松田聖子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
松田聖子
基本情報
出生名 蒲池 法子
(かまち のりこ)
出生 1962年3月10日(49歳)
血液型 A型
学歴 堀越高等学校卒業
出身地 日本の旗 日本福岡県久留米市
ジャンル アイドル歌謡曲
ポップ・ミュージック
職業 シンガーソングライター
女優
活動期間 1980年 -
レーベル CBS・ソニー→ソニーレコード
1980年 - 1995年
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント→キティMME
1996年 - 2001年
ソニー・ミュージックレコーズ
2002年 - 2008年
ユニバーサルシグマ
2009年 - )
事務所 ファンティック

松田 聖子(まつだ せいこ、1962年3月10日 - )は、日本歌手女優実業家である。

目次

[編集] 概要

出生名、蒲池法子(かまちのりこ)。1985年以降の本名は、神田法子(かんだのりこ)。1997年俳優神田正輝との離婚後は生家の蒲池姓に戻るはずだったが、神田姓にしたことについてはエピソードの婚氏続称を参照のこと。

福岡県久留米市荒木町出身。ファンティック所属。身長160cm。体重42kg。血液型A型(身長・体重は公式サイト08.12.25のデータより)。

[編集] 1980年代を代表するアイドル

松田聖子は1980年代を代表するアイドル歌手である。1980年に、「裸足の季節」でレコードデビュー(同時期「サンデーズ」としても活躍)。デビュー曲はCMタイアップで火が付き、すぐに続けざまにヒット曲を連発。トレードマークであったヘアスタイルの「聖子ちゃんカット」や、新しいアイドルとしての生き方に関しても多くの話題を集めた。大宅壮一文庫創設以来の人名索引総合ランキングでは「松田聖子」が1位(2011年3月)となっており、「日本の雑誌にもっとも頻繁に登場した著名人」とされている。

[編集] アイドル歌手としての松田聖子

歌手としては1980年の「風は秋色」から1988年の「旅立ちはフリージア」まで24曲連続でオリコンシングルチャート(週間)1位を獲得。

楽曲の制作には2年目の6枚目シングル「白いパラソル」以降作詞に松本隆を起用し、この後作曲家の選択も含め彼のプロデュース色が濃くなる、呉田軽穂名義で曲提供をした松任谷由実はじめニューミュージック系の作家が多い。

声はデビュー当初は透明感のあるハイトーンボイスだったが、酷使のためか1年ほどで喉を壊し、ハスキーな声に変わった。しかしそれがために「キャンディ・ボイス」と言われる松田聖子ならではの独特の歌声と唱法につながったという面もある。

アイドル時代の人気は圧倒的であり、様々な伝説を残した。当時の人気の高さを端的に示す言葉としては「聖子ちゃんカット」と「ぶりっ子」が挙げられる。聖子ちゃんカットとはその名の通り、彼女の髪型を真似た髪型であり、当時の若い女性の間で大流行した。当時の女性アイドルの写真を見ると、どれも多かれ少なかれ松田聖子の影響を受けた髪型やファッションとなっているのがわかる。「ぶりっ子」とは、当時の人気漫才コンビの春やすこ・けいこ山田邦子が、聖子が意識的に自分をかわいく見せようとしていることをからかった言葉であり、当時の流行語にまでなった(詳細は本項の#ぶりっ子の節、及びぶりっ子の項目を参照)。

1985年俳優神田正輝と結婚し、一時休業するが間もなく復帰。現在も歌手としての活動を続けている。神田正輝との間に生まれた長女はSAYAKA名義で歌手デビューしており、現在は本名の神田沙也加名義でミュージカルや舞台女優として活動。

[編集] 音楽家としての松田聖子

1990年代に入ると、作詞、作曲やアルバムのプロデュースにも自ら取り組むようになり、アイドル歌手ではなく、いわゆる「アーティスト」、あるいはシンガーソングライターとしての活動を展開していく。作詞、作曲に関してはアイドル時代から手がけており、アルバム『ユートピア』では「小さなラブソング」を作詞、アルバム『Canary』で同名曲を作曲したのをはじめ、「とんがり屋根の花屋さん」(アルバム『SEIKO・TOWN』)、「時間旅行」(アルバム『SUPREME』)「シェルブールは霧雨」」(アルバム『Strawberry Time』)などの曲を作曲している。

1990年代のアルバム『1992 Nouvelle Vague』から『FOREVER』までの6枚はセルフ・プロデュース、全曲作詞作曲(作曲の多くは小倉良の共作)が基本となり、シングル曲でも「きっと、また逢える…」「大切なあなた」「輝いた季節へ旅立とう」「さよならの瞬間」などをヒットさせる。特に、1996年発表の「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」は、オリコンチャートで彼女自身シングルで初めてミリオンセラー(100万枚突破)を記録し、最大のヒット曲(2011年現在)となった。また、この時期には「私だけの天使〜Angel〜/あなたのその胸に」(1997年)など、長女への母性愛をテーマとした楽曲もいくつか発表している。

作詞家としては極めて個人的な感情を赤裸々にさらけ出す歌詞、あるいは非常に前向きな歌詞を書くことが多い。作曲家としては長調の曲を好む傾向がある。また、最大のヒット曲「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」が典型であるが、同主調平行調、あるいは属調下属調などの近親調転調することをアクセントに使うことが多い。これは共作者である小倉良の特徴でもある。

松田聖子は『ディナーショーの女王』として知られ、そのチケットは全歌手の中で最も値段が高い部類に入る。東京のグランドプリンスホテル新高輪ホテルニューオータニ大阪の48,000円のチケットは即日完売で、ヒルトン名古屋では4人セットで220,000円という価格のものも存在するほどである。

[編集] 松田聖子的生き方

デビューから四半世紀を過ぎ、結婚、出産、二度に亘る離婚、数度の不倫スキャンダルを経てもなお、「アイドル」と呼ばれる稀有な存在である。

2007年4月9日、「松田聖子的生き方」とそれに共感する同世代の女性たちに焦点を当てたドキュメンタリー番組、NHKスペシャル『松田聖子 女性の時代の物語』が放送され、放送後も『朝日新聞』の天声人語(4月15日付)にも取り上げられるなど話題を呼んだ。同番組によれば、現在ファンの中心となっているのは「雇用機会均等法」世代の30代〜40代の女性であり、女性ファンの多さは「松田聖子的生き方」に共感する者が増えたためであるとしている。

ただし、女性からの人気は結婚前の1980年代前半にすでにその兆候が見られ、1982年1月の「赤いスイートピー」によって女性ファンが増えたとされている。[1]

その後90年代、2000年代に渉って『女性自身』や『婦人公論』その他の雑誌、TVなどのメディアにおいて「生き方に憧れる女性有名人」「輝いてる女性有名人」「スターだと思う有名人」「永遠のアイドルだと思う有名人」などの好感度アンケートでは常に上位にランクインされ続けている。その一方では、過剰な不倫スキャンダル報道などの影響から、嫌いな女性著名人のアンケートで上位になることも多かった。週刊誌SPA!』では「1998年度の男が許せない女」1位、『週刊女性』では「2000年度の読者が選ぶ嫌いな女」5位、『週刊文春』では「2005年度の女が選ぶ嫌いな女」5位になった。

