遭難
遭難(そうなん)は、生死に関わる危険に遭遇することで、広義には暗殺事件などを含む(「濱口雄幸遭難」などと使う)が、特に山や海等において、迷ったり怪我をしたりするなどして自力での帰還が不可能になった状態を言う。この項では以下に山での遭難、海での遭難について記述する。
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[編集] 山岳遭難
[編集] 概要
山岳遭難とは、登山等の目的で山に入り、怪我や雪崩、迷うなどして自力で帰還できなくなることを指す。山においては急激な天候の変化、雪崩、怪我、あるいは地図の読み間違いなどが多く発生し、平地に比べ気候が厳しいこともあり毎年多くの遭難者を出している。これらは季節を問わず見られ、夏でも起きる。また八ヶ岳や白馬岳など整備され人気のある山でも起きている。人気のある北アルプスでは特に多数発生している[1]。
遭難は、一部の小説家が遭難の場面を美化して描いたり詩的に描いたりするものだから、登山好きの人などで遭難を“美しいもの”や“崇高なもの”などと、美化されたイメージと結びつけ勘違いしている人々がいるが、実際の遭難というものは全然美しいものではなく、非常に悲惨でむごたらしいものである、といったことを実際に遭難遺体の回収作業を何度も行ったことのある丸山晴弘は著書で指摘している[1]。遭難を美化した小説などがあるものだから、その影響もあって余計に遭難者数が増えてしまっているのではないか、といったことを丸山晴弘は指摘している[1]。遭難の現実というのは、小説などの描写とは全然異なっており、例えば、夏山の岩場で滑落すれば、落下途中で身体は岩に打ちつけられ、骨は折れ、肉は引き裂かれる。救助や遺体回収が行う側が目撃する現実は、例えば、折れた大腿骨が腰から突き出てしまっている死体であったり、頭蓋骨が割れそこから脳がしみ出してしまったり、内臓が飛び散ってしまい日数がたち周囲に腐臭をただよわせている死体であったりするのであり、まったく美しくなく、ただむごたらしいと、丸山は指摘する[1]。岩場に繰り返し衝突しながら落下すれば、ちょうど列車の人身事故による死体のような、腕や脚がちぎれてしまいバラバラの死体になってしまうという[1]。また冬季の山岳遭難であれば、例えば吹雪の中で凍死し硬直して冷たくなってしまった死体も、雪崩に巻き込まれて雪の中から掘り出した冷たい死体というのも全然美しいものではなく、ブルーシートのような殺伐としたシートでくるみロープで巻いてミイラのような状態で遺体を運ぶのであり、美しくなく、ただ悲惨で[1]、葬式では、妙な形で硬直してしまった遺体の腕などを無理やり折り曲げてお棺に入れなければならず、ただおぞましいものであり、全然美しいものではない[1]。よって、遭難に対して詩的な幻想を決して抱だいたりせず、絶対に遭難しないように努力しなければならない、といったことを丸山は強調している[1]。
(遭難防止という観点から見ると)そもそも登山というのは、本当は2種類あり、ひとつ目の登山というのは、事前に平地・自宅で行なう綿密な調査と準備であり、二つ目の登山が実際に自分の身体で登る登山である、と丸山は言う[1]。遭難している人というのは、実は《ひとつ目の登山》で、すでに傍から見れば遭難するに決まっていると言えるような状態に陥っている事例が非常に多いという[1]。つまり、山をあなどってしまっており、事前にすべき調査および準備をまともにしないまま山に入ってしまい、遭難すべくして遭難してしまっているような者が多すぎる、と言うのである[1]。山に入るならば、目的とする山の登山道の区間ごとの所要時間や必要装備を山岳書で入念に調査したり、天気予報を確認したり、「遭難は自分にも起きるものだ」と想定した装備(夜間用のライト、非常食、ビバーク用の装備 など)の用意する、などといったことは当然のことなのだが、遭難してしまうような人は、そうしたことを怠ってしまうという[1]。たとえば、「自分は日中に帰るつもりだから」と(自分だけは遭難しないつもりになって)懐中電灯も持って行かなかったり、「先輩に連れていってもらうから」といって、自分でルート等をしっかり調査することを怠ったり[1]、体力づくりを行っていなかったり[1]、自分の登山技術に不相応な山に行ってしまったり[1]、自分で必然的に遭難するような事態を作り出しているようなものであるという[1]。
山岳遭難は海洋遭難よりも圧倒的に数が多く、個々の遭難は、海洋遭難に比べるとあまり大きく報道されない[1]。[2](日本だけでも)毎年、一千件以上の山岳遭難、そしてその結果、数百名におよぶ死者・行方不明者が出ており[1](具体的な統計内容は後述)、非常に深刻な状態にある。
[編集] 原因
遭難の原因には様々なものが考えられるが、主なものを挙げると
- 登山に対するあなどり[1]。「自分だけは遭難しないだろう」という思いこみ、傲慢な態度[1]。
- 登山前に当然行うべき、山の綿密な調査の不実行・不足[1]
- 登山前に用意しておくべき装備の不備[1]
- 登山前にしておくべき、目的の山に登るための体力・筋力トレーニングの不実行・不足[1](=自分の体力以上の山への無謀な挑戦)
- 登山前の天気予報の調査不足[1]
- 読地図能力の不足[1]。地図の不携帯[1]。
- そもそも無理な行動計画[1]。
- 道に迷う
- (ねんざ等)なんでもないようなことで行動が遅くなり、予定時間通りに進めなくなり、山中で日没を迎えてしまい(懐中電灯も不携帯で)動けなくなる[1]。
- 滑落等で怪我をし、動けなくなる。
- 雪崩防止や回避のための知識の不足[1]。
- 擬似好天等による天候の悪化
- スキー場で定められた指定区域外、滑走禁止などコース外滑走を行う
等がある。このうち、雪崩が原因の遭難については雪崩を参照すること。
登山の際によく使われる地図は、国土地理院発行の1/25000の地形図だが、これには登山道が記されてはいるものの、閉鎖された道が削除されずに記されていたり、実際とは違った道の形になっていたりと間違いがあるものもある。加えて山で歩く際には似たような風景の道が繰り返し続くこともあり、これに分岐が加わると曲る方向を間違えることもある。
滑落や転倒による怪我で下山が困難になる場合もある。左右両側が切り立った峰を歩く際や、迂回で斜面を歩く際、あるいは、雨等で滑りやすくなった岩場を歩く際には特に注意が必要となる。
- 擬似好天
- 冬の日本海側に見られる現象で、大陸から流れてくる低気圧が、日本海上で気流の乱れを起こし、二つ以上の低気圧が同時に発生、上陸する現象である。これにより一時的に日本海側で好天が見られるが、長くは続かずすぐに荒れた天気となる。擬似好天を継続的な好天と間違え、登山を決行したために起こった遭難もいくつか報告されている。
全般として、登山道から逸脱する事が遭難の始まりと考えられがちだが、ここには人間の弱さにかかわる事情も無視できない。 人は自身がおかれている現状よりも楽な機会に遭遇すると、その方向へ流される。これが見通しの悪い登山道の場合、つま先が無意識のうちに谷へ向き、登山道から谷へ逸脱して気づかないまま戻れず遭難するパターンである。 森林を通る登山者は、つま先が常に楽な方向へ向く事に警戒しなくてはならない。
[編集] 対策
[編集] 事前対策
登山の際に事前に出来る遭難の対策としては、まず第一に山をあなどらないこと、であり、具体的には同行する経験者の確保、(経験者がいても、その人だけをあてにせず)各人が事前の調査を充分に行うことや、各人が命をつなぐために必要な装備を持参すること、事前に体力トレーニングをしっかり行っておくこと、などがある。
基本的には、登山経験の浅い者だけでは誤った判断を無数にしがちなので、経験が浅い者だけの単独山行やグループ山行は避けるべきである。(複数名であっても、全員が経験未熟者では誰も役に立たず、かえって悲劇が大きくなってしまうケースもある。)
グループに最低1名(できれば複数名)山の経験がそれなりにある人を確保した上で、リーダー役の人物らが事前に目的地の調査を充分にしておき、メンバーにその情報を伝え、必要な装備などをしっかり伝えておくことが遭難対策の基本となる。
ひとりひとりが、夏であっても必ず充分な防寒具を持参する、(防寒具もかねて)山用のレインウェアを持参する、非常食を携帯する、といったことは遭難対策の基本中の基本である。山は平地より気温が低く風も強いので体感気温は低く、(歩みが止まると)みるみるうちに体温を奪われる。充分な防寒具が無いと、健康で屈強な人物や経験者でも簡単に低体温症に陥り、あっけなく死亡してしまう。遭難時は動けぬまま夜を迎え夜明けまで低気温を耐えなければならないことになる可能性が高いので(真夏でも、夜間はきわめて低気温になり、高山では10度以下~マイナスになることも。他の季節はなおさらである)、防寒具は山岳遭難時に生きのびるために必須である。また、チョコレート、飴玉、ビスケットなどの非常食も必携である。さらに、使い捨てカイロや(日帰り予定でも)身体を包める保温用のシート(レスキューシート)や簡易式のテント(ツェルト)を携帯したり、応急処置用具を携帯するのも役立つ場合がある。
また、基礎知識として地形図、天気図の読み方、応急処置方法等を習得しておく必要がある。これらは単独で習得するのは困難なため、やはり経験が浅い場合は単独山行を避け、経験者と行動するのが良いとされている。
事前や入山時に、入山届(登山計画書、行動計画や持参した装備の申告)を提出しておく(登山道入口のポストなどへ入れるなど)しておくことも大切だという[1]。遭難するような人というのは、入山届を馬鹿にして出していないような人が多いという[1]。いざ遭難した時に救助要請がくれば救助者は助けようとするわけだが、登山計画書が提出されていれば、その人の辿ったであろうルートもわかり、また遭難者が持っている装備等も分かるので、それに応じた対応ができる。ところが、登山計画書が提出されていないと、それら必要な情報がまったくないまま救助に向かわなければならず、何を用意すればよいのかも判らず、非常に困るという[1]。また救助する側の意欲・心理としても、登山計画書が出ているのと出ていないのでは、その人物に対する見方も変わり、影響が出てくる[1](後述)。
リーダーは進退の判断が要求される状況で「勇気ある撤退」が遭難回避の最も重要なポイントと心得ること。 山岳遭難では、女性よりも男性の遭難の率が高いことを示すデータがあるという[1]。これは、男性のほうがあえて無茶をしたがる性質や、短気なところがあるからだという[1][3]。女性は臆病で、また粘り強いのが山岳遭難防止という点では有効だという[1]。山岳遭難を起こさない、ということに関して言えば、男性は女性の行動に見習うべき点があるという[1]。
[編集] 遭難した場合の対処
遭難した場合には、まず的確な状況の把握とできるなら救助の要請が必要である。この際、入山届を提出しておくと救助の要請が早くなる。山岳地帯では機種にもよるが携帯電話が使えない場合もあり(山の中に基地局はない)、無線機などが使えると良い(種類によってはもちろん免許を要する)。遭難したときは動かない方が良いとされるが、ケースバイケースであり、正確に状況を判断し行動する必要がある。
[編集] 救助
救助要請を受けた場合は、警察本部の担当となる。山岳警備隊がある県については県警の山岳警備隊が救助に向かい、地元の消防署・消防団の山岳救助隊、地元の山岳ガイド、航空自衛隊や陸上自衛隊の手を借りることが多い。県によっては防災ヘリコプター等を整備しており、上空からの捜索・遭難者の運搬等より迅速な救助を実現している。
日本だけでも毎年数百名の死亡・行方不明者を出している。各地で起きているが、そのなかでも、北アルプスを抱える長野県の比率は高く、北アルプスには救助隊員が常駐しなければならないような状態になっている[1]。
