ジャック・ブルース

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ジャック・ブルース
ドイツ・ミュンヘンの演奏にて(2006年10月28日)}
基本情報
出生名 John Symon Asher Bruce
出生 1943年5月14日(71歳)
出身地 スコットランドの旗 スコットランドイースト・ダンバートンシャイア
ジャンル ブルースロック
ジャズロック
ハードロック
担当楽器 ボーカル
ベース
コントラバス
チェロ
ギター
ピアノ
ハーモニカ
キーボード
活動期間 1962年 -
共同作業者 クリーム
ブルース・インコーポレーテッド
グラハム・ボンド・オーガニゼイション
ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ
マンフレッド・マン
ウェスト、ブルース&レイング
リンゴ・スター&ヒズ・オールスター・バンド
BBM
BLT
ロケット88
フランク・ザッパ
公式サイト Jack Bruce

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ジョン・サイモン・アッシャー・ブルース(John Symon Asher Bruce、1943年5月14日 - )は、スコットランド生まれのミュージシャン。ロックバンド、クリームではリード・ヴォーカル、ベースハーモニカチェロピアノなどを担当した。アンプを大音量で鳴らし、常にベースソロのような状態で弾くベースプレイは同世代及び後のベーシスト達にまでも多大な影響を与え、ロック界を代表するベーシストの一人と見なされる。

来歴[編集]

ジャック・ブルースはラナークシャー郡ビショップブリッグスで生まれ、王立スコットランド音楽演劇アカデミーでチェロと作曲を学ぶが17歳でドロップ・アウト。グラスゴーを離れロンドンの音楽シーンに身を投じる。

クリーム以前[編集]

1962年にピアニストのマイク・テイラー、ジンジャー・ベイカー、グレアム・ボンドらとドン・レンデルのジャズ・グループに参加する傍らアレクシス・コーナーのブルース・インコーポレイテッドにも参加する。1963年になるとR&B系のホンク・サックスを主題とするグレアム・ボンドのコンボ、グレアム・ボンド・オルガニゼーションで頭角を現す。グループにはジンジャー・ベイカー、ディック・ヘクストール=スミスや一時期ジョン・マクラフリンらが加わっていた。4ビート・ジャズとブルースをミックスしたサウンドはモッズにも影響を与え、ブルースのブルース・ハープによる演奏等で注目を浴びる。しかし若さ故、演奏スタイルのエゴからブルースとベイカーがお互いの楽器を破壊するなどしたあげくに関係が悪化し、グループを離れることとなる。

後にビージーズで大成功を収めるロバート・スティッグウッドのマネージメントでソロ活動を開始し、1965年ブルースはエレクトリックベースに持ち替えてジョン・メイオールのブルース・ブレイカーズに参加する。エリック・クラプトンとはこの時期に出逢う。1966年マンフレッド・マンに約3ヶ月在籍し同年夏シングルプリティ・フラミンゴが全英No.1ヒットしている頃、ポール・ジョーンズの後任リード・ヴォーカルであるロンドン育ちのオランダ人、ミカエル・デ・アボ(英語読みはマイケル・ダボマイク・ダボ)、そしてベース担当となるクラウス・フォアマンに後を任せ、エリック・クラプトンとのコラボレーションによるパワーハウスを経てクリームへと活動を移して行く。

クリーム時代[編集]

クリームの項目を参照

1966年、ベイカーとブルースの持つジャズの即興性とピート・ブラウンとの曲と詩によるビートニク、そしてエリック・クラプトンのもつ情熱的なブルース・フィーリングとをミックスしたグループ、クリームを結成することとなった。お互の敵意にも関わらず、ブルースとベイカーはバンドのため共に活動を行ったが、そこにクラプトンも加わってのエゴの衝突が繰り返される。パワー・トリオの走りとして活動を続けたクリームであったが、結局1968年末に解散する。一時はクラプトンの事を悪く言っていた彼であるが、後に「あの頃は彼の才能がとても羨ましかっただけなんだ」と述懐している。しかし、我が強かったベイカーとの関係は結局改善せず、それ以後も対立したままであった(後述するBBMが程無く解散した原因でもある)。