[編集] 略歴

[編集] 1970年代まで

1962年
3月10日福岡県久留米市荒木町(当時の三潴郡筑邦町)に、同県柳川市出身で国家公務員厚生省事務官)の父親と、同県八女市庄屋出身の母親の長女として、母親の姉が院長夫人だった高良台病院で生まれる。8歳年上の兄がいる。実兄はかつてラリードライバーとして有名であった。
1977年
4月8日カトリック系の久留米信愛女学院高等学校に入学する。
1978年
高校1年の時、「CBSソニー」主催の『ミス・セブンティーンコンテスト』九州地区大会に桜田淳子の「気まぐれヴィーナス」を録音したテープを送り合格し、九州地区大会で優勝。全国大会は両親に反対され辞退するが、九州地区で優勝した聖子の歌声を聴いて「この子は絶対に売れる」と確信したCBSソニー制作部・若松宗雄にスカウトされる。
1979年
高校3年の時に「サンミュージックプロダクション」に所属。歌手デビューのため上京し、堀越高等学校に転校。日本テレビ系ドラマ『おだいじに』に「松田聖子」役で出演。この時の役名が親しみやすいとしてその後の芸名となる[2]。(名付け親・沖紘子

[編集] 1980年代

1980年
1月からニッポン放送ザ・パンチ・パンチ・パンチ』にDJとしてレギュラー出演。
3月、堀越高等学校卒業。NHKレッツゴーヤング」にサンデーズのメンバーとしてレギュラー出演。
4月1日、「裸足の季節」で歌手デビュー。デビュー当時のキャッチフレーズ(※1980年代の女性アイドルには、必ずといっていいほどキャッチフレーズが付いていた)は、「抱きしめたい! ミス・ソニー」。
アイドルとして、多数の新人賞を獲得。また「聖子ちゃんカット」と呼ばれる独特のヘアスタイルが全国の女の子の間で大流行しはじめる。「ブロマイド」の年間売り上げでトップに輝く。
4月28日、「裸足の季節」で、フジテレビ「夜のヒットスタジオ」に初登場。
7月 デビュー3ケ月でファンクラブ発足 発会式には5,000人が集まる。
7月 よみうりランドグリーンステージで「さわやかコンサート」を開き、8,000人のファンを動員する。
7月 グリコ「アーモンドチョコレート セシルチョコレート」のCMで田原俊彦との共演が話題に。
7月3日、「裸足の季節」で、TBSザ・ベストテン』の「スポットライト」コーナーに初登場(11位)。
8月14日、「青い珊瑚礁」で、TBS『ザ・ベストテン』に初ランクイン(8位)。
9月18日、「青い珊瑚礁」で、TBS『ザ・ベストテン』の第1位を初めて獲得。
9月 日本青年館ファーストコンサート「First Kiss」開催。
10月 3枚目のシングル「風は秋色」で初のヒットチャート第1位獲得。
8月~12月、「青い珊瑚礁」で10もの大きな音楽祭の賞を獲得する。
1981年
1月 サンレモ音楽祭出場
2月11日、「徹子の部屋」にゲスト初登場。
3月 「青い珊瑚礁」が1981年甲子園大会春の選抜高校野球の入場行進曲になる。
4月 TBSドラマ「玉ねぎむいたら」に出演
4月 初の全国横断コンサート(6ヶ所8公演)の締めくくりに日比谷野外音楽堂で「'81聖子ビックコンサート in TOKYO」を開く
7月 シングル「白いパラソル」は初の松本隆作詞作品
7月~9月 コンサートツアー「Nice Summer Seiko」
8月 東映映画「野菊の墓」主演
8月13日、「白いパラソル」が、TBS『ザ・ベストテン』で番組史上初となる「初登場第1位」を獲得(9072点)。
8月 日本テレビ音楽祭・初のトップアイドル賞(アイドル雑誌「明星」の読者人気投票によって1位を獲得した者が選ばれる賞)受賞、金の鳩賞を「白いパラソル」で受賞
11月 テレビ朝日・あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭・審査員奨励賞受賞
11月 日本歌謡大賞・放送音楽賞を「風立ちぬ」で受賞
12月 日本レコード大賞・ゴールデンアイドル賞を「風立ちぬ」で受賞
1982年
1月 「聖子ちゃんカット」を年明けと共にバッサリ切り、ショートカットになる。
3月 CBSソニー・ヒット賞受賞
4月~5月 コンサートツアー「FANTASTIC CONCERT」開催
8月 新宿コマ劇場・梅田コマ劇場「聖子フェスティバル」
8月 日本テレビ音楽祭・トップアイドル賞(アイドル雑誌「明星」の読者人気投票によって1位を獲得した者が選ばれる賞)、金賞受賞
8月 テレビ朝日あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭・特別賞を「小麦色のマーメイド」で受賞
11月 日本歌謡祭・放送音楽賞を「小麦色のマーメイド」で受賞
12月 初の日本武道館でのコンサート「Christmas Queen」を開く
12月 FNS歌謡祭・グランプリを「野ばらのエチュード」で受賞
12月 日本有線大賞・有線音楽賞を「小麦色のマーメイド」で受賞
12月 全日本有線放送大賞・優秀スター賞受賞
12月 日本レコード大賞・金賞を「小麦色のマーメイド」で受賞
1983年
2月 シングル「秘密の花園」が10曲連続シングルチャート1位 9曲連続のピンクレディーの記録を破る
2月 大阪厚生年金会館で「Seiko New Year Concert」開催
3月 CBSソニー・ヒット賞受賞
3月28日、沖縄のコンサートにて、「渚のバルコニー」の歌唱中に突然少年が工事用のプラスチックパイプを持ち、聖子の頭部を目掛けて数回殴打するという事件が発生。少年は即逮捕されたが、聖子は右頭部と右手に全治約1週間の軽傷を負った(その後、4月5日の熊本のコンサートから復帰を果たした)。この様子は日本テレビがザ・トップテンでの放送の為に録画しており、ワイドショーで頻繁に放送された。
7月 コンサートツアー「アン・ドゥ・トロワ」開催
7月 東宝映画「プルメリアの伝説」主演
8月 「SWEET MEMORIES」がサントリー生ビールのCMソングに。ジャケット写真は最初のものと後に発売された両A面版と2パターンある。
9月 日本テレビ音楽祭・トップアイドル賞(アイドル雑誌「明星」の読者人気投票によって1位を獲得した者が選ばれる賞)受賞(3年連続)
10月 テレビ朝日あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭・ゴールデングランプリを「ガラスの林檎」で受賞
10月 TBSドラマ「初めての情事」でドラマ初主演
11月 日本歌謡大賞・最優秀放送音楽賞を「ガラスの林檎」で受賞
11月17日、「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES|SWEET MEMORIES」(9位、6796点)と「瞳はダイアモンド」(2位、8199点)が、TBS『ザ・ベストテン]]』で番組史上初となる「二曲同時初登場」を記録。
12月 日本武道館でコンサート「SEIKO LAND」開催 伊集院静さんが舞台演出
12月 日本レコード大賞・金賞受賞、ベストアルバム賞を「ユートピア」で受賞
1984年
1月~4月 コンサートツアー「JEWELS」開催 (15ヶ所16公演)
4月~6月 コンサートツアー「FANTASTIC FLY」開催 日本武道館では香水をまく演出が話題に。伊集院静さんが舞台演出
6月 東宝映画「夏服のイヴ」主演
7月 ハワイ大学へ短期留学
7月~11月 コンサートツアー「Magical Trump」開催。伊集院静さんが舞台演出
12月 コンサートツアー「GOLDEN JUKE」開催
父親の定年退職を機に両親を九州から呼び、以降、両親と共に暮らす。神田正輝と結婚するまでは東京都目黒区東が丘の一軒家で、この家の門は、代表作のひとつ青い珊瑚礁」の出だし『あ〜私の恋は〜』の五線譜で飾られていた。
『ドレミファドン』のアンケートで、若い男性にとっては「結婚したい女性」のNo.1となる。
1985年
4月 東宝映画「カリブ・愛のシンフォニー」主演
4月~5月 コンサートツアー「SEIKO PRISM AGENCY」開催 (5ヶ所8公演)
6月 フィル・ラモーンプロデュースでシングル「DANCING SHOES」リリース
8月 初の英語版アルバム「SOUND OF MY HEART」をリリース
12月 自叙伝「聖子」出版
1月23日、交際を公にしていた歌手・郷ひろみと破局。東宝スタジオの食堂にて涙の破局会見を行い、聖子は「生まれ変わったら一緒になろうねと話し合った」と語ったが、ここから1か月後に神田正輝と結婚を発表。後に郷は「会見することも知らなかった。あんなセリフも言っていない。僕が生まれ変わって虫だったらどうする気だろう?」とジョークを交じえて否定した。5か月後の6月24日、映画『カリブ・愛のシンフォニー』(メキシコロケ)で共演した神田正輝と東京都目黒区サレジオ教会で結婚。二人の結婚は、世紀の結婚をもじって「聖輝の結婚」と呼ばれた。結婚式披露宴の独占放送権を獲得したテレビ朝日は、約10時間に亘りこの模様を放送。ゴールデンタイムの平均視聴率は34.9%(ビデオリサーチ・関東地区)を記録した。司会を務めたのは徳光和夫
1986年
10月1日、後にSAYAKAとして歌手デビューする長女・沙也加を東京・飯田橋の東京逓信病院で出産。結婚・出産を経てもアイドル人気は衰えず、“ママになったアイドル”という意味の「ママドル」と呼ばれる。
1987年
4月、約2年ぶりのシングル「Strawberry Time」リリース
4月、写真集「Five Seasons」(篠山紀信/撮影)出版
4月23日、「Strawberry Time」でTBS『ザ・ベストテン』最後のスポットライトを獲得。ランクインは次々週まで待つことになる。
6月4日、「Strawberry Time」でTBS『ザ・ベストテン』最後の1位を獲得。
5月~6月 コンサートツアー「SEIKO SUPER DIAMOND REVOLUTION」開催 (8ヶ所15公演)
9月 TBS特別企画ドラマ「スイート・メモリーズ」主演
12月 NHK紅白歌合戦に「Strawberry Time」で出場
1988年
2月14日、東京都目黒区自由が丘に現在も営業中のブティック「フローレス・セイコ」をオープン。「フローレス (Flawless) 」とは "(宝石が) 傷のない、完璧な" という意味で、ダイヤモンドの最高級を表す。
3月、CBSソニー・ゴールドディスク大賞受賞
4月、アルバム「Citron」をデイヴィット・フォスターーがプロデュース
4月28日、「Marrakech〜マラケッシュ〜」でTBS『ザ・ベストテン』最後の出演。
5月~9月、コンサートツアー「Sweet Spark Stream」開催 (19ヶ所25公演)映画監督・根岸吉太郎さんが演出を手がける
9月、シングル「旅立ちはフリージア」で24曲連続チャート1位獲得
10月27日、「旅立ちはフリージア」でTBS『ザ・ベストテン』最後のランクイン(10位)
12月 NHK紅白歌合戦に「Marrakech ~マラケッシュ~」で9年連続出場
1989年
1月、テレビ朝日開局30周年記念企画ドラマ「風に恋して」主演
5月、所属事務所「サンミュージック」を独立し、個人事務所「ファンティック」を設立
9月、写真集「NO COMMENT」(篠山紀信/撮影)出版
12月~1月、コンサートツアー「Precious Moment」開催 (6ヶ所14公演)