救助する側も人間であり自分の命も危険にさらしているのであり、救ってあげたいと思える遭難者と、あまり救う気になれない遭難者がいるという[1]。事前に十分に準備をし、入山届(登山計画書)をしっかり提出し、まじめに登り、それでも不可抗力で遭難してしまった人で、感謝の気持ちを知っており謙虚な遭難者ならば、救助者は(自分の命を危険にさらしてでも)一刻も早く救ってあげようという気になるというが、それに対して、傲慢な登山者で、事前の準備もなく、遭難すべくして遭難しているような行動をとり、横柄な態度で人に対する感謝の気持ちも無いような輩では、無理をしてまで救う気になれず、救助活動の内容にもそれは自然に反映するという[1]。例えば、企業の社長や役員をしているような人種にそういった横柄で傲慢な者が多くいる傾向があり、何を勘違いしているのか、山の中でも(まるで自分の会社の中にいるかのように錯覚し)偉ぶって他人に対して命令口調で言えば他人がすべてお膳立てしてくれると勘違いしているといい[1]、そういった者が山で傲慢な判断をして自ら遭難を引き起こしてしまうこともあり[1]、こういった人物の場合、救助する側は当然、無理してでも救おうという意欲は出にくいという[1]。
若い隊員たちも救助活動を大いに支えているのだが、救助作業中に目撃する悲惨な死体が彼らの心を傷つけている[1]。救助隊員たちは「救出」作業のプロでありその訓練を受けているが、ひどいダメージを受けた遺体を扱った時の心理的なショックを緩和するような訓練は受けているわけではなく、食事が喉を通らなくなったり、トラウマになったりする[1]。
遭難した場合の費用であるが、民間団体に出動を依頼する事態になった場合、日当が一人3万円〜10万円、民間ヘリコプターを使用した場合、(遭難者が見つかろうが、見つからなかろうが、ともかく)1時間で50万円ほど費用がかかり、後で多額の費用(つまり総計で数百万円~大規模では1千万円以上)が本人・家族(や遺族)に請求がくることになる。
保険というのはあくまで、事後の金銭的な補償にすぎず、全然、遭難自体の防止にはならず、それ自体が生命を救ってくれる働きがあるわけでは全然ないが、事後の金銭的な面に着目すれば事前に「山岳保険」に入っておくことも検討する価値はあるかも知れない。「山岳保険」は通称で、保険会社によって名称は異なるが、旅行障害保険のオプションという形で存在することが多い。日帰りのトレッキングにも、掛け捨てのハイキング保険が存在する。上述の諸費用(のかなり、もしくは一部)を(契約内容に応じて)補償してくれる。(保険に入っていないと、本人が生還した場合でも、後で多額の費用に苦しめられ、生還できなかった場合、遺族は大切な家族を失った上に多額の費用を捻出しなければならないことで二重の苦しみを味わうケースも多い。)
[編集] 遭難の発生件数、遭難者数
ここ数十年、山岳遭難に関する全ての指標が増加傾向つまり悪化傾向にある。
警察庁がとりまとめた平成20年中における山岳遭難の概況によれば、2008年に日本国内で発生した山岳遭難の件数は1,631件、遭難者数は1,933人(うち死亡、行方不明281人)となっている。1961年以降最高の数を記録してしまった。
[編集] 山岳遭難の関連項目
[編集] 山岳遭難関連書
- 丸山晴弘『遭難のしかた教えます』ヤマケイ山学選書、(1999年) (2011年改版 ISBN 4635048152)
- 羽根田治『山の遭難―あなたの山登りは大丈夫か』平凡社新書、2010年
[編集] 海洋遭難
海洋遭難とは、荒天、自然物との衝突・座礁、機関の故障、他の船舶との衝突等により、船舶が安全なる自力航行能力を失い救助が必要な状況をいう。一時的な危険の回避行動は通常含まない(避難)。
一般に、「山岳遭難は捜索費用がかかり、海洋遭難は費用がかからない」とされる。これは、海洋遭難は山岳遭難と比べると民間で出来る余地は限られていること、捜索のため漁船など民間船舶を借りた場合でも、船を所有する際に必ず加入する「漁船保険」や「マリンレジャーボート保険」に、予め海難捜索の条項が含まれており、補償されるからである。
[編集] 遭難後に漂流した事例
「Category:漂流者」も参照
[編集] 船を失い漂流した事例
「遭難の年月、場所」「船名(タイプ)」「乗り移ったもの」「漂流日数」「飢え渇きをしのいだもの」「生存者数」の順
- 1956年8月:中国・北海沖、豊栄丸(漁船)、いかだ、漂流14日間、生存者2名。
- 1968年5月:日本の和歌山灘岬沖、 第1太攻丸(マグロ漁船)、救命ボート、雨水を飲んだ、生存者13名。
- 1972年11月:フィリピン沖、第7良生丸(マグロ漁船)、いかだ、漂流18日間、生存者2名。
- 1985年5月:ロシア・サハリン、第71日東丸(底引き漁船)、救命ボート、カモメを捕まえて食べた、漂流16日間、生存者3人。
- 1992年1月:日本の小笠原父島沖 タカ号(ヨット)、救命いかだ、カツオドリを捕らえて食べた、漂流27日間、生存者1人(当初6名脱出のうち5名が衰弱死)[4]。
- 1994年3月:フィリピン沖 第一保栄丸(マグロ漁船)、救命いかだ、海鳥を捕まえた、漂流37日間、生存者9人
- 1999年1月:インドネシア沖、アロンドラ・レインボー号、救命いかだ、積んでいた非常食を食べた、生存17名。
- 2007年2月:幸吉丸、救命いかだ、積んでいた非常食を食べた、漂流3日、生存3名。
[編集] 船に乗ったまま漂流した事例
- 1926年12月:日本の千葉・銚子沖、「良栄丸(漁船)」、11ヶ月間、北太平洋を漂流し、北アメリカ大陸西岸に漂着。乗員全員死亡。
- 1970年8月:日本の千葉・銚子沖、丸和丸(魚運搬船)、漂流9日間、トビウオ1匹を3人で分けて食べた、生存3名。
- 1972年11月:フィリピン沖、第7良生丸(マグロ漁船)、漂流18日間、生存者12名。
- 1994年6月:日本の伊豆八丈島沖、酒呑童子(ヨット)、漂流92日間、ペットボトルを逆さにし夜露を集め飲んだ。生存1名。[5]
- 1996年8月:日本の千葉・犬吠埼沖、第3宮丸(まぐろ漁船)、漂流46日間、魚を釣り刺身にして食べた、生存者1名。
- 1998年8月:日本の秋田・男鹿沖、第11魁丸(イカ釣り漁船)、漂流10日間、インスタントラーメンが食べられた、生存1名。
- 2000年8月:日本の沖縄西表島、悠遊(ヨット)、漂流11日間、生存1名。
- 2001年8月:日本の千葉・犬吠埼沖、繁栄丸(漁船)に乗った武智三繁が漂流37日間、薬缶で海水を沸かし、得た水滴をなめた。
- 2003年6月:日本の沖縄・粟国島沖、みさわ丸(漁船)、水は一度に盃1杯だけ飲んだ、漂流15日
[編集] ダイバーが単身漂流した事例
[編集] 海洋遭難の関連項目
- 原因要素
- 海難事故
- 漂流
- ロビンソン漂流記(cf. ロビンソン・クルーソー) / 十五少年漂流記 / コンティキ号
- 漂流
- 海上保安庁
- 海難審判所
- 沿岸警備隊
- 海上自衛隊
- 航空自衛隊
- 海図
- 救命ボート
- Global Maritime Distress and Safety System
- 非常用位置指示無線標識装置(イーパブ)
- モールス信号
- SAR協定
- 安全管理士
- 船員災害防止協会
- 安全管理士
- 船員災害防止協会
[編集] 脚注・出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as 丸山晴弘『遭難のしかた教えます』ヤマケイ山学選書(2011年改版 ISBN 4635048152)
- ^ 海洋遭難が、猟師、つまりプロの遭難だから大きく報道され、それに対して、山登りはレジャーをしている人たちだから大きく報道されないのだろう、と丸山は著書で推察した。
- ^ ちなみに交通事故率では女性のほうが若干高い(=悪い)というデータがある。女性のほうが、運転に集中せず、後続車を見るべきミラーの向きを変え自分の顔を映して化粧を直したり、運転中に携帯電話で会話したり、と始終、運転とは関係のないことにばかり気を向け過ぎる傾向があり、交通事故を起こしているという。
- ^ 生存者の佐野三治による遭難の経緯についての詳細な手記が『たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い』(新潮社 1992年)として出版されている
- ^ 諸井清二艇長。手記『九十二日目の天国―酒呑童子号の太平洋漂流日誌』も出版されている(産経新聞ニュースサービス1994年)。斉藤実氏所有の同名船(世界最年長でヨット世界一周の記録を達成)のそれではないことには注意
- ^ 漂流者および関係者へのインタビュー、取材を元に『流れる海』(小出康太郎・著、1988年、絶版)および『ダイバー漂流 極限の230キロ』(小出康太郎・著、新潮文庫、2000年)として出版されている