索道

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書写山ロープウェイ(書写駅)(姫路市)。複線交走式の普通索道
ロンドンテムズ川横断ケーブルカー "Emirates Air Line"

索道(さくどう)とは、空中を渡したロープに吊り下げた輸送用機器に人や貨物を乗せ、輸送を行う交通機関である。ロープウェイ (ropeway) やゴンドラリフトスキー場などのリフトなどが索道に含まれる。

英語では、エリアルトラムウェイ(aerial tramway)、エリアルリフト(aerial lift)、ゴンドラリフト(gondola lift)、ケーブルカー(cable car)、テレキャビン(telecabine)と呼ばれている。

概要[編集]

剣山登山リフト(美馬市)。単線固定循環式の特殊索道(リフト)

日本の索道規則(昭和22年運輸省令第34号、現在は廃止、後述)では「架空した索条に搬器をつるして運送する設備をいう」とされた。

索条(さくじょう)とは空中に渡したロープのことで、搬器(はんき)とは吊り下げられている輸送機器のことである。索条は搬器を支持するための支索(しさく)、搬器を牽引するための曳索(えいさく)[1]、搬器を支持しながら牽引する支曳索(しえいさく)[1]に分類される(方式により異なる。後述)。搬器は箱型やかご型のもの、椅子型になっていて乗客が直接座るものがある。箱型やかご型の搬器は通俗的に「ゴンドラ」とも呼ばれる。

支索は通常の鉄道やケーブルカーにおける軌条、曳索はケーブルカーにおける鋼索、搬器は車両に相当する。

地形の影響を受けず、急斜面にも強いことから、主に山岳における輸送に用いられる。と駅の間に、ロープを支えるための複数の車輪のついた支柱があるのが一般的である。観光地スキー場などにおける人員輸送のほかにも、建設業林業などにおける資材や製品の輸送など、各種産業分野でも幅広く利用される。山小屋や山奥の温泉旅館など、自動車が走行できる道路が通じていない場所へ物資輸送専用の索道が作られている例もある。

旅客輸送用の索道は、日本では以前は索道規則[2]が根拠法令だったが、現在は鉄道と同様に鉄道事業法にもとづいて運営が行われる。同法では「索道事業」を「他人の需要に応じ、索道による旅客又は貨物の運送を行う事業」と定義している。「索道事業」は、原則として国土交通大臣許可が必要としている(例外は、専ら貨物を運送するものや、国が経営する索道のとき)。こうして同法で「鉄道事業」ではなく「索道事業」に分類されることから、「鉄道事業」に分類されているトロリーバスモノレールなどと異なり、鉄道として扱われることはほとんどない。ただし、図鑑などには鉄道として掲載されることもある。単にロープウェイというと、支索と曳索が分かれている複線で、人や貨物を載せる搬器にも車輪がついているものを指す。搬器に車輪が備わっておらず単線自動循環式のものは一般的に「ゴンドラリフト(単にゴンドラとも)」と呼ばれる。

1990年代以降新しい形態のロープウェイ、複式単線 (DLM) フニテルが世界中で普及し始め、2000年頃から日本でも箱根谷川岳蔵王等で旧来のロープウェイが置き換えられ、運行されている。

分類[編集]

単線自動循環式のゴンドラ。ハノーヴァー万国博覧会の会場にて
愛知万博の会場内交通、キッコロゴンドラ。自動循環式の普通索道(ゴンドラリフト)
滑走式リフト。スイス
単線自動循環式の6人乗りリフト。オーストリア

支持牽引方法[編集]

複線
搬器を支える支索と搬器を牽引する曳索とに索条が分かれているものである。通常の鉄道における複線とは意味が異なり、複数の索条があることをさすものではない。
単線
1本の索条(支曳索)で搬器を支え牽引するもの。これも通常の鉄道における単線とは意味が異なる。リフト、ゴンドラリフトはこれに当たる。
複式単線
2本の並行させた支曳索で搬器を支え牽引するもの。横風に強い利点がある。2本の支曳索の間隔が搬器の横幅より広いものをフニテル(Funitel)と呼ぶ。

走行方式[編集]

交走式
つるべ式に2つの搬器が往復するもので、ケーブルカーと同様な方式である。搬器は常に同じ側の索条を往復し、片道分の時間がそのまま待ち時間となるため、輸送力は循環式に比べると多くはない。このため搬器は定員数十名から100名ほどの大型の物が多い。
自動循環式
自動握索装置が停留場で索条のつかみ(握索)放し(放索)を行い、乗降時に低速、線路上では高速となるもの。定員4~8名ほどの小型の搬器や、スキー場などの高速リフト(デタッチャブルリフト)でよく使用される。乗降時には固定循環式よりも低速になり、線路上ではかなりの高速となるため、近年の主流となっている。
固定循環式
一定間隔で搬器が吊るされた索条をエンドレスに2地点間に渡したもの。スキー場などの特殊索道で多く導入されているが、乗降時の減速が無く(手動での操作は可能)、ほとんどは定員4人以内のチェアリフトが使われる。普通索道では乗降時に路線上の全ての搬器を減速または停止させるパルスゴンドラという方式もある。
滑走式
シュレップリフトとも言う。スキー板で雪面などを滑りながら搬送器具につかまったり腰に当てたりして、斜面を登るもの。 テレスキー・シュレップリフトまたは、構造によりTバーリフト・ロープトゥ・Jバーリフト・プラッターリフト・リングバーリフト等と呼ばれる。設置費用は最も安く済むが、構造上、急斜面や谷を挟んだ地形などで使用する事は出来ず、ほとんどは初心者向けコースに設置されるが、その乗降や滑走にはある程度のスキーの技量が要求される。また、ロープウェイや他の構造のリフトと異なり全線の圧雪等のコース整備が必要である。