[編集] 1990年代

1990年
5月 NTV木曜ゴールデンドラマ20周年記念「ママ母戦争」主演
5月 シングル「THE RIGHT COMBINATION」(USA)で「New Kids On The Block」のDonnie Wahlbergとデュエット
6月 アルバム「Seiko」で全米デビュー、アメリカでは「USマガジン」、「インターセクト」で特集される。またイギリスのBBCテレビにも出演し、世界中のメディアに登場
11月 東宝映画「どっちもどっち」主演
1992年
1月、TBS金曜ドラマ「おとなの選択」で初の連続ドラマ主演、主題歌「きっと、また逢える…」も担当する。
2月、“Flawless Seiko”が4周年を迎え、記念イベントが行われ2,000人のファンが詰めかける。
3月25日、初の聖子自身による全曲作詞作曲プロデュースアルバム「1992 Nouvelle Vague」発売。(オリコン最高位は8位)。先行シングルは「きっと、また逢える…」(オリコン最高位4位)。この年から本人による作詞作曲プロデュースによる楽曲発表が主体となっていく。
6月~7月 コンサートツアー「1992 NouvelleVague」開催 (10ヶ所16公演)
12月 初めてのクリスマスディナーショー(4ヶ所8公演)を開く。
12月 第34回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞を「きっと、また逢える・・・」で受賞
1993年
4月、去年に続きTBS金曜ドラマ「わたしってブスだったの?」に主演出演。主題歌は「大切なあなた
6月~7月 コンサートツアー「Diamond Expression」開催 (16ヶ所24公演)
12月 クリスマスディナーショー開催 (全国13ヶ所21公演)
1994年
たかの友梨ビューティークリニックのイメージキャラクターに選ばれ、「ヌーディッュ宣言」と題した本人の巨大広告やTVCMが話題となり、ワイドショーやマスコミなどで「第2次聖子ブーム」と騒がれる。
6月~8月 コンサートツアー「Glorious Revolution」開催 (19ヶ所28公演)
10月 フジテレビ「季節はずれの海岸物語ファイナル」出演
12月 クリスマスディナーショー開催 (10ヶ所21公演)
1995年
6月~8月 コンサートツアー「It's Style '95」開催 (23ヶ所33公演)
12月 クリスマスディナーショー開催 (全国8ヶ所20公演)
1996年
5月にハリウッドとの合作作品となる主演映画「サロゲート・マザー」が公開。主題歌「I'll Be There For You」を同曲の提供者でもあるロビー・ネヴィルとデュエットする。
5月発売米誌「BIKINI」でセミ・ヌードを披露。
再び全米進出を目指すため、デビュー以来所属したソニーレコードを離れ、「マーキュリー・ミュージックエンタテインメント」に移籍。
6月10日、全米進出第2弾となる「WAS IT THE FUTURE」を発売する。
シングル「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」が8年ぶりのオリコンシングルチャート1位、売り上げ110万枚とミリオンセラーを突破し、自身最大のヒットとなる。
6月 コンサートツアー「Vanity Fair」開催 (21か所39公演)
12月 クリスマスディナーショー開催 (8ヶ所22公演)
1997年
1月 神田正輝と離婚。離婚のニュースは、芸能報道の枠を超えて各局とも一般ニュース枠でも報じ、号外が出された。
6月~7月 コンサートツアー「My Story」開催 (13ヶ所26公演)
8月 USAネットワークドラマ「The Big Easy」に出演
9月 TOUCHSTONE PlCTURES映画「ARMAGEDD0N」にカメオ出演する。
12月 クリスマスディナーショー開催 (全国8ヶ所22公演)
12月 父親が死去(葬儀は、菩提寺である地元福岡県柳川市の良清寺で行われた)。
1998年
5月 6歳年下の歯科医と交際2か月で結婚。会った瞬間「ビビビッと来た」というコメントが流行語になる。
6月 コンサートツアー「Forever」開催 (全国8ヶ所22公演)
12月 クリスマスディナーショー開催 (全国8ヶ所22公演)
1999年
マネージメント事務所を「ファンティック」から元ソニーのプロデューサーだった若松宗雄さんが代表を務める「グリーンパークミュージック」に移籍。
10月 事務所移籍の諸事情で武道館他全国アリーナ会場の使用予約をとることが出来なかった為、初のライブハウス・ツアー「Zepp Tour」開催 (4ヶ所9公演)
12月18日、11年半ぶりに作詞家に松本隆を起用したアルバム「永遠の少女」を発売する。なお先行シングルの「哀しみのボート」は、フジテレビ系で放送されたテレビドラマ『OUT〜妻たちの犯罪〜』の挿入歌となった。
12月 クリスマスディナーショー開催 (8ヶ所22公演)

