銀嶺の覇者

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銀嶺の覇者
レインボースタジオ・アルバム
リリース 1975年
録音 1975年2月 - 3月
ドイツ, ミュンヘン
ジャンル ハードロック
時間 36 54
レーベル イギリスの旗日本の旗 Oyster ポリドール
アメリカ合衆国の旗オイスター
プロデュース マーティン・バーチ
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 11位(イギリス)[1]
  • 26位(日本)[2]
  • 30位(アメリカ)
レインボー 年表
- 銀嶺の覇者
(1975年)
虹を翔る覇者
(1976年)
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銀嶺の覇者 (Ritchie Blackmore's Rainbow) は、レインボーアルバム。ただしリリース当時、バンドは当該アルバムの原題と同じリッチー・ブラックモアズ・レインボーと名乗っていた。

収録曲[編集]

  1. 銀嶺の覇者 Man on the Silver Mountain - 4:42
  2. 自画像 Self Portrait - 3:17
  3. 黒い羊(ブラック・シープ・オブ・ザ・ファミリー[3]) Black Sheep of the Family - 3:22
  4. 虹をつかもう Catch the Rainbow - 6:27
  5. へび使い Snake Charmer - 4:33
  6. 王様の神殿 The Temple of the King - 4:45
  7. もしもロックがきらいなら If You Don't Like Rock 'n' Roll - 2:38
  8. 16世紀のグリーンスリーヴス Sixteenth Century Greensleeves - 3:31
  9. スティル・アイム・サッド Still I'm Sad - 3:51

※ 当初LP盤でリリースされた時は、トラック1-4がA面、トラック5-9がB面に収録されていた。

メンバー[編集]

概要[編集]

レインボーのデビュー・アルバム。ただし完成に至るまでは以下の紆余曲折があった。

1974年、まだディープ・パープルに在籍していたリッチー・ブラックモアが『嵐の使者』の録音後の休暇を利用して、当時ブラックモアが気に入っていた「ブラック・シープ・オブ・ザ・ファミリー」というクォーターマスの曲でソロ・シングルの制作を企図。レコーディングに際してエルフをバック・バンドとして招き、ボーカリストであるロニー・ジェイムス・ディオとはカップリング曲の「16世紀のグリーンスリーヴス」も共作した。この出来が予想以上に良いと感じたブラックモアは、録音したこのテイクを利用し、アルバムを完成させようと方針を変更。ミュンヘンのミュージックランド・スタジオで1975年2月20日から3月14日まで録音を行った。4月のパリ公演を最後にリッチーはデイープ・パープルから脱退(公式発表は6月)。8月には同作品がバンドのデビュー・アルバムとしてリリースされた[3]。 このアルバムのリリース直後、ミッキー・リー・ソウル、クレイグ・グルーバー、ゲイリー・ドリスコールがレインボーから脱退した(事実上解雇)。

脚注[編集]

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  1. ^ ChartArchive - Ritchie Blackmore's Rainbow
  2. ^ 『オリコンチャート・ブックLP編(昭和45年‐平成1年)』(オリジナルコンフィデンス/1990年/ISBN 4-87131-025-6)p.318
  3. ^ a b シンコーミュージック刊『リッチー・ブラックモア レインボー編』 ISBN 4401612027 より。