ZIGGY

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ZIGGY
出身地 日本の旗 日本東京都[1]
ジャンル ロック[1]
ロックンロール
ブルースロック[1]
ハードロック[1]
グラムロック      
活動期間 1984年 - 2008年
2010年2014年
レーベル 徳間ジャパン
公式サイト ZIGGY OFFICIAL WEB SITE
メンバー 森重樹一
戸城憲夫
旧メンバー 大山正篤
津谷正人
松尾宗仁
宮脇“JOE”知史

ZIGGY(ジギー)は、1984年に森重樹一を中心に結成されたロックバンド

1984年の結成以来、メンバーの脱退・加入・復帰、活動休止を繰り返し2008年2月に無期限の活動休止を発表した後、2010年2014年に期間限定で活動。

また、一時期はSNAKE HIP SHAKES(スネイク・ヒップ・シェイクス)と言う名義で活動していたこともある。

外観的な特徴[編集]

ZIGGYのメンバーの初期の外観は、濃いメイクに明るい色の長髪、派手で煌びやかな衣装をまとっていたという特徴があるが、これは海外のバッドボーイズロック、およびLAメタル/グラムロックの影響によるものである。

しかしながら、ヴィジュアル系という用語が確立した90年代以降にヴィジュアル系雑誌『SHOXX』で取り上げられるなど、ヴィジュアル系の一派と捉えられるケースも稀にある[2][3]。 中期に入ると戸城が比較的短髪になり、森重は本人が学生時代以来というパンクスのような短髪になった。同時にメイクや衣装も徐々に落ち着いた物に変化していった。後期は津谷と松尾が短髪にすることが多くなり、衣装も黒を基調としたシックなスタイルを用いることが増えた。

80年代半ばにおける海外及び、国内のロックシーン[編集]

海外ではモトリー・クルーガンズ・アンド・ローゼズらの活躍により、バッドボーイズロックやLAメタルが80年代半ばに栄えていたが、彼らの音楽性、ファッション性はZIGGYのメンバーに少なからず影響を与えている[4]。同じころ、国内のロックシーンではBOØWYREBECCAらが相次いでブレイクし、空前のバンドブームとなっており、メジャーデビュー後のZIGGYもバンドブームの隆盛に比例する形でCDセールスやライヴの動員数を伸ばしていった。バンドブーム終焉とともに多くのバンドが解散や活動休止に追い込まれる中、ZIGGYは2008年まで活動を継続。バンドブーム期を経て生き残った数少ないバンドの1つである[4][5]

音楽的特徴[編集]

音楽的特徴は活動時期やアルバムによって大きく異なる。初期はロックンロールハードロックを基調としたアップテンポな楽曲が多く、ボーカルパートはメロディアスで歌謡曲要素が強かった。また、ギタードラムベースを基調とした、いわゆるバンドサウンドのみの楽曲構成が多かった。ボーカルパートに歌謡曲要素が強かった点について、森重は少年期に沢田研二西城秀樹らの歌謡曲を好んで聴いていたため、その影響が楽曲に反映しているのかもしれないと語っている[4][6]

メジャーデビューまでの活動[編集]

1984年秋、東京で森重樹一を中心に結成される。ZIGGYという名前はデヴィッド・ボウイジギー・スターダストから命名された。その後メンバーチェンジを繰り返したのち、1986年初頭に当時G.D.フリッカーズに所属していた戸城憲夫が加入。この時点でのメンバーで、ソニーレコードのオーディションを受けるものの、最終選考で落選している。当オーディションでは、後に音源化される「LAZY BEAT」「I CAN'T STOP DANCIN'」が演奏された。その後ドラマーが結婚を理由に脱退し、戸城の大学の後輩であった大山正篤が加入、1986年10月には松尾宗仁が加入し、メジャーデビュー時のメンバー構成となった。

1987年7月にVICEレコードから初のLP『それゆけ! R&R BAND』を発売。発売記念ライブを渋谷ラママで行うものの、開始5曲ほどで森重がステージを降りてしまい、数曲をカラオケで演奏して終了、というトラブルがあった。また、この年は初の全国ツアーを行うが、地方では対バンが高校生、ZIGGYが「GIGGY」と表記される、メンバーが最前列の客のシュウマイを演奏中に食べるなど、珍事の連続であった[4]