ソロ活動・「元CREAM」以降[編集]

1967年にマイク・テイラー・トリオのアルバム『トリオ Trio』にアップライト・ベースで参加。

クリームを解散後の1969年にピート・ブラウンとともにファースト・アルバム『ソングス・フォー・ア・テイラー』をリリース。同年ラリー・コリエルミッチ・ミッチェル、マイク・マンデルによるメンバーでライヴ活動を再開する。派手なプロモートは別にしてもバンドを解散して1970年にはジョン・マクラフリンの在籍するアメリカトニー・ウィリアムスのトリオ、ライフタイムに参加、クアルテットにてアメリカ国内でのツアー、レコーディングを行い年内にスタジオ録音作品「Tony Williams Lifetime / Turn Ot Over」を作り出している。

ブルースの発する言葉に戯曲性を見いだしたカーラ・ブレイは自己の作品「エスカレーター・オーヴァー・ザ・ヒル」で俳人ポール・ハインズの詠み手としてブルースを起用して評判を呼び、ブルースも1971年には再びラリー・コリエルとのライヴなどを行いテクニカルな演奏を総括する。

ソロ・キャリア2作目『ハーモニーズ・ロウ』を発表してブラウンの詩とブルースの曲が見事にマッチしたアルバムにはUK国内ツアーではニュークリアスクリス・スペディング、ジョン・マーシャルにアート・サーマン、グレアム・ボンドの二管を加えたJack Bruce & Friendsを編成し精力的なライヴ活動を行うが、クリームを期待する聴衆とアルバム・セールスの不振とボンドの体調不良の為にグループは1972年に解散においこまれる。

かわってアメリカのロック・バンドマウンテンレスリー・ウエスト、コーキー・レイングとのトリオ、ウエスト・ブルース・レイングを編成することになるが、結局波に乗れずグループは1973年半ばに頓挫する。

1975年ローリング・ストーンズを脱退したミック・テイラーとともに、カーラ・ブレイ、ブルース・ギャリー、ロニー・リーヒーによるザ・ジャック・ブルース・バンドを結成し活動を再開するがスタジオ作品は残していない。1977年にも新たなグループを結成しヒューイ・バーンズ、トニー・ハイマス、サイモン・フィリップスのThe Jack Bruce Band名義によるアルバム『ハウズ・トリックス How's Tricks』を発表している。

 グループを解散したこの頃にドラッグからの本格的リハビリテーションを行い、復帰した1979年にはジョン・マクラフリンのツアーに参加しビリー・コブハムと組む様になる。翌1980年には、コブハムと共にモーズ・アリソンモントルー・ジャズ・フェスティヴァルのライヴをバック・アップ、またアメリカでビリー・コブハムクレム・クレムソンデイヴィッド・サンシャスらと共にジャック・ブルース & フレンズとして新たな活動を行う。

ギターとキーボードの楽器と唄うことの出来るデイヴィッド・サンシャスとは1980年代の活動に不可欠な人物であり、クレムソンが抜けてもブルースのピアノにギターで対応する様になるよりミニマムになりつつも世界観は構築され、ニュー・ヨークの活動で知り合ったアメリカン・クラーベのキップ・ハンラハンとの共同作品を1980年代初頭から始める。これによって、作詞の部分でブラウンと異なるパートを作り出すことになる。

ミュージシャンとしては、セッション・ベーシストとしても様々なギターリストのレコーディングに参加する様になり、ロビン・トロワートレヴァー・ラビンゲイリー・ムーアバーニー・マースデンなどの作品に参加する。日本のギタリストでは、1987年鈴木賢司のロンドン行きの壮行コンサートを収録した『イナズマ・スーパー・セッション』などがある。

