椎名林檎

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椎名 林檎
基本情報
別名 シーナ・リンゴ
出生 1978年11月25日(30歳)
出身地 日本の旗福岡県
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター
音楽家
作曲家
作詞家
活動期間 1998年 - 2003年
2006年 -
レーベル EMIミュージック・ジャパンVirgin Music
事務所 黒猫堂
共同作業者 亀田誠治
井上雨迩
東京事変
斎藤ネコ
公式サイト http://www.kronekodow.com/
  

椎名 林檎(しいな りんご 1978年11月25日 - [1])は、日本の音楽家[2]であり、ロックバンド東京事変ボーカリスト有限会社黒猫堂EMIミュージック・ジャパンVirgin Music所属。

兄はシンガーソングライターの椎名純平。また、叔父にイラストレーターブックデザイナー辰巳四郎がいる。

目次

[編集] 略歴

[編集] デビューまで

埼玉県浦和市(現さいたま市)に生まれ、父親の転勤により静岡県清水市(現静岡市清水区)を経て福岡県福岡市早良区で育った。幼少時からピアノクラシック・バレエを習う。が、 先天性食道閉鎖症の手術の後遺症で体の左右均等に力を入れることができなくなって、10年以上続けていたバレエとピアノを断念[3]

中学時代、友人とバンドを結成。学園祭等で何度か活動をするも解散。その他、学内外含めて合計20以上のバンドの全ての楽器パートを、掛け持ちで担当していた。中学・高校と、ピザ屋や警備員等でバイトをしながらも、ソロとしてデモテープを作る日々を送る。西新の某音楽教室にも通っていて、その時のギターの講師に「りんご」か「林檎」を相談した結果、芸名を「椎名林檎」に決定した。初ライブをした会場は福岡市・西新の『西新JAJA』というところだったという。

1994年ホリプロタレントスカウトキャラバンに出場。しかし、本人はアイドルを発掘するイベントだという認識がなく、「全国大会に進むまで、水着審査があるなんて知らなかった」と、ある地方局のラジオ番組で述懐している。この年のグランプリである上原さくらとは、大の親友となっている。

1995年ヤマハ「第9回 TEENS' MUSIC FESTIVAL」にバンドで全国大会出場、奨励賞受賞。このときの出場者であるaiko谷口崇とは、音楽活動やプライベートを通じた交流をするようになる。1996年には、ヤマハ「The 5th Music Quest 1996 Japan Final」出場、優秀賞を受賞。

1997年、知人を辿って、イギリスへ2か月間ホームステイする。その頃、当時売り出し中だったBONNIE PINKがテレビに出ているのを観た同級生の母親が、それを椎名と誤認して椎名の母親に伝え、その話を聞いた母が、ホームステイ先の椎名に「あんた、いつ日本に帰ってきたの?」という電話を掛けて来たことがあったという。

[編集] 『無罪モラトリアム』まで

1998年、帰国後間もなく、東芝EMI(当時)から、シングル『幸福論』でデビュー1990年代前半に一世を風靡した渋谷系をもじった新宿系を名乗ったシングル『歌舞伎町の女王』、アルバム先行シングル『ここでキスして。』がヒット。1999年に発売されたアルバム『無罪モラトリアム』は、先行シングルのヒットを受け、ミリオン・ヒット(オリコン)した。

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[編集] 『勝訴ストリップ』まで

1999年ライブツアー「先攻エクスタシー」。「RISING SUN ROCK FESTIVAL 1999 in EZO」参加。学園祭ライブツアー「学舎エクスタシー」(東海大学昭和女子大学西南学院大学立命館大学[1]では、当時売り出し中だったシングル『本能』をあえて歌わず、アンコールにすら答えなかった。学園祭という場で、音楽が好きでもないのに「とりあえず」的な感覚でライブに参加した客に嫌気が差していたから、と言われる[要出典]

シングル『本能』のプロモーション活動を、看護婦コスプレで行う[1]。このシングルがミリオンセラーになり、幅広く認知された。6月に、それまで出演していたCROSS FMの最後の公開放送を、北九州スタジオで行う。

2000年1月、同年3月に発表が予定されていたアルバムからの先行シングル『ギブス』『罪と罰』を2枚同時発売。

後に発売されたアルバム『勝訴ストリップ』はオリコンで230万枚を記録する大ヒット、このアルバムで、日本ゴールドディスク大賞ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤー[4]第42回日本レコード大賞 ベストアルバム賞[5]を受賞する。