[編集] 2000年代

2000年
2月 東映映画「GEDO」に出演
4月 ANB「music-enta」レギュラー出演
4月1日 歌手デビュー20周年を迎える
7月~8月 コンサートツアー「SEIKO MATSUDA CONCERT TOUR」開催 (9ヶ所16公演)
9月、かつて交際していた郷ひろみとのデュエット曲「True Love Story」発表の話があり受諾・発表し世間を驚かせる。
12月に歯科医と離婚。
12月 クリスマスディナーショー2000開催 (12ヶ所18公演)
2001年
3月 初のスプリングディナーショーを開催する (全国9ヶ所17公演)
6月~8月 コンサートツアー2001「LOVE & EMOTION」開催 (全国13ヶ所23公演)
10月 FM AICHI「BEAT CLUB」レギュラー出演
12月公開の東映創立50周年記念作品映画「千年の恋 ひかる源氏物語」に原作にないオリジナルキャラクター役で出演する。
12月 クリスマスディナーショー開催 (全国13ヶ所30公演)
2002年
ソニー・ミュージックエンタテインメントに復帰。
3月11日、ダイヤモンドのように最も輝く女性として『ダイヤモンド・パーソナリティー賞』を受賞し1000万円相当のダイヤを授与される。
6月21日、全米進出第3弾となる「area62」をHIP-O RECORDSより全米にて発売。
毎年恒例となっている夏のコンサートツアーには、発売されたアルバムタイトルがそのままツアータイトルになる事がほとんどだが、02年には国内でのアルバム発売がなった為に「Seiko Matsuda Concert Tour 2002 Jewel Box」と題したコンサートツアーが開催され約15万人を動員する。
11月~12月 クリスマスディナーショー2002開催 (全国15ヶ所20公演)
12月31日 この年から2003年まで、大阪城ホールで年末のカウントダウン・ライブを行う。BS中継もされた。(2005年以降は東京体育館で開催)
2003年
同年もアルバム発売がなかった為、夏のコンサートツアーは同年6月に発売されたシングル「Call me」をツアータイトルとし、「Call meでMeet me」キャンペーンと銘打った抽選によるファンの楽屋招待と握手という直接交流企画を自身のコンサートツアーにおいて初めて実施し話題となる(全国12ヶ所20公演)
2004年
約3年ぶりのオリジナルアルバム『Sunshine』が、7月21日付のオリコンアルバムチャート(週間)で初登場6位を獲得。アルバムトップテン入りは通算39作目となり、女性アーティストでは松任谷由実に並ぶ歴代1位に輝いた(その後松任谷由実が記録を更新したため現在は歴代2位)。
10年ぶりに出演(障害児童の母親役)したテレビ・ドラマ『たったひとつのたからもの』(日本テレビ)が関東地区で平均30.1%、関西地区で平均23.6%(ビデオリサーチ調べ)の高視聴率となる。なおのこのドラマはアジア・テレビジョン・アワード2005 単発ドラマ部門 最優秀作品賞を受賞する。
12月31日、デビュー25周年記念イベントを記念してファンクラブ限定の「スーパープレミアムコンサート」を品川新高輪プリンスホテルにて16時からと20時45分からの2部にわけて開催される。会員限定ということもあり通常のコンサートやディナーショーとは違い、聖子自身の幼少からの未公開写真や縁の品を観覧室に展示し順に観覧できたりという特別な趣向が凝らされたイベントを行う。
2005年
6月5日のさいたまスーパーアリーナを初日に、歌手活動25周年にあたる全国ツァー『fairy』を開始。台湾のファンからの強い要請に応え、8月20日、最終公演を台湾の新荘市にある新荘体育館で行う(デビュー初の海外公演)。観客5000人から熱烈に歓迎され、中国語でも歌った。
9月5日開始のAMラジオ史上初となる全国民放AMラジオ47局の統一キャンペーン「あなたに伝えたい~言い出せなかった“ありがとう”」キャンペーンソングに「しあわせな気持ち」が起用され、11月には特別番組のメインパーソナリティーも務める。
2006年
7月31日付オリコン・アルバムチャートで10万円の74枚組CDボックス『Seiko Matsuda』を96位にランクインさせた。このボックス・セットは週間売り上げ金額で2億1500万円を記録し、2位の『Beautiful Song -ココロ デ キク ウタ-』(9300万円)を2倍以上引き離していた。また、これまで、アルバムでチャートイン(トップ300)した最高額作品は、1989年8月の美空ひばりの6万円の35枚組『今日の我に明日は勝つ』(9位)だったが、松田聖子はこの記録を16年11カ月ぶりに更新したのである。その後、当初の発売予定の1万セットを完売し、売り上げだけで約10億円となる。
2007年
松田聖子を取り上げたドキュメンタリー『松田聖子〜女性の時代の物語』(NHK総合)が放映される。視聴率は9.3%(同放送の平均視聴率は5〜6%前後とされる:ビデオリサーチ調べ)だった。3月、歌手活動について古巣の「サンミュージック」と業務提携契約を締結。
11月20日、沖縄で24年ぶりの公演(ディナーショー)。
2008年
7月5日公開の実写版火垂るの墓で清太の母.雪子を演じ7年ぶりの映画出演となる。回想シーンでの登場を除けば登場は冒頭のみだが同作の挿入歌を担当。
2009年
6月ユニバーサルミュージックに再移籍することを発表。
毎年恒例となっている夏のコンサートツアーには、発売されたアルバムタイトルがそのままツアータイトルになる事がほとんどだが、09年にはアルバムの発売がなった為に「Seiko Matsuda Concert Tour 2009 My Precious Songs」と題したコンサートツアーが開催され約14万人を動員する。

[編集] 2010年代

2010年
全米で4月に放送された海外人気ドラマシリーズBONESシーズン5にジャーナリスト役として出演する。
プリンセス・セイコとして矢島美容室とコラボレーションして4月21日にアイドルみたいに歌わせてを発売。同矢島美容室の映画4月29日公開の『矢島美容室 THE MOVIE 〜夢をつかまネバダ〜』にもプリンセス・セイコとして特別出演で参加する。
ドラマの主題歌としては14年ぶりとなるフジテレビのドラマ、チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋の主題歌いくつの夜明けを数えたらを5月5日に発売。
5月19日、26日の2週に渡ってNHKの『SONGS』で松田聖子スペシャルが放送され、1週目が7.5%(同番組の平均視聴率は3 - 4%前後とされる:ビデオリサーチ調べ)で番組史上歴代2位の視聴率となり、翌2週目には更に視聴率を伸ばし、8.3%と歴代1位となる視聴率を獲得した。
6月6日~8月7日にかけて毎年夏の恒例となっている全国アリーナツアーを、本年は歌手活動30周年を記念して、同年5月26日に発売されたアルバムMy Prelude と同タイトルで『30thANNIVERSARY My Prelude Tour』と銘打ち10ヶ所14公演で行い、計15万人以上動員する。
10月10日、20年ぶりとなるファンクラブ会員限定の『30周年記念ファンの集い』を赤坂プリンスホテルにて開催。参加は有料抽選申し込みだったが、日程的に急だったにも関わらず、予想以上に申し込み人数が多くなってしまった為に、4回に分けてファンの集いを行い、約5000人のファンと交流を果たす。
10月20日、東京国際フォーラムでデイヴィッド・フォスターの実に16年ぶりの日本公演となる『DAVID FOSTER &FRIENDS JAPAN TOUR 2010』にスペシャルゲストとして登場し、デイビッドが88'年に聖子に作曲提供した抱いてを彼のピアノ伴奏にて披露する。
1983年に放映を開始したサントリーのTV-CMで、聖子自身が名前を伏せてSWEET MEMORIESをアニメのペンギンにあてて歌い話題となったアニメキャラクターのペンギンと27年ぶりに再びサントリーの缶コーヒー『ボス シルキーブラック』のCMで競演を果たし話題となる。
2011年
9月7日、Hollywood Bowlで開かれたクインシー・ジョーンズ主催の"Quincy Jones Global Gumbo All Stars"にゲスト出演し、クインシーとの話し合いで同年3月11日に起きた東日本大震災への復興への願いも込めて全米ビルボード1位にもなったスキヤキを歌う。
10月1日、毎年恒例の夏の全国コンサートツアー中、客席のファンからの要望が多かったことにより、去年の30周年記念のファンの集いに引き続き、今年はザ・プリンスパークタワー東京で2年連続となるファンの集いを、司会進行に自身も松田聖子の大ファンと公言し続けている藤井隆を迎え開催、4回に分け約5000人のファンと交流する。
11月23日、30周年記念シングルとして竹内まりやとの初コラボレーションによる特別な恋人/声だけ聞かせてを発売。女性アーティストによるシングル詞・曲楽曲提供は、1985年発売の尾崎亜美ボーイの季節以来約26年ぶりとなる。
12月16日放送のオールナイトニッポンGOLD(ニッポン放送)の公開録音を28年ぶりにファンを抽選で招待し行う。

