太田裕美
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| 太田裕美 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1955年1月20日(54歳) |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 上野学園高等学校 |
| 出身地 | 東京都荒川区 |
| 担当楽器 | ボーカル、ピアノ、ギター |
| 事務所 | ボイスアンドリズム |
| 公式サイト | 「水彩画の日々」 |
太田 裕美(おおた ひろみ、1955年1月20日 - )は歌手。 本名は福岡 弘美(ふくおか ひろみ)。東京都荒川区生まれ、埼玉県春日部市育ち。血液型はA型。
目次 |
[編集] 人物
歌手であるが、ハイトーンの独特な声質や、ルックスの良さ(可愛さ)からアイドル視される事もしばしばあった。事実、当初はキャンディーズの一員としてデビューする予定だったが、田中好子と交代している(松下治夫「芸能王国渡辺プロの真実」)。歌謡曲を歌う庶民的なアイドル歌手と、1970年代に台頭してきたフォーク系歌手との中間的なイメージがあり、独特な位置づけの人気歌手になった。
8歳からピアノを習い始める。
1967年に上野学園中学校音楽指導科声楽科に入学する。 1969年、中学3年のときに友人のかわりにスクールメイツのオーディションをうけ、合格する。受験理由はザ・タイガースが見たかったため。 これにより渡辺プロの東京音楽学院に入ることとなった。
1972年(高校3年)の11月にはNHKのテレビ番組「ステージ101」内「ヤング101」の内部オーディションを受け、ショパンの『子犬のワルツ』をひいて合格する。1973年1月にはスクール・メイツからステージ101レギュラーメンバーへ以降、レギュラーは1974年3月まで続く。101から芸名を本名の弘美から「裕美」へと変更した。上野学園では芸能関係の音楽学院への通学は禁止されていたため、初期は学校に内緒で通っていたが、テレビに出ることにより許可が必要になるが、普段の素行のよさから特例で認められた。
ヤング101終了後、オーディション番組に出て優勝、渡辺プロと新人養成契約を結び、ライブハウス等でピアノの弾き語りで歌い始める。
1974年11月1日に『雨だれ/白い季節』でデビュー。デビュー初期はフォーク調で、ピアノによる弾き語りの曲が多かった。
1975年12月に3作目のアルバム『心が風邪をひいた日』からシングルカットされた『木綿のハンカチーフ』が大ヒット、翌1976年のオリコンチャート4位を記録(1位は子門真人『およげ!たいやきくん』)、スター歌手の仲間入りを果たした。なお、NHK紅白歌合戦には初登場の1976年から1980年まで、5年連続で通算5回の出場経験がある。
この後の曲調はポップスが中心となり、その後も1976年から1977年にかけて『赤いハイヒール』『最後の一葉』『しあわせ未満』『九月の雨』などをリリースしてヒットさせる。しかしその一方で多忙をきわめ、喉を痛めるなどの苦労もあった。
既存のアイドル歌手にはない清潔さと品を感じさせる一方で、フォーク系歌手にありがちな暗く孤高なイメージも皆無なため、大学生などに絶大な人気を誇り、渡辺プロ公式ファンクラブができるより早く、東京大学で太田裕美ファンクラブが結成された。いわゆる「学園祭の女王」という称号を得た最初の歌手とも言われている。
1982年に8ヶ月間アメリカ合衆国、ニューヨークに単身留学(「八番街51丁目より」で第4回ニッポン放送青春文芸賞優秀賞を受賞)(「ニューヨークなんて怖くない」を帰国後に執筆)。帰国後はディレクターがデビュー時からの白川隆三から、後に夫となる福岡智彦に変わり、テクノポップ調の曲を多くリリースするようになった。このニューウエーブ系路線は、「4人目のYMO」といわれた松武秀樹、銀色夏生(山元みき子)、BaNaNa、板倉文、ホッピー神山、岡野ハジメ、杉林恭雄などがサポートしていた。
1985年にディレクター兼プロデューサーの福岡智彦と結婚、子育てに専念するため活動を大幅に縮小する。 1980年代後半からは遊佐未森らへの楽曲提供も行うようになる。
1998年に子育て(男の子2人)が一段落したため活動を再開、ミニアルバム『魂のピリオド』をリリース、松本隆、筒美京平とのゴールデントリオを復活させた。
アメリカの独創的な弦楽四重奏グループ・クロノス・カルテットのアルバム『弦楽四重奏曲の諸相 II〜冬は厳しく』には、太田の朗読がフィーチャーされている。