メジャーデビュー以降の活動[編集]

1987年 - 1991年[編集]

  • 1987年
    • 10月5日、徳間ジャパンよりアルバム『ZIGGY〜IN WITH THE TIMES〜』でメジャーデビューを果たす。
  • 1988年
    • 11月、初のシングル「SING MY SONG(I JUST WANT TO SING MY SONG)」リリース。
  • 1989年
    • 3月、3rdアルバム『NICE & EASY』リリース。本アルバム以降、戸城脱退までは、森重と戸城でアルバム収録曲の作曲を半数ずつ担当した。
    • 7月、インディーズ時代のLPを再録音した『それゆけ! R&R BAND〜REVISITED〜』リリース。また、2ndアルバム『HOT LIPS』収録曲の「GLORIA」がフジテレビ系ドラマ『同・級・生』の主題歌となり、シングルカットされる。オリコン最高位3位のヒットとなり、ゴールデンタイムのテレビ番組にも数多く出演。
    • 8月21日、18日の渋谷ラママでのライヴの追加公演という形で、初の日本武道館単独公演を敢行。
  • 1990年
    • 4月、4thアルバム『KOOL KIZZ』リリース。オリコン初登場1位を獲得する。
    • 秋頃、マスコミ各社に異例の「休暇届け」を送付し1年間の活動休止を発表。
  • 1991年
    • ZIGGYをモデルとしたアニメ作品『ZIGGY THE MOVIE それゆけ! R&R BAND』が制作される。劇中歌には活動休止前にレコーディングされていた未発表曲が使用され、これらの楽曲をまとめたミニ・アルバム『SOUND TRAX』が6月に発売された。

1992年 - 1998年[編集]

  • 1992年
    • 活動再開。
    • 6月、5thアルバム『YELLOW POP』リリース。アルバムの制作段階でメンバー間の音楽性のずれが表面化していた。新しい音楽に挑戦し、ソングライターとしての更なる成長を志していた森重と戸城は、あくまでトラディショナルなロックンロールにこだわる松尾との活動に限界を感じ始める。同時に松尾も『YELLOW POP』における新たなZIGGYの方向性は自らの音楽的嗜好とは相容れないものと感じ、脱退を決意する。また、森重と大山の間にも音楽的姿勢の相違が生じ、結局、「YELLOW POP」発売に伴うツアー「COME ON EVERYBODY」終了後に、松尾と大山の脱退が発表された[7][5]。2人の脱退に関して各雑誌社に送られた森重のメッセージは以下の通りである。

      「(略)約1年半という活動休止期間を経た我々の活動には、残念ながら終始どこかかみ合わない歯車のような、しっくりといかない感じがつきまとっており、各々のメンバーがその不確かな”ずれ”を違った形で捉えていたように思います。(略)バンドという一つの共同体を中心に考えるのであれば、バンドの方向性が最重要視されなければなりません。そのために個人的には納得のいかないこともあるはずです。(略)ただ唯一解って頂きたい点は、音楽は我々にとって最も愛するべきもので、人生そのものと言っても過言ではないということです。その音楽に、より誠実であるために各々が、より自分を生かせる場所で活動するべきだと判断したというところです。(略)親愛なるファンならびに関係者の皆様へ」(森重樹一)[8]

12月、ライヴビデオ「COME ON EVERYBODY」、ファン投票により選曲されたベストアルバム『ORDER-MADE〜15 NUMBERS SELECTION〜』がリリースされ、これがデビュー時の4人での最後の作品となった。森重と戸城はユニットの形態でZIGGYとしての活動を継続していくこととなった。