[編集] エピソード

[編集] 出自・姓

生家は柳川城の城主だった蒲池氏第16代目蒲池鑑盛(蒲池宗雪)の三男の蒲池統安の子孫であり、江戸時代柳川藩家老格だった旧家[3]家紋蒲池久憲以来の「左三巴」で、神田正輝との結婚の披露宴の際に身につけていた緞子織りの白無垢に左三巴紋が記されていたことがテレビでも放送された。(※)旧姓「蒲池」という名字が同じであるZARD坂井泉水とは、坂井本人あるいは父が久留米出身とされ、従姉妹ではないかと噂が立ったことがある。遠い先祖が同じだった可能性があるが、その場合でも江戸時代以前には分かれているとされ、現在の民法では親戚とは言えない。

1997年の神田正輝との離婚の際に蒲池姓に戻らず、婚氏続称を選んでおり、民法上、離婚後も姓は神田である。理由は、娘神田沙也加の姓が学業の途中から変わることを避け、また娘と同じ姓にしたいという親心から。しかし神田姓はそのような緊急避難的要因があり、現実には旧姓の蒲池法子と併用されているようである。

[編集] デビュー前後

久留米市立荒木中学校を卒業。テニス部に所属。実家と同校が隣接しているため、油断して遅刻の常習者となってしまう。同校創立50周年の1997年に正門を寄贈。高校時代(久留米信愛女学院)は、明るく快活な女の子だった。学年を代表する「女神」に選ばれている。

デビューのきっかけとなった高校1年の時の、ミスセブンティーンコンテストの応募理由は、優勝特典が『アメリカ西海岸のディズニーランドにご招待』であり「大好きなミッキーマウスに会える」ということと、全国大会のゲスト審査員が憧れの郷ひろみであったことである。

歌手志望を口にし両親を説得するにあたり、母親は最初は半信半疑ながらも仕方なく同意。しかし公務員で厳格な父親は娘の芸能界入りには猛反対であり、父親の説得に約1年半を要した。そのため松田聖子のデビューは当時のアイドルとしてはやや遅い(女優デビューは高校3年時、歌手デビューは高校卒業後)。説得の過程では、聖子の声に惚れ込んだ、当時CBSソニーの若松宗雄の多大なる貢献がある。

オーデションを受けに来た聖子について、「サンミュージック」の当時の社長、相澤秀禎は田舎から上京してきたたばかりという垢抜けず爽やかでもないという印象を持ち、男性スタッフも同様に興味を持たなかったが、音楽プロデューサーとして信用していた女性スタッフが聖子を熱烈に推したことで「サンミュージック」に入り、デビューすることとなったという[2]。前述のCBSソニーの若松宗雄は、両親の反対を押し切ってまでもデビューさせるということで、面倒見のいい相沢のサンミュージックに預けたかったという。

デビュー曲「裸足の季節」は資生堂の若年層向け洗顔料「エクボ」のCMソングとして起用されたが、聖子は頬にエクボができないため、CMの映像に出演したのは別のタレント(山田由紀子)だった(相澤社長は松田聖子にビジュアル的な面を期待しておらず、もっぱら歌だけでやっていこうと考えていたためCM出演させなかったと語っている[2])。聖子の歌声はCMで頻繁に流れたものの、顔と名前の浸透度が低く、映像に登場した山田と二人で行ったサイン会でも、自分の前には誰も並ばず「あの娘は誰?」という目で見られ悔しい思いをしたと、後に発言している。それから間もなくして聖子の人気が沸騰し、立場は完全に入れ替わった。

[編集] ぶりっ子

意識してかわいい子ぶるという見方から「ぶりっ子」と評する声もあったが、聖子本人は、ラジオのDJなどでは正反対のサバサバしたくだけた横顔も見せていた。ただしラジオでのサバサバした態度と、テレビでのかわいらしい態度とのギャップが、さらに「ぶりっ子」扱いを呼んだ可能性もある。当時の事務所の社長であった相澤秀禎は、今ファンが欲しているものは何かをその場で判断して、それにあった雰囲気作りをする聖子の頭の回転のよさと行動力を評価しており、持ち前の声の良さとプロ根性と共にその「巧妙な自己演出」が松田聖子という歌手を完成させたと語っている[2]

[編集] ヘアースタイル

1980年代には聖子の髪型を真似た「聖子ちゃんカット」が女性の間で大流行した。しかし、彼女自身がこのヘアースタイルにしていたのはデビュー年の1980年から1981年までの2年間だった。その後デビューしたアイドル達(花の82年デビュー組といわれる小泉今日子、松本伊代、早見優…など)も皆この聖子ちゃんカットをしていたが、聖子自身はそんな「聖子ちゃんカット」大流行真っ只中の1982年の年明けとともに髪をばっさりショートカットにしている。当時聖子がショートカットにしたことでその後追随する後輩アイドルたちもまたこぞってショートカットに変え、今度はアイドルたちにショートカットブームが来ることになる。

「ソバージュ」とよばれる1980年代後期から1990年代まで世間で広く流行り続けたカーリーヘアーも1983年末、まだ日本では全くそのスタイル名も聞き慣れない頃に、聖子がいち早くその髪型でTVに登場して披露、紹介しこのヘアスタイルの名前が一気に広まっていくことになる。84年の秋に映画『カリブ・愛のシンフォニー』撮影用にニューヨークで髪型を変えるまでは、所属事務所近くの四谷『ヘアーディメンション』が行きつけの美容室だった。

[編集] ママドル

近年ではかつてアイドルであった子持ちの女性タレントを示す言葉として頻繁に使用されている「ママドル」という言葉だが、最初に使われ始めたのは聖子が出産して以降のことであった。

[編集] 海外進出

  • 1990年代後半は歌手デビュー以外にもハリウッドデビューも考えており積極的にオーディションを受け、幾つか端役も得ている。1999年に公開されたキルスティン・ダンスト主演の『わたしが美しくなった100の秘密』という青春コメディーの作品にて、ストーリーに無関係の冒頭のアジア人家族の娘役として登場した。
  • 2010年には、アメリカの人気サスペンスドラマBONESのシーズン5・第15回『魂の伴侶』に、主人公のベストセラー作について取材する為に訪米した「リク・イワナガ」役でゲスト出演を果たした。