同年4月より、ライブツアー「下剋上エクスタシー」。福岡嘉穂劇場にて一夜限りのライブ「座禅エクスタシー[1]。この頃、ともさかりえに「少女ロボット」などの楽曲を提供するようになる。また、同年11月には、ギタリスト弥吉淳二と結婚。妊娠5か月であった[6]

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[編集] 『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』まで

2001年、シングル「真夜中は純潔」のPV撮影を、妊娠していることを関係者に内緒にして撮影に入る。しかし後にこれが発覚して叱られた末、アニメーションのPVとなった。以降出産のため一時活動休止。男児を出産。

2002年、スピッツのトリビュート・アルバム『一期一会』に参加、「スピカ」を歌う。

同年1月に、弥吉淳二と離婚[6]

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[編集] 『加爾基 精液 栗ノ花』、『りんごのうた』

2003年2月14日に、3作目のアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』のプロモーションの為、「筑紫哲也 NEWS23」の「金曜深夜便」に出演。活動休止後、初の地上波出演となり、話題となった。3月26日にテレビ朝日系「ニュースステーション」にも生出演、久米宏と対談。ライブの為のバックバンド・東京事変を結成し、ライブツアー「雙六エクスタシー」を敢行。9月27日に、初の日本武道館公演。同年11月25日、節目シングル『りんごのうた』を発表。2作目のアルバム『勝訴ストリップ』インタビューの際の「椎名林檎をアルバム3枚で閉じる。」といった発言[7]の通り、ライブツアー終了後、ソロ活動停止。

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[編集] ソロ活動の停止・停止以降

2004年東京事変で、神戸でのイベントライブを皮切りにMEET THE WORLD BEATフジ・ロック・フェスティバルSunSetLive、に参戦。以降、東京事変の一員として活動していくことを発表し、同年シングル・アルバムも発表する(詳細は、東京事変参照のこと)。

2005年7月8日に、ソロ時代から親交のあったZAZEN BOYS向井秀徳と、フジテレビ系『僕らの音楽』にて共演[8]

12月13日・14日には、椎名林檎ファンクラブ「林檎班」の限定イベントを、恵比寿ガーデンホールで「椎名林檎とマタタビオーケストラ」として、久々のソロ活動。12月20日・21日には、長谷川きよし氏を招き、代官山UNITでライブ[9]

[編集] 『平成風俗』

2006年、2003年の椎名林檎実演ツアー「雙六エクスタシー」から東京事変を結成して以来、3年ぶりとなる椎名林檎としての新曲「カリソメ乙女(DEATH JAZZ ver.)」が発売決定した。この楽曲は、フォトグラファー・蜷川実花初の監督作品であり、椎名林檎が初の音楽監督を務める映画さくらん」の主題歌。「カリソメ乙女(DEATH JAZZ ver.)」は、11月11日より配信限定で発売。劇中には、様々な複数のバージョンが挿入されており、DEATH JAZZ ver.は椎名林檎と、SOIL&"PIMP"SESSIONSとの共演作品。Virgin Music Co.サイトでは「カリソメ乙女(DEATH JAZZ ver.)」の試聴が可能となっている[10]

2007年、1月17日に「さくらん」のエンディング・テーマに起用されているシングル『この世の限り』(椎名林檎×斎藤ネコ+椎名純平)を、さらに2月21日には、椎名林檎としては実に4年ぶりのアルバム『平成風俗』(椎名林檎×斎藤ネコ)を発売。また、2月23日の『僕らの音楽』(フジテレビ系)では、米大リーグマリナーズイチローと対談を行った[11]

[編集] デビュー10周年

2008年、映画「さくらん」で第31回「日本アカデミー賞」にて、音楽賞・優秀賞を受賞。また、香港国際映画祭が主催するイベント、「アジアン・フィルム・アワードにも、作曲賞にノミネートされる。

5月27日には、デビュー10周年企画が始動。同日に、10周年特別サイト『椎名林檎10周年記念特設サイト ringo10th.com 』を開設する。

7月2日には、デビュー10周年企画の第1弾として、これまで発売したシングル・カップリング曲、『絶頂集』やDVD『賣笑エクスタシー』付属CD『映日紅の花』などのアルバム未収録を集めた、2枚組の10周年記念アルバム『私と放電』と、全シングルと絶頂集より『メロウ』が、撮り下ろしの新作PVとして収録した、10周年記念シングル・クリップ集『私の発電』を、2作同時に発売する。

