荻野目洋子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

荻野目洋子
基本情報
別名 荻野目ちゃん
出生 1968年12月10日(40歳)
血液型 B型
学歴 堀越学園高等学校卒業
出身地 日本千葉県柏市
ジャンル アイドル歌謡曲
職業 歌手女優
活動期間 1984年 - 現在
レーベル ビクターエンタテインメント
事務所 ヴィジョンファクトリー(VISION FACTORY)
  

荻野目 洋子(おぎのめ ようこ、1968年12月10日 - )は日本歌手。本名は辻野洋子(旧姓・荻野目)。愛称は「荻野目ちゃん」。千葉県柏市出身。堀越高等学校卒業。ヴィジョンファクトリー(旧・ライジングプロダクション)所属。

実姉は女優荻野目慶子。夫はプロテニス選手の辻野隆三

目次

[編集] 経歴・人物

1968年千葉県柏市に生まれ、父親の「子供は自然の中で育てる」という方針により埼玉県比企郡嵐山町に移り住み、千葉県佐倉市で小学校高学年・中学時代を過ごす。

小学生時代に、当時の番組『ちびっこ歌まねベストテン』でチャンピオンになったことでプロの道へとスカウトされ、小畑和美(ミミ)、荻野目洋子(ルミ)、大森絹子(クミ)による3人グループ「ミルク」を結成、1979年4月にはCBSソニーより『ザ・あれから いちねん』という曲でレコードデビュー[1]。ただし、ミルクとしての活動は小学生の間だけであった。

その後、中学生時代にキティ・フィルム製作の映画『ションベンライダー』のオーディションを受けたのがきっかけで、1983年(中学3年)にキティ・フィルム製作のフジテレビ系のアニメみゆき』のヒロイン若松みゆき役の声優として活動。声優の仕事は、ソロでの歌手デビュー後も、アニメ映画『バリバリ伝説』やテレビ『ウゴウゴルーガ』のプラネットちゃんなどを行った。

アニメみゆき』が終了後の1984年4月3日、『未来航海-sailing-』でビクター音楽産業よりソロデビュー。その後シングル、アルバムを着実にリリースし、多くのテレビ出演やイベントなどを精力的にこなすなど、当時の新人アイドル歌手としては比較的順調に活動していたが、ビッグヒットにはなかなか恵まれなかった(この時期のシングル「恋してカリビアン」は、野球・サッカー(元西武ライオンズ福岡ダイエーホークス秋山幸二セレッソ大阪森島寛晃選手)などの応援歌として広く使われている)。

1985年11月発売の7枚目のシングル『ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)』の大ヒットによりトップスターの仲間入りを果たす。以後は何曲もヒットを続け、1986年から1989年まで4年連続で日本レコード大賞の金賞を受賞、またNHK紅白歌合戦にも5回出場(アイドルには珍しく二度の返り咲き)している。ユーロビートを世間に広めた象徴的存在となる一方、1988年には当時としては異例なことにアメリカのブラック・コンテンポラリー界の超大物ナラダ・マイケル・ウォルデンプロデューサーに迎えてアルバム『VERGE OF LOVE』を制作するなど、特定の音楽スタイルにとらわれない活動を続ける。そうした音楽活動のかたわら、アイドルアーティストタレントとしてCMバラエティー番組(たとえば『とんねるずのみなさんのおかげです』におけるコント貧乏家の人々」や卓球対決(荻野目が中学時代に卓球部に所属していたことから)など)などでも幅広く活躍。

頭の回転が早く、トーク番組やコーナーでは出されたパスに対して確実にボールを返す為、ビートたけしは「荻野目ちゃんは頭いいからね」と賞賛したことがある。例えば、『スーパージョッキー』では、金魚に名前を付けることになった時、堂々と「荻野目ちゃん」とコメントし、ビートたけしから「ずぅずぅしい奴ですねぇ」と突っ込まれながらも大絶賛されるなど、その他『たけし・所のドラキュラが狙ってる』などでも、その才覚を表している。

女優としての活動では、1986年TBSの『早春物語』、1987年のTBS『赤ちゃんに乾杯!』、1989年のフジテレビ『こまらせないで!』などで主演を務めて主題歌も歌った。NHKのドラマには、1990年連続テレビ小説凛凛と』、1993年ドラマ新銀河『トーキョー国盗り物語』、1995年のドラマ新銀河『名古屋お金物語』などがある。

