BLANKEY JET CITY

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BLANKEY JET CITY
基本情報
別名 BJC
ブランキー
出身地 日本の旗 日本 愛知県
ジャンル
ロカビリー
ロックンロール
パンクロック
活動期間 1990年 - 2000年
レーベル 東芝EMI
(1990年 - 1997年
ポリドール
(1997年 - 2000年
共同作業者 土屋昌巳プロデューサー
公式サイト BLANKEY JET CITY OFFICIAL WEB
メンバー
浅井健一ボーカルギター
照井利幸ベース
中村達也ドラムス

BLANKEY JET CITY(ブランキー・ジェット・シティ)は、日本ロックバンド1990年2月に結成。2000年に解散。略称はBJCブランキー

メンバー[編集]

ほぼ全ての楽曲を作詞・作曲をしている。
BLANKEY JET CITYの事を「自分を表現できる唯一の場所」と語っている。

来歴[編集]

1980年代

名古屋で浅井、照井がスキャッツというバンドで活動。その後浅井が上京し、友人である中村と活動を共にする。しばらくして中村が所属していたF.O.A.Dのツアーに運転手として雇われていた浅井が照井と名古屋で再会。それがきっかけで照井も上京。

1990年
  • 2月 - 浅井、照井がバンドとして活動を開始する際に、中村が加わり「THE BLANKEY JET CITY」を結成。結成当初は他のドラマーがおり、中村はバンドのマネージャーをしていたが浅井、照井、中村の3人でセッションして手応えを感じたことからその後中村はドラマーとして正式にメンバーに加入。「ブランキー・ジェット・シティ」というバンド名はボーカルの浅井健一曰く、「空虚な街」「不良たちが集まる架空の都市」、「ブランキー市長の都市(ジェットシティ)」という事。
  • 8月4日 - 中村達也が申し込み「イカ天」に出演。これが彼らのテレビ初出演となった。1週目に「CAT WAS DEAD」を演奏、COLLAGEを下し、25代目イカ天キングとなった。2週目には、「MOTHER」を演奏。この週は有機生命体を5-2というスコアで下し、イカ天キングを保持した。インタビューの際に「チャレンジャーの色気に対抗する君達の持ち味は?」と聞かれたのに対し、浅井は「正義」と答え、審査員の笑いを誘っていた。そして3週目は、「不良少年のうた」を演奏し、So What!に7-0で圧勝。4週目は、「僕の心を取り戻すために」を演奏。浅井は、風邪を引いていて声がガラガラだったが、それでも審査員に好評だったウェザーコックスに7-0で圧勝。そして最後の5週目は、「狂った朝日」を演奏、CHICK BEにやはり7-0で圧勝し、見事5週連続勝ち抜きを果たし、第6代グランドイカ天キングを獲得し東芝EMIと契約。
1991年
  • 4月 - ロンドンでレコーディングされたデビューアルバム『Red Guitar And The Truth』を東芝EMIからリリース。このアルバムはオリコン初登場8位と好セールスを記録したが、プロデューサーであったJEREMY GREENとの音楽的に意見があわず、不満の残る仕上がりとなった。当初プロデュースはビル・プライスを予定していたが条件が合わず、プライスのアシスタントだったジェレミーが担当した。
  • 6月 - 神宮プールで行われた「東京コレクション」に登場。デニス・ホッパーと同じステージに立つ。
1992年
  • 1月 - 2ndアルバム『Bang!』をリリース。このアルバムから土屋昌巳がプロデュースを担当。レコーディングのリハーサルの際には新曲群の練り上げに苦心したが、土屋昌巳のプロデュースをきっかけにデビューアルバムを遥かに凌ぐ完成度となる。「RAIN DOG」「SOON CRAZY」「ディズニーランドへ」など解散まで主要レパートリーとして取り上げる代表曲を多数収録し、オリコン初登場7位を記録する。
  • 2月 - ミュージックステーション初出演を果たし、「とにかく全ての人たちに自分達の曲を聴いて欲しい」というメッセージと共に「冬のセーター」を演奏した。ちなみに浅井はタモリと一言も会話を交わさなかった。この時制作されたバンドロゴのセットはその後のライブでも使用された。
  • 9月 - ライヴアルバム『Live!!!』をリリース。同年5月4日の渋谷公会堂でのライブを収録。CDには収録されなったがアンコールにてPUNKY BAD HIPの原曲となる「たちの悪い友達」を披露する。
  • 11月 - 初期の代表曲「悪いひとたち」をシングルとしてリリース。歌詞に「麻薬」という言葉が入っているため東芝EMIからはリリースされず、バンド自身の事務所であった「東京ピストル」からリリースされた。後に3rdアルバム『C.B.Jim』に収録されたものとは別バージョンであり、ストリングスが後半部分にダビングされていない。
1993年
  • 2月 - 3rdアルバム『C.B.Jim』をリリース。
  • 12月 - ミニ・アルバム『Metal Moon』をリリース。
1994年
  • 5月 - 4thアルバム『幸せの鐘が鳴り響き、僕はただ悲しいふりをする』をリリース。この頃にバンド名から「THE」が抜け、「BLANKEY JET CITY」と名乗るようになる。制作は土屋昌巳と当時ディレクターであった井ノ口弘彦の主導で行われ、それまでのBJCにはなかったジャズ的なフレーズやパターンが多用された。なお、デビューから3年間でアルバムを5枚リリースしているが、これは当時のスタッフの意向としてシングルの矢継ぎ早なリリースを避けたためである。
  • 12月 - 初の日本武道館ライブを行う。
1995年
  • 3月 - ベストアルバム『The Six』をリリース。これにはデビューアルバム『Red Guitar And The Truth』から新録された4曲(唯一、「不良少年のうた」は「Rude Boy」という曲名に変わっている)、更に「悪いひとたち」の完全バージョンが収録されている。このバージョンは『C.B.Jim』に収録されたバージョンの完全版である(ストリングスが導入され、「麻薬」という単語がカットされていない)。
  • 6月 - イングランドにて初の海外ライヴを行う。結成当初より個性の強い3人が激しくぶつかり合う音楽性のため、解散の話は絶えず出てきたが、このロンドンツアーにて一度解散を決意。5thアルバム『Skunk』完成後、同年8月に行われる代々木公園でのライブを最後にする予定であった。
  • 8月 - 代々木公園野外ステージにて「Are You Happy?」と題されたフリーライヴを敢行。13000人もの動員を記録した。この時のライブの出来がメンバー3人にとって会心の出来だったため、解散の予定が消滅する。
  • 11月 - 5thアルバム『Skunk』をリリース。 前作のオーバープロデュースの反動から、途中からはほぼバンド自身のセルフプロデュースとなる。このアルバムを最後に、土屋昌巳のプロデュースから離れることとなる。ロンドンでのレコーディング風景は「ARE YOU HAPPY?」に収録。
1996年

メンバーそれぞれがソロプロジェクトを始動させる。 浅井は「SHERBET(後にSHERBETSとなる)」、照井は「Joe Brown」、中村は「LOVE SHOP LOSALIOS(後にLOSALIOSとなる)」として活動。

1997年

初のセルフプロデュースとなる6thアルバム「Love Flash Fever」をポリドールよりリリースする。セルフプロデュースになって、真面目に自分たちの曲を聞くようになった。

1998年
  • 1月 - 東芝EMIに在籍していた時代の曲を集めたベストアルバム「国境線上の蟻~The Very Best of Blankey Jet City~」をリリース。
  • 6月 - 7thアルバム「ロメオの心臓」をリリース。このアルバムは発売から1週間で30万枚以上のセールスを記録する。浅井と照井がレディオ・ヘッド等のバンドに影響され打ち込みを導入したことが、それまでの鉄壁の3人の絆が崩れるきっかけになったのではとの見方もある。ヒットシングル「赤いタンバリン」は元々収録する予定はなかったが、レコード会社の意向により収録。
1999年

