驪山

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座標: 北緯34度21分31.27秒 東経109度12分37.75秒 / 北緯34.3586861度 東経109.2104861度 / 34.3586861; 109.2104861 驪山(りざん)とは、中華人民共和国陝西省にある秦嶺山脈の山である。

地理[編集]

西安市から東に25kmの地点に存在し、東西長は25km、南北長は14kmで高さは1302m。「関中八景」の一つに「驪山返照」としてあり、国家級森林公園、AAAA級の観光場所、文物保護単位、風景名勝区等が存在している。

また、驪山の名称はここから見える景色が黒色の駿馬である事からとも、の時代に驪戎国が存在したからとも言われている。

歴史[編集]

驪山は老母殿山を持ってきて、山の下に華清池を作ったとされる。

朝末期には西太后義和団の乱の八カ国連合軍から逃れる時に来訪し、建物を設えたとされる。

1936年蒋介石が陝西に至り、張学良楊虎城と籠ったが、12月12日西安事変が勃発すると、蒋介石は捕捉された。そして、中国国民党政府下では、民族復興の地とされた。

1946年黄埔軍官学校七分校が集い、胡宗南桂永長に命じてを作らせた。この名前を「正気亭」と言う。その後、陳誠戴季陶陳立夫陳果夫、胡宗南、王耀五戴伝賢衛立煌呉伯峰谷鳳鳴等がこの亭の碑文に蒋介石への賛辞と共に名前が刻まれていたが、1950年代には「捉蒋亭」と改名され、碑文も取り払われた。1986年12月には「兵諫亭」と改名され、2004年にはレリーフが追加された。

外部リンク[編集]