ミニヤコンカ

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ミニヤコンカ
ミニヤコンカ
標高 7556 m
所在地 中華人民共和国の旗 中国
山系 大雪山脈
初登頂 1932年10月28日 
R・L・バードソル
T・ムーア(アメリカ隊)
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ミニヤコンカ中華人民共和国四川省カンゼ・チベット族自治州に位置する大雪山脈の最高峰。由来は、ミニヤ国の白い山という意味。中国語表記は(日本では代用漢字で貢嗄山と表記することが多い、コンガ山、またはコンカ山)。標高7556m。ヒマラヤ山脈の各峰の標高が正確に測定される前は、標高30250フィート(9220m)とされ、世界最高峰に位置づけられたこともあり、古くから登山の対象となっている。しかし、急峻な地形と「頂上に騙される」と遭難者が評する不明確な山頂、目まぐるしく変化する天候の為に登頂に成功した者は20名に満たず、世界でも屈指の難峰となっている。

1981年には北海道山岳連盟登山隊8名の滑落死事件があり、2011年現在、日本人海外遠征隊での最大の犠牲者数である。

1982年には日本の登山隊2名が遭難し、その中の1人である松田宏也が19日後に奇跡的に生還した。

1990年代以降、山麓に位置する海螺溝氷河の周辺は自然保護区に指定され、観光地開発が進められている。

目次

登山史 [編集]

  • 1932年 アメリカ隊のリチャード・バードソル、テリス・ムーアの二名が初登頂。
  • 1957年 中国隊が登頂
  • 1980年 山域周辺への外国人立入禁止措置が解除、以降、各国の登山家が登頂を目指す。
  • 1981年 北海道山岳連盟登山隊8名が滑落死
  • 1982年 市川山岳会登山隊2名が遭難。うち1名の松田宏也は遭難から19日後に生還。5ヵ月後、遺体捜索に向かった市川山岳会のメンバー1名が高山病で死亡。
  • 1994年 日本ヒマラヤ協会隊の4名が行方不明
  • 2006年 韓国隊が1981年に遭難死した北海道山岳連盟登山隊の遺体を発見、翌年回収された。
  • 2009年 アメリカ隊の3名が遭難。

海螺溝氷河 [編集]

ミニヤコンカから生じる海螺溝氷河の末端は、高低差、幅とも1000mを超える巨大な氷瀑となっており、ロープウェイによりアクセスする展望台が整備されるなど観光地化が進んでいる。

その他 [編集]

1981年の北海道隊隊員のうち2名は昆虫採集を行い、ベースキャンプ付近で大型の蝶14頭を標本としていた。

日本に送還された遺品の一部からこの正体不明の蝶標本が見つかり、すぐさま国立科学博物館に運ばれ調査された結果、驚くべき事実が判明した。これは1918年雲南省で発見され、この時まで60年間以上、世界で1頭だけしか標本が存在しなかったウンナンシボリアゲハ(Bhutanitis mansfieldi)だったのである。この報告は当時の世界の昆虫学会に大きな驚きをもたらした。

書籍 [編集]

  • 生と死のミニャ・コンガ(山と渓谷社)ISBN 978-4635171533 1981年に遭難した北海道山岳連盟登山隊の阿部隊員による著作。
  • ミニヤコンカ奇跡の生還(山と渓谷社)ISBN 978-4635047128 1982年に遭難、両足切断の凍傷を負いながら生還した松田宏也本人による著作。

関連項目 [編集]

山の一覧

登山家一覧

外部リンク [編集]

採集者は帰らない ミニヤ・コンカの悲劇