動力[編集]

ほとんどの索道で電動機を動力源としており、その電動機は始点駅または終点駅のどちらかに設置されているものがほとんどである。なお、停電時は使用できないため、ディーゼルエンジンなどの非常用発動機が装備されていることがある。構造上、搬器は動力を持たず、電力供給も受けないことが多い。

鉄道事業法施行規則による分類[編集]

日本において索道は鉄道事業法施行規則第47条により「普通索道」と「特殊索道」に分類されている。

  • 普通索道とは「扉を有する閉鎖式の搬器を使用して旅客又は旅客及び貨物を運送する索道をいう」とされ、ロープウェイやゴンドラリフトがこれに相当する。
  • 特殊索道とは「外部に解放された座席で構成されるいす式の搬器を使用して旅客を運送する索道をいう」とされ、いす式リフトがこれに相当する。なお、滑走式の索道は「いす式の搬器」を備えていないが特殊索道に含まれる。

1997年5月29日の鉄道事業法施行規則改正以前は、特殊索道はさらに甲種・乙種・丙種の3種類に区分されていた。

  • 甲種特殊索道とはスキーリフト専用ではない、いす式のリフト(チェアリフト)である。
  • 乙種特殊索道とはスキーリフト専用の、いす式のリフトである。
  • 丙種特殊索道とは滑走式の索道(Tバーリフト・ロープトゥ・Jバーリフト・プラッターリフト等)である。

搬器[編集]

ロープウェイ 
観光地に多く使われている。ドアの付いた密閉式の搬器であることが多いが、窓が開閉可能なものもある。
ゴンドラリフト 
1つの搬器で搬送できる人数が4人から12人と効率的で、かつ乗客数に応じて搬器の数を調整できるが、設置に高い経費がかかる。スキー場に設置されていることが多い。日本における山岳地帯以外での設置例は2005年日本国際博覧会(愛知万博)での会場内の輸送機関としての設置例がある。
チェアリフト 
最もよく使われている搬器。一基あたり1人~6人を搬送できる。搬器の前方で待機し、搬器に直接着座する。スキー場や観光地など、さまざまな場所で利用されている。

野猿・吊舟[編集]

十津川村・野猿
徳島県・吊舟
奥祖谷二重かずら橋公園の野猿
野猿
野猿(やえん)は、を越えるなどの目的で設置された人力の索道である。川の両岸にワイヤロープを渡し、このロープに「屋形」と呼ばれる車体(ゴンドラ)をつり下げる(このロープが支索の役割を果たし、屋形が搬器に相当する)。利用者は屋形に乗り、別に渡されたロープ(このロープが曳索の役割を果たす)をたぐることで屋形を前進させる。この様子がに似ていることから「野猿」と呼ばれる。現在は奈良県十津川村で見られるが、既に実用の交通手段としては使われていない。同様の方法で山林から木材を搬出する索道では「矢遠」の表記が用いられることがある。
吊舟
かつては徳島県那賀郡相生町など(現那賀町)に「吊舟(つりふね)」と称する人力の索道がいくつかあった。当初は野猿と同様のものであったが、戦後に鉄製の搬器で自転車のようにサドルペダルを備え足で操作することによって進むものが現われた。観光施設などではなく、最後まで町道にも指定された生活の足であった。の整備により次第に数を減らし、末期は川浦地区と国道を結ぶ「川浦の吊舟」のみが残されていたが、1999年に橋の整備により廃止、撤去された(外部リンク参照)。

ロープモノレール[編集]

日本においては、高知市五台山1969年から1978年にかけて、山麓から山頂の展望台まで、『五台山ロープモノレール』が運行されていた(外部リンク参照)。

ギャラリー[編集]

メーカー[編集]

ロープウェイやリフトなどの国内外主要メーカー

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b “曳”は常用漢字でないため「えい索」「支えい索」と表記されることもある。
  2. ^ 前身は索道事業規則(「逓信省令第36号」『官報』1927年9月3日)。1926年(大正15年) 紀伊自動車が旅客索道の認可申請を行なった時点では根拠法令が存在せず、貨物索道の拡大解釈という形で三重県の認可によって営業を開始した。