ヘルシンキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ヘルシンキの位置
ヘルシンキの位置
ヘルシンキ大聖堂とヘルシンキ港周辺
ヘルシンキ大聖堂とヘルシンキ港周辺

ヘルシンキフィンランド語Helsinkiスウェーデン語Helsingfors)は、フィンランド共和国の首都。フィンランドの南部(北緯60度10分、東経24度56分)に位置し、バルト海の最奥、フィンランド湾、多島海のヘルシンキ湾に面している。別名「バルト海の乙女」。また、スラングで主にヘルシンキ市民にはスタディ(Stadi),市周辺住民にはヘサ(Hesa)とも呼ばれている。

ヘルシンキ市の人口は565,000人。ヘルシンキ市の周辺にはエスポー、ヴァンター市などの衛星都市があり、約100万人が住んでいる。フィンランドの公用語がフィンランド語とスウェーデン語の二言語であるため、二言語併用が原則となっているほか、地名(駅名、停留所名なども)はフィンランド語、スウェーデン語で別々に存在する。


市内には様々な教会があり、中には1967年スオマライネン兄弟によってデザインされ、岩盤をくりぬいて作ったテンペリアウキオ教会などがある。

2007年にはユーロビジョン・ソング・コンテストが開催された。

目次

[編集] 歴史

主要記事:History of Helsinki

16世紀にスウェーデン人によって交易の目的のために開拓された港町。1550年からヘルシングフォシュ(峡谷の人々の滝)と呼ばれている。町と言っても当時は寒村に等しかったが、フィンランドの貿易中継の中心地となった。19世紀までに火事疫病飢饉など災禍に見舞われ、町の存亡さえ危惧された。しかし1808年の大火災では、町の三分の二が消失したことでそれを契機に乱雑だった町の景観が近代化され、20世紀までにフィンランド一の大都会へと変貌を遂げることとなったのである。

1812年フィンランド大公国の首都となり、1917年のフィンランド独立により正式に首都となる。ちなみにフィンランド人はヘルシンキと呼んでいるが、スウェーデン語話者は現在でもヘルシングフォーシュ(Helsingfors)という名を用いている。かつてのフィンランドの中心地であったトゥルクに代わり、現代では経済商業、文化活動の中心地としてフィンランドの最高水準を誇っている。

[編集] 教育

ヘルシンキには190の普通科学校、41の高等学校、15の職業訓練学校がある。高等学校の半数は私立もしくは州立である。更に8つの総合大学と4つの技術専門学校がある。

[編集] 大学

[編集] 交通

トラムが走る通りの様子
トラムが走る通りの様子
主要記事:Public transport in Helsinki

ヘルシンキでは主な交通機関はヘルシンキ市交通局によって運営され、電車、地下鉄、バス、トラムが含まれている。Helsinki Metropolitan Area Councilはエスポーヴァンターカウニアイネンも管轄している。年間乗客数はおよそ2億1千万人で国内最多。半数近い乗客がバスを利用する。

現在のフィンランドでは、トラム・地下鉄・バスのすべてがある都市はヘルシンキのみとなっている。以前はトゥルクとヴィボルグにもトラムがあったが、トゥルクでは1972年に、ヴィボルグでは1957年に廃止された。 ヘルシンキの地下鉄1982年に開業した。16年間、まっすぐな1路線があるのみだったが、1998年にイタケスクス駅に分岐点が追加された。地下鉄はヘルシンキ東側の郊外に住む通勤者にとって重要な交通手段となっており、エスポーまで拡張する計画があるが、経済的な面からプロジェクトは遅れている。自動運転システムが採用されれば、2010年までにヘルシンキの地下鉄は運転手なしで運行されるかもしれない。

ヘルシンキにはヘルシンキ・ヴァンター国際空港マルミ空港の2つの空港がある。タリンストックホルムへはフェリーの運行は複数の会社が行っている。またドイツのトラヴェミュンデ行きのフェリーもある。タリンへはヘリコプターで移動することも可能である。

[編集] 政治

主要記事:Politics of Helsinki

[編集] 地理

ヘルシンキの面積は686k㎡で、そのうち陸地が186,8k㎡、陸水が0,75k㎡、残りの500k㎡が海水域である。 ヘルシンキには315の島があり、海岸線は98キロメートルにも及び、湖として分類される陸水がない。主な島としてセウラサーリラウッタサーリコルケアサーリ(フィンランド最大の動物園としても有名)、スオメンリンナ島 (Sveaborg)(要塞島)やサンタハミナ島(軍事島)が挙げられる。なお、「サーリ」(saari) とはフィンランド語でのことである。

陸地は森林が3724ヘクタール、公園が987ヘクタール(造園済は858ヘクタール)で、野原が約800ヘクタール。公園地域は合計で6020ヘクタール。市内には42の自然保護地域があり、その面積は約770ヘクタール。市の植物はカエデ、市の動物はリス

市のメインストリートはItäväyläで、11251メートルの長さがあり、一般道が72941メートルで残りは国道。市中心部のメインストリートはマンネルヘイミン通りで5480メートル。市中心部で最短の通りはクルーヌンハカにあるVälikatuで、25メートル。市全体で最短の通りはラッシラにあるLuotikujaで、9メートルしかない。

[編集] 気候

ヘルシンキは海と大陸に挟まれた所に位置するため、フィンランド人からはヘルシンキの冬はかなり穏やかであるが、夏は暖かい(内陸部のような猛暑となることがない)と言われている。一方で、海から吹く風により体感温度は内陸部よりもずっと低く感じられる。

2006年度の年間平均気温は摂氏6,7度。最も平均気温が低い月は2月で氷点下7,9度、最も平均気温が高い月は7月の摂氏18,9度だった。2006年は異常気象の影響で夏と初冬の気温が平年より高かった。

[編集] 建築

ヘルシンキには注目すべき建築物が多くある。最古の建築物は新古典主義エンパイア方式によって建てられた。その少し後にアール・ヌーヴォー様式、機能主義モダニズムによって建築された。

[編集] 1800年~1850年代

ヘルシンキの大部分の建物は1808年に起きた大火事の後に建てられたものである。ヘルシンキ大聖堂前のヘルシンキ元老院広場とカターリーナン通りが交差した所に位置するセデルホルミンホール(Sederholmin talo)は1757年に建築されたものでヘルシンキ中心街に現存する最古の建物であり、スオメリンナ要塞の建築が始まった頃にできたものである。

[編集] 新古典主義とエンパイア様式

ヘルシンキが首都となった際、火事で消失してしまった跡地に新たな建物を建築する事が急務となった。都市計画家として選ばれたドイツ人のカール・ルードヴィッヒ・エンゲルは新古典主義の建築物を設計し、都市再建計画委員会の理想に答えた。エンゲルが設計した建築物は特にヘルシンキ元老院広場とその周辺にあり、ヘルシンキ大学校舎(1828年~32年築)、閣議公邸(1818年~22年築)がある。元老院広場の北側に位置するエンパイア様式のヘルシンキ大聖堂(1830年~40年築)は彼の建築物としては最も知られていると思われる。 他近隣の建築物としてはヘルシンキ市庁舎(1818年築)、ヘルシンキ大学図書館(1836年~45年築)、現在の内科専門病院(sisätautien klinikka)(1826年築)、聖人三位一体教会(Pyhän Kolminaisuuden kirkko )(1828年築)、ヘルシンキ旧市庁舎(1819年築)、ヘルシンキ最古の教会vanha kirkko(1826年築)などがある。エンパイア様式の大統領官邸はスウェーデン出身のPehr Granstedtの設計によるものである。

[編集] 1850年~1925年

1800年~1900年代頃は多くの建築物が建てられたが、アール・ヌーヴォー様式の高層住宅がヘルシンキの多くの通りを占めた。

ヘルシンキ中央駅の南側に位置するアテネウム美術館(1887年築)はフィンランド人建築家Theodor Höijerの設計により建設されたものである。彼の建築物としては多くのレリーフや彫像が知られている。 フィンランド銀行の向い側に位置するネオ・ルネッサンス方式のヘルシンキ議員ホール(säätytalo,1891年築)はフィンランド人建築家Gustaf Nyströmによって設計されたものである。また、生神女就寝大聖堂(ウスペンスキー大聖堂とも。1868年築)も当時に設計されたものである。

[編集] アール・ヌーヴォー

アール・ヌーヴォーはヘルシンキの建築物に見かけられた建築様式である。重要なアール・ヌーボー建築家はヘルシンキではフィンランド人のLars Sonckであり、彼のペンから生み出された多くの高層建築と高さのあるカッリオ教会(Kallion kirkko,1908~12年築)は、アール・ヌーヴォーと民族ロマン主義を結合させたものである。ヘルシンキのランドマークになっているのがヘルシンキ中央駅(1919~22年築)で、これもまた重要なアール・ヌーヴォー建築家のエリエル・サーリネン(Eliel Saarinen)の設計によるものである。

[編集] 民族ロマン主義

民族ロマン主義がヘルシンキでみられるのは特にフィンランド国立博物館(1905年~10年築)で、Herman Gesellius、Armas Lindgren、エリエル・サーリネン(Eliel Saarinen)の3人によって設計された。外見は中世フィンランドの要塞を模倣したものを民族ロマン主義様式にしたものになっている。建物の中は主にアール・ヌーヴォー様式で占められている。ヘルシンキ中央駅の隣にあるフィンランド国立劇場(1902年築)もまたヘルシンキの民族ロマン主義的な建物として知られており、建築家Onni Tarjanneにより設計されている。

ヨハンネス教会
ヨハンネス教会

[編集] ネオ・ゴシック主義

ネオ・ゴシック主義はヘルシンキの奥に残っている。唯一見かけられる公共建築物はプナヴオリ地区に位置するヨハンネス教会(Johanneksenkirkko,1878年築)で、建築家 Adolf Melanderにより設計された。双塔は74メートルの長さがあり、座席が2600席もあるフィンランド最大の石造教会である。教会の正面には数千体もの小さな彫像があり、それがフィンランドのネオ・ゴシック様式建築物のピーク時の詳細を表している。

[編集] 1925年以降

1925年以降はますます盛んに目立つ建物が建てられるようになっていっている。ヘルシンキには機能主義モダニズムに関連する建築物が多く取って代わるようになった。この時期注目すべきなのが建築家Johan Sigfrid Sirén によって設計されたフィンランド国会議事堂(1926~31年築)で、機能主義のはしりを感じさせるものでありながら古典主義に最も近い、という建築物である。この時代の建築物は他にも超高層ビルと名付けられたホテルトルニ(1931年築)がある。ミッコ・アルマンノン(Mikko Armannon)が設計したパシラテレビ塔(Pasilan linkkitorni)(1983年築)は、ヘルシンキで最も高い建築物で146メートルの高さがある。 フィンランドの建築物で規制のない自由な発想で造られたものにトゥーロ地区(Töölö)に位置するテンペリアウキオ教会がある。スオマライネン兄弟によって設計されたこの教会はテンペリアウキオ岩をくり抜いて造られたものである。外側からは出入り口と屋根しか見えない。

[編集] モダニズム

ヘルシンキのモダン建築物の最先端にあるのが現代美術館キアスマで、多様な発想から生まれたこの建築物は2つの直線と湾曲した壁面から成っている。キアスマの傍にはヘルシンキ新聞社ビル(サノマタロ、1999年築)というガラス張りの建物がある。


[編集] 文化

ヘルシンキはフィンランド文化の中心地である。ヘルシンキにはヘルシンキ国立博物館ヘルシンキ現代美術館ヘルシンキ市立美術館アテネウム美術館などの博物館・美術館がある。

この都市で行われるミュージカルイベントは主にフィンランディア・ホールとフィンランド国立オペラで開催される。さらに大きな劇場を要する場合は、アイスホッケー競技場のハートウォールアリーナやヘルシンキ・メッセセンターなどの大きな施設がある。

ヘルシンキは情報技術やデジタル・カルチャーが盛んな都市としても有名である。

ヘルシンキ出身の世界的音楽バンドに、HIMザ・ラスマスThe 69 EyesStratovariusなどが挙げられる。

[編集] イベント

  • Valon Voimat "Forces of Light"、冬の芸術祭
  • Helsingin Juhlaviikot 毎年8月に行われるフェスティバル
  • Vappu  毎年行われる学生と労働者のためのカーニバル。
  • ナイステンキュンッピ(Naisten kymppi)  5月に行われる女性の為の10キロマラソン(歩きも可)
  • ヘルシンキシティマラソン  8月に行われるフィンランド最大のマラソンイベント
  • バルティックニシン市  10月にマーケット広場で行われるニシン市。屋台が並び、さまざまなニシンを味わえる。

[編集] 観光

ヘルシンキは27の景観保護区があり、バルト海の乙女と呼ばれる何キロも続く海岸線に彩られた街である。さほど大きな街ではないが、活気に満ちている。

主要観光スポットの一つにスオメリンナ要塞があり、ユネスコ世界遺産に登録されている。他にはセウラサーリという島があり、レクリエーション地区と屋外博物館がある。また親子連れに適している場所にリンナンマキ遊園地コルケアサーリ動物園がある。

教会では岩盤でできたテンペリアウキオ教会正教会生神女就寝大聖堂、そして福音ルーテル派ヘルシンキ大聖堂が有名。ヘルシンキ大聖堂の周りにはヘルシンキ大学の校舎と閣議公邸がある。大聖堂から歩いて直ぐの所に海に面したマーケット広場(カウッパトリ)があり、さらにその周りには大統領官邸と市庁舎がある。また、マーケット広場から街の中心へ向かう通りに挟まれるようにしてエスプラナーディ公園がある。

マンネルヘイミン通りにはストックマンデパート、マンネルヘイム元帥像を正面に構えた1999年オープンのキアズマ現代美術館が、そして少し北上すると国会議事堂、その先に国立博物館があり、博物館では石器時代から現在に至るまでのフィンランドの歴史を展示している。国立博物館から更に先には主に交響楽団の演奏が行われるフィンランディアホール、オペラやバレエが公演される国立オペラハウスオリンピックスタジアムがある。 また、アレクサンテリン通りは店舗が並び、街の中心街となっている。 市最大のショッピングセンターはイタケスクス・ショッピングセンターで、街の中心からは地下鉄を利用して行くことができる。

ヘルシンキ主要部の概観を効率的に見るにはトラムの3Tを利用するのが適しており、環状線で街を一回りしてくれる(なお、3Bの路線は反対周り)。

[編集] ギャラリー

[編集] 姉妹都市


[編集] ヘルシンキ出身の著名人

[編集] オリンピック

1952年のヘルシンキオリンピックの開催地であった。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
公式
日系機関・団体