TLC (バンド)

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TLC
基本情報
出身地 ジョージア州アトランタ
ジャンル R&B[1]、ヒップホップ[2]、ダンス[2]、ニュージャックスウィング[3]
活動期間 1990–present
レーベル ラフェイス、アリスタ、RCA
メンバー
Tionne "T-Boz" Watkins
Rozonda "Chilli" Thomas
旧メンバー
Lisa "Left Eye" Lopes

TLCとは、アメリカ合衆国の女性R&Bグループ。オリジナルメンバーはT-ボズレフト・アイチリの三名で構成されていたが、2002年のレフト・アイの死により現在は二人組。

来歴[編集]

メイン・ボーカルはアイオワ州出身のT-ボズ(T-Boz, 本名:Tionne Watkins, 1970年4月26日 - )、ラップと作詞担当はレフト・アイ(Left Eye, 本名:Lisa Nicole Lopes, 1971年5月27日 - 2002年4月25日)、コーラスをチリ(Chilli, 本名:Rozonda Thomas, 1971年2月27日 - )が担当。

グループの名前は「Tender Loving Care」からと、三人のニックネームの頭文字から。最初はT-ボズ、レフト・アイ、クリスタルというメンバーでデビューするはずだったが、デビュー前にクリスタルは解雇され、チリが加入した。

それぞれのニックネームの由来は、T-ボズはTionnieのTと、リーダーという意味のボス(boss)から。レフト・アイは彼氏に可愛いといわれた左目を細める癖から。チリは最初、クッキーというニックネームを付けられそうになったが拒否、ホットなチリ・ソースという意味のチリがニックネームになった。

LA&ベイビーフェイスが設立したレーベルLAFACEから1992年シングル「エイント・2・プラウド・2・ベッグ(Ain't 2 Proud 2 Beg)」でデビュー。2ndシングル「ベイビー・ベイビー・ベイビー(Baby Baby Baby)」は全米チャート2位、R&Bチャート1位となる。1stアルバム「エイント・2・プラウド・2・ベッグ(Oooooohhh...On The TLC Tip)」は全米で500万枚以上のセールスを記録、日本では20万枚のセールスを記録する。レフト・アイはコンドームを眼帯として使用するなど、そのファッションが注目されただけでなく、当時付き合っていたフットボール選手Andre Previn Risonが持つ86万ドルの豪邸に放火したりと、何かと注目された。

2ndアルバム「クレイジーセクシークール(CrazySexyCool)」では1stシングル「クリープ(Creep)」、2ndシングル「レッド・ライト・スペシャル(Red Light Special)」とヒットが続く。3rdシングルの「ウォーターフォールズ(Waterfalls)」では歌詞の内容と、当時最先端のSFXを使用したミュージック・ビデオでも大きな話題を呼び、全米チャート7週連続1位という大ヒットを記録。アルバムは全米で1,000万枚以上のセールスをあげ、見事グラミー賞を獲得する。

チリは未婚のまま、1997年ダラス・オースティン(Dallas Austin)との間に、長男Tronを出産。二人は2000年に破局。

「それまでないがしろにしていた、ファンへのお詫び」という意味を込めてタイトルを付けた3rdアルバム「ファンメール(FanMail)」を1999年リリース。1stシングル「ノー・スクラブズ(No Scrubs)」、2ndシングル「アンプリティ(Unpretty)」も全米一位となる。「ファンメール」は全世界で1,000万枚以上のセールスとなり、日本でも100万枚というセールスを記録、再びグラミー賞を獲得する。同年夏には「爽健美茶ナチュラル・ブリーズ・コンサート」でモニカとともに来日、宇多田ヒカルも含めた三アーティストの合同ライブを、また全米をまわるファンメール・ツアーも実施した。しかし、自分の書いた曲がアルバムに採用されないことに不満を抱いていたレフト・アイは、「ソロ・アルバムをリリースし誰が一番売れるかビルボードに判断してもらおう」といったメンバーの不仲説を煽る発言をした。

来日公演を予定していた2000年、T-ボズが鎌状赤血球症で体調を崩したことが原因で中止になってしまう。またT-ボズはラッパーマック10(Mack 10)との間にチェイス(Chase)という名の娘をもうけ、同年8月19日LAで結婚。しかし、マック10がT-ボズを頻繁に脅迫したことにより、2004年に別居申請をする。

レフト・アイは2000年にショーン・ニューマンと結婚するとされたが、破局。

2001年にはレフト・アイがソロ・アルバム「Supernova」をリリース。これはレコード会社移籍など多くの問題を抱えていたため、世界中でリリースされたが全米では発売を中止した。同年Andre Risonと婚約するも、解消。

4枚目のグループ・アルバムのレコーディング中、また自身の2ndソロ・アルバム制作中の2002年4月25日夜、レフト・アイが中米ホンジュラスフティアパ近くのハイウェイでSUV車を運転中、木に衝突。シートベルトをしていなかったレフト・アイは頭部の怪我により30歳の若さで他界した。この事故の瞬間はドキュメンタリー「ラスト・デイズ・オブ・レフト・アイ」に収録されている。この死亡事故に関して、警察はスピード超過によるものと判断したが、レフト・アイの母親ワンダ・ロペス(Wanda Lopes)が、事故の原因をモンテロ(Montero SUV、日本名:パジェロ)の欠陥によるものとして、2005年6月大手自動車メーカー三菱自動車を相手取った訴訟を起こしている。レフト・アイの死後、T-ボズとチリはレコーディングを続行、レフト・アイがすでに録音していた音源も使い、4thアルバム「3D」を2002年に完成させる。

このころ、チリとアッシャーの交際はビッグカップルとして有名だったが、アッシャーのファンが彼との情事で妊娠したことが原因で、2004年1月に破局。

T-ボズの鎌型赤血球症やレフト・アイの死もあって、事実上活動休止状態にあったが、2005年テレビ番組オーディションを勝ち残った、20歳のO'so Krispie(アトランタ出身)をフィーチャリングした2年ぶりになるシングル「I Bet」を、iTunes Music Store上に発表。ラップ担当でコリオグラファーでもある彼女の参加が、TLC復活を予感させたが、結局一曲をレコーディングしただけで、復活には至らなかった。

チリはソロとしてのデビューも噂されるが、進展を見せていない。

2010年7月14~18日 ビルボード東京、7月19日 ビルボード大阪にてT-ボズ、チリ2人での来日公演。

2012年11月3日、リバプールで開催されたMusic of Black Origin AwardsにおいてTLCが「Outstanding Contribution To Music」(音楽へのめざましい貢献) という功労賞を授賞した授賞式においてT-ボズがチリと一緒にTLCとして新たなレコーディングをすることを発表した。その中でT-ボズは、「私たちは、引き続きTLCサウンドを作っていく。今この時に必要とするレベルまで進化したサウンドを、私たちはスタジオに入って、いま私たちがどうしたいかを考えはじめなきゃいけない。まず自分自身を見つけて、それから道が見つかるもの。そうすれば知らないうちにアルバムは出来上がっている」とコメントしている。正式にリリースされれば2002年にリリースされた前作「3D」以来、約10年振りとなる。またレコーディングを再開することを発表した2012年はレフト・アイの10周忌の年でもある。

ドキュメンタリー番組の波紋[編集]

アメリカの音楽専門局VH1が「ラスト・デイズ・オブ・レフト・アイ」と題したドキュメンタリーを放送した。レフト・アイの遺族の協力の下、未公開映像を放送したが、レフト・アイが交通事故を起こす瞬間の映像が含まれていた為、波紋を呼んだ。レフト・アイがハンドルを握り運転して穏やかな様子から一変、悲鳴が上がり、木に激突する前までの映像がおさめられている。

関連作品[編集]

アルバム[編集]

DVD[編集]

  • ナウ・アンド・フォーエバー…ザ・ビデオ・ヒッツ - Now & Forever - The Video Hits (2003年12月10日)
  • ザ・グレイテスト・ビデオ・コレクション - Greatest Hits Video Collection (2005年12月7日)

来日公演[編集]

  • 1999年8月24日 日本武道館 「爽健美茶ナチュラルブリーズコンサート」 (共演:宇多田ヒカル・モニカ)
  • 2009年4月4日 幕張メッセ 「Springroove」
  • 2009年4月5日 Zepp大阪 「Springroove EXTRA OSAKA 」
  • 2010年7月14~18日 ビルボード東京、7月19日 ビルボード大阪にてT-ボズ、チリ2人での来日。

関連事項[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Hess, Mickey (2007). Icons Of Hip Hop: An Encyclopedia Of the Movement, Music, and Culture, Volume 1. 1. Greenwood Publishing Group. p. 517. ISBN 0-313-33903-1. 
  2. ^ a b Bogdanov, Vladimir; Woodstra, Chris; Erlewine, Stephen Thomas (2001). All Music Guide: The Definitive Guide To Popular Music (4 ed.). Hal Leonard Corporation. p. 416. ISBN 0-87930-627-0. 
  3. ^ “Big Timers”. Vibe (Vibe Media Group) 11 (9): 198. (September 2009). ISSN 1070-4701. 

外部リンク[編集]