イアン・ギラン

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イアン・ギラン
Ian Gillan
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基本情報
出生 1945年8月19日(68歳)
出身地 イングランドの旗 イングランドロンドン
職業 ヴォーカリスト
作詞家
活動期間 1965年~現在
共同作業者 ディープ・パープル
ブラック・サバス
ギラン
公式サイト http://www.gillan.com/jp-ra.html Ian Gillan - Caramba!

イアン・ギランIan Gillan, 1945年8月19日 - )は、イギリス出身のロックヴォーカリスト。身長185cm。

来歴[編集]

イギリスロンドン市ハウンズローにてスコットランド系の家庭に産まれる。少年時代にエルヴィス・プレスリーに憧れたのがきっかけで1962年にガース・ロケット・アンド・ザ・ムーンシャイナーズというアマチュア・バンドを結成し音楽活動を始めた(当初ヴォーカルとドラムを兼任していたが、程なくしてヴォーカル専任になる)。その後セミプロ・バンドのザ・ジャヴェリンズを経て1965年にプロ・バンドのエピソード・シックスに参加する。

ディープ・パープル[編集]

1969年、同じエピソード・シックスのメンバーだったロジャー・グローヴァーと共に第2期ディープ・パープルメンバーとして加入、ヴォーカルとパーカッションを担当する。ブルースをベースに金切り声を立てる独特のヴォーカル・スタイルは後のヘヴィメタルヴォーカリストにも大きな影響を与える。尚、彼の在籍した期間に『イン・ロック』、『ファイアーボール』、『マシン・ヘッド』、『紫の肖像』のスタジオ・アルバムの他、1972年の初来日公演を収録した『ライヴ・イン・ジャパン (ディープ・パープルのアルバム)』を残している。1973年の日本公演後脱退。

ジーザス・クライスト・スーパースター[編集]

1970年にはミュージカルの鬼才ティム・ライス作詞、アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲でイエス・キリストの最後の7日間を描いたミュージカル「ジーザスクライスト・スーパースター」のオリジナル・キャストの主人公イエス・キリスト役として、イボンヌ・エリマンらとともにアルバムの録音に参加している。この2枚組LPは1971年のビルボード年間アルバム部門で1位となる大ヒットとなり、ニューヨーク・ブロードウェイでの舞台化に繋がった。(イアン・ギランはミュージカルの舞台には出ていない。) また、1973年の映画化に際しては主演での起用依頼もあったがディープ・パープルのツアー・スケジュールを優先するためにマネージメントが断っている。

ソロ活動へ[編集]

ディープ・パープルを離れてからモーター・サイクルとホテルの多角経営で音楽ビジネスから退き、1975年ロジャー・グローヴァー主催によるバタフライ・ボールのコンサートで復帰を果たす。1976年からイアン・ギラン・バンドで音楽活動を再開、即興的な音楽からの影響を導入しディープ・パープルとは趣の異なるジャズ・ロック・スタイルが日本では人気を博すものの、イギリスではオールド・スクールの音楽は評価されずに一旦解体し、新たな編成によるギランGillan)を結成する。

ブラック・サバス[編集]

1983年、突如ブラック・サバスに加入してアルバム『ボーン・アゲイン』(邦題:悪魔の落とし子)を制作。プロモーション・ツアーを行いアンコールに「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を歌ったが、これがファンやプレスから「パープル・サバス」と揶揄される事態に陥り、正当な評価は殆ど得られなかった。結局、1984年4月にディープ・パープル再結成のためにグループから離れた。

再結成ディープ・パープル[編集]

1984年の再結成ディープ・パープルに参加、『パーフェクト・ストレンジャーズ』を制作。1989年に解雇され、1992年の『紫の聖戦』で復帰をする。グループ結成25周年記念の1993年にブラックモアが脱退した後、1994年スティーヴ・モーズを迎えて以降バンドの状態は良好で現在までメンバーとして活動している。しかし、若い時において特徴的であった金切り声は影を潜めてしまった。

2000年代のソロ活動[編集]

2006年には、歌手生活40周年を記念したセルフ・カヴァー・アルバム『ギランズ・イン』をリリース。また、同年発売のXbox 360用ソフト『ブルードラゴン』の挿入歌「Eternity」の歌手として参加し(「植松伸夫 with イアン・ギラン」名義)、同作のボス戦BGMとして使用されている。

フーケアス[編集]

2011年には、ブラック・サバスのトニー・アイオミとともに、アルメニア大地震の被害を受けた音楽学校の再建を目的としたチャリティ・プロジェクト、フーケアスを結成。これにはディープ・パープルの盟友のジョン・ロードに、リンデ(HIM)、ニコ・マクブレインアイアン・メイデン)、ジェイソン・ニューステッド(元メタリカ)らも参加。シングル「Out of My Mind / Holy Water」を発表。

ディスコグラフィー[編集]

Deep Purple[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

ライブ・アルバム[編集]

  • Concerto for Group and Orchestra' (1969)
  • Made in Japan (1972)
  • Deep Purple in Concert (1980)
  • Scandinavian Nights (1988)
  • Nobody's Perfect (1988)
  • In the Absence of Pink (1991)
  • Gemini Suite Live (1993)
  • Live in Japan (1993)
  • Come Hell or High Water (1994)
  • Live at the Olympia '96 (1997)
  • Total Abandon: Live in Australia (1999)
  • Space Vol 1 & 2 (2001)
  • The Soundboard Series (2001)
  • Live at the Royal Albert Hall (2000)
  • Live at the Rotterdam Ahoy (2001)
  • Kneel & Pray (2004)
  • Live in Europe 1993 (2006)
  • Live at Montreux 1996 (2006)
  • They All Came Down To Montreux (2007)

Ian Gillan Band[編集]

  • Child In Time (1976)
  • Clear Air Turbulence (1977)
  • Scarabus (1977)
  • Live at the Budokan (1977, ライブ)

Gillan[編集]

  • Gillan (1978)
  • Mr. Universe (1979)
  • Glory Road (1980)
  • Future Shock (1981)
  • Double Trouble (1981, スタジオ盤とライブ盤の二枚組み)
  • Magic'(1982年)

Solo[編集]

  • What I Did On My Vacation (1986, ベスト盤)
  • Accidentally on Purpose (1988, Roger Gloverと共作)
  • Naked Thunder (1990)
  • Toolbox (1991)
  • Cherkazoo and Other Stories (1992, コンピレーション)
  • Dreamcatcher (1997)
  • Gillan's Inn (2006, セルフ・カヴァー)
  • Live in Anaheim 2006 (2008, ライブ盤)
  • One Eye to Morocco (2009)

Black Sabbath[編集]

The Javelins[編集]

  • Sole Agency and Representation (1994)

その他[編集]

その他[編集]

  • 意外にも、一番好きなヴォーカリストとして第1期ディープ・パープルロッド・エヴァンスを挙げている。
  • リッチー・ブラックモアとは犬猿の仲として知られているが、かつてはロニー・ジェイムス・ディオ脱退後のレインボーに加入を打診されたこともある。ブラックモアとギランは酒の席で話をした為、うやむやな雰囲気の中、話は流れた。
  • エピソード・シックス時代、最初の結婚と離婚を経験している。
  • 現在の妻(ブロン)との間に娘(グレース)がいる。
  • 妹のポーリーン・ギランもかつてはミュージシャンとして『Hearts Of Fire』というアルバムを残している。

外部リンク[編集]