デイヴ・スピッツ

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デイヴ・スピッツ
Dave Spitz
ブラック・サバス時代 (1986年、左端)
基本情報
出生名 デイヴィッド・マーティン・スピッツ
David Martin Spitz
別名 ザ・ビースト
The Beast
生誕 (1958-02-22) 1958年2月22日(66歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国フロリダ州
ジャンル ハードロックヘヴィメタル
担当楽器 ベース
活動期間 1985年 - 現在
共同作業者 ホワイト・ライオン
ブラック・サバス
インペリテリ
グレイト・ホワイト
インソムニア
ニュークリア・アソルト

デイヴ・スピッツ (Dave Spitz、1958年2月22日-)は、アメリカのミュージシャン、ベーシスト空手家弁護士ブラック・サバスグレイト・ホワイトなど多くのロックバンドで活動した。愛称はザ・ビースト (The Beast)。アンスラックスで活動したダン・スピッツは実弟。

経歴[編集]

1958年ニューヨーク州フォレストヒルズで生まれる。父親は弁護士[1]ジャック・ブルースに影響を受けてベースを始める[1]。また、14歳の時にチャック・メリマンに師事して剛柔流空手を初め、大会にも出場した。

その後、ニューヨーク州立大学ジェネセオ校に進学し、フリーウェイバズーレオなどのバンドで活動した。

1985年ホワイト・ライオンに加入する。翌年、ブラック・サバスのアルバム(当初はトニー・アイオミのソロ・アルバムで計画されたが、レーベル側の要請によりブラック・サバス名義でリリースした)『セヴンス・スター』のレコーディングにゲスト参加した後、ホワイト・ライオンを脱退してブラック・サバスに加入。

1987年、ボーカルのグレン・ヒューズが突然脱退し、後任にレイ・ギランを推薦した。その後、「個人的な理由」でバンドを脱退。脱退後にリリースされた『エターナル・アイドル』ではボブ・デイズリーと共にクレジットに出ているが、実際にはデイズリーが全曲のベースを弾いた。

1988年インペリテリに加入。1990年末に脱退。

1992年グレイト・ホワイトのアルバム『サイコ・シティ』のレコーディングにセッションで参加。1996年のアルバム『レット・イット・ロック』のレコーディングにも参加した。

その他、インソムニアニュークリア・アソルトパープル・ハートクーニ、マクブレイン・ダメージ(アイアン・メイデンのドラマー、ニコ・マクブレインのバンド)などで活動した。

また、ブラック・サバスで活動した後、カリフォルニアで再び空手の修行を初め、国際沖縄剛柔流空手道連盟(IOGKF)創設者の東恩納盛男のもとで修行を続け、黒帯を取得した[2]

1996年にフロリダへ移住し、ノバ・サウスイースタン大学のロースクールに入学[3]。1999年に卒業し、現在は弁護士として働いている。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Bader, David Von. “Former Black Sabbath Bassist Dave "The Beast" Spitz Is a Lawyer by Day, War Pig by Night” (英語). New Times Broward-Palm Beach. 2023年12月30日閲覧。
  2. ^ David” (英語). Metal Storm. 2023年12月30日閲覧。
  3. ^ Sortal, Nick (2014年10月29日). “From Black Sabbath to Broward courtrooms” (英語). Sun Sentinel. 2023年12月30日閲覧。