再びソロ活動期間に入る。

2000年
  • 沖縄、ロンドンの2箇所でレコーディングを開始。
  • 5月10日 - 8thアルバム『Harlem Jets』を完成させる。発売前の新聞広告上において「最高のアルバムが出来たので俺達は解散します」と、突然の解散宣言をする。アルバムは自己最高となるオリコン初登場2位を記録。
  • 7月5日 - ラストシングル 「Saturday Night」をリリース。
  • 7月8日9日 - 横浜アリーナにてバンドのラストライヴ「Last Dance」を敢行。
  • 7月28日 - フジ・ロック・フェスティバルのグリーンステージにてメインアクトを務め、実質これが真のラストライヴとなった。
  • 9月 - ラストライヴの模様を収録したCD、LP、VHS、DVD(いずれも題名は「Last Dance」)をリリース。
  • 10月 - バンドの全曲から選出され、前期と後期に分けてそれぞれ収録したベスト盤『Blankey Jet City 1991-1995』、『Blankey Jet City 1997-2000』をリリースした。
2003年

HMVによるTop 100 Japanese pops ArtistsのNo.73に選ばれる[1]

2008年

過去のアルバム作品をSHM-CD&紙ジャケット使用による再発。未発表曲・未音源化楽曲をまとめたアルバムのリリースが発表された。

2012年

ラストツアーを密着した映像を再編集した劇場版『VANISHING POINT』の公開を発表。

2013年

1月26日、全国期間限定で『VANISHING POINT』公開。1月30日、DVD、Blu-ray『VANISHING POINT』リリース。『VANISHING POINT』公開を記念して、解散までに発表してきたシングル曲をコンプリートした『COMPLETE SINGLE COLLECTION 「SINGLES」』を3月27日に発売予定。それと同時に、"BJCキャンペーン"と題し、過去のアルバム作品をSHM-CDにて、過去のDVD作品を廉価版にて再発売予定。

概要[編集]

バンド名[編集]

自分たちで作った物語が由来。あらすじの概略は、「かつて黒人解放運動を行っていたブランキーという男がいた。ブランキーは、その後年をとった時にひとりぼっちになってしまった。ひとりで、あてもなく旅をして辿り着いたのが、ジェットシティというごきげんな街。この街をえらく気に入ったブランキーは、その街の市長になった。」

デビュー当時から1994年初期までは、「THE BLANKEY JET CITY」であった。サインを書く際に面倒であるためTHEが抜けた。

メンバーの関係[編集]

浅井と中村は、中村の所属するバンドを浅井が観客として観に行く形で出会い、浅井と照井は名古屋のディスコで出会った。初期から中期にかけては浅井と照井がセッションを行って作曲を進めていくことが多かったため、まれに意見が対立する場合もあったというが、その間で中村達也がバランスをとっていた。解散後は、2002年に照井が所属してたROSSOと中村のLOSALIOSが3バンド合同ツアー「WEEKEND LOVER」を行い、共演を果たしている。浅井と照井はサーフィンをきっかけにPONTIACSを結成。その他にもLOSALIOSや浅井のソロアルバムでメンバーの1人とが共演することはたびたびあったが、3人だけでステージに立った事は無い。プライベートの場では浅井と中村が共演し「ガソリンの揺れ方」を披露した事がある。

交友関係[編集]

セカンドアルバム「Bang!」から5枚目のアルバム「SKUNK」までプロデューサーを務めた。浅井は土屋と出会って3年間で、とても色々な事を学んだと語る。それは、正しい事も学んだが、間違った事も学んだという。照井は、土屋は何も知らない自分たちの、目を覚ましてくれたと語った。中村は、レコーディングを際限なくやると語った。
藤井フミヤとBLANKEY JET CITY のメンバーは交流が深い。ミュージックステーションによると良く飲みに行く仲だとの事。藤井フミヤによると、BJCの3人は酔っ払っても意外とおとなしいらしい。浅井健一は藤井フミヤに『マリア』という曲を提供している。

