バンダイ・ミュージックエンタテインメント

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株式会社バンダイ・ミュージックエンタテインメント (Bandai Music Entertainment) は、2000年まで存在した日本のレコード会社である。設立時の社名は、アポロン音楽工業株式会社

目次

[編集] 歴史

[編集] アポロン音楽工業株式会社

1971年3月渡辺プロダクション(ナベプロ)と文化放送などが出資するレコード会社として、東京都新宿区若葉1丁目5番地の当時の文化放送の本社内に「アポロン音楽工業株式会社」を創業。創業当時は、主にナベプロ傘下の渡辺音楽出版が原盤権を持つ各レコード会社のナベプロ所属歌手の音源の音楽テープの発売を行っていた[1]。当時ナベプロはワーナー・パイオニア(ワーナー)にも出資しており、1970年代中頃までは、ワーナーは渡辺音楽出版が原盤権を持たない音源でもレコード盤を発売し、アポロンがディープ・パープルクイーンなどの洋楽を含めワーナーからの原盤提供を受けて音楽テープを発売する形態が多かった。

1978年、ナベプロはサウンズ・マーケッティング・システム(SMS)を設立し、渡辺音楽出版が原盤制作したワーナーの音源の発売権をSMSに移行させ、ワーナーから資本離脱。音楽テープ専業だったアポロンのレコード制作部門としてSMSを位置づけるが、1981年にアポロンはレコード制作部門として「ALTY」レーベルを設立。1988年にはSMSは解散し、ナベプロのレコード事業はアポロンに一本化される。

1986年、アポロンはゲームミュージック部門に進出し、カセットテープで発売されていた「1000円シリーズ」 やすぎやまこういち作曲の「ドラゴンクエスト」のサントラCDを発売し、話題になった。

1987年には、玩具大手のバンダイと業務提携を結び、同年に文化放送系のレコード会社「ラジオシティレコード」を事実上吸収させる。1989年には文化放送からバンダイへ筆頭株主が移る。

邦楽ポピュラー部門では、ラジオシティレコードから編入した徳永英明などのアーティストを有するようになる。また、演歌部門にも力を入れており、演歌界のメジャー歌手も多く所属した。洋楽部門では、シュラプネル・レコーズの日本盤の発売元になったこともある。音源を発売する権利は1996年ロードランナー・ジャパンに移管した。

[編集] 株式会社アポロン

1990年5月、社名を「株式会社アポロン」に変更。株式会社アポロン時代のヒットとしては1993年に、classの「夏の日の1993」などがある。

[編集] 株式会社バンダイ・ミュージックエンタテインメント

1996年7月、社名を「株式会社バンダイ・ミュージックエンタテインメント」に変更。系列会社のバンダイビジュアルとリンクし、アニメやゲームミュージックを主とした事業展開を行った。しかしアニメ・ゲーム関係ではこれといったヒットがなく、また肝心なJ-POP等のポピュラー部門では、徳永英明以外に殆どヒットアーティストが存在しなかったことに加え、同社のドル箱的存在だった徳永が1998年キングレコードへ移籍したため収益の柱を失ってしまい、以後苦戦続きとなる。

もう一つの柱である演歌部門やナベプロ音源も収益に寄与しなかったことから、最終的に親会社バンダイが事業継続を断念し、2000年に解散・清算された。ナベプロ音源は渡辺音楽出版に移管され、現在は渡辺音楽出版と新星堂の提携によるWATANABEレーベル及びPARADEレーベルとして発売されている。また、アニメソングやゲームミュージック関係の音源はバンダイが設立したエモーションミュージックが管理していたが、これらの音源は2009年ランティスへ譲渡された。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ たとえば沢田研二アン・ルイス山下久美子のオリジナルアルバムは、LPレコードはポリドールビクターコロムビアから、カセットテープはアポロンから発売という形態。
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