8月15日16日には、北海道で開催された『ライジング・サン・ロックフェスティバル』に出演。8月15日は、東京事変名義、16日椎名林檎名義で出演した。

9月17日には、デビュー10周年企画の第2弾として、2000年に、福岡県飯塚市の芝居小屋、嘉穂劇場で行われたライブ、座禅エクスタシーの模様が収録されたDVDが発売。

11月25日にはデビュー10周年企画の第3弾として、過去に発売されたオリジナル・アルバム3枚とシングル1曲をリマスタリングして収録したCD-BOX『MoRA』を発売予定。DVD-BOX『MoRA』(CD-BOX『MoRA』に加え、アルバム『私と放電』の2枚を、全曲96kHz/24bitの高音質でDVD-VIDEOの音声トラックにて収録したもの)も同時発売予定。その他、無罪モラトリアム勝訴ストリップのアナログ盤を初回完全限定で同時発売。

11月28日29日30日には、デビュー10周年を記念した、ソロライブ「椎名林檎 (生)林檎博'08 〜10周年記念祭〜」を、さいたまスーパーアリーナで開催。その模様は、2009年3月11日発売のDVD『Ringo EXPO 08』 に収録された。

2009年3月6日、芸術選奨文部科学大臣新人賞の「大衆芸能」部門に選ばれる[12]

[編集] ソロ活動の再開

2009年5月27日、純粋なソロ名義としては約5年半ぶりのシングル『ありあまる富』を発売。

同年6月24日、約6年ぶりのオリジナル・アルバム『三文ゴシップ』をリリース。また、このアルバムには、6月放送のみんなのうたに書き下ろした『二人ぼっち時間』や「椎名林檎 (生)林檎博'08 〜10周年記念祭〜」で初披露された、書き下ろしの新曲『余興』などが収録されている。

8月26日、「三文ゴシップ」収録曲数曲のPVと「ありあまる富」のPVを収録した「性的ヒーリング~其ノ四~」が発売決定となった。

[編集] 人物・エピソード

  • 詞には漢字文語調の言葉、仮名遣い(歴史的仮名遣いではない)を多用。時に白目を剥き、巻舌を織り交ぜながら歌う。また、「新宿系自作自演屋」を自称する。
  • 1990年代前半に、一世を風靡した渋谷系をもじって、新宿系を名乗る。何故そう名乗ったのかと聞かれると、「ジャンルは何系か?という質問にいちいち答えるのが面倒くさかったから」、あるいは「小奇麗な渋谷系と差別化するため」などと答えている。
  • カバー曲も多い。2002年5月発売のアルバム「唄ひ手冥利〜其ノ壱〜」の収録曲を始めとして、シングルのカップリング等でも数々の楽曲を披露している。1998年9月発売のシングル「歌舞伎町の女王」では、シンディ・ローパーの「unconditional love」(アンコンディショナル・ラヴ)を、2000年1月発売のシングル「ギブス」では、ザ・ピーナッツの「東京の女」(とうきょうのひと)を、同「罪と罰」では「君の瞳に恋してる」(曲名表記は「君ノ瞳ニ恋シテル」)をカバー。さらに、1999年に発売された松任谷由実のトリビュート・アルバム「Dear Yuming〜荒井由実/松任谷由実カバー・コレクション〜」では、松任谷による荒井由実名義での楽曲「翳りゆく部屋」のカバーが収録されている。同曲は、2002年に発売されたトリビュート・アルバム「Queen's Fellows: yuming 30th anniversary cover album」にも収録されている。また、ジョン・レノンの生誕65周年を記念したオフィシャル・トリビュート・アルバム「HAPPY BIRTHDAY, JOHN」(2005年9月30日発売)には、「Yer Blues」が収録されている。
  • ビッグコミック・スピリッツでの漫画家の吉田戦車との対談で、彼に強い影響を受けたと告白。「椎名林檎」という芸名も、「吉田戦車(よしだせんしゃ)」という単語を発音した場合の語感を参考にしたという。
  • 2003年に、手術によって除去された鼻の下のほくろについては、「小学校時代に女優の沢口靖子やマドンナのように口元にほくろのある女性に憧れて、ペンで書いていたら本物になった」とする本人の談がある。
  • 広末涼子ともさかりえ等に音楽提供している。その際に「シーナ・リンゴ」と表記している。また、ローマ字つづりでは、自身では SHÉNA RINGÖ、SHÉИД RIИGÖ、SHEENA RINNGO などと表記している。
  • 大のベスト・アルバム嫌いであり、過去に幾度となく「自分は絶対にベスト・アルバムをリリースしない」といった旨の公言をしている。実際、椎名の妊娠・出産後に、本人の活動再開の兆しが一向に伺えないことを危惧したレコード会社側が、ベスト・アルバムのリリースを要請した際も、椎名はそれを断固として断った。そこで、代替としてリリースされたのが、2枚組カヴァー・アルバム「唄ひ手冥利」である。
  • CDの収録曲の合間の3秒程度の間隔(ギャップ)を嫌い、自身の作品では、それを省くようにしてレコーディングを行っている。

