BUCK-TICK

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BUCK-TICK
基本情報
出身地 日本の旗 日本 群馬県
ジャンル ロック
ビートロック
オルタナティヴ・ロック[1]
ゴシック・ロック[1]
ドラムンベース[2]
グランジ[2]
ポストロック[2]
アンビエント
エレクトロニカ[2]
ブレイクビーツ[2]
活動期間 1985年 -
レーベル 太陽レコード
1986年-1987年
ビクターインビテーション
1987年-1996年
マーキュリー・ミュージックエンターテイメント
1997年-1999年
BMGファンハウス
2000年-2005年
BMG JAPAN
2005年-2009年
Ariola Japan
(2009年-2010年
Lingua Sounda
(2010年-)
事務所 有限会社バンカー
共同作業者 横山和俊プログラミング
公式サイト BUCK-TICK WEB SITE
メンバー
櫻井敦司ボーカル
今井寿リードギター
星野英彦リズムギター
樋口豊ベース
ヤガミトールドラム

BUCK-TICK(バクチク)は、群馬県出身のロックバンド

メンバー[編集]

概要[編集]

元々は1984年にヤガミ以外のメンバーと前任のボーカリストで結成された非難GO-GOがバンドの前身である。1985年に現メンバーでBUCK-TICKを結成。インディーズ活動を経て、1987年にメジャーデビューを果たす。1987年の音源デビュー(『HURRY UP MODE』)以降、正規メンバーの変更は一切行われていない。デビュー当時は独特なスタイリングを筆頭とした独特の存在感でバンド・ブームに沸くシーンにインパクトを与えた。1989年にリリースされた3枚目のアルバム『TABOO』でチャート第1位を獲得し、名実共にトップアーティストの仲間入りを果たす。

現在でもパブリックイメージとして定着しているバブル期の音楽性は櫻井の志向を反映したゴシック・ロックのカラーが強いが、バンド自体の音楽性はその後もオルタナティヴ・ロックとポップスを主軸に様々なジャンルを貪欲に消化して変化を続けており、アルバムごとに異なったアプローチを打ち出しつつ不変の存在感を放つ個性的なバンドである。バンド・ブーム期から現在まで途切れることなくメジャー・レーベルで活動を続ける数少ない現役であり、現在活躍するアーティスト達にも今なお影響を与えている。特にX JAPANなどと共に所謂「ヴィジュアル系」の元祖的存在として、斯界に与えた影響は少なくない。

ライブ活動においても様々な形態のコラボレーション・ツアーや韓国でのイベント出演、フェスティヴァル(サマーソニックCOUNTDOWN JAPAN等)への参加やマリリン・マンソンとの競演、ニコニコ動画での生放送など、常に意外性を狙ったアクションを展開している。

作曲は8-9割方今井が手がけ、1-2割程度を星野が担当する。作詞は歌い手である櫻井がほとんどを手掛けている(ただし初期のアルバムの作詞は今井によるものの割合が多かった)が、アルバム1作品につき1・2曲程度今井が自身の曲に歌詞を付け、自身で歌うこともある。編曲は「BUCK-TICK」名義だが、基本的には作曲者が統率をとる。

来歴[編集]

用語[編集]

BANKER(有限会社バンカー)
メンバーの所属事務所。1996年、前事務所より独立して設立された。「単純に銀行、金の総元締め」という敢えて露骨なイメージで今井が命名[5]。当初代表はヤガミが務めていたが、現在は櫻井が代表である。
FISH TANK
公式ファンクラブ。バンカー設立時に「BUCK-TICK CLUB」より改名。「金魚鉢の中に魚がいっぱいいて、共通の目的がある」というイメージで今井が命名[5]。会員はFISH TANKERと呼ばれ、会員限定ライブ「FISH TANKER'S ONLY」も開催されている。
Lingua Sounda(リンガ・サウンダ)
2011年10月、徳間ジャパンコミュニケーションズとの合同プロジェクトとして設立された独自レーベル。「共通言語」という意味を持つLingua francaという言葉から今井が「世界共通音」という意味を込め考案した造語[6]。レーベル・ロゴのデザインは漫画家の弐瓶勉が担当。

逸話[編集]

  • 非難GO-GOが、初めて音を出した曲は、ザ・スターリンの「ロマンチスト」である[7]
  • 結成当初、櫻井敦司はドラムスでの参加であり、別にボーカルがいたが、徐々にボーカルとしてフロントに立つ事を思うようになり、当時、ヤガミが活動していたバンドS.P.(スポッツ)にボーカルとしての加入を打診したがヤガミに断られる。しかし、後にそのヤガミ自身が、弟とその友人であった今井の強引な勧誘(櫻井がボーカル転向を決心した結果、当時のメンバーの周りでは最早ヤガミにドラムを担当して貰う以外の選択肢は残っていなかった)を断り切れず、ろくな準備も出来ないまま上京してしまった。
  • BUCK-TICKとして初めて出場した地元のコンテストでの評価は「演奏1:総合2:将来性5(5段階評価)」。後に別のコンテストでアイディア賞を獲得するなど、個性的なバンドへと成長していく。
  • 1985年ごろ、BOØWYが群馬に帰って来てパーティーを開いたとき、氷室京介が当時ドラムスだった櫻井敦司に、お前は顔がいいからボーカルをやった方がいいとアドバイスした(ただし、このことが後にボーカルへの転向を志願した直接の原因ではないと櫻井は語っている)。
  • 2001年1月24日に発売されたザ・スターリンのトリビュート・アルバム『365:A TRIBUTE TO THE STALIN』には、当初BUCK-TICKも参加予定であり、表題曲である「365」をカバーする予定であったが、諸般の事情により参加中止となった。その名残として、歌詞カードのスタッフクレジットにはBUCK-TICKの名前が記載されている。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

アルバム[編集]

オリジナルアルバム[編集]

発売日 タイトル 最高順位 レーベル
インディーズ 1987年4月1日 HURRY UP MODE 太陽レコード
1st 1987年11月21日 SEXUAL×××××! 33位 ビクター
ミニアルバム 1988年3月21日 ROMANESQUE 20位
2nd 1988年6月21日 SEVENTH HEAVEN 3位
3rd 1989年1月18日 TABOO 1位
4th 1990年2月1日 悪の華 1位
インディーズ復刻版 1990年2月8日 HURRY UP MODE (1990MIX) 1位
5th 1991年2月21日 狂った太陽 2位
6th 1993年6月23日 darker than darkness -style 93- 2位
7th 1995年5月15日 Six/Nine 1位
8th 1996年6月21日 COSMOS 6位
9th 1997年12月10日 SEXY STREAM LINER 4位 マーキュリー
10th 2000年9月20日 ONE LIFE,ONE DEATH 11位 BMGファンハウス
11th 2002年3月6日 極東 I LOVE YOU 12位
12th 2003年2月13日 Mona Lisa OVERDRIVE 7位
13th 2005年4月6日 十三階は月光 4位
14th 2007年9月19日 天使のリボルバー 5位 BMG JAPAN
15th 2009年2月18日 memento mori 7位
16th 2010年10月13日 RAZZLE DAZZLE 6位 Ariola Japan
17th 2012年9月19日 夢見る宇宙 14位 Lingua Sounda
18th 2014年6月4日 或いはアナーキー 4位

ベストアルバム・コンピレーションアルバム[編集]

発売日 タイトル 最高順位 レーベル
オーケストラアレンジ 1990年7月21日 Symphonic Buck-Tick in Berlin 34位 ビクター
リミックス 1994年8月24日 シェイプレス 5位
ベスト 1995年12月1日 CATALOGUE 1987-1995 8位
ベスト 1999年3月20日 BT 16位
コンピレーション 2000年3月29日 97BT99 39位 マーキュリー
コンピレーション 2001年12月19日 スーパー・バリュー/BUCK-TICK キティMME
ベスト 2005年12月7日 CATALOGUE 2005 13位 BMG JAPAN
ボックス・セット 2012年3月7日 CATALOGUE VICTOR→MERCURY 87-99 11位 ビクター
ボックス・セット 2012年3月7日 CATALOGUE ARIOLA 00-10 10位 Ariola Japan

ライブアルバム[編集]

発売日 タイトル 最高順位 レーベル
1st 1998年8月12日 SWEET STRANGE LIVE DISC 17位 マーキュリー
2nd 2001年3月28日 ONE LIFE, ONE DEATH CUT UP 32位 BMGファンハウス
3rd 2004年4月7日 at the night side 34位

その他のアルバム[編集]

種類 発売日 タイトル 最高順位 レーベル
セルフカヴァー 1992年3月21日 殺シノ調べ This is NOT Greatest Hits 1位 ビクター
アナログ・レコード 1998年3月11日 LTD マーキュリー
トリビュート 2005年12月21日 PARADE〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜 14位 BMG JAPAN
トリビュート 2012年7月4日 PARADE II 〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜 16位 Lingua Sounda

他アーティスト作品への参加[編集]

映像作品[編集]

書籍[編集]

写真集[編集]

関連書籍[編集]

関連項目[編集]

横山和俊
アルバム『殺シノ調べ This is NOT Greatest Hits』以降マニピュレーターキーボーディストとしてレコーディングに参加。編曲者としてクレジットされることもあり、ライブでのSE制作も担当するなど6人目のメンバーとも呼べる存在。
SCHAFT
SOFT BALLET藤井麻輝と今井によるユニット。
SCHWEIN
櫻井と今井がPIGのレイモンド・ワッツ、KMFDMサシャ・コニエツコと結成したインダストリアル・バンド。
Lucy
今井寿がKIYOSHI(machine、元media youthhide with spread beaverなど)・岡崎達成(AGE of PUNK、元M-AGE)とで結成したバンド。
dropz
星野英彦のソロプロジェクト。CUBE JUICEKELLI ALIが参加。
ポークソテーズ
樋口豊が奥野敦士松尾貴史勝村政信原田喧太川村かおりらと結成した幻のバンド。後に中野裕通金山一彦芳本美代子らも加入。草月ホールにて単独コンサートを開催。楽曲「ハンバーグの作り方」は二ヶ月間NHK「みんなのうた」で放送される。
ASAKI
GUNIW TOOLSのギター、現在はAGE of PUNKのギターボーカル。今井を「師匠」として慕っている。
布袋寅泰
同郷の先輩。シングル「月世界」収録の「無知の涙 HOT remix #001 for B-T」を手掛けてもらったり、ヤガミがテレビの音楽番組出演時のバックに起用されたり、今井が2009年2月放送のNHK『SONGS』で共演(曲は「C'MON EVERYBODY」)したりと何かと縁がある。また、今井は布袋の独特な演奏スタイルに多大な影響を受けており、ライブにも度々足を運んでいる。
hide
生前交遊があり、彼のトリビュートアルバム『hide TRIBUTE SPIRITS』に「DOUBT '99」で参加した。
小林智美
イラストレーター。自身のサイト上でBUCK-TICKについて言及し(バンド自体とは無関係)、メンバーをイメージしたと思われるイラストも数点掲載している。また、サイト上ではロマンシング サ・ガ2のワグナスやロマンシング サ・ガ3のレオニード伯、サガ フロンティアのヴァジュイール(いずれもゲーム中の登場人物)らは、櫻井敦司をモデルにしたとも語っている。
三浦しをん
作家。BUCK-TICKの追っかけであることを公言している。
城咲仁
ホストタレント。BUCK-TICKファンである事を公言しており、ライブ会場に花を贈ったり、打ち上げに顔を出したりする仲である。

参考文献・出典[編集]

  1. ^ a b キューブミュージック
  2. ^ a b c d e BUCK-TICKのプロフィール - ナタリー(ナターシャ)・2014年5月17日閲覧。
  3. ^ BUCK-TICK Tour memento mori -REBIRTH- Oct 11th at Zepp Tokyo”. musicJAPANplus (2009年11月6日). 2009年11月27日閲覧。
  4. ^ BUCK-TICK "The Day in Question" 12月29日 at 日本武道館”. musicJAPANplus (2010年1月15日). 2010年1月26日閲覧。
  5. ^ a b FISH TANK FT.001 1996年7月
  6. ^ FOOL'S MATE」 Vol.368(2012年6月号)
  7. ^ ROMANTIST - 寿記‐寿的超日常記‐ / OFFICIAL BLOG of IMAI HISASHI from BUCK-TICK - 2011年3月14日閲覧。

外部リンク[編集]