  • 1993年
    • 7月、森重、戸城のユニットになってから初のアルバム『ZOO & RUBY』を発売。アルバムタイトルは「ビートルズ」のもじりであり、ソングライティング、サウンドメイキングともにビートルズの影響にあるポップス色の強い楽曲が多くなっている。また、この時期はライヴを想定しない作品制作重視の活動方針も模索しており、ライヴの本数が極端に減少する。
  • 1994年
    • 7月、7thアルバム『BLOND 007』発売。
  • 1995年
    • 3月、シングル「Jealousy〜ジェラシー〜」リリース。「カメリアダイアモンド」のCMソングに起用され、ヒットする。
    • 10月、ライヴでのサポートドラマーを務めてきた宮脇”JOE”知史(現44MAGNUM)が正式加入。
  • 1996年
    • 1月、所属レコード会社をマーキュリー・ミュージックエンタテイメントに移籍。
    • 3月、8thアルバム『WHAT NEWS!?』リリース。
  • 1997年
    • 3月、9thアルバム『CRAWL』リリース。このアルバムよりプロモーション活動を控え、メディア露出が極端に減少するなど活動体制が大きく変化し、以降、セールスは大幅に落ち込む。
  • 1998年
    • セールスの大幅な減少、個人活動の活発化などによりZIGGYは解散の危機に瀕する。そこで当時の所属事務所の創始者である月光恵亮は森重に松尾宗仁の復帰を提案。森重はこれに賛成し、松尾も当時TRYBECCAという自身のユニットで活動していたが、掛け持つ形で承諾。3月に正式メンバーとして松尾が復帰。当初は"KING OF GYPSYZ"の変名でライヴを行っていたが、8月からはZIGGY名義でのライヴを通常通り行い、松尾復帰に伴って初期の楽曲も演奏された。

1999年 - 2004年[編集]

  • 1999年
    • 1月、所属レコード会社をSMEJ Associated Recordsに移籍。
    • 3月、10thアルバム『Goliath Birdeater』リリース。外部プロデューサーの意見を大きく取り入れるアルバムの制作方法や、発売後のツアーのブッキングに関して不満を持っていた戸城は、取材等で不穏な発言を繰り返してしまう。戸城はその後、次回作の制作時にオーソドックスなロックンロールへ回帰しようとする森重や松尾との音楽性の相違を感じ、メンバーに脱退を示唆。メンバーは慰留に努めるものの、話し合いの末、互いに譲歩が困難であると悟り、10月1日をもって戸城の脱退が決定。また、戸城の脱退がレコード会社との契約違反とみなされ、契約解除だけでなく、ZIGGYの名でのバンド活動及びメンバーの個人活動も制限されることとなった。
  • 2000年
    • 1月、ファンクラブ会報にて戸城の脱退と、当時PSYCHO CANDIEというバンドに所属していた津谷正人を新ベーシストに迎え"SNAKE HIP SHAKES"名義で活動することを発表。
    • 6月、レコード会社をメルダックに移籍し、SNAKE HIP SHAKES名義での1stシングル「永遠のJustice〜この道の果てに〜」リリース。2001年にかけて、SNAKE HIP SHAKESとして計3枚のシングル、計5枚のアルバムをリリースした。
  • 2002年
    • 7月、バンド名義をZIGGYに戻し、ZIGGYとしては3年ぶりとなるアルバム『HEAVEN AND HELL』リリース。
    • 12月、12thアルバム『HEAVEN AND HELL II』リリース。
  • 2003年
    • 9月、13thアルバム『ROCK AND ROLL FREEDOM!』リリース。
  • 2005年
    • 1月、14thアルバム『JUST A ROCKIN' NITE』リリース。

2006年 - 2014年[編集]

  • 2006年
    • 4月、津谷が脱退。ZIGGYとしての活動も休止。
  • 2007年
    • 10月、2年9ヶ月ぶりとなるオリジナルアルバム『NOW AND FOREVER』をリリース。
  • 2008年
    • 2月、ZIGGYの無期限の活動休止がメンバーのコメントとともに発表された。主な理由は、松尾の志向するブルースロック路線ではハードロック出身の宮脇のドラムを活かしきれないなどといったメンバー間の音楽性の相違であった。
  • 2010年
    • 過去に自身が制作に深くかかわった楽曲を再度演奏したい、という意向を持っていた戸城の呼びかけにより、戸城、森重、宮脇の3人でZIGGY名義で、期間限定の全国ツアーを行うことが発表される。サポートギタリストにはカトウタロウを迎え、ツアーは秋から年末まで行われた。演奏されたのは初期の楽曲を中心に、アルバム『CRAWL』の時期までの楽曲であった。なお、松尾宗仁はツアー決定に際し、THE PRODIGAL SONSの公式ブログの「俺は放蕩息子」というエントリーにおいて、「某バンドのツアースケジュールが発表されたようだが、俺は参加しない。理由は言わなくてもわかるだろ?」と発言した。
  • 2011年
    • ZIGGYの公式サイトが閉鎖される。
  • 2014年
    • 公式サイト閉鎖後は、しばらく無風状態が続いたが、結成30周年を記念して森重樹一の呼びかけにより期間限定で活動を再開。ライブツアーを行うとともに、会場限定販売の新曲3曲入りCDなども作成された。また、森重のみがZIGGY名義で多くの地上波の音楽番組に出演した。
    • 8月から9月にかけて、徳間ジャパン在籍時の全オリジナルアルバムがデジタルリマスタリング及びHQCD仕様で再版され、森重選曲によるベストアルバムも新たにリリースされた。