また、歌人としてマイケル・マントラーは自己の作品の朗読にブルースを起用してアルバムを制作し、サイケデリック・ロックを指標としたP-FUNK系のミュージシャンはブルースと交流をもち、後にバーニー・ウォーレルとはデュオ作品を作るパートナーともなる。

1993年1月、ロックンロール・ホール・オブ・フェィムの授賞式にクリーム再結成。

ドイツのインディペンデント・レーベルCMPと契約を機に11月、自身の誕生日を祝うキャリアーを総括したコンサートをドイツケルンで開き翌1994年、ブルース、ジンジャー・ベイカー、ゲイリー・ムーアとのBBMを結成した。2001年サルサ等のラテン・ミュージックをミックスしたJack Bruce and the Cuicoland Expressを編成。キップ・ハンラハンとの共作をロビー・アミーン、エル・ネグロ・オラシオ、バーニー・ウォーレル、ヴァーノン・リードで演奏する。このグループでは2002年、福岡、大阪のブルーノートにて公演を行っている。2003年、Polydor/RSO時代の作品をリマスタリングで再発、当時発表されなかった1978年のJet Set Jewelと1975年のマンチェスター公演を録音したCDをリリース。同年突如肝臓癌の緊急移植手術。一命を取り留める。Charサイモン・カーク、ジャック・ブルースで企画されていた武道館公演はキャンセルされた。

2005年5月クリーム再結成コンサートをロンドン・ロイヤル・アルバート・ホールで行い、同年10月クリームによるニュー・ヨークマディソン・スクエア・ガーデン・コンサートをおこなった。

2007年王立スコットランド音楽演劇アカデミー内に生徒が演奏できるジャック・ブルース・ゾーンが開設される。

2008年12月トニー・ウィリアムスのライフタイムのトリビュート企画でヴァーノン・リード、ジョン・メデスキ(MMW)、シンディ・ブラックマンのクアルテットで来日する。

ディスコグラフィー[編集]

  • 『ソングス・フォー・ア・テイラー』 - Songs for a Tailor (September 1969)
  • 『シングス・ウィー・ライク』 - Things We Like (January 1971)
  • 『ハーモニー・ロウ』 - Harmony Row (September 1971)
  • 『アウト・オブ・ザ・ストーム』 - Out of the Storm (Polydor/RSO, November 1974)
  • 『ライヴ'75』 - Live 75 (recorded 1975, released 2003)
  • 『ハウズ・トリックス』 - How's Tricks (March 1977)
  • 『ジェット・セット・ジュエル』 - Jet Set Jewel (recorded 1978, released 2003)
  • 『アイヴ・オールウェイズ・ウォンテッド・トゥ・ドゥ・ディス』 - I've Always Wanted to Do This (December 1980)
  • Automatic (January 1987)
  • 『ウィルパワー』 - Willpower (Polydor, 1989)
  • 『クエスチョン・オブ・タイム』 - A Question of Time (Epic / ソニー, January 1990)
  • 『サムシンエルス』 - SomethinEls (CMP, March 1993)
  • 『シティズ・オブ・ザ・ハート』 - Cities of the Heart (ジムコ/ CMP, 1993)
  • 『モンクジャック』 - Monkjack (CMP, September 1995)
  • BBC Live in Concert (Strange Fruit, 1995)
  • The Jack Bruce Collector's Edition (CMP, 1996)
  • Live on the Old Grey Whistle Test (Strange Fruit, 1998)
  • 『シャドウズ・イン・ジ・エアー』 - Shadows in the Air (ユニヴァーサル・ビクター / Sanctuary, July 2001)
  • 『モア・ジャック・ザン・ゴッド』 - More Jack Than God (ユニヴァーサル・ビクター / Sanctuary, September 2003)
  • HR Big Band Featuring Jack Bruce (hrMedia, 2007)
  • Spirit - Live at the BBC1971-1978 (Polydor, 2008)
  • Can You Follow? (Cherry Red/Esoteric Recordings, 2008)
  • 『シルヴァー・レイルズ』 - Silver Rails (Esoteric Recordings, 2014)

外部リンク[編集]