アンスラックス
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| アンスラックス | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | スラッシュメタル ヘヴィメタル |
| 活動期間 | 1982年〜現在 |
| レーベル | メガフォース・レコード アイランド・レコード サンクチュアリ・レコード |
| メンバー | |
| スコット・イアン チャーリー・ベナンテ ダン・ネルソン ロブ・カッジアーノ フランク・ベロ |
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| 旧メンバー | |
| ニール・タービン ダン・リルカ ポール・クルック ジョーイ・ベラドナ ダン・スピッツ |
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アンスラックス(Anthrax)は、1980年代初頭より活動するアメリカ・ニューヨーク市のヘヴィメタル・バンド。バンド名であるアンスラックスは炭疽菌を意味するが、これは、メンバーが高校時代に受講した衛生学の講義に由来すると言う。なお、2001年アメリカで炭疽菌を用いたテロ事件が発生した際には、バンド名の使用が問題視された。同時期にデビューしたメタリカ、メガデス、スレイヤーと共に4大スラッシュメタルと称された。ただし、実際の所、これら4バンドの音楽性は多分に異なり、アンスラックスもその独自の音楽性(後述)により全世界に多くのファンを得た。
目次 |
[編集] 来歴
1982年、ニューヨークにて結成。当時のメンバーは、現在も在籍するスコット・イアン(ギター)、チャーリー・ベナンテ(ドラムス)、ダン・スピッツ(リードギター)の他、ニール・タービン(ヴォーカル)、そしてダン・リルカ(ベース)。このダン・リルカは、脱退後にニューヨーク・ハードコア・パンクの中心人物としてニュークリア・アソルト、ブルータル・トゥルース、S.O.D.などに参加する人物でもある。なお、彼らはまだ高校を卒業したばかりであった。
1983年、アルバム『フィストフル・オブ・メタル』でデビュー。当時の音楽性は、他のメタル・バンドと同様、英国におけるNWOBHMの流行をアメリカ風味の味付けで解釈した類のものであったが、やがて、ニューヨーク・パンクの雰囲気を持ち込むことにより独自の音楽性を獲得し、注目される存在となる。と思ったのもつかの間、ニール・タービンとの確執によってダン・リルカが脱退。さらに、歌唱力にやや難のあったニールも解雇される。この後、まず、バンドのローディを務めていたフランク・ベロが後任ベーシストとして加入する(フランク・ベロがローディとして同行していたのはこの交代を見越したことであったとする説もある)。そして、問題のヴォーカルには実力派ジョーイ・ベラドナが加入し、バンドを大きくステップアップさせることになる。
新ヴォーカルのジョーイは、豊かな歌声と正確な音感に裏付けられた優れた歌唱力の持ち主であったが、それだけが彼の持ち味ではなかった。アメリカ先住民(いわゆるインディアン)の血統に連なるジョーイは、ステージ上でもインディアンの衣装や飾りを着用するなど強烈なアイデンティティを見せつけ、バンドのフロントマンとしての評判を高めていった。バンド全体としても、この時期、その音楽にファンクやインディアンのビートを取り入れるなどして新しいスタイルの構築に成功した。これにより、バンドは、後に登場するミクスチャー・ロックの先駆的な役割を果たすことになる(ただし、この言葉は当時まだ存在していなかった)。この頃に発表された名盤『アマング・ザ・リヴィング』、『ステイト・オブ・ユーフォリア』は、単に名曲の揃ったアルバムではない。ヘヴィメタルがその音楽性を際限なく広げる契機をもたらした重要なアルバムである。1991年にはヒップホップグループの雄パブリック・エナミーとの協演も果たした。音楽性の土壌を十分に理解できなかった日本のメタルファンの間にはこの協演に対する批判の声もあったが、この協演は、彼ららしい視野の広さを象徴していると言えよう。
しかし、1992年にジョーイが脱退。友好的な脱退とする報道がある一方、ジョーイの内向的な性格に問題があったとも言われている。後任にはアーマード・セイントのヴォーカルを務めていたジョン・ブッシュが加入する。アーマード・セイントは正統派ヘヴィメタルバンドであり、前任のジョーイと比べるとジョンのヴォーカルもストレートでいっかにもヘヴィメタルらしいモノであった。しかし、皮肉なことに時代は、彼らがその先鞭をつけたオルタナティブ・ミュージックへと移行し始める。彼らの音楽性は時代に翻弄されていくことになった。ジョン加入後最初のアルバム『サウンド・オブ・ホワイトノイズ』は彼らが持っていた攻撃性とモダン・ヘヴィネスを融合させた作品で、ビルボードのアルバムチャート7位という最大のヒットとなるものの、1990年代中期以降はメジャーレーベルが彼らとの契約を切り、バンドは地道な活動に終始せざるを得なくなる。この間にダン・スピッツが脱退(脱退後は音楽界を離れ、スイスに渡り時計職人に転身した。当時の事について彼は所有していたギターを全部手放すほど「音楽から遠ざかりたくなった」と語っている)。後にロブ・カッジアーノが加入するまで4人編成となった時期もある。
2005年、ジョーイとダンが復帰。1980年代後期のラインナップで活動を再開。メンバーの恒久性は定かではないものの、往時のヘヴィメタル・バンドたちが多く再結成し、かつての良き時代を再現しようという流れの中、彼らもその期待に応えてくれるだろうと期待された。