海外でのライブ[編集]

BLANKEY JET CITYは定期的に海外でライブを行っていた。その理由は日本では自分たちを知っている人ばかりしかライブに来ないが、逆に海外では知らない人しか来ないので、本当にいい演奏をしないと評価してもらえない。それが本当のライブだし刺激になるとメンバーは語る。ロンドンやロサンゼルス、ニューヨークなどでライブを行っていた。初の海外ライブはロンドンにて1994年10月26日。1曲目は「Rude Boy」。

  1. 1994年10月26日、29日:「THE SIX」に収録するため、既存曲のリテイクと新曲のレコーディングのためにロンドンに渡った際に、2度ライブを実施。演奏曲は「Rude Boy」「3104丁目のダンスホールに足を向けろ」「嘆きの白」「Punky Bad Hip」「車泥棒」「D.I.Jのピストル」「鉄の月」「死神のサングラス」「Baby Baby」など。実現はしなかったが、「Dust & The World」の案もあった。
  2. 1995年:「SKUNK」のレコーディングの合間に同じくロンドンでライブを実施。この模様は「Are You Happy?」にて確認できる。演奏曲は「SKUNK」「D.I.Jのピストル」「Dynamite Pussy Cats」など

解散の理由[編集]

  • 3人共冒険好きなので、新たなる冒険に旅立ちたい。
  • ミュージックステーションで浅井健一が語ったところによると「色々あるんですよ」
  • 関係者によればSkunk以前から解散の危機は度々あったとの事
  • インタビューで3人のつながりを細く美しいワイヤーに例えた事があった。細く美しいワイヤーという単語は、dynamaite pussy cats,ガソリンの揺れ方の歌詞に登場する。

BLANKEY JET CITYに影響を受けたミュージシャン等[編集]

音楽業界のファンも多く、椎名林檎や降谷建志、JUDY AND MARYのTAKUYAなどがファンであることを公言している。

父親と共にBLANKEY JET CITYの大ファンである。BJCのシングル『左利きのbaby』の"誰とでも寝るようなそんな女の子が好きさ"という歌詞を聞いて、「じゃあそんな女の子になる!」と思った程。
ミュージックステーションで「日本に数少ない本物のロックバンド」と語った。
自身のラジオで、自らの音楽のルーツはU2やエクストリーム、BLANKEY JET CITYだと語っている。
学生時代からライブに足を運んでいた。
ブランキーほどの音を体感できるバンドは日本に中々いないと語っている。
「ギターが上手で憧れている」と語った。
  • タモリ
    • BLANKEY JET CITYとお酒を飲みに行く夢をみた。
    • 車で「UAと浅井健一のラジオ」を聞いた時、車を止めて聞き入っていた。
    • ガッチリ固まっていて、解散し無さそうなバンド。
    • 笑っていいとも!のコーナーで再結成して欲しいバンドにBLANKEY JET CITYをあげていた。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 不良少年のうた(1991年4月12日、オリコン73位)
  2. TEXAS(1991年7月5日、オリコン80位)
    カップリング曲はライヴでの定番曲「Baby Baby」。この曲はライブバージョンしか存在しない。
  3. 冬のセーター(1991年12月11日、オリコン60位)
    ミュージックステーション」初登場の時、この曲を披露。
  4. 悪いひとたち(1992年11月9日)
    過激な歌詞のため、インディーレーベル「東京ピストル」からのリリース。インディーズチャートで1位を取る。後に3rdアルバム「C.B.Jim」に収録されるが、歌詞は一部修正されている。
  5. 青い花(1994年4月20日、オリコン30位)
    テレビ朝日系「速報!甲子園への道」テーマ曲
  6. 風になるまで(1994年9月7日、オリコン42位)
  7. Girl/自由(1995年1月25日、オリコン40位)
  8. くちづけ(1995年10月25日、オリコン51位)
  9. ガソリンの揺れかた(1997年5月28日、オリコン32位)
    NHK-FMミュージックスクエア」エンディング曲。
  10. 左ききのBaby(1997年9月3日、オリコン19位)
    テレビ朝日系「ナイナイナ」オープニング曲。PVは青山の日焼けサロンで撮影。カップリング曲の「ロメオ」はボブソンジーンズのイメージソングとしてCMに採用されていた。
  11. 赤いタンバリン(1998年1月21日、オリコン11位)
    テレビ朝日サンデージャングル」オープニング曲。
  12. 小さな恋のメロディ(1998年6月10日、オリコン10位)
    フジテレビ系「家族そろってボキャブラ天国」エンディング曲。
  13. ダンデライオン(1998年8月26日、オリコン5位)
    日本テレビ系水曜ドラマお熱いのがお好き?』主題歌。
  14. SWEET DAYS/DERRINGER(1998年11月18日、オリコン10位)
    「SWEET DAYS」はNHK総合ポップジャム」オープニング曲。
  15. ペピン(1999年6月2日、オリコン9位)
    NHK総合ドラマ「女性捜査官アイキャッチャー」テーマ曲。
  16. SEA SIDE JET CITY(2000年4月12日、オリコン9位)
    テレビ朝日「サンデージャングル」オープニング曲。
  17. SATURDAY NIGHT(2000年7月5日、オリコン10位)
    フジテレビ系「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」エンディング・テーマ

