ヌエバ・エスパーニャ
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ヌエバ・エスパーニャ副王領(スペイン語:Virreinato de Nueva España)は、1535年から1821年までの、北アメリカ大陸、カリブ海、太平洋、アジアにおけるスペイン帝国の副王領地を指す名称。
江戸時代の日本では、「ノビスパン(濃毘数般)」、「新イスパニア(新意斯巴尼亜)」などと呼ばれた。
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[編集] 沿革
ヌエバ・エスパーニャ副王領の旗として用いられたブルゴーニュ十字
ヌエバ・エスパーニャの領域は、ベイ諸島(1643年まで)、ケイマン諸島(1670年まで)、中央アメリカ(コスタ・リカの南国境までの範囲)、キューバ、フロリダ州、イスパニョーラ島(ハイチを含む。1697年まで)、ジャマイカ(1655年まで)、マリアナ諸島、フィリピン、プエルトリコ、トリニダード島(1797年まで)、メキシコ、アメリカ合衆国南西部のほぼ全部(現在のアメリカ合衆国のカリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州、コロラド州、ワイオミング州、アリゾナ州、ニューメキシコ州、テキサス州のすべてまたは一部を含む)で構成され、北はブリティッシュコロンビア州とアラスカ州まで主張したが、ニュースペインの北の境界は、1819年のアダムズ=オニス条約で再定義された。
1821年にメキシコ独立が起こり、スペインはアメリカ大陸の領地を失った。しかし、キューバ、プエルトリコとスペイン領東インド(マリアナ諸島とフィリピンを含む)は、1898年の米西戦争までスペイン王室領の一部であった。
[編集] 行政区分
ヌエバ・エスパーニャは、メキシコシティに首都を置く副王(virrey)によって統治された副王領(virreinato)である。下に示す行政区分に分けられていたほか、グアテマラ、キューバ、サント・ドミンゴ、フィリピンには総督府(Captainía General)が置かれた。
- ヌエバ・エストレマドゥーラ (Nueva Extremadura)
- ニュースペイン北部。ヌエボ・メヒコ(Nuevo México, 主に現在のニューメキシコ州)やコアウイラ・イ・テハス(Coahuila y Tejas, 主に現在のコアウイラ州、テキサス州)を含む。名前はエストレマドゥーラ州にちなむ。
- ヌエバ・ガリシア (Nueva Galicia)
- スペイン本国のガリシア州にちなんで名付けられた。18世紀後半には、グアダラハラの管轄庁(Intendencia)になった。
- ヌエバ・ビスカヤ (Nueva Vizcaya)
- もともとサカテカス州北部の開拓地から、現在のチワワ州、ドゥランゴ州一帯と、シナロア州、ソノラ州、コアウイラ州の一部を含んだ。名前はビスカヤ県にちなむ。スペイン領フィリピンにも同名の区分があった。→w:Nueva Vizcaya, New Spain
- ヌエボ・サンタンデール (Nuevo Santander)
- 現在のタマウリパス州とテキサス州南部。名前はスペインの都市サンタンデールにちなむ。
[編集] 参考文献
- 増田義郎・山田睦男編『ラテン・アメリカ史Ⅰ メキシコ・中央アメリカ・カリブ海』山川出版社、1999年
- 池端雪浦編『東南アジア史Ⅱ 島嶼部』山川出版社、1999年