アイドル歌手時代は、堀越高校の先輩で同期デビューの岡田有希子と一番仲が良かったと、さまざまな番組で言っている。TBSの音楽番組『ザ・ベストテン』では同日出演の岡田に対して、荻野目は「ひとつ年上とは思えないくらい、しっかりしていて明るいです」とコメントしていた。しかし岡田は1986年4月8日にわずか18歳で自殺、岡田の葬儀参列時には涙が止まらなかったという。

2001年に堀越高校在籍時の同級生のプロテニス選手辻野隆三と結婚(当時妊娠4か月)。その後は2004年の第二子出産など2児の育児に専念していたが、2005年10月19日発売のインディーズコンピレーションアルバム「COVER LOVER vol.2 〜BOSSA de DISCO〜」にゲスト参加し歌手活動を再開。2006年2月22日1980年代の洋楽ヒットソングをカバーしたアルバム「VOICE NOVA」を発売。

2006年3月16日に自身のブログにおいて第三子を妊娠し、2006年8月10日には無事出産したことを発表した。

[編集] モットー

  • (実るほど頭を垂れる稲穂かな)作詞家の先生に教えられたモットーを大切にしている。
  • 現在の主力はアメーバブログに移動してしまったが、自身の運営しているホームページ(1999年~現在)でのファンメールに、限りはあるがひとつひとつ全文を取り上げて、自身がきちんと答えていたほどファン想いで真面目で謙虚である。メールを投稿すると「メールは必ずお読みします。メッセージありがとうございました」などの文面も見られた。
  • この際、「はじめまして」のファンメールは、ほぼ取り上げられてお返事がついていた。
  • 子育てに対しては、荻野目家から伝えられた感性とモットーを強く持つ(荻野目慶子、著書『女優の夜』参照)

[編集] エピソード

  • 姉の荻野目慶子出演の映画『獄門島』を見学に行った小学生時代、突如監督から、回想シーン役での出演を依頼され映画初出演をする。
  • アイドル時代、ドラマ『藤子不二雄の夢カメラ』や歌番組などでたびたび共演している中山美穂は自身のラジオ番組内で性格のいい人に荻野目の名を挙げている。
  • 安倍晋三昭恵夫妻の結婚披露宴に参列したことがある。これは昭恵夫人が、当時荻野目をCMキャラクターに起用していた森永製菓創業者一族の出だからである。

[編集] 音楽

[編集] ライブ

  • 2006年4月4日 山野楽器銀座本店イベントスペースJamSpot 

荻野目洋子トーク&ミニライブ

サッポロビールミュージアムコンサート

[編集] シングル

  1. 未来航海-Sailing-(1984年4月3日)
    • “荻野目洋子”としてのデビュー曲
  2. さよならから始まる物語(1984年7月21日)
  3. ディセンバー・メモリー(1984年11月5日)
  4. 無国籍ロマンス(1985年2月21日)
  5. 恋してカリビアン(1985年5月21日)
  6. 心のままに〜I'm just a lady〜(1985年8月5日)
  7. ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)(1985年11月21日)
  8. フラミンゴ in パラダイス(1986年3月26日)
  9. Dance Beatは夜明けまで(1986年6月10日)
  10. 六本木純情派(1986年10月29日)
  11. 湾岸太陽族(1987年3月3日)
  12. さよならの果実たち(1987年6月21日)
  13. 北風のキャロル(1987年10月27日)
  14. ストレンジャーtonight(1988年1月21日)
  15. スターダスト・ドリーム(1988年4月27日)
  16. DEAR〜コバルトの彼方へ(1988年7月21日)
  17. ヴァージ・オブ・ラヴ(1989年1月18日)
  18. 湘南ハートブレイク(1989年6月7日)
    • 共同石油・ハイオクガソリン・シエットGP-1・CM曲
  19. ユア・マイ・ライフ(1989年9月27日)
  20. ギャラリー(1990年6月27日)
  21. 少年の瞳に…(1990年12月5日)
  22. 美女と野獣(1991年6月5日)
  23. ねえ(1991年12月16日)
  24. STEAL YOUR LOVE(1992年3月27日)
    • 銀座ジュエリーマキ カメリアダイアモンド TV-CFイメージソング
  25. コーヒー・ルンバ(1992年5月8日)
    • 「YO-CO」名義、ダイドー・ブレンドコーヒーCMソング
  26. ロマンティックに愛して(1992年7月1日)
  27. 夢みるPLANET(1993年5月21日)
  28. TOKYO GIRL(1993年6月23日)
  29. ロマンセ(1993年8月21日)
  30. PASSAGES OF TIME (HOT NEW VERSION)(1993年11月21日)
  31. Mystery In Love (1993年12月1日)
    • フェニックスリゾートシーガイア“オーシャンドーム”イメージソング 2
  32. 今日から始めよう(1994年2月9日)
    • 「荻野目洋子&村田和人」名義
  33. 恋のハレルヤ(1994年11月23日)
  34. 幸福への時間(1995年6月21日)
  35. 明日は晴れる!(1995年8月23日)
  36. LOOK UP TO THE SKY(1997年3月21日)
  37. Make It On My Own(1997年8月21日)
    • 初の4曲入りマキシシングルで同タイトルの"LIMITED CLUB MIXES"バージョンも発売
  38. from my Garden(1997年11月21日)
  39. WE' LL BE TOGETHER(1999年6月23日)
  40. Feeling(1999年11月20日)
    • 「荻野目洋子&小野正利」名義
  41. LOVE(2001年10月24日)

[編集] アルバム

  1. ティーンズ・ロマンス(1984年9月5日)
  2. フリージアの雨(1985年3月5日)
  3. 貝殻テラス(1985年9月5日)
  4. ラズベリーの風(1986年4月21日)
  5. ハートビート・エクスプレス(1986年8月5日)
    • ミニ・アルバム
  6. NON-STOPPER 荻野目洋子“The BEAT”Special(1986年12月16日)
  7. 246コネクション(1987年7月16日)
  8. CD-RIDER(1988年8月24日)
    • NON-STOPPER」に続いて2度目のオリコン第1位獲得
  9. VERGE OF LOVE(1988年12月17日)
  10. ヴァージ・オブ・ラヴ(1989年2月21日)
    • 前年の「VERGE OF LOVE」の日本語バージョン
    • 共同石油・ハイオクガソリン・シエットGP-1・CM曲「THIS COULD BE THE NIGHT」収録
  11. FAIR TENSION(1989年11月21日)
  12. KNOCK ON MY DOOR(1990年8月21日)
  13. TRUST Me(1991年7月3日)
  14. 流行歌手(1992年6月3日)
  15. NUDIST(1992年11月21日)
  16. SCANDAL(1994年12月16日)
  17. chains(1997年12月17日)
  18. VOICE NOVA(2006年2月22日)

[編集] 企画アルバム

  1. 荻野目洋子 ザ・ベスト(1985年12月25日)
  2. CD FILE VOL.1(1987年12月16日)
  3. CD FILE VOL.2(1987年12月16日)
  4. POP GROOVER The Best(1987年12月19日)
  5. CD FILE VOL.3(1989年3月21日)
  6. '91 OGINOME COLLECTION(1990年12月16日)
  7. BEST COLLECTION '92(1991年12月21日)
  8. best hits non stop clubmix(1992年12月16日)
  9. DE-LUXE 荻野目洋子withウゴウゴルーガ(1993年7月21日)
  10. History(1995年6月28日)CD2枚組
  11. History(2004年9月22日)CD2枚組
    • Historyの再発盤
  12. <COLEZO!>荻野目洋子 Best Selection [Best of] (2005年3月24日)
    • ビクターCOLEZO!シリーズ シングルCDのベスト盤
  13. <COLEZO! TWIN>History 荻野目洋子(2005年12月16日)CD2枚組
    • ビクターCOLEZO!シリーズ Historyの復刻盤 CD表面の写真転写は無し

[編集] 出演

[編集] CM(本人出演)

[編集] ラジオ

  • 素敵にロマンス
  • 気ままにセンセーション
  • ポンポコ歌謡曲 小堺一機、荻野目洋子 サタデー南京たますだれ(TBSラジオ
  • 純情フリーウェイ(ニッポン放送
  • ミッドナイト インプレッション(TOKYO FM
  • TOKYO“F”NIGHT(TOKYO FM
  • マイ ライフ ミュージック(TOKYO FM

[編集] 映画

  • 公園通りの猫たち

[編集] テレビドラマ

[編集] 単発テレビドラマ

[編集] その他テレビ番組

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ なお、翌1980年8月にもワーナーパイオニアより2枚目(ミルクとしては最後)のシングル『リトル・キッス』をリリースしている。

[編集] 外部リンク

他の言語