海抜 80 m
面積: 78.42 km²
人口:

27,079人(2012年12月31日現在) [1]

人口密度: 345 人/km²
自治体コード: 15 0 82 180
市庁舎の住所: Marktstraße 1-3
06366 Köthen (Anhalt)
ウェブサイト: www.koethen-anhalt.de
行政
市長: クルト=ユルゲン・ツァンダー
(Kurt-Jürgen Zander) (SPD)

座標: 北緯51度45分0秒 東経11度55分0秒 / 北緯51.75000度 東経11.91667度 / 51.75000; 11.91667

ケーテン (アンハルト)市庁舎
ケーテン城(Schloß Köthen)
J.S.バッハ記念碑(バッハ広場)

ケーテン (アンハルト) (Köthen (Anhalt)[2]) は、ドイツザクセン=アンハルト州に属する郡市 (Kreisstadt)。人口は約27,000人。単にケーテンと表記されることも多い。

地勢[編集]

ハレ (ザーレ)の北約30kmに位置し、ザクセン州ライプツィヒからも北西約50kmに位置する。

歴史[編集]

古くは Cöthen と綴られた。1603年アスカーニエン家アンハルト侯国が分家して、アンハルト=ケーテン侯国として神聖ローマ帝国帝国領邦となった。1806年には公国に昇格するが、1847年に家系断絶。1863年デッサウアンハルト=デッサウ公国に併合され、ドイツ帝国の構成国アンハルト公国の一部となった。第二次世界大戦後は、ソ連赤軍の占領を経て東ドイツに属した。

文化[編集]

作曲家ヨハン・ゼバスティアン・バッハが、1717年から1723年までアンハルト=ケーテン侯レオポルトの下で宮廷楽長として仕えていたことで知られる。

侯家の信仰がカルヴァン派であり、17世紀から18世紀にかけてフランスからユグノー教徒の亡命を受け入れていたため、その宮廷はフランス文化の影響が大きかった。侯国時代に建てられたフランス・バロック風の領主宮殿 (Schloß Köthen) が現存し、博物館として公開されている。

都市協定[編集]

姉妹都市[編集]

友好関係[編集]

引用[編集]

外部リンク[編集]