非売品[編集]

  1. My Way/僕の心を取り戻す為に(1992年2月21日)
    ウォークマンのCMソングにタイアップ。「冬のセーター」と「BANG!!」連動した購入特典によって抽選により得られる作品。
    同封の用紙に「2.21 ミュージックステーション出演決定!」と記されてあったものの、地域により2月22日以降に届けられたところもあった。
    My Way2013年発売のベスト盤にボーナストラック収録された。
  2. SOON CRAZY (Unplugged Version)/ガードレールに座りながら (Unplugged Version)(1993年5月22日)
    限定1万部発行の写真集『BJC』の付属CD「Unplugged」に収録
  3. fifteen (1995年8月26日)
    代々木公園のフリーライヴで配られたデモCD。(15才の原曲)長らく一般入手は困難であったが、2009年発売のRARE TRACKSに収録された。

アルバム[編集]

  1. Red Guitar And The Truth(1991年4月12日、オリコン8位)
  2. Bang!(1992年1月22日、オリコン7位)
  3. C.B.Jim(1993年2月24日、オリコン8位)
  4. Metal Moon(1993年12月1日、オリコン12位)
  5. 幸せの鐘が鳴り響き僕はただ悲しいふりをする(1994年5月25日、オリコン5位)
  6. SKUNK(1995年11月22日、オリコン20位)
  7. LOVE FLASH FEVER(1997年6月18日、オリコン6位)
  8. ロメオの心臓(1998年6月24日、オリコン7位)
  9. Harlem Jets(2000年5月10日、オリコン2位)

その他アルバム[編集]

  1. LIVE!!!(1992年9月30日、オリコン29位)
    ライヴアルバム。
  2. THE SIX(1995年3月1日、オリコン9位)
    ベストアルバム。「Red Guiter and the Truth」から数曲、再レコされた楽曲が収録。
  3. 国境線上の蟻(1998年1月21日、オリコン10位)
    ベストアルバム。
  4. Last Dance(2000年9月20日、オリコン5位)
    ライヴアルバム。
  5. Blankey Jet City 1991-1995(2000年10月25日、オリコン8位)
  6. Blankey Jet City 1997-2000(2000年10月25日、オリコン7位)
    全楽曲と未発表曲から選曲されたベストアルバム。
  7. MONKEY STRIP ACT2(2009年1月21日)
    ライブアルバム。1994年6月25日・川崎クラブチッタにて昼夜2回行われたライヴの2回目を収録。なお、1回目のライブは過去に映像として発表されている。
  8. RARE TRACKS(2009年1月21日)
    ユニバーサル時代のシングルのカップリングを中心に、未発表テイク・アナログバージョンなどを含めたコンピレーション。
  9. COMPLETE SINGLE COLLECTION 『SINGLES』(2013年3月27日)
    解散までに発表してきたシングル曲をコンプリート。

