虹を翔る覇者

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虹を翔る覇者
レインボースタジオ・アルバム
リリース
録音 1976年2月
ドイツの旗ミュンヘン
ジャンル ハードロック
時間
レーベル イギリスの旗日本の旗ポリドール
アメリカ合衆国の旗オイスター
プロデュース マーティン・バーチ
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 11位(イギリス)[1]
  • 12位(日本)[2]
  • 48位(アメリカ)
  • レインボー アルバム 年表
    銀嶺の覇者
    (1975年)
    虹を翔る覇者
    (1976年)
    バビロンの城門
    (1978年)
    レインボー・オン・ステージ
    (1977年)
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    虹を翔る覇者』 (Rising) [注釈 1][3]は、1976年5月にブラックモアズ・レインボー(Blackmore's Rainbow)の名義で発表された[注釈 2]レインボーのセカンド・アルバム

    概要[編集]

    主宰者であるリッチー・ブラックモア(ギター)は前作『銀嶺の覇者』(1975年)を発表した後、ロニー・ジェイムス・ディオ(ボーカル)以外の3人のメンバーを解雇し[4]コージー・パウエル(ドラムス)[5]、ジミー・ベイン(ベース)、トニー・カレイ(キーボード)を迎えた。

    パウエルは1970年から1972年までジェフ・ベック・グループに在籍して2作のアルバムの製作に携わったという経歴を持ち、ある程度の名声を得ていた。ブラックモア、ディオ、パウエルは以後、1978年にディオが脱退するまで数年にわたってバンドの中心的な役割を担っていき、日本では彼等3人が軸に据えられた体制が『三頭政治[注釈 3]』などと呼ばれた。

    新体制になった彼等は1975年11月10日にモントリオールで初舞台を踏んだ[6]あと、12月上旬までアメリカ・ツアーを行なった[7]。そして1976年2月14日から10日間にわたって、前作と同じくミュンヘンミュージックランド・スタジオで本作の録音を行ない[8][9]、同年5月15日に発表した[10]

    New York MixとLos Angeles Mix[編集]

    本作には、New York MixLos Angeles Mixという2種のミックス盤が流通した。前者はLP盤とリマスター盤(1999年)、後者は初CD化盤に使用された。

    本作のCDには、どちらのマスターテープを音源にしたかによってサウンドに差異が存在する。例えば「スターゲイザー」の場合、New York Mixにあったシンセサイザーのエフェクト音がLos Angeles Mixでは削除されている。

    2011年、New York MixとLos Angeles Mixに加えて完成前のデモ音源であるRough Mixがボーナス・トラックとして収録された、"Rising - Deluxe Edition"が発表された[11][12]。Rough Mixには「スターゲイザー」の未発表イントロダクションも収録された。

    収録曲[編集]

    1. タロット・ウーマン Tarot Woman - 5:58
    2. ラン・ウィズ・ザ・ウルフ Run with the Wolf - 3:48
    3. スターストラック Starstruck - 4:06
    4. ドゥ・ユー・クローズ・ユア・アイズ Do You Close Your Eyes - 2:58
    5. スターゲイザー Stargazer - 8:26
    6. ア・ライト・イン・ザ・ブラック A Light in the Black - 8:12

    LP盤ではトラック1-4がA面、トラック5-6がB面に収録された。
    ※ 全曲がブラックモアとディオの共作。

    メンバー[編集]

    カバー[編集]

    Starstruck

    その後[編集]

    本作の発表に伴って、1976年6月6日からアメリカ・ツアー[14]、8月31日から初の国内ツアー[15]を行なった。さらに9月20日から10月18日まで初のヨーロッパ・ツアー[16]、11月4日から12月16日までオーストラリア・ツアーと日本ツアー[17]を行なった。9月25日から29日までのドイツ公演と12月の日本公演の音源は、『レインボー・オン・ステージ』(1977年)と"Live in Germany 1976"(1990年)で発表された。

    1977年2月13日、ベイン[18]とカレイ[19][注釈 4]が解雇された。従って本作は、彼等2人が製作に携わった唯一のスタジオ・アルバムになった。

    脚注[編集]

    出典[編集]

    1. ^ ChartArchive - Ritchie Blackmore's Rainbow
    2. ^ 『オリコンチャート・ブックLP編(昭和45年‐平成1年)』(オリジナルコンフィデンス/1990年/ISBN 4-87131-025-6)p.318
    3. ^ レインボー『Rainbow Rising / 虹を翔ける覇者』“史上最高のメタル・アルバム”と評された傑作”. Udiscovermusic.jp (2020年6月5日). 2023年2月24日閲覧。
    4. ^ Popoff (2016), pp. 180, 182, 184.
    5. ^ Popoff (2016), p. 184.
    6. ^ Popoff (2016), pp. 188, 189.
    7. ^ Popoff (2016), p. 191.
    8. ^ シンコーミュージック刊『リッチー・ブラックモア レインボー編』 ISBN 4401612027 より。
    9. ^ Popoff (2016), p. 194.
    10. ^ Popoff (2016), pp. 197, 198, 200, 201.
    11. ^ https://hakuasin.hatenablog.com/entry/2013/10/10/045127
    12. ^ Discogs”. 2024年1月4日閲覧。
    13. ^ ポール・ギルバートによるディオ・トリビュート・アルバム『The Dio Album』 ストリーミング配信開始”. amass.jp. 2023年5月7日閲覧。
    14. ^ Popoff (2016), pp. 201, 202.
    15. ^ Popoff (2016), p. 207.
    16. ^ Popoff (2016), p. 208.
    17. ^ Popoff (2016), p. 211.
    18. ^ Popoff (2016), p. 214.
    19. ^ Popoff (2016), pp. 214, 223.

    注釈[編集]

    1. ^ 原題はメディアの解釈によって、"Rainbow Rising"(レインボー・ライジング)か"Rising"(ライジング)か、まちまちである。
    2. ^ 前作のデビュー・アルバム『銀嶺の覇者』(1975年)はリッチー・ブラックモアズ・レインボー(Ritchie Blackmore's Rainbow)名義だった。次作からはレインボー(Rainbow)の名義になった。
    3. ^ この表現は当時の音楽マスコミでも頻用され、現在もLive in Munich 1977の国内盤ライナーノーツ解説などに記載されている。
    4. ^ カレイは新作の製作が始まった1977年6月頃までは、バンドに帯同していた。

    参考文献[編集]

    • Popoff, Martin (2016), The Deep Purple Family Year By Year Volume One (to 1979), Wymer Publishing, ISBN 978-1-908724-42-7