2006年10月14日、日本のヘヴィメタルフェスティバル「LOUD PARK 06」に出演。だが、直後にジョーイが脱退。そして音楽界に復帰したダンが再びバンドを離れてしまう事態を迎える。
2007年6月、スリップノット/ストーン・サワーのシンガー、コリィ・テイラーが、現在ANTHRAXと曲を作っていると明かす。正式メンバーとして加入するかは未定。
2008年新ボーカリストとしてダン・ネルソン(ex.Disciplineなど)が加入し、ロブ・カッジアーノも復帰。一夜限りの来日公演も決定した。
[編集] ミクスチャーの先駆者
彼らはスラッシュメタルバンドとして紹介されたが、結果的にこれは誤訳(あるいは売り出し時の策略)であったと言わざるをえない。彼らのベースには他のバンド同様、英国のNWOBHMの影響があったと思われるが(ツインリードの多用など)、ここにスピードを組み合わせたのはメタリカなどのアメリカ西海岸出身のバンドとは全く異なり、ニューヨーク・ハードコア・パンクの影響、もしくはこれらに参加していた関係であった(パンク・アーティストであるビリー・ミラノを中心としたプロジェクトS.O.D.にはダン・リルカのみならず他のメンバーも参加していて、とくにスコット・イアンは発案者とも言える)。
これに加えて、インディアンのビートやメロディ・ラインを効果的に取り入れたり(「Indian」なる名曲もある)、ファンクのグルーブ感を取り入れたりと、その実験的ともいえるどん欲さは他に類を見ない。あくまでヘヴィメタルの枠を守っていたことから、ブームの終焉の影響を彼らも被ったわけだが、レコード会社が思慮深くさえあれば、彼らこそが後のミクスチャー・ロック、オルタナティブ・ミュージックを誰よりも早くやっていたことがもっと紹介されていただろう。
もう一つの特徴として、彼らの曲の中には必ず「fun」の要素が含まれていて、聴く者を楽しく愉快な気分にさせた。曲中で突然ビートが変わり、ジョーイが"MOSH!!"とかけ声をかけると、客席はモッシュ(モッシュダイブと混同されることもあるが、基本的には体をぶつけ合って踊る、いわゆるスラムダンス)の波がわき起こる。そんなところも、速さ・重さ・暗さ・刺々しさ・けばけばしさを競い合う他のヘヴィメタルバンドとは、明らかに一線を画していた。ちなみにステージでもメタリカやメガデス同様Tシャツとジーンズまたは半ズボンという普段着である。それだけに、1990年代中期にオルタナティブ・ミュージックのあくまで一面である「重さ」「暗さ」に彼らもはまってしまい、先駆者として唯一無二だった「明るさ」「楽しさ」「何でもあり」を見失ってしまったのが悔やまれ、逆に往年のメンバーに戻っての現在の活動に期待される。
[編集] バンド名騒動
彼等のバンド名は英語で「炭疽菌」を意味する「Anthrax」。この名前は結成時にスコット等が百科事典をたまたま見ていた時に見つけた単語であり、「アンスラックス」という語感やスペルが彼等の中で「これはメタルだ!!」と言うことから名づけた物である。だが、このバンド名が2001年に物議を醸す事となる。2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ、俗に言う「911」以降続発したアメリカ炭疽菌事件が彼等と全く無関係であるのにもかかわらず、そのバンド名ばかりがクローズアップされる事態となってしまった。メンバーは取材時にはその件についてはジョークを飛ばしてはいたが、バンド名の変更を考慮するほどこの事件にショックを受け、公式にバンド名変更を検討する事を表明した。すると他のアーティストやファンから「バンド名を絶対変えちゃいけない。そのままにするべきだ」と激励の声が上がった。あるライブの楽屋でたまたまであった元レッドツェッペリンのロバート・プラントからも「本当にバンド名詞を変えてしまうのかい?」と真剣な表情で心配されたという。そんな励ましの声に押される形で、あるイベントに出演した(演奏は無かった)際に、メンバー揃いの「俺達はバンド名を変えない」と書かれたツナギを着て現れ、正式にバンドの改名をしない事を表明した。その後、炭疽菌事件は終息に向かっている。
[編集] メンバー
- ダン・ネルソン Dan Nelson(vo)
- スコット・イアン Scott Ian(G)
- チャーリー・ベナンテ Charlie Benante(Ds)
- ロブ・カッジアーノ Rob Caggiano(G)
- フランク・ベロ Frank Bello(B)
[編集] ディスコグラフィ
- フィストフル・オブ・メタル - FISTFUL OF METAL (1983)
- 狂気のスラッシュ感染 - SPREADING THE DISEASE (1985)
- アマング・ザ・リヴィング - AMONG THE LIVING (1987)
- ステート・オブ・ユーフォーリア - STATE OF EUPHORIA (1988)
- パーシスタンス・オブ・タイム - PERSISTENCE OF TIME (1990)
- アタック・オブ・ザ・キラー・ビーズ!! - ATTACK OF THE KILLER B'S (1991)
- サウンド・オブ・ホワイト・ノイズ - SOUND OF WHITE NOISE (1993)
- ストンプ442 - STOMP 442 (1995)
- ヴォリューム8:スレット・イズ・リアル! - VOLUME 8: THREAD IS REAL (1998)
- ウィ・ハヴ・カム・フォー・ユー・オール - WE'VE COME FOR YOU ALL (2003)

