ナイス (バンド)
| ナイス The Nice |
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | プログレッシブ・ロック |
| 活動期間 | 1966年~1970年 |
| メンバー | |
| キース・エマーソン(Kb.) リー・ジャクソン(B.) ブライアン・デヴィソン(D.) デヴィッド・オリスト(G.) イアン・ヘイグ(D.) |
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ナイス(ザ・ナイス/The Nice)は、主に1960年代後半に活動したイギリスのロック・バンド。バンドの英名は「The Nice」だが、日本でのカナ表記はアルバムや資料によって「ザ・」が記載されている場合と記載されていない場合がある。[1]
目次 |
概歴 [編集]
1966年12月、女性シンガーのP.P.アーノルドのバック・バンドとして結成。当初のメンバーは、結成の中心となったキース・エマーソン (キーボード)の他、リー・ジャクソン (ベース)、ディビッド・オリスト (ギター)、イアン・ヘイグ (ドラムス)の4人だったが、ヘイグが交通事故に遭い同月下旬にドラムスがブライアン・デヴィソンに交代した。
当初は「パット・アーノルド・アンド・ハー・ナイス」として活動を開始したが、ステージの半分はナイス単独のライブ演奏だった[2]。さらに1967年9月、パット・アーノルドが本国アメリカに帰国する事になった為、ナイスは独立バンドとなり、マーキー・クラブなどに定期的に出演する様になる。同年11月にはデビュー・シングル「The Thought of EMERLIST DAVJACK」を、翌1968年1月にはシングルと同名のアルバム(邦題は「ナイスの思想」)をリリースした。『EMERLIST DAVJACK』とはメンバー4人の名前から作られた造語である(EMERson + o'LIST + DAVison + JACKson)。同年7月にリリースしたシングル「アメリカ(ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」挿入歌のカバー)」が全米チャート29位まで上昇し[2]、ナイスは少しずつ軌道に乗っていく。
セカンド・アルバム「少年易老学難成 (Ars Longa Vita Brevis)」の録音中、ギターのデヴィッド・オリストが脱退、ナイスはキーボード・トリオとして再スタートする。アルバムは1968年4月に発売され、同年7月にはアメリカ公演を行った。この時のライブと新たなスタジオ録音を組み合わせ、同年8月にサード・アルバム「ザ・ナイス (The Nice)」をリリース。
サード・アルバムのリリースの後、キース・エマーソンは、ニューヨーク・シンフォニーの指揮者で、かねてからポップ/ロック・グループとの共演を望んでいたジョセフ・イーガーとコンタクトし、公演を実現した。それらの何曲かが、4作目の「フェアウェル・ザ・ナイス/組曲『五つの橋』(Five Bridges)」に収録されている。この頃からキース・エマーソンとリズム・セクションの2人との間で音楽的な意見の相違が表面化し始めた[3]。組曲『五つの橋』をリリースした後、ナイスはキング・クリムゾンと一緒にアメリカ・ツアーを行ったが、そこでキース・エマーソンはグレッグ・レイクと出会う事になる。グレッグ・レイクはこの年の暮れにキング・クリムゾンを脱退し、キース・エマーソンとの新バンド結成に尽力するが、契約問題もあって、この動きは公表されなかった[2]。
1970年2月、五作目の「エレジー (Elegy)」をリリースしたナイスは、1972年のミュンヘンオリンピックのイベントへの出演なども予定されていた[2]が、4月になって解散が正式に発表され、キース・エマーソンはグレッグ・レイク、そしてアトミック・ルースターのカール・パーマーとともに、エマーソン・レイク・アンド・パーマーの結成に向けて準備を開始した。
一方、リー・ジャクソンは「ジャクソン・ハイツ」、ブライアン・デヴィソンは「エヴリ・ウィッチ・ウェイ」をそれぞれ結成したが、商業的な成功には至っていない。1973年、リー・ジャクソンとブライアン・デヴィソンはスイスのキーボード・プレイヤーであるパトリック・モラーツを引き入れ「第2のナイス」を企図した[4]「レフュジー」を結成。1974年にはバンドと同名のアルバムでデビューしたが、その直後、脱退したリック・ウェイクマンの後任としてパトリック・モラーツがイエスに引き抜かれ、活動停止を余儀なくされた。
2002年、「キース・エマーソン&ザ・ナイス」というグループ名で再結成ライブが行なわれ、ライブ・アルバム「ヴィヴァシタス~ライヴ・アット・グラスゴー 2002 (VIVACITAS LIVE AT GLASGOW 2002)」がリリースされた。
