依田巽

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依田 巽(よだ たつみ、Tom Yoda、1940年5月27日 - )は日本男性実業家で、ドリーミュージック代表取締役会長、エイベックス元会長兼社長。元日本レコード協会(RIAJ)会長、元音楽産業・文化振興財団理事長。業界、政界や海外への強い影響力を持っている。エイベックスの実質的な創業者として経営の中心を担ってきたが、同じく創業者である松浦勝人との経営方針の確執が深刻化、2004年8月3日付けで会長兼社長を辞任。同日、日本レコード協会の会長も辞任し、エイベックス名誉会長に(2004年中に退任)。

略歴[編集]

  • 1940年5月27日 - 長野県千曲市生まれ
  • 1959年3月 - 長野県長野高等学校卒業
  • 1963年3月 - 明治大学経営学部卒業、長田電機工業入社
  • 1975年4月 - サンスイ・エレクトロニクス・コーポレーション(米国現地法人)へ移籍[ロスアンジェルス支店長・副社長]
  • 1985年6月 - 山水電気株式会社へ再移籍[貿易部 第一部長]
  • 1986年1月 - 山水電気株式会社 取締役就任[HE事業部海外営業部長・国際戦略室長・サンスイ・エレクトロニクス(米国)社長兼任・サンスイ・エレクトロニクス(独)社長兼任 ・サンスイ・エレクトロニクス(英国)取締役兼任]
  • 1988年1月 - 山水電気株式会社取締役を任期満了をもって退任
  • 1988年3月 - 株式会社トーマス・ヨダ・リミテッド代表取締役就任
  • 1988年8月 - エイベックス・ディー・ディー株式会社顧問就任
  • 1989年1月 - エイベックス・ディー・ディー株式会社取締役就任
  • 1992年12月 - エイベックス・ディー・ディー株式会社取締役会長就任
  • 1993年9月 - エイベックス・ディー・ディー株式会社代表取締役会長就任
  • 1995年4月 - エイベックス・ディー・ディー株式会社代表取締役社長を兼任
  • 1997年4月 - (財)音楽産業・文化振興財団 理事長就任
  • 1998年4月 - (社)日本レコード協会 理事就任
  • 1999年10月 - (社)日本レコード協会 副会長就任
  • 1999年10月 - 国際レコード産業連盟(IFPI) 理事就任
  • 2003年3月 - (社)日本レコード協会 会長就任
  • 2004年8月 - エイベックス会長兼社長、日本レコード協会会長を辞任
  • 2004年12月 - (財)音楽産業・文化振興財団理事長を退任
  • 2005年1月 - ドリーミュージック相談役に就任
  • 2005年4月 -(株)ティー ワイ リミテッド 代表取締役会長就任
  • 2008年8月 -(株)ティー ワイ エンタテインメント(旧:インデックスミュージック)代表取締役会長就任
  • 2009年7月 -ギャガ(株) 代表取締役会長兼社長CEO就任

雑記[編集]

日本レコード協会会長[編集]

2003年、前任者の富塚勇(元・ビクターエンタテインメント会長)が健康上の理由により任期途中で退任したことから日本レコード協会の会長に選出される。在任中はコピーコントロールCD(CCCD)の普及とレコード輸入権の創設を強引に推進した。

2004年(平成16年)8月、エイベックス社内で勃発したクーデター騒動の責任を取って辞任。

スターウォーズのヨーダ[編集]

1977年依田が付き合っていたロスアンゼルスの大手ステレオ店の店長の従姉妹が、「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」の制作陣でキャラクター設定にかかわっていた。彼女が「ヨダという名前のキャラクタースター・ウォーズに使ってみては」 と提案し、ヨーダという名前はそのままで、キャラクターの顔も、依田の顔に似せて制作され、ヨーダの原型になったという噂がある。大阪芸術大学元映像学科長の依田義賢とする説もあり、1999年に来日したジョージ・ルーカスはこれらのモデル説をはっきり否定している。

外部リンク[編集]