かつて福武書店(現・ベネッセコーポレーション)の「進研ゼミ」のCMで女の子(実の子供ではないが)と共演した様に、近年は主婦としてのテレビ、雑誌出演が多く、同年代の主婦層からはカリスマミセスとしての一面を見せる。
2005年、かねてから親交のあったミュージシャンAYUOとの連名でアルバム『RED MOON』を制作、ニューヨークのレーベルTZADIKから1月20日のちょうど50歳の誕生日にアメリカで発表。全曲に太田裕美のヴォーカルがフィーチャーされており、隠れたオリジナルアルバムともいえる作品になっている。曲のなかには自宅の地下スタジオでレコーディングされた曲もある。
2009年現在でも、コンサートツアーやテレビ・ラジオ出演などで精力的に活動している。また太田、伊勢正三、大野真澄の3人で全国をまわっている『アコースティックナイト』コンサートを開催していて、好評を得ている。この3人は「なごみーず」と呼ばれるユニットを組んでおり、1年間に100本を超えるコンサートを行っており、観客動員数も10万人を突破した。また2007年12月2日にはコンサート会場と通販のみの限定リリースで、ライブ盤のCD「アコースティックナイト」を発売した[1]。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- 雨だれ (1974年11月1日)
- たんぽぽ (1975年4月21日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄
- 夕焼け (1975年8月1日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄
- 木綿のハンカチーフ (1975年12月21日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平・萩田光雄
- 歴代シングルNo.1の子門真人「およげ!たいやきくん」にはばまれ第1位獲得ならなかったが、85万枚を超すセールスを記録、彼女の最大のヒット曲となる
- 赤いハイヒール (1976年6月1日)
- 最後の一葉 (1976年9月1日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄 最高位第5位。
- しあわせ未満 (1977年1月20日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄 最高位第4位。
- 恋愛遊戯 (1977年5月31日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄
- 九月の雨 (1977年9月1日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平 最高位第7位。シングルレコードでは最後のBEST10入り
- 恋人たちの100の偽り (1977年12月21日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄
- 失恋魔術師 (1978年3月21日)
- 作詞:松本隆/作曲:吉田拓郎/編曲:萩田光雄
- ドール (1978年7月1日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
- 振り向けばイエスタディ (1978年12月5日)
- 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:Jimmie Haskell
- 青空の翳り (1979年4月21日)
- シングル・ガール (1979年7月21日)
- ガラスの世代 (1979年10月21日)
- 作詞:ちあき哲也/作曲:太田裕美/編曲:萩田光雄
- 南風 - SOUTH WIND - (1980年3月21日)
- 黄昏海岸 (1980年7月21日)
- 作詞・作曲:網倉一也/編曲:萩田光雄
- さらばシベリア鉄道 (1980年11月21日)
- 作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一/編曲:萩田光雄 その後(1981年3月21日発売のLP「A LONG VACATION」)で、大滝詠一が歌手としてセルフカヴァーとなる楽曲
- 恋のハーフムーン (1981年3月21日)
- 作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一/編曲:大瀧詠一
- 君と歩いた青春 (1981年8月26日)
