ブライアン・メイ

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ブライアン・メイ
ブライアン・メイ
ブライアン・メイ
基本情報
出生名 ブライアン・ハロルド・メイ
出生 イングランドの旗 イングランドミドルセックス州ハンプトン 1947年7月19日(61歳)
学歴 インペリアル・カレッジ・ロンドン
ジャンル ハードロック
ヘヴィメタル
プログレッシブロック
職業 ギタリスト
作曲家
プロデューサー
担当楽器 ギター
キーボード
活動期間 1960年代 -
共同作業者 クイーン
影響 ジミ・ヘンドリックス
エリック・クラプトン
ジェフ・ベックなど
公式サイト brianmay.com
著名使用楽器
レッド・スペシャル
  

ブライアン・ハロルド・メイ CBEBrian Harold May CBE, 1947年7月19日 - )は、イギリスミュージシャン。ロック・バンド、クイーンギタリスト(自作の曲ではリード・ヴォーカルを取ることも多い。)であり、天体物理学博士。ミドルセックス州ハンプトン出身。近年はクイーン+ポール・ロジャースの活動に参加している。ローリング・ストーン誌の2003年8月号のカバーストーリー、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第39位。

目次

[編集] 経歴

インペリアル・カレッジ・ロンドンで学び、大学院では宇宙工学を研究しており、クイーンの活動が軌道に乗るまでは中学校の講師として教鞭を執っていた。その後、音楽活動のために研究を中断していたが、35年後の2007年夏から天体物理学の研究を再開し、スペイン領カナリア諸島の天文台で研究を行って論文を完成、母校インペリアル・カレッジでの審査を通過して博士号を授与されている[1][2][3]

彼のギター「レッド・スペシャル」は特に有名で、彼の知人の家にあった100年以上前の乾燥した暖炉の木材を材料に、エンジニアだった彼の父と自作したオールカスタムギターである。そのギターが奏でる独特の音色は、当時発表されたばかりだったシンセサイザーの音だと揶揄された事があり、それに反発したクイーンのレコードパッケージに"シンセサイザーは使っていない!"と書かれていたことは当時話題となった。

グループ内においては「炎のロックンロール」、「ハマー・トゥ・フォール」、「タイ・ユア・マザー・ダウン」や「ウィ・ウィル・ロック・ユー」「アイ・ウォント・イット・オール」など、クイーンのヘヴィな面を代表するハードロック色の強い曲を書く一方で、「'39」などのカントリーに通じる牧歌的な曲、「セイヴ・ミー」や「トゥー・マッチ・ラヴ・ウィル・キル・ユー」、「手をとりあって」、「ノー・ワン・バット・ユー」などのバラード曲を発表するなどバラエティに富んだ曲作りでクイーンに貢献した。

ソロ活動はエドワード・ヴァン・ヘイレンらと競演した「スター・フリート・プロジェクト」が最初であるが、本格的なソロアルバムとしてはフレディ死後の『バック・トゥ・ザ・ライト』、『アナザー・ワールド』がある。また、フランス映画「フーリア」のサウンドトラックも製作した。またコージー・パウエルニール・マーレイといった気心の知れた仲間たちと共に来日公演を行った。

エディ・ヴァン・ヘイレンのほかに、フー・ファイターズガンズ・アンド・ローゼスブラック・サバスポール・ロジャースなど他のミュージシャンとのセッションに数多く参加しており、ジョー・サトリアーニ主催のG3プロジェクトが英国で公演を行った際にゲスト出演し、ウリ・ジョン・ロートマイケル・シェンカーと夢の共演を果たした。

1993年のソロ公演では、バックを務めたコージー・パウエルが在籍していたレインボーのレパートリーである「Since You Been Gone」を歌った。同曲のレインボー・バージョンはもともとブライアンのお気に入りの曲である。 チャリティーにも積極的に参加してイアン・ギランリッチー・ブラックモアトニー・アイオミポール・ロジャースロジャー・テイラーキース・エマーソンらとディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」をコラボレーションしている。

最近ではロジャーとともにフリーバッド・カンパニーなどのボーカリストであったポール・ロジャースとのジョイントツアーを行い、世界中で話題となった。またブライアンは自身のホームページで、2006年10月にポール・ロジャースとスタジオ入りすると宣言し、2008年9月にヨーロッパ日本、10月に北米で『ザ・コスモス・ロックス』を発表後、クイーン+ポール・ロジャーズとしてヨーロッパ・南米ツアーを行い、各地で好評であった。

[編集] ギターサウンドについて

レッド・スペシャルを弾くブライアン(2005年)

彼のあの独特のアタック音を持つ音は、通常ギターを演奏する際によく使われている「ピック」ではなく、6ペンス・コインや、1990年代後半からはオーストラリア・5セントコインを使用していることによる。普通のギタリストからすれば非常に弾きづらく信じられないことであるが、インタビューの際「これ以外では弾けない。とても幅広いサウンドが出せる。ハードにプレイする時は弦に擦りつけるようにする。そうするとコインの回りのギザギザがガリガリと擦る事になって、鋭い音がだせる。そして、とにかく硬くて弦をヒットした時に曲がる事がないので、手の動きを完全に弦に伝えられる」と語っている。2006年8月、デジテックから彼の音を再現するフットエフェクターが発売された(6ペンスコイン付)。しかし一部の曲のみしか再現されておらず、それだけ実際の楽曲で作り出した音の種類は非常に多彩であることが分かる。2002年にはVOXからジョン・ディーコンが自作し、ブライアンがレコーディングの時に重宝した「Deacy(ディーキー)」とトレブルブースターのサウンドを再現したギターアンプ「Brian May Special」が発売されたことがあった。

[編集] ソロ・ディスコグラフィー

[編集] 豆知識

  • 1987年には本田美奈子のシングル「CRAZY NIGHTS/GOLDEN DAYS」をプロデュースした。このきっかけは、本田が1985年日本武道館で開催したライブにて、フレディ・マーキュリーボーン・トゥ・ラヴ・ユーをカヴァーし、EMIのプロデューサーがメイにこれを聞かせたところ、興味を持ってプロデュースを申し出たことによる。その後も彼女との親交は続き、2005年に彼女が亡くなった際には自身のブログで追悼のメッセージを掲載している。本田の逝去後に発売されたアルバム「心を込めて...」(2006年4月20日発売)に収録されている「Golden Days」は夭逝を悼んだメイがこのために新たにリミックスしたもの。
  • クイーンの4作目のアルバム「オペラ座の夜」に収録されているブライアン作曲の「The Prophet's Song(邦題:預言者の唄)」では、1974年に来日した際に、ファンから貰ったおもちゃの琴を楽曲に使用し、弾いている。
  • CCCD(コピーコントロールCD)には批判的で、そのようなことをするよりファンの喜ぶような特典を入れることの方が大切ではないか、と述べている。
  • 好きな動物はペンギンで、「生まれ変わるならペンギンがいい」と語っている(おそらく、ファーストアルバムの裏ジャケットやI'm Going Slightly Madのビデオクリップ、ライブでときどきやったりしたペンギンを彷彿させる格好はそれによるものかと思われる)。

[編集] 脚注

  1. ^ 2007年8月5日-朝日新聞
  2. ^ 2007年8月5日-朝日新聞
  3. ^ "Queen star celebrates doctorate". BBC News. 2008-12-20 閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク