トニー・カレイ

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トニー・カレイ[1]Tony Carey1953年10月16日 - )は、アメリカ合衆国キーボディストミュージシャン作曲家。フルネームは、アンソニー・ローレンス・カレイ(Anthony Lawrence Carey)。リッチー・ブラックモアバンドレインボーのメンバーだったことで有名。現在は、主にソロで活動している。

来歴[編集]

1953年10月16日、カリフォルニア州ターロックに生まれる。 1970年代初頭より、ブレッシングスというバンドに加入し、音楽活動を始めた。

レインボー在籍時[編集]

1975年、解雇されたミッキー・リー・ソウルの後任として、レインボーに加入。翌年にリリースされた、『虹を翔る覇者』のレコーディングに参加し、初来日ツアーにも参加。また、同アルバム収録の『スターゲイザー』のオリジナル・ヴァージョンでは、彼のソロがイントロに入っていたが、リリース時にはカットされていた。

しかしながら、1977年に、2月に解雇されたジミー・べインの後任のベーシストが音楽性の違いから解雇されたのと同時に、リッチーからバンドを解雇される。その理由は、リッチーのインタビューでの受け答えから、極度なまでの緊張体質と、私生活での素行の悪さが原因であったとされている[2]が、当のカレイ自身は、自分が演奏中に目立とうとしすぎたためにリッチーの怒りを買ったのではないか、と推測している[3]

2009年より、ジョー・リン・ターナーボビー・ロンディネリグレッグ・スミス、リッチーの実の息子・ユルゲン・ブラックモアと共に、元メンバーが集結するレインボーのトリビュート・バンド「Over The Rainbow」の結成に参加した(2010年を持って解散。)が、体調不良を理由に翌年に離脱した。後任は、スミスと共に1994年に再結成された際のメンバー・ポール・モリスが起用される。ただし、このユルゲンとは後にEBC ROXX with (J.R.) という音楽プロジェクトを結成している。

ソロ活動[編集]

他アーティストとの共演[編集]

カレイは、他にも様々なシンガーやアーティスト、バンドのサポートメンバーとしてゲストで参加したり、楽曲のプロデュースを手掛けたりしている。その代表例として、ジェニファー・ラッシュジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズジョー・コッカーダイアー・ストレイツデイヴィッド・ノップラーなどが挙げられる。

参照[編集]

  1. ^ 資料によっては、ケアリー、キャレーなどと表記されている。ここでは便宜上により、『虹を翔る覇者』の日本盤の表記に統一。
  2. ^ As Long as I Have YouBURRN!3月号におけるリッチー・ブラックモアのインタビューに関する私見 その1 - livedoor Blog(ブログ)
  3. ^ [1]

外部リンク[編集]