[編集] 作品

[編集] CD

[編集] シングル

リリース日 タイトル 備考
1st 1998年5月27日 幸福論
2nd 1998年9月9日 歌舞伎町の女王
3rd 1999年1月20日 ここでキスして。
4th 1999年10月27日 本能
- 1999年10月27日 幸福論(12cmCD再発盤)
5th 2000年1月26日 ギブス 初回生産限定盤 ピクチャーレーベル仕様
6th 2000年1月26日 罪と罰 初回生産限定盤 ピクチャーレーベル仕様
7th 2001年3月28日 真夜中は純潔 初回生産限定盤 リンリン生唾ブロマイド付き
8th 2003年1月22日 茎(STEM)〜大名遊ビ編〜 初回生産限定盤 CD-Extra<藝裏「百色眼鏡」>仕様
9th 2003年11月25日 りんごのうた 初回生産限定盤 ホクロ仕様ケース ※CD+DVDのみ
- 2006年11月11日 カリソメ乙女 (DEATH JAZZ ver.) 「椎名林檎×SOIL&"PIMP"SESSIONS」名義。配信限定。
- 2007年1月17日 この世の限り 「椎名林檎×斎藤ネコ椎名純平」名義
10th 2009年5月27日 ありあまる富

[編集] シングル集

[編集] アルバム

リリース日 タイトル 備考
1st 1999年2月24日 無罪モラトリアム 初回生産限定盤 特殊ジャケット仕様
2nd 2000年3月31日 勝訴ストリップ 初回生産限定盤 スペシャルパッケージ仕様。
3rd 2003年2月23日 加爾基 精液 栗ノ花カルキ ザーメン クリノハナ) 初回生産限定盤 「林檎クン眉唾ステツカー」封入
- 2008年11月25日 MoRA 初回完全生産限定 CD-BOX仕様 デビュー10周年第三弾
4th 2009年6月24日 三文ゴシップ 初回生産限定盤 スリーブケース&素肌ブックレット仕様

[編集] カバー・アルバム

[編集] コンピレーション・アルバム

  • 平成風俗 (2007年2月21日)
    • 「椎名林檎×斎藤ネコ」名義での作品。
    • 初回生産限定盤 十字開き特殊パッケージ/平成風俗ステッカー×3点封入/平成風俗コースター封入
  • 私と放電 (2008年7月2日)
    • 初回生産限定盤 10周年記念ライブ チケット先行予約チラシ/10周年ステッカー封入/10周年特別ダブル紙ジャケット仕様

[編集] レコード

[編集] シングル

[編集] アルバム

[編集] VHS/DVD

[編集] PV集

[編集] ライブ・ビデオ

[編集] その他

なお、一部ファンの間では「オルゴール」「白い絵とギター」など、デビュー前のものと思われる未発表曲が存在することが知られている。

[編集] カヴァー曲

  • unconditional love (1998年9月9日)
シンディ・ローパーのカヴァー。シングル『歌舞伎町の女王』に収録
松任谷由実のカヴァー・アルバム『Dear Yuming』収録。2002年12月11日発売『Queen's Fellows』、2009年4月8日発売『Shout at YUMING ROCKS』にも収録
ザ・ピーナッツのカヴァー。シングル『ギブス』に収録
フランキー・ヴァリのカヴァー。シングル『罪と罰』に収録
スピッツのトリビュート・アルバム『一期一会 Sweets for my SPITZ』収録
  • Georgy Porgy (2002年4月10日正午-4月17日正午、5月1日正午-5月9日正午配信)
邪(椎名林檎によるTOTOのコピーバンド)名義によるカヴァー。インターネットでのみ販売された。
  • パパイヤマンゴー(原題:Mangos) (2007年2月21日)
ローズマリー・クルーニーのカヴァー。アルバム『平成風俗』に収録
  • Creep
RADIOHEADのカヴァー。学舎エクスタシーや、虚栄ブランコにて披露された。Creep収録アルバムのパブロハニー好きを公言している
  • EMI
SEX PISTOLSのカヴァー。座禅エクスタシーにて披露