アナログ盤[編集]

  1. THE SIX(1995年3月1日)
    CD未収録の『ガードレールに座りながら (OUT TAKE VERSION)』収録。
  2. Skunk(1995年11月22日)
  3. ペピン(1999年6月2日)
    CD未収録の『I LOVE TOKYO (analog mix)』収録。
  4. Harlem Jets(2000年5月10日)
    CD未収録の『JET LAG』 『SEA SIDE JET CITY (VIRGIN TAKE)』 『Come On (VERSION 2)』収録。
  5. Last Dance(2000年10月25日)

映像作品[編集]

  1. DOG FOOD(VIDEO:1992年4月22日 DVD:2002年3月27日)
    1992年2月12日・渋谷公会堂でのライヴを収録。
  2. Angel Fish(VIDEO:1994年6月26日)
    1994年1月16日・NHKホールでのライヴを収録。インディーレーベル「東京ピストル」からのリリース。
  3. MONKEY STRIP(VIDEO:1994年9月28日 DVD:2002年5月16日)
    1994年6月25日・川崎クラブチッタにて昼夜2回行われたライヴの1回目を収録。
  4. Are You Happy?(VIDEO:1995年12月13日 DVD:2002年3月27日)
    1995年8月26日・代々木公園野外ステージで行われたフリーライヴ『Are You Happy?』の模様と、ドキュメンタリー映像『We Are Happy.』を収録。
  5. BLANKEY JET CITY SOLO WORKS(VIDEO:1995年8月28日 DVD:2002年3月27日)
    ソロプロジェクト集第1弾。
  6. BABYFACE PRESIDENT(VIDEO:1998年10月7日)
    クリップビデオ集第1弾。
  7. BARRACUDA(VIDEO:1998年12月2日 DVD:2002年5月16日)
    1998年3月5-6日・渋谷公会堂、4月11-12日・赤坂BLITZ、7月11-12日・日比谷野外音楽堂にて行われたライヴを収録。
  8. BLANKEY JET CITY SOLO WORKS II(VIDEO:1999年11月10日 DVD:2002年5月16日)
    ソロプロジェクト集第2弾。
  9. CANDY OR HELL(VIDEO:2000年7月26日)
    クリップビデオ集第2弾。
  10. LAST DANCE(VIDEO・DVD:2000年9月20日、オリコン4位)
    2000年7月8-9日・横浜アリーナでのラストライヴより7月9日の模様をノーカットで収録。
  11. CLIPS(DVD:2002年5月16日、オリコン49位)
    クリップビデオ集第1弾、第2弾を1枚にまとめたDVD。
  12. Angel Fish Complete Edition(DVD:2002年5月16日)
    1994年1月16日・NHKホールでのライヴを完全収録。VIDEOには収録されなかった演奏もすべて収録された完全版。
  13. VANISHING POINT(DVD:2013年1月30日)

映画[編集]

  1. VANISHING POINT(2013年1月)

CMソング[編集]

上掲タイアップ曲以外
  • 「禿山の一夜」(インスト。モデスト・ムソルグスキー作曲のクラシック楽曲。)毎日新聞1991年の題字変更時に製作された「毎日の毎日が変わる」ヴァージョン。)

写真集[編集]

未発表曲[編集]

  1. DUST & THE WORLD
  2. 腐った野苺
  3. LOOKING FOR BABY
  4. 二人なら
  5. たちの悪い友達(Punky Bad Hipの原曲)
    ※上記以外にもタイトル不明のセッション風楽曲がライブで数多く演奏されている。

出演[編集]

関連バンド[編集]

  • Twin Tail (中村達也、照井利幸)
  • PONTIACS(浅井健一、照井利幸)

浅井健一[編集]

照井利幸[編集]

中村達也[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]