メンバー[編集]

第一期(結成 - 1992年9月)[編集]

第二期(1992年9月 - 1995年12月)[編集]

松尾、大山脱退。

  • 森重 樹一
  • 戸城 憲夫

第三期(1995年12月 - 1998年1月)[編集]

それまでサポートドラマーであった宮脇(ex.44MAGNUM)が加入。

  • 森重 樹一
  • 戸城 憲夫
  • 宮脇“JOE”知史(みやわき“じょー”さとし1964年5月6日 - )ドラム。京都府出身。

第四期(1998年1月 - 2000年1月)[編集]

松尾が復帰。

  • 森重 樹一
  • 戸城 憲夫
  • 宮脇“JOE”知史
  • 松尾 宗仁

第五期(2000年1月 - 2002年3月)[編集]

戸城が音楽性の相違により脱退しサポートとして津谷が加入、契約上の問題で半年間ZIGGYの名前が使えなくなったためSNAKE HIP SHAKESとしての活動を開始する[5]。(契約上の問題が切れた後も、2002年4月までこの名前で活動を続ける) また、この頃から松尾が作曲を手がけるようになる。

  • 森重 樹一
  • 松尾 宗仁
  • 宮脇“JOE”知史
  • 津谷 正人(つや まさと、1969年1月13日 - )ベース、コーラス

第六期(2002年4月 - 2006年4月)[編集]

バンド名をZIGGYに戻して活動。津谷が正式加入。

  • 森重 樹一
  • 松尾 宗仁
  • 宮脇“JOE”知史
  • 津谷 正人

第七期(2006年4月 - 2008年2月)[編集]

2008年4月1日に津谷が脱退。無期限の活動休止へ。

  • 森重 樹一
  • 松尾 宗仁
  • 宮脇“JOE”知史

第八期(2010年11月 - 2010年12月)[編集]

戸城憲夫の呼びかけにより期間限定でライブを行う。

  • 森重 樹一
  • 宮脇“JOE”知史
  • 戸城 憲夫(サポート)

(※松尾宗仁は不参加)

第九期 (2014年3月 - )[編集]

結成30周年を記念して森重樹一の呼びかけにより期間限定で活動再開。 全国ライブツアーの開催とともにZIGGYとしては約7年振りに新曲を制作。

  • 森重 樹一
  • 戸城 憲夫
  • カトウ タロウ ギター(ex.BEAT CRUSADERS
  • 金川 卓矢 ドラムス
  • 佐藤 達也 キーボード ※ツアーのみ参加

第九期の活動にあたり、当初は第一期メンバーでの活動も計画されていたが、メンバー間の音楽性の相違や、情報伝達の行き違いにより実現しなかったことが、森重、松尾宗仁の公式ブログで明かされている。 また、ZIGGYとしてのライヴツアーの開催を告知する森重の公式ブログの記事において、「メンバーは随時発表」と謳われていたにも関わらず、結局ツアー開始までに発表されたのは戸城の名前だけだった。

ディスコグラフィー[編集]

  • ●印が付いて部分は、SNAKE HIP SHAKES名義での作品。

シングル[編集]