カヴァーアルバム『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』の収録曲は割愛

[編集] 楽譜

[編集] リットーミュージック社

リットーミュージックより過去3作のアルバムとシングル集「絶頂集」のバンド用楽譜が椎名林檎本人の楽曲解説とステッカー付きで発売。
  • 無罪モラトリアム (1999年7月28日)
おまけで椎名林檎直筆の「積木遊び」の振り付け指南イラストに加え、「リモートコントローラー」の冒頭部分の譜面が掲載。
  • 勝訴ストリップ (通常版2000年 新装版:2004年12月25日)
初版本はステッカー(エアシール)付きで発売。
諸事情により表紙が通常盤のジャケットに差し替えられステッカー無しの新装版として2004年に再発売。
  • 絶頂集 (2001年5月)
発行数が少なかった為現在は絶版。
  • 加爾基 精液 栗ノ花 (2003年6月26日)
ギター・マガジン、キーボード・マガジンでのインタビュー記事再録、楽曲解説、本人自筆コメントなどが収録され、ステッカー付きで発売。
  • 私と放電 (2008年7月30日)
初版本のみステッカー付き。
  • ピアノ弾き語り ベスト・セレクション (2008年7月30日)
初版本のみステッカー付き。
バンド・スコア「私と放電」と同時発売で、デビュー曲「幸福論」から「りんごのうた」までの中から選曲され、ピアノ弾き語り用アレンジにて掲載。

[編集] ドレミ楽譜出版社

ドレミ楽譜出版社より発売
  • 真夜中は純潔 (2001年4月)

[編集] ヤマハミュージックメディア

ヤマハミュージックメディアよりピアノスコア発売。

[編集] 提供曲・プロデュース

  1. プライベイト (1998年10月7日) - シングル盤『ジーンズ』C/W、アルバム『private』収録
    • 恍惚極秘演奏会などでセルフカヴァー
  1. カプチーノ (1999年1月27日) - シングル盤『カプチーノ』、アルバム『むらさき。』『rie tomosaka best』収録
    • 恍惚極秘演奏会などでセルフカヴァー
  2. 木蓮のクリーム (1999年1月27日) - シングル盤『カプチーノ』C/W、アルバム『むらさき。』収録
    • 木蓮のクリーム アレンジ別ver. - ベスト盤『rie tomosaka best』収録
  3. シャンプー (1999年2月24日) - アルバム『むらさき。』収録
  4. 少女ロボット (2000年6月21日) - シングル盤『少女ロボット』、ベスト盤『rie tomosaka best +3』収録
    • 少女ロボットの初回ジャケット裏面には椎名林檎がプリントされている
    • 少女ロボットのPVには椎名林檎も出演
    • 座禅エクスタシーでセルフカヴァー
    • 東京事変としてセルフカヴァー(ブートではスタジオデモ版も存在)
  5. いけない子 (2000年6月21日) - シングル盤『少女ロボット』、ベスト盤『rie tomosaka best +3』収録
    • 激昂クヲンタイヅでセルフカヴァー
  6. 日本(にっぽん)に生まれて (2000年6月21日) - シングル盤『少女ロボット』、ベスト盤『rie tomosaka best +3』収録
    • 座禅エクスタシーでセルフカヴァー
  7. 都会のマナー (2009月6月24日) - アルバム『トリドリ。』に収録。編曲は東京事変
  8. 子供の情憬 (2009年6月24日) - アルバム『トリドリ。』に収録。編曲は椎名林檎、伊澤一葉
  1. 玉手箱 (2007年) - コクーン歌舞伎三人吉三』挿入曲、CD化の予定は無し
  1. 雨傘 (2008年9月) - シングル盤『雨傘/あきれるくらい 僕らは願おう』収録。編曲は東京事変
  2. 渦中の男(2008年9月) - シングル盤『雨傘/あきれるくらい 僕らは願おう』(通常盤のみ)収録。編曲は東京事変
  1. 日和姫(2009年1月) - シングル盤『日和姫』、アルバム『Bring it!』収録
  2. 主演の女(2009年6月) - アルバム『Bring it!』収録

