ビスカヤ県

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ビスカヤ県
Bandera de Vizcaya 2007.svg Escudo de Bizkaia 2007.svg
Localización de la provincia de Vizcaya.svg
バスク州
県都 ビルバオ
公用語 バスク語カスティーリャ語
面積
 • 総計
 • スペイン国内の%

2,217 km²
0.44%
人口
 • 総計(2008年)
 •スペイン国内の %
 • 人口密度

1,146,421人
2.54%
514.15人/km²
住民の呼称 vizcaíno, na
郵便番号 48
ISO 3166-2 ES-BI
県公式ページ
スペインの県 Flag of Spain.svg
ビスカヤ
Bizkaia
ビスカヤ県の旗 ビスカヤ県の印
(紋章)
スペイン語:ビスカヤ県 (Vizcaya)
住民の呼称: bizkaitar
ビスカヤ県の位置
中心都市 ビルボ
方言 ビスカヤ方言

ビスカヤ県バスク語Bizkaia、Bizkaiko Probintzia、 カスティーリャ語Vizcaya、Provincia de Vizcaya)は、スペイン北部の県。バスク自治州の北西部に位置する。

人口[編集]

ビルバオのPalacio de la Diputación

県の人口の約35%が県都のビルバオに住み、88%がビルバオ都市圏に住む。

ゲルニカはバスクの精神的な中心と見なされている町で、ビスカヤ県の中にある。そのほかに重要な町には、バラカルドゲチョポルトゥガレテドゥランゴ、バルマセダがある。

ビスカヤ語は、この地域で話されているバスク語方言である。

地理[編集]

ビスカヤ県の海岸にあるSan Juan de Gaztelugatxe

ビスカヤ県は、西方でカンタブリア州カスティーリャ・レオン州ブルゴス県に境を接し、南はアラバ県と接する。北はビスケー湾(カンタブリア海)に面する。オルドゥニャはアラバ県の中にあるビスカヤ県の飛び地

面積は2,217km²、海岸線は80km。気候は海洋性で、1年を通じて降水量が多く温暖である。植物がよく茂る。

ウルキオラ山地

この県の主な特徴は次の通り。

  • 南部の山地は海抜600m以上で、峠のある峰が続き、大西洋地中海側の低地との分水嶺をなす。この山地はオルドゥンテ山(サラマ山、1390m)、オルドゥニャ山(1100m)、ゴルベア山(1481m)、ウルキオラ山(アンボト山、1331m)で東西に分かれる。
  • 中部はネルビオン川イバイサバル川カダグア川による谷となっている。カダグア川はオルドゥンテ山から東へ流れ、ネルビオン川はオルドゥニャ山から北に流れ、イバイサバル川はウルキオラ山から西に流れる。アラティア川はゴルベア山から北に流れ、イバイサバル川に合流する。
  • 海岸のおもな特徴は、おもな川が海に注ぐビルバオの河口とゲルニカの河口である。海岸はたいてい高く、崖と小さな入り江が多い。

歴史[編集]

ゲルニカの樫の木。ビスカヤの歴史のシンボル

ビスカヤには先史時代から人間が住んでいたことは、ゲルニカの近くのサンティマミニェ洞窟の壁画から明らかである。ローマ人はこの地の文化にほとんど影響を与えなかった。勇猛な住人とけわしい地形によって文明化が阻まれ、原初のバスク語とバスクの伝統は今日まで生き延びることができた。

中世[編集]

1040年、ナバーラの領主イニゴ・ロペス・エスケラがビスカヤを支配した。カスティーリャ王国ナバーラ王国の衝突によりこの地は荒廃したが、その衝突の中で彼はカスティーリャ王の家臣を名乗ってビスカヤに乗り込んだ。その結果、彼は最初のビスカヤ伯となり、世襲が認められた。

その地位は相続によって子孫に受け継がれた。1370年フアン1世が受け継いでカスティーリャ王の称号の1つとなり、カルロス1世以降はスペイン王の称号の1つとなった。その称号の条件は、ビスカヤ伯はビスカヤ独自の法の遵守を誓うことであった。これにより、ビスカヤの主権はビスカヤ人にあり、理論上は支配者を拒否できることが確約された。

歴代のビスカヤ伯(のちにビスカヤ王)は、ゲルニカの樫の木に法の遵守を誓いに赴き、そこで支配権の統合が行われた。

近代[編集]

続く数世紀の間、商業、特にビルバオ港が大きな重要性を持った。1511年、ビルバオ港は王によりスペイン帝国の港との貿易について特権を与えられた。

1850年代、ビスカヤで大規模な鉄鉱資源が発見された。これにより海外、おもにイギリスやフランスからの投資がもたらされ、ビスカヤはスペインでもっとも豊かで工業化された地域となった。産業革命とともにYbarra、Chávarri、Lezama-Leguizamónのようなブルジョア層が現れた。大きな産業グループ(イベルドロラ)や金融グループ(ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行)の前身ビルバオ銀行ビスカヤ銀行が設立された。

20世紀[編集]

スペイン第二共和政の間、バスク民族主義者党(PNV)がビスカヤの政権を担った。スペイン内戦が起こると、ビスカヤは共和主義者の側に立ち、共和国政府に反乱を起こしたフランコ軍と対立した。1937年、フランコの部隊は歴史的な都市ゲルニカを破壊し、ビスカヤとその産業を握った。

1975年、フランコが死に、スペインの民主化が始まった。1979年、ゲルニカ法令(Estatuto de Guernica)が承認され、バスク自治州にビスカヤ県、アラバ県ギプスコア県が設立された。

民主化後は、すべての選挙においてバスク民族主義者党が勝利している。バスク民族主義者党に次いでスペイン国民党の勢力が強い。

外部リンク[編集]

公式サイト