[編集] その他

現在では聖子の代表作の一つとなっている「SWEET MEMORIES」であるが、シングル発売当時は、「ガラスの林檎」のB面で、サントリーのCM曲であった。CM使用部分は英語詞であったし、当初『歌・松田聖子』のテロップ無しだったので「誰が歌っているのか?」という問い合わせが相次いだ。そして発売から約2ヵ月後にフジテレビ系『夜のヒットスタジオ』でテレビ番組では初めてこの曲をフルコーラスで披露したところ、この曲にもスポットライトが当たるようになり、後に映画の主題歌にもなった。

1980前半の全盛期を迎えていた頃、ジャイアント馬場との初対面に馬場から「俺は水戸黄門しか見ないから知らない(聖子の事を)」と言われた事がある。

1983年から1984年にかけて、ソニーが発売した独自規格のパソコンSMC-777」、「SMC-777C」及びMSXパソコン「HB-55」のイメージキャラクターとなり、CMにも登場。

天使の持つ無垢性、純粋さを好み、コンサートなどでは天使の羽根のついたコスチュームをすることも多い。

愛知県で放送している質屋のCMに『松田聖子のそっくりさん(その名もまねだ聖子)』が出演している。本人がこのことを知っているかどうかは不明。

2003年11月、兄が卒業した久留米大学附設高等学校同窓会東京支部の総会に私人としてノーギャラで、旧姓の蒲池法子でゲスト出演する。子供の頃から兄とは仲がよい。ちょっといい話

2006年5月19日放送の『ぐるぐるナインティナイン』の「ゴチになります!7」にVIPチャレンジャーとして登場し、レギュラー陣を抑えて第1位を獲得。ニアピン賞付きで5万円を獲得する快挙を達成。

2001年から2005年ごろは娘の神田沙也加音楽番組バラエティー番組で共演していたが、2005年以降は自身の旧来ファンである著名人と共演している[4]

[編集] 音楽

[編集] シングル

  タイトル 発売日 オリコン最高位
1 裸足の季節 1980年4月1日 12位
2 青い珊瑚礁 1980年7月1日 2位
3 風は秋色/Eighteen 1980年10月1日 1位
4 チェリーブラッサム 1981年1月21日 1位
5 夏の扉 1981年4月21日 1位
6 白いパラソル 1981年7月21日 1位
7 風立ちぬ 1981年10月7日 1位
8 赤いスイートピー 1982年1月21日 1位
9 渚のバルコニー 1982年4月21日 1位
10 小麦色のマーメイド 1982年7月21日 1位
11 野ばらのエチュード 1982年10月21日 1位
12 秘密の花園 1983年2月3日 1位
13 天国のキッス 1983年4月27日 1位
14 ガラスの林檎/SWEET MEMORIES 1983年8月1日 1位
15 瞳はダイアモンド/蒼いフォトグラフ 1983年10月28日 1位
16 Rock'n Rouge 1984年2月1日 1位
17 時間の国のアリス/夏服のイヴ 1984年5月10日 1位
18 ピンクのモーツァルト 1984年8月1日 1位
19 ハートのイアリング 1984年11月1日 1位
20 天使のウィンク 1985年1月30日 1位
21 ボーイの季節 1985年5月9日 1位
22 DANCING SHOES
(SEIKO名義)
1985年6月24日 1位
23 Strawberry Time 1987年4月22日 1位
24 Pearl-White Eve 1987年11月6日 1位
25 Marrakech〜マラケッシュ〜 1988年4月14日 1位
26 旅立ちはフリージア 1988年9月7日 1位
27 Precious Heart 1989年11月15日 2位
28 All the way to Heaven
(SEIKO名義・イギリスのみ発売)
1990年4月30日
29 THE RIGHT COMBINATION
(Seiko and Donnie Wahlberg名義)
1990年7月15日 28位
30 who's that boy
(SEIKO名義・アメリカのみ発売)
1990年10月1日
31 We Are Love 1990年11月21日 16位
32 きっと、また逢える… 1992年2月5日 4位
33 あなたのすべてになりたい/Shinin' Shinin' 1992年8月1日 31位
34 大切なあなた 1993年4月21日 7位
35 A Touch of Destiny 1993年5月21日 51位
36 かこわれて、愛jing
(MATSUYAKKO名義)
1993年11月10日 63位
37 もう一度、初めから 1994年5月11日 22位
38 輝いた季節へ旅立とう 1994年12月1日 12位
39 素敵にOnce Again 1995年4月21日 22位
40 あなたに逢いたくて〜Missing You〜/明日へと駆け出してゆこう 1996年4月22日 1位
41 Let's Talk About It
(SEIKO名義・日本未発売)
1996年4月24日
42 I'll Be There For You
(松田聖子 with Robbie Nevil名義)
1996年5月17日 35位
43 さよならの瞬間 1996年11月18日 5位
44 Good For You
(SEIKO名義・日本未発売)
1996年12月10日
45 私だけの天使〜Angel〜/あなたのその胸に 1997年4月23日 5位
46 Gone with the rain 1997年12月3日 28位
47 恋する想い〜Fall in love〜 1998年6月17日 34位
48 Touch the LOVE 1998年11月26日 66位
49 哀しみのボート 1999年10月27日 27位
50 20th Party 2000年5月17日 17位
51 上海ラヴソング 2000年6月7日 37位
52 Unseasonable Shore 2000年6月14日 35位
53 True Love Story/さよならのKISSを忘れない
(郷ひろみ・松田聖子名義)
2000年9月27日 7位
54 The Sound of Fire 2000年11月29日 46位
55 あなたしか見えない 2001年6月20日 30位
56 愛♡愛〜100%♥Pure Love〜 2001年11月14日 49位
57 素敵な明日 2002年6月5日 29位
58 all to you
(SEIKO名義・日本未発売)
2002年 19位(Billboard Dance Chart)
59 just for tonight
(SEIKO名義・日本未発売)
2002年12月17日 15位(Billboard Dance Chart)
60 Call me 2003年6月4日 17位
61 逢いたい 2004年5月26日 12位
62 Smile on me
(SEIKO with Crazy.T名義)
2004年7月7日 18位
63 永遠さえ感じた夜 2005年2月2日 34位
64 I'll fall in love 2005年8月24日 30位
65 しあわせな気持ち 2005年9月21日 28位
66 bless you 2006年4月26日 29位
67 WE ARE.
(PawPaw名義)
2006年5月24日
68 涙がただこぼれるだけ 2007年5月23日 38位
69 真夏の夜の夢
(松田聖子×藤井隆名義)
2007年8月1日 36位
70 クリスマスの夜 2007年11月21日 34位
71 花びら舞う季節に 2008年3月19日 32位
72 Love is all 2008年6月25日 32位
73 あの輝いた季節 2008年10月22日 30位
74 アイドルみたいに歌わせて
(矢島美容室 feat.プリンセス・セイコ名義)
2010年4月21日 16位
75 いくつの夜明けを数えたら 2010年5月5日 12位
76 特別な恋人 2011年11月23日 14位

[編集] オリジナルアルバム

  タイトル 発売日 オリコン最高位
1 SQUALL 1980年8月1日 2位
2 North Wind 1980年12月1日 1位
3 Silhouette 〜シルエット〜 1981年5月21日 2位
4 風立ちぬ 1981年10月21日 1位
5 Pineapple 1982年5月21日 1位
6 Candy 1982年11月10日 1位
7 ユートピア 1983年6月1日 1位
8 Canary 1983年12月10日 1位
9 Tinker Bell 1984年6月10日 1位
10 Windy Shadow 1984年12月8日 1位
11 The 9th Wave 1985年6月5日 1位
このアルバムに収録されている『夏の幻影(シーン)』は尾崎亜美がアルバム『POINTS-2』(1986年)にてセルフカバーしている。
12 SOUND OF MY HEART
(SEIKO名義)
1985年8月15日 2位
13 SUPREME 1986年6月1日 1位
このアルバムに収録されている『瑠璃色の地球』はシングルカットされていないにもかかわらず、NHK紅白歌合戦で2度披露された。
14 Strawberry Time 1987年5月16日 1位
このアルバムに収録されている『Kimono Beat』は小室哲哉がアルバム『Hit Factory』(1992年)にてセルフカバーしている。
15 Citron 1988年5月11日 1位
このアルバムに収録されているデイヴィッド・フォスターによる『抱いて…』はシングルカットされなかったにもかかわらずヒットした。CMにも使われた。
16 Precious Moment 1989年12月6日 6位
17 Seiko
(SEIKO名義)
1990年6月7日 2位
18 We Are Love 1990年12月10日 3位
19 Eternal
(洋楽カバーアルバム)
1991年5月2日 3位
20 1992 Nouvelle Vague 1992年3月25日 8位
21 Sweet Memories'93
(X'masアルバム)
1992年12月2日 12位
22 DIAMOND EXPRESSION 1993年5月21日 4位
23 A Time for Love
(X'masアルバム)
1993年11月21日 21位
24 Glorious Revolution 1994年6月12日 8位
25 It's Style'95 1995年5月21日 2位
26 Vanity Fair 1996年5月27日 2位
27 WAS IT THE FUTURE
(SEIKO名義)
1996年6月10日 12位
28 Guardian Angel
(ミニアルバム)
1996年12月5日 10位
29 My Story 1997年5月21日 5位
30 Sweetest Time
(ミニアルバム)
1997年12月3日 23位
31 Forever 1998年5月8日 12位
32 永遠の少女 1999年12月18日 24位
33 20th Party 2000年6月28日 16位
34 LOVE & EMOTION VOL.1 2001年6月20日 19位
35 LOVE & EMOTION VOL.2 2001年11月28日 43位
36 area62
(SEIKO名義)
2002年6月21日 ?
37 Sunshine 2004年6月9日 6位
38 fairy 2005年4月6日 7位
39 Under the beautiful stars
(X'masアルバム)
2005年12月7日 34位
40 bless you 2006年5月31日 14位
41 Eternal II
(洋楽カバーアルバム)
2006年12月6日 52位
42 Baby's breath 2007年6月6日 19位
43 My pure melody 2008年5月21日 15位
44 My Prelude 2010年5月26日 4位
45 Cherish 2011年6月1日 10位

[編集] ベストアルバム

  タイトル 発売日 オリコン最高位
1 聖子・fragrance 1981年11月1日 3位
2 Seiko・index 1982年7月1日 3位
3 金色のリボン 1982年12月5日 1位
4 Seiko・plaza 1983年11月11日 1位
5 Touch Me, Seiko 1984年3月15日 1位
6 Seiko・Town 1984年11月1日 1位
7 Seiko・Avenue 1984年11月21日 ?
8 Seiko-Train 1985年3月6日 1位
9 Seiko Box 1985年11月10日 7位
10 LOVE BALLADE 1986年11月21日 5位
11 Snow Garden 1987年11月21日 1位
松本隆監督映画「微熱少年」の挿入歌「雪のファンタジー」を収録。
同映画のサウンドトラックは87年春に発売されており、松田聖子名義のアルバムへは後を追う形での収録となった。
「金色のリボン」に収録されていた「星のファンタジー」の別歌詞、別アレンジバージョンである。
12 Seiko Monument 1988年7月21日 10位
13 Christmas Tree 1991年11月21日 9位
14 Bible 1991年12月1日 8位
15 Bible II 1994年12月1日 14位
16 Bible III 1996年3月1日 16位
17 Complete Bible 〜Seiko Matsuda All Singles Collection〜
(完全生産限定盤)
1996年9月21日 45位
18 Winter Tales 1996年11月1日 44位
19 Seiko Matsuda 1980-1995
(通販CD-BOX)
1997年4月1日 ?
20 Seaside 〜Summer Tales〜 1997年6月21日 ?
21 Dear 1997年11月21日 27位
22 Seiko Celebration 1998年7月18日 ?
23 Seiko '96-'98 1998年11月30日 57位
24 Ballad 〜20th Anniversary 1999年4月1日 ?
25 SEIKO SUITE
(完全生産限定盤)
2000年7月5日 40位
26 『LOVE』 Seiko Matsuda 20th Anniversary Best Selection 2000年11月29日 22位
27 Another Side of Seiko 27
(初回生産限定盤)
2003年11月27日 44位
Another Side of Seiko 14 220位
28 Best of Best 27
(初回生産限定盤)
2004年4月14日 8位
Best of Best 13
29 『Seiko Smile』 Seiko Matsuda 25th Anniversary Best Selection 2005年1月26日 26位
30 Seiko Matsuda
(完全生産限定盤・53タイトル74枚組DSDリマスタリングBOX)
2006年7月19日 96位
31 Premium Diamond Bible
(完全生産限定盤)
2009年9月30日 19位
Diamond Bible
32 Seiko Matsuda Christmas Songs 2009年11月11日 39位
33 Seiko Matsuda Single Collection 30th Anniversary Box 〜The voice of a Queen〜
(完全生産限定盤)
2010年5月26日 140位
34 Touch Me, Seiko II 2010年9月22日
35 SEIKO STORY〜80's HITS COLLECTION〜 2011年12月7日 23位

[編集] リミックス・アルバム

  タイトル 発売日 オリコン最高位
1 SEIKO MATSUDA:RE-MIXES 1999年10月6日 100位
2 seiko remixes 2000 2000年9月27日 97位

[編集] 企画アルバム

タイトル 発売日
ゴヤ…歌でつづる生涯 1989年5月21日
I'll fall in love 愛的禮物 2005年8月26日

[編集] サウンドトラック

  タイトル 発売日 オリコン最高位
1 オリジナル・サウンドトラック 野菊の墓 1981年8月8日
2 オリジナル・サウンドトラック プルメリアの伝説 1983年7月1日
3 オリジナル・サウンドトラック 夏服のイヴ 〜FREEZE & SKY〜 1984年7月7日
4 オリジナル・サウンドトラック カリブ・愛のシンフォニー CARIBE, Sinfonia de Amor 1985年5月3日
5 オリジナル・サウンドトラック ペンギンズ・メモリー 幸福物語 1985年6月21日
6 松田聖子オリジナル・サウンドトラック集 1981〜1985 2010年8月11日 195位

[編集] 映像

  タイトル 発売日
1 ファンタスティック・コンサート レモンの季節 1982年6月21日
2 Seikoland 〜武道館ライブ'83〜 1984年2月25日
3 SEIKO CALL 〜Live'85〜 1985年8月1日
4 Super Diamond Revolution 1987年9月2日
5 Sweet Spark Stream 1989年9月14日
6 Precious Moment 〜1990 Live At The Budokan〜 1990年4月21日
7 SEIKO clips 1991年8月1日
8 1991 Concert Tour Amusement Park 1991年9月21日
9 Seiko Clips2 1992 Nouvelle Vague 1992年6月1日
10 LIVE 1992 Nouvelle Vague 1992年10月1日
11 Seiko Clips3 DIAMOND EXPRESSION 1993年6月21日
12 LIVE DIAMOND EXPRESSION 1993年11月1日
13 Seiko Clips4 Glorious Revolution 1994年6月22日
14 Live Glorious Revolution 1994年10月21日
15 Video Bible 〜Best Hits Video History〜 1995年3月24日
16 Seiko Clips5 It's Style'95 1995年7月1日
17 LIVE It's Style'95 1995年11月22日
18 Vanity Fair 1996年6月3日
19 Live Vanity Fair'96 1996年11月11日
20 Bon Voyage 〜The Best Lives and Clips〜 1996年12月1日
21 WAS IT THE FUTURE 1996年12月2日
22 My Story 1997年6月4日
23 Seiko Live'97 My Story 1997年10月8日
24 Forever 1998年6月1日
25 Seiko Live'98 FOREVER 1998年10月21日
26 Seiko '96〜'98 1998年12月2日
27 Seiko Matsuda Zepp Tour 1999 〜137分33秒の奇跡〜 2000年3月29日
28 Seiko Matsuda Concert Tour 2000 20th Party 2000年12月13日
29 Video the LOVE 〜Seiko Matsuda 20th Anniversary Video Collection 1996-2000〜 2001年3月28日
30 Seiko Matsuda Concert Tour 2001 LOVE&EMOTION 2001年11月28日
31 LOVE&EMOTION 2002年3月27日
32 Seiko Matsuda Concert Tour 2002 Jewel Box 2002年11月20日
33 Seiko Matsuda Concert Tour 2003 Call me 2003年11月27日
34 Seiko Matsuda Count Down Live Party 2003-2004 2004年3月10日
35 Seiko Matsuda Concert Tour 2004 Sunshine 2004年11月17日
36 25th Anniversary Seiko Matsuda PREMIUM DVD BOX
完全生産限定盤
2005年6月8日
37 25th Anniversary Seiko Matsuda Concert Tour 2005 fairy 2005年11月23日
38 Seiko Matsuda Count Down Live Party 2005-2006 2006年3月28日
39 Seiko Matsuda Concert Tour 2006 bless you 2006年9月20日
40 Seiko Matsuda Count Down Live Party 2006-2007 2007年3月28日
41 Seiko Matsuda Concert Tour 2007 Baby's breath 2007年9月19日
42 Seiko Matsuda Count Down Live Party 2007-2008 2008年3月26日
43 Seiko Matsuda Concert Tour 2008 My pure melody 2008年10月22日
44 Seiko Matsuda Count Down Live Party 2008-2009 2009年3月18日
45 Seiko Matsuda Concert Tour 2009 My Precious Songs 2009年11月18日
46 Seiko Matsuda Count Down Live Party 2009-2010 2010年3月31日
47 Seiko Matsuda Video Diamond Bible 2010年9月29日
48 Seiko Matsuda Concert Tour 2010 My Prelude 2010年11月17日
49 Seiko Matsuda Count Down Live Party 2010-2011  2011年4月13日
50 Seiko Matsuda Concert Tour 2011 Cherish 2011年11月23日

[編集] トリビュートアルバム

  タイトル 発売日
1 CARAVELLI PLAYS聖子 1983年8月25日
2 ROMANTIQUE 1991年12月21日
3 SEIKO BALLADS 〜SWEET MEMORIES〜 2004年4月14日
4 Jewel Songs 〜Seiko Matsuda Tribute & Covers〜 2006年12月13日
5 MemorieS~Songs for the Season of White~ 2010年12月15日
6 MemorieS~Goodbye and Hello~ 2011年5月18日
7 MemorieS~Bitter Sweet Pineapple~ 2011年8月24日
8 MemorieS〜The Last Leaf〜 2011年11月23日

[編集] 記録

[編集] シングル

  • 首位獲得数:25作(歴代6位・女性アーティスト単独2位)
    • 12枚目のシングル「秘密の花園」でピンク・レディーの1位獲得数9枚を抜いて単独首位獲得数1位を記録を記録する。首位獲得数25作まで記録を伸ばすが2000年10月にB'zに抜かれるまで(1983年2月2000年10月)の約17年8ヶ月間首位獲得数1位を保持していた。
    • 女性アーティト・ソロ部門では2006年3月に浜崎あゆみに抜かれるまで(1983年2月2006年3月)の23年1ヶ月間首位獲得数1位を保持していた。
  • 首位連続獲得数:24作(歴代7位・女性アーティスト単独2位)
  • 月間チャート首位獲得曲:15作(歴代3位・ソロ1位)
  • 月間チャート1位月数:17月(歴代2位・ソロ1位)
  • 月間チャート1位最高連続獲得数:4作(計3回、歴代7位タイ・ソロでは単独3位)
  • 同曲による首位2週以上獲得数:14作(歴代1位)
  • オリコン首位獲得週数:50週(歴代4位・ソロでは単独2位)
  • オリコンシングル同作による首位返り咲き最長週数:11週(「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」・1983年8月15日付~10月31日付)(歴代2位・ソロ1位、再発売の曲も含めると:歴代3位・ソロ2位)
  • オリコン首位・2位同時獲得:(「瞳はダイアモンド/蒼いフォトグラフ」・「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」・1983年11月7日付)(藤圭子に次いで2人目)
  • オリコン首位返り咲き作品数:3作「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」・「瞳はダイアモンド/蒼いフォトグラフ」・「Strawberry Time」(歴代1位タイ)
  • ベスト10位以内獲得数:31作
  • ミリオンセラー獲得数:1作
  • シングル総売上枚数;1543.9万枚(歴代14位・女性アーティスト単独5位)

日本人でアメリカのBillboard Hot 100にチャートインしたアーティストとしては3番目の順位である。Right Combinationが最高位54位。(1963年-坂本九「SUKIYAKI(上を向いて歩こう)」1位、1979年-ピンク・レディー「Kiss in The Dark」37位。)

[編集] アルバム

  • 首位獲得数:19作(歴代3位・女性アーティスト単独2位)
  • ベスト10位以内獲得数:44作(歴代3位・女性アーティスト単独2位)
  • ベスト100位以内同時チャートイン作数:13作(歴代3位タイ・日本人歴代1位タイ・女性アーティスト単独1位)
  • 8年間首位獲得(歴代3位・女性アーティスト3位タイ)
  • アルバム総売上枚数1356.9万枚

[編集] ザ・ベストテンでの記録

  • 1位となった回数:44回(3位)
  • 1位となった曲数:15曲(2位)
  • 1位となった連続最高週数:「瞳はダイアモンド/蒼いフォトグラフ」(1983年11月24日放送~1984年1月12日放送)の8週で4位タイ
  • ベストテン入りした回数:218回(3位)
  • ベストテン入りした曲数:25曲(3位)
  • 1位となった年内最高獲得数:13回(1983年度による6位タイ)

[編集] その他の記録

  • アルバム・シングル総合売り上げ:2953万枚(歴代13位・女性アーティスト7位)(2012年)
  • 日本武道館コンサート回数:92回(歴代2位・女性アーティスト1位)(2010年時)
  • デビューからNHK紅白歌合戦に初出場するまでの経過時間:8ヶ月30日

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ

[編集] テレビアニメ

[編集] ドキュメンタリー

[編集] 映画

[編集] ラジオ

[編集] CM

[編集] 紅白歌合戦

[編集] 受賞歴

[編集] 書籍

[編集] 脚注

  1. ^ NHK総合テレビSONGS 松田聖子 part1」(2010年5月19日放送)
  2. ^ a b c d 相澤秀禎 『人気づくりの法則』(東洋経済新報社 1988年4月23日) ISBN 978-4492553091
  3. ^ 福岡県立柳川古文書館、大下英治 『魔性のシンデレラ。松田聖子ストーリー』(角川書店 1989年7月 ISBN 978-4041571149)、玉鶴姫の意地。詳しくは「蒲池氏#子孫たち」を参照のこと。
  4. ^うたばん』で聖子の大ファンだという米良美一と共演。2008年3月10日放送の『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』で聖子の大ファンだという中川翔子と共演。2008年11月10日放送の『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』で聖子の大ファンだというはるな愛と共演。
  5. ^ 実娘・神田沙也加とデュエット

[編集] 関連項目

[編集] 関連人物

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語