[編集] 使用楽器

Duesenberg Starplayer II (カラー:Surf Green) 
デビュー以来最も多くの場面で使われているギター。「ディートリッヒ坊や」の愛称で呼ばれる。ドイツ デューゼンバーグ(Duesenberg)社製。現在は製造中止。
Duesenberg Starplayer TV (カラー:Silver Sparkle) 
『下剋上エクスタシー』ツアー、『座禅エクスタシー』で使用されたギター。「やっつけ仕事」「Σ」「群青日和」などの PV でも演奏している。
Duesenberg Starplayer TV (カラー:Gold/Black) 
『雙六エクスタシー』ツアーで使用されたギター。ボディ表面に金箔を使って市松模様が施されている。

デューゼンバーグのStarplayerシリーズにはfホールが空いたホロウボディのモデルとソリッドボディのモデルがあるが、椎名の使用モデルは全てホロウボディである。

Rickenbacker 620 (カラー:Jetglo) 
「丸の内サディスティック」の歌詞に登場するギター。「ギブス」のPVで演奏している。アメリカ リッケンバッカー(Rickenbacker)社製。
Duesenberg V-Caster (カラー:Vintage White) 
東京事変の2ndシングル「遭難」のPVで使用。
NAGARE  
もとはJazzMasterだったものであり、島村楽器店にて「是非林檎さんに弾いてもらいたい」といわれ貰ったギター。Sweet Love Shower '99などで使用されている。
Gibson RD Artist (カラー:Natural) 
第二期東京事変の活動以降のライブ等で使われている。『椎名林檎 (生)林檎博'08 〜10周年記念祭〜』でもメインギターとして使用。アメリカ ギブソン社製。

[編集] 椎名林檎の悦楽巡回

椎名林檎の悦楽巡回(えつらくパトロール)とは、CROSS FMで放送されていたMUSIC VOICEというラジオ番組枠で1998年10月から1999年3月・1999年4月から1999年6月まで放送されていた、椎名がナビゲーターを務めた番組である。上記放送期間以外にも、添い寝スペシャルや、姫初めスペシャルなどといって放送されたことがある。また、ゲストを迎えて放送された回がある。

主な番組内容

  • 回文の小径(リスナーから回文を募集し、発表するというもの。椎名林檎のフリーペーパー『RAT』でも紹介された。)
  • サウンドスケープ(毎週あるテーマをもとに話していくというもの。最終回にはリスナーと直接電話をするというものだった。)
  • 五文字熟語(姫始めスペシャルの際のプレゼント応募の条件として出されたものだったが、多数の応募があったため、添い寝スペシャルでコーナー化する。)

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ a b c d 黒猫堂. "音楽家たち 椎名林檎". 2007年6月2日 閲覧。
  2. ^ トップランナー 椎名林檎
  3. ^ 『林檎アレルギー』 丹生敦、太陽出版
  4. ^ 日本ゴールドディスク大賞. "ゴールドディスク大賞受賞者一覧". 2008年12月20日 閲覧。
  5. ^ 日本レコード大賞 (2000年). "第42回日本レコード大賞". 2008年12月20日 閲覧。
  6. ^ a b ZAKZAK (2002年5月18日). "臨時ニウス!椎名林檎がスピード離婚!". 2008年12月20日 閲覧。
  7. ^SWITCH』2000年4月号
  8. ^ フジテレビ系僕らの音楽』 (2005年7月8日). "インタビュー 向井秀徳×椎名林檎". 2008年12月20日 閲覧。
  9. ^ Yahoo!ミュージック (2005年12月21日). "東京事変、シークレット・ライブイベント「第1回林檎班大会 アダルト・オンリー」に潜入!!". 2008年12月20日 閲覧。
  10. ^ EMI Music Japan. "椎名林檎". 2007年6月2日 閲覧。
  11. ^ フジテレビ系『僕らの音楽』 (2007年2月23日). "#146 椎名林檎". 2008年12月20日 閲覧。
  12. ^ 文化通信.com (2009年3月10日). "EMI、椎名林檎が芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞". 2009年3月13日 閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク