武田久美子

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武田久美子(たけだ くみこ、1968年8月12日 - )は日本のアイドル女優である。

目次

[編集] 人物

愛知県出身。幼少時に東京都北区田端に移住。北区立滝野川第四小学校、堀越中学校(現在は廃校)を経て堀越高等学校卒業。

小学4年生時に、弟とともにウナコーワのTVCMに出演(弟は乳児の時にもベビー用品のTVCMに出演)。中学生時代に東大のアイドルコンテストで優勝し「東大生が選んだアイドル」として話題になる。

1982年、映画『ハイティーン・ブギ』(主演:近藤真彦)に出演。1983年に歌手デビューもしている。主にグラビアや写真集で大胆なヌードを発表し、人気となる。アメリカ人男性と結婚しカリフォルニア州サンディエゴに移住、一女の母である。夫の転勤で3年間ニューヨークに住んでいたが、現在はまたサンディエゴに戻っている。

[編集] 書籍

[編集] 写真集

  • TOUCH ME KUMIKO(1983年、近代映画社
  • パステルファンタジー(1983年、サンリオ
  • 別冊スコラ・武田久美子(1984年スコラ
  • 想いどおり(1986年ワニブックス
  • JUST A GIRL(1987年、ワニブックス)笹ふんどしを着用したポスターが話題となった。
  • My Dear Stephanie(1989年、ワニブックス) 初めての乳輪と貝殻ビキニを披露した。
  • Hello B.B.(1991年、ワニブックス)
  • Ciao Bella(1992年、ワニブックス)
  • PARADISE(1993年、スコラ)
  • Lady Casablanca(1994年、スコラ)初めてのヘアヌード。
  • Lady New York(1995年、スコラ)
  • Lady Malaga(1995年、スコラ)
  • You must love me(1997年音楽専科社
  • S(1998年、ルー出版)
  • Mocha(2000年、音楽専科社)
  • DIVA(2002年、音楽専科社)
  • Me(2003年、音楽専科社)

[編集] 著書

  • マイウェイ少女(1983年、小学館)
  • おとな気分-ドキドキハートはあまのじゃく(1983年、青春出版社)
  • 武田久美子という生き方 きれいでいるには理由がある(2004年7月10日、小学館) ISBN 978-4-09-363112-9
  • くみこの掟 武田久美子美しくなる魔法の言葉集(2005年1月17日、講談社)ISBN 978-4-06-212788-2
  • プレシャスKUMIKOボディ(2005年5月、アスコム)ISBN 978-4-7762-0244-8
  • 武田久美子のつくり方 DVD付き (2006年7月5日、小学館)ISBN-10: 4093631131 ISBN-13: 978-4093631136
  • 43才でもなぜ武田久美子でいられるのか(2011年11月15日、小学館)ISBN 978-4-09-363731-2

[編集] レコード/CD

[編集] シングル

  1. 噂になってもいい (1983年1月25日)
    (c/w)北風よ
  2. シャワーホリデー (1983年5月25日)
    (c/w)渚から帰れない
  3. びんかん…してます (1983年8月24日)
    (c/w)テルミーママ
  4. 夢の飛行船 (1984年5月10日)
    (c/w)ジェラシー・シーズン
  5. Myボーイ (1984年9月25日)
    (c/w)ギンガムBUS STOP

[編集] アルバム

  • クミコミニケーション(1983年3月25日)
  • クミコレクション 15/83(1983年)
  • コンプリート・クミコレクション(2007年)

[編集] 逸話

  • ラジオで「私、山と地方が嫌いなんです。何が恐いって虫が恐い。山と地方って虫が多いでしょう」と言ったことがある。
  • 13歳だった1982年、当時人気絶頂のアイドル近藤真彦主演の映画『ハイティーン・ブギ』にヒロイン桃子役で出演。その劇中で近藤とのキスシーンがあったことが原因で、近藤の熱狂的なファンから、カミソリ入り封筒を送りつけられる、イベント会場で罵声を浴びせられる、脅迫電話が来るなどの様々な嫌がらせを受け、一時は芸能活動そのものに支障をきたすほどの事態となった。
    • 当然ながら近藤が所属するジャニーズ事務所は、ファンクラブや各種マスコミへのコメントなどを通じて近藤ファンに自制を幾度と無く促したものの、状況の鎮静化には長い時間を要することとなり、結果として暴走したファンから映画の相手役の女性タレントを守り切れなかった状況に、芸能界内外から厳しい批判が浴びせられた。そして、最終的には、ジャニーズ事務所所属のアイドルが出演する映像作品全般の方向性について、現在に至るまで大きな影響を与えている。この一件以降、映画・ドラマでジャニーズ事務所所属の男性アイドルに若手女性芸能人とキスシーンを演じさせることは、完全に絶無ではないが事実上の禁忌となっている。
  • “出来る限り本物を身につけて審美眼を磨く”という親の教育方針により、幼少期から毛皮や宝石を買い与えられていたという。中学生当時、毛皮を纏って六本木を歩いているときに、水商売のスカウトを受けたこともあるという。
  • アイドル時代にはレコードを出しているものの、歌唱力には難があった。「『NHKのど自慢』にゲスト出演して自分の持ち歌を歌ったら、鐘1つを鳴らされた」というラジオDJネタが流行するほどだった(事実ではない)。本人も歌うことを嫌がっていたため、歌手活動は短命に終わった。
    • 親友の松居直美が武田とカラオケに行った際、その場では指摘しなかったものの「少なくとも、公の場では歌わない方がいいんじゃないかな」と、思ったという(中京テレビ製作『ろみひー』にて)。
  • その後、豊満な肢体を武器にグラビアアイドルとしての活動に移行。写真集『JUST A GIRL』ではふんどしを披露するなどして大ヒット。次に出された初ヌード写真集『My Dear Stephanie』では貝殻ビキニを披露、世間に大きな衝撃を与える。その貝殻ビキニは、撮影地のグァム島ホテルで食べたディナーに含まれていたホタテガイの貝殻を見て、武田本人が考案したものである。
    • スタイルの良さを自負しており「せっかくセクシーな体を持ち合わせているのだから、綺麗なヌードを多くの人に見て貰いたいと思って脱いだ」とインタビューで堂々と語っている。
    • 貝殻ビキニは様々なパロディも生み、『あんたにグラッツェ!』(中京テレビ)OA内で高田純次が貝殻ビキニを着用し露天風呂に登場。股間部の貝殻を上げ下げして大竹まことを怒らせる。またテレビ朝日ロンドンハーツ』では青木さやかに貝殻ビキニを着用させる企画が放送された。
    • 武田曰く、実際の貝殻水着着用時も、風が強いと貝殻が舞い上がりそうになったと語っている。(あんグラ! にて)

[編集] 主なテレビ出演

[編集] 主な映画出演

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