発売日 タイトル タイアップ
1st 1988年5月25日 I'M GETTIN' BLUE(c/w:「CRISIS」)
2nd 1988年5月25日 GLORIA(c/w:「HOT LIPS」)
3rd 1988年11月25日 SING MY SONG (I JUST WANT TO SING MY SONG)(c/w:「MIDNIGHT TRIPPER」)
4th 1989年2月27日 ONE NIGHT STAND(c/w:「SHOUT IT OUT LOUD」)
5th 1989年7月26日 GLORIA(c/w:「FEELIN' SATISFIED」) フジテレビ系ドラマ『同・級・生』主題歌(#1)
6th 1989年11月1日 I'M GETTIN' BLUE(c/w:「BOOGIE WOOGIE TRAIN」)
7th 1992年7月29日 午前0時のMERRY-GO-ROUND/LET'S DO IT WITH THE MUSIC ANB系ドラマ『本当にあった怖い話』後期エンディングテーマ(#1)
ナショナル蛍光灯「パルック」CMソング(#2)
8th 1994年6月27日 STAY GOLD(c/w:「真夜中の太陽」) 94'劇空間プロ野球』イメージソング(#1)
9th 1995年3月29日 Jealousy 〜ジェラシー〜(c/w:「春色の残像」) カメリアダイアモンド」イメージソング(#1)
10th 1996年2月5日 君をのせて(c/w:「月が昇る頃には」) フジテレビ系『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』1996年1月 - 3月度エンディングテーマ
11th 1996年3月4日 STEP BY STEP(c/w:「HAPPY END」) 読売テレビ日本テレビ系アニメ『名探偵コナン』初代エンディングテーマ
読売テレビ・日本テレビ系アニメ『名探偵コナン』挿入歌(#2)
12th 1996年12月2日 Silent Eveを待ちながら(c/w:「無力なViolence」) フジテレビ系『タモリのスーパーボキャブラ天国』エンディングテーマ
13th 1997年2月26日 Guilty Vanity(c/w:「Teenage Dreamに祝福あれ」)
14th 1999年2月20日 マケイヌ(c/w:「ZIG ZAG WALK Boogie」)
15th 1999年5月21日 Without…(c/w:「この空の下のどこかに」) 元気首都高バトル(DC)テーマ曲&CM曲
●16th 2000年6月21日 永遠のjustice〜この道の果てに〜(c/w :「RAT RACER」、「FALLEN ANGELS」) 元気・首都高バトル2(DC)テーマ曲&CM曲
●17th 2001年3月23日 RIVER OF TEARS(c/w:「HAPPY GO LUCKY」、「星屑になっちまう前に」)
●18th 2001年11月21日 RAIN(c/w:「So long!」、「SLIDE」)
19th 2002年6月26日 HEAVEN AND HELL
20th 2002年10月23日 誓い〜放浪者の丘の静けき夜〜(c/w:「You don't have to worry」)
21st 2003年5月7日 7th direction
22nd 2003年8月27日 My Love(c/w:「7DAYS' HANGOVER」)

その他のシングル[編集]

タイトル 備考
STAND BY ME カバー曲で、「NICE & EASY」発売前後に行われた応募者プレゼントの特典。
SING MY SONG
ONE NIGHT STAND
「ORDER-MADE」の人気投票時の特典。2曲とも1992年8月17日日本武道館公演のライブ音源。
流転 「ROCK AND ROLL FREEDOM!」およびシングル2枚の購入者応募特典。
逆説のファンタジア
逃避行
心模様さえ俺の手には負えない
2014年のツアーにて会場限定リリースされた新曲3曲を収めたマキシシングル。

アルバム[編集]

オリジナル・アルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1987年7月10日 それゆけ! R&R BAND(インディーズ)
2nd 1987年10月5日 ZIGGY IN WITH THE TIMES
3rd 1988年5月25日 HOT LIPS
4th 1989年3月25日 NICE & EASY
5th 1989年7月10日 それゆけ! R&R BAND〜REVISITED
6th 1990年4月25日 KOOL KIZZ
7th 1991年6月25日 SOUND TRAX
8th 1992年6月25日 YELLOW POP
9th 1993年7月21日 ZOO & RUBY
10th 1994年7月27日 BLOND 007
11th 1996年3月25日 WHAT NEWS!?
12th 1997年3月26日 CRAWL
13th 1999年3月20日 Goliath Birdeater
●14th 2000年7月26日 SNAKE HIP SHAKES
●15th 2001年4月25日 VIRAGO
●16th 2001年12月19日 NEVER SAY DIE
17th 2002年7月24日 HEAVEN AND HELL
18th 2002年12月18日 HEAVEN AND HELLII
19th 2003年9月18日 ROCK AND ROLL FREEDOM!
20th 2005年1月26日 JUST A ROCKIN' NITE
21st 2007年10月24日 NOW AND FOREVER

ベスト・アルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1992年12月4日 ORDER-MADE -15 NUMBER SELECTION-
2nd 1997年12月5日 What's Best!? -SINGLES 1987〜1997-
●3rd 2003年12月19日 WORST -VERY BEST OF SNAKE HIP SHAKES-
4th 2004年9月8日 VICISSITUDES OF FORTUNE
5th 2004年11月25日 ゴールデン☆ベスト
6th 2014年9月3日 ZIGGY プラチナムベスト

その他のアルバム[編集]

発売日 タイトル
●1st 2000年10月25日 NO DOUBT -ZIGGY SONGS PLAYED BY SNAKE HIP SHAKES-
2nd 2004年2月25日 HEAVEN AND HELL COMPLETE BOX

映像作品[編集]

  • ZIGGY-1.16.芝浦・冬の陣(1988年、VHS / LD / DVD
  • ALL THAT ZIGGY(1988年、VHS / LD / DVD
  • BIG MOUTH(1989年、VHS / LD / DVD
  • ALL THAT ZIGGY 2(1990年、VHS / LD)
  • ALL OR NOTHING(1991年、VHS / LD / DVD
  • それゆけ! R&R BAND(1991年、VHS / LD / DVD
  • COME ON EVERYBODY(1992年、VHS / LD / DVD
  • VIDEO de ZIGGY VIDEO CLIPS 1994-1997(1997年、VHS)
  • LIVE FILM 2001-TOUR “VIRAGO” 2001 TOKYO SHIBUYA-AX-(2001年、VHS / DVD
  • SNAKE HIP SHAKES FILM 2002-LIVE & 5 CLIPS-(2002年、VHS / DVD
  • DEBUT 15th ANNIVERSARY LIVE“HEAVEN AND HELL”at 日比谷野音 2002.9.8(2002年、VHS / DVD
  • Live-Yだよ ZIGGYさん! 2828ナイトスペシャル (仮)(2003年、VHS / DVD
  • ライブ帝国 ZIGGY(2003年、DVD
  • ライブ帝国 SNAKE HIP SHAKES~ZIGGY(2004年、DVD
  • ZIGGY LIVE DVD TOUR ’03 ROCK AND ROLL FREEDOM!(2004年、DVD
  • SNAKE HIP SHAKES NIGHT 2004.11.6(2005年、DVD
  • ZIGGY NIGHT 2004.11.7(2005年、DVD
  • ALL THAT ZIGGY III-SNAKE HIP SHAKES~ZIGGY-(2005年、DVD
  • ONE NIGHT STAND-真夏の夜の夢-2005.7.2 at日比谷野外音楽堂(2005年、DVD
  • SPEACE SHOWER ARCHIVE ZIGGY LIVE 9002(2006年、DVD
  • “東西夏開き!!” LIVE 2007 at SHIBUYA-AX(2007年、DVD
  • DOCUMENT 2007 -NOW AND FOREVER-(2008年、DVD
  • ALL THAT ZIGGY PLUS(Blu-ray

書籍[編集]

  • 「派手めな普段着」(単行本・ZIGGY (著) 1989/11発売)
  • 「ZIGGY,ZIGGY,ZIGGY」(単行本・ZIGGY (著) 1990年発売)
  • 「HEAVEN AND HELL〜天獄のはざまで〜SIDE HEAVEN」(2002年発売)

写真集[編集]

  • 「HEAVEN AND HELL〜天獄のはざまで〜SIDE HELL」(2002年発売)
  • 「That is my life」(2005年発売)

●印はSNAKE HIP SHAKES名義の作品

参考文献・出典[編集]

  1. ^ a b c d ZIGGY - ジギー - キューブミュージック・2014年3月18日閲覧。
  2. ^ 『SHOXX1991年vol.1』音楽専科社
  3. ^ 『SHOXX1993年9月号』音楽専科社
  4. ^ a b c d 「派手めな普段着」シンコーミュージック1989年
  5. ^ a b c 増田勇一『HEAVEN AND HELL〜天獄のはざまで〜SIDE HEAVEN』ソニー・マガジンズ、2002年
  6. ^ 『ZIGGY,ZIGGY,ZIGGY』1991年宝島編集部
  7. ^ ロッキンf 1992年12月号
  8. ^ ロッキンf 1992年11月号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]