2008年4月15日、ブライアン・デヴィソン死去。
メンバーと担当楽器 [編集]
P.P. Arnold & Her Nice第1期 1966年 [編集]
- P.P.アーノルド(P.P. Arnold) - vocal
- キース・エマーソン(Keith Emerson) - keyboard
- ディビッド・オリスト(David O'List) - guitar
- リー・ジャクソン(Lee Jackson) - bass guitar
- イアン・ヘイグ(Ian Hague) - drums
P.P. Arnold & Her Nice第2期 1966年~1967年 [編集]
- P.P.アーノルド(P.P. Arnold) - vocal
- キース・エマーソン(Keith Emerson) - keyboard
- ディビッド・オリスト(David O'List) - guitar
- リー・ジャクソン(Lee Jackson) - bass guitar
- ブライアン・デヴィソン(Brian Davison) - drums
第1期 1967年~1968年 [編集]
- キース・エマーソン(Keith Emerson) - keyboard/vocal
- ディビッド・オリスト(David O'List) - guitar/trumpet/flute/vocal
- リー・ジャクソン(Lee Jackson) - bass guitar/vocal
- ブライアン・デヴィソン(Brian Davison) - drums
「The Thoughts of Emerlist Davjack」録音。
第2期 1968年~1970年 [編集]
- キース・エマーソン(Keith Emerson) - keyboard
- リー・ジャクソン(Lee Jackson) - bass guitar/vocal
- ブライアン・デヴィソン(Brian Davison) - drums
「Ars Longa Vita Brevis」、「Nice / Everything As Nice As Mother Makes It」、「Five Bridges」、「Elegy」録音。
Keith Emerson & The Nice 2002年~2003年 [編集]
- キース・エマーソン(Keith Emerson) - keyboard
- リー・ジャクソン(Lee Jackson) - bass guitar/vocal
- ブライアン・デヴィソン(Brian Davison) - drums
+
- デヴィッド・キルミンスター(David Kilminster) - guitar
- フィル・ウィリアムス(Phil Williams) - bass guitar
- ピート・ライリー(Pete Riley) - drums
ライブ「Vivacitas」録音。(2004年発表) DISC-1はEmerson、Jackson、Davison、DISC-2はEmerson、Kilminster、Williams、Rileyによる演奏。
アルバム・ディスコグラフィー [編集]
- 『ナイスの思想』(The Thoughts of Emerlist Davjack) 1967
- 『少年易老学難成』(Ars Longa Vita Brevis) 1968
- 『ジャズ+クラシック/ロック=ナイス』(Nice / Everything As Nice As Mother Makes It) 1969
- 『ファイヴ・ブリッジズ』(Five Bridges) 1970
- 『エレジー』(Elegy)[5] 1971
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ 2007年現在のアルバム発売元であるビクター・エンタテインメントのウェブサイトは、1960年代後半に活動した時期のアルバムを「ナイス」というグループ名で分類している(ただし、同バンドは2002年に再結成してライブ・アルバムをリリースしているが、このライブ・アルバムは「キース・エマーソン&ザ・ナイス」というグループ名で分類している)。また、リットー・ミュージック刊「キース・エマーソンズ・インタビュー」では当該バンドを「ナイス」と表記している。以上の点から、主に1960年代後半における活動を解説している本項では「ナイス」というバンド名を踏襲している。
- ^ a b c d シンコーミュージック刊「エマーソン・レイク&パーマー 衝撃のロック・トリオ伝」より。
- ^ 「エマーソン・レイク&パーマー 衝撃のロック・トリオ伝」によると、キース・エマーソンがクラシックオーケストラの導入を望んだが、他の二人はその方法論に否定的だった。
- ^ 音楽の友社刊「イエス」(黒田史朗著)より。
- ^ ジャケットの「砂漠に列をなして並ぶ赤い球体」はヒプノシスのデザインによるもの。