- 作詞・作曲:伊勢正三/編曲:萩田光雄
- ロンリィ・ピーポーII (1983年6月22日)
- 満月の夜 君んちへいったよ (1983年11月21日)
- 作詞:山元みき子/作曲:太田裕美/編曲:大村雅朗
- 青い実の瞳 (1984年5月21日)
- 作詞:山元みき子/作曲:太田裕美/編曲:大村雅朗
- 雨の音が聞こえる (1984年11月21日)
- 作詞:山元みき子/作曲:筒美京平/編曲:板倉文、BaNaNa
- はじめてのラブレター (1993年5月21日)
- 作詞・作曲:太田裕美/編曲:近藤達郎
- Virginから始めよう (1994年6月22日)
- 作詞・作曲:太田裕美/編曲:井上鑑
- ファーストレディになろう (1996年3月21日)
- パパとあなたの影ぼうし (2001年5月23日)
- 初恋(2009年4月22日) NHK「ラジオ深夜便」深夜便の歌タイアップソング(2009年4月~6月)
[編集] オリジナルアルバム
- まごころ(1975年2月1日)
- 短編集(1975年6月21日)
- 心が風邪をひいた日(1975年12月5日)
- 手作りの画集(1976年6月21日)
- 12ページの詩集(1976年12月5日)
- こけてぃっしゅ(1977年7月1日)
- 背中あわせのランデブー(1978年2月25日)
- ELEGANCE(1978年8月1日)
- 海が泣いている(1978年12月5日)
- Feelin' Summer(1979年6月1日)
- Little Concert(1979年12月5日)
- 思い出を置く 君を置く(1980年7月1日)
- 十二月の旅人(1980年12月12日)
- ごきげんいかが(1981年8月1日)
- 君と歩いた青春(1981年12月21日)
- Far East(1983年3月21日)
- I do, You do(1983年10月1日)
- TAMATEBAKO(1984年6月21日)
- 魂のピリオド(ミニアルバム)(1998年7月1日)
- 神様のいたずら(ミニアルバム)(1999年4月21日)
- CANDY(ミニアルバム)(1999年11月3日)
- 始まりは“まごころ”だった。 (2006年11月22日、ソニー・ミュージックエンタテインメント)
[編集] ライブアルバム
- Hiromic World/First Live Album(1984年12月24日 東京郵便貯金ホールでのライブを収録、1985年2月25日発売)
- Your Sweet Songs Live 2000-2001(2001年、通販、ライブ会場のみで販売)
[編集] 童謡アルバム
- どんじゃらほい(1992年4月1日)…EPICソニーでは異例の童謡アルバムだった。2004年8月4日に全曲カラオケ付きで「GOLDEN☆BEST 太田裕美 どんじゃらほい~童謡コレクション」として再発売された。
[編集] BOXセット
- 太田裕美の軌跡 ~First Quarter~ (25周年記念盤、6枚組。1999年4月21日発売)
- 太田裕美 GIFT BOX (4枚組。77曲収録。2006年11月10日発売)
- 太田裕美 オール・ソングス・コレクション(35周年記念盤、25枚組。2008年4月2日発売)
[編集] ライブビデオ
- Hiromic World (1985年3年21日発売、レーザーディスク、VHS、ベータマックス)
- 超・海賊版ライブビデオ 太田裕美弾き語りNIGHT Version 2.O (通販、ライブ会場のみで販売、VHS)
- 海賊版ライブビデオ 太田裕美インチキ25周年前夜祭(通販、ライブ会場のみで販売、VHS)
[編集] ゲーム
- こころのたからばこ (PSソフト「チョコボレーシング 〜幻界へのロード〜」ED)
[編集] 紅白歌合戦
- 1976年 第27回 「木綿のハンカチーフ」
- 1977年 第28回 「九月の雨」
- 1978年 第29回 「ドール」
- 1979年 第30回 「シングルガール」
- 1980年 第31回 「南風 -SOUTH WIND-」
[編集] 主要著作
- 1976年 まごころ
- 1978年 背中あわせのランデブー
- 1983年 ニューヨークなんて怖くない(写真: 浅井慎平)
- 2000年 太田裕美白書
[編集] ドラマ
- 1976年 NET 「バケタン家族」(7月12日)
- 1977年 TBS 「刑事犬カール」(獣医役)
- 1978年 TBS 「やあ!カモメ」(歌手役、コズミックララバイと共に主題歌をドラマ内でライブ演奏)
- 1979年 TