ロジャー・グローヴァー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ロジャー・グローヴァー
Roger Glover
ロジャー・グローヴァー(2002年)
ロジャー・グローヴァー(2002年)
基本情報
出生名 Roger David Glover
出生 1945年11月30日(68歳)
出身地 イギリスの旗 イギリス
ウェールズの旗 ウェールズ ブレコン
ジャンル ハード・ロックヘヴィメタルブルースロックプログレッシヴ・ロックニュー・ウェーヴ
職業 ミュージシャン
ベーシスト
ソングライター
キーボーディスト
音楽プロデューサー
担当楽器 ベース
キーボード
ギター
ピアノ
ハーモニカ
活動期間 1964年 - 現在
共同作業者 エピソード・シックス
ディープ・パープル
レインボー
公式サイト rogerglover.com

{{{Influences}}}

ロジャー・グローヴァーRoger Glover,1945年11月30日- ) はイギリスウェールズ出身のベーシストキーボーディスト音楽プロデューサー。名字は「グローヴァー」と表記されることが多いが、「グラヴァー」のほうが本来の発音に近い。身長175cm。

来歴[編集]

ロジャー・グローヴァー(左)とスティーヴ・モーズ(2005年)

本名ロジャー・デヴィッド・グローヴァー。1945年にサウス・ウェールズのブリーコンで生まれる。9歳頃からピアノのレッスンを受け、10歳で家族と共にロンドンに移住。この頃からロックに興味を持ち始め、13歳でギターを始め、16歳の時に最初のベースである赤いホフナー・ソリッド・モデルを手にする。いくつかのアマチュア・バンドを経て、1965年イアン・ギランと共にエピソード・シックスに加入しプロ・デビューを果たす。レコードを何枚も発売するが大成せず、1969年リッチー・ブラックモアの誘いによりギランと共にディープ・パープルに加入する。黄金期の屋台骨として活躍するも、メンバー間の対立もありグループを脱退。

その後、ディープ・パープルが設立したレコード会社「パープル・レコーズ (Purple Records) 」のスタッフに入り音楽プロデューサーとして活動を始める。1970年代にはプロデューサーとしてナザレスエルフステイタス・クオージューダス・プリーストデイヴィッド・カヴァデールイアン・ギランなどのアルバムを手がけた。

1974年に最初のソロ・アルバム「バタフライ・ボール」を発表。翌年にロンドンロイヤル・アルバート・ホールにて公演を行い、この模様は後にDVDとして発売された。1978年、壮大なインストゥルメンタル組曲のアルバム「エレメンツ」を発表。

1979年、ブラックモアの誘いによりレインボーに参加。1984年のレインボー解散までベーシスト、作詞家、プロデューサーとしてバンドに貢献。

同年4月にディープ・パープルが再結成されると、ブラックモアやギランら往年のメンバーと共にこれに参加。2012年現在も同バンドの一員として活動中。

2006年ドリーム・シアターがディープ・パープルのライヴカヴァーアルバムを発表した際にはプロデューサーとしてこれに関与している。

ディスコグラフィ[編集]

ソロ・アルバム(プロデュース兼)
ギラン & グローヴァー(プロデュース兼)

プロデュース・アルバム[編集]

※ABC順

Barbi Benton
  • 『Ain't That Just the Way』(1978年)
デイヴィッド・カヴァデール
ディープ・パープル
Eddie Hardin
  • 『Hardin & York with Charlie McCracken』(1974年)
  • 『You Can't Teach an Old Dog New Tricks』(1977年)
エルフ
ジリアン・グローヴァー(ロジャー・グローヴァーの娘)
  • 『Red Handed』(2007年)
Grand Theft
  • 『Have You Seen This Band?』(1978年)
イアン・ギラン・バンド
Joe Breen
  • 『More Than Meets The Eye』(1978年)
ジューダス・プリースト
マイケル・シェンカー・グループ
ナザレス
プリティ・メイズ
レインボー
ロリー・ギャラガー
ルパート・ハイン
スペンサー・デイヴィス・グループ
  • 『Living In A Back Street』(1974年)
Strapps
  • 『Strapps』(1976年)
  • 『Secret Damage』(1977年)
Young & Moody
  • 『Young & Moody』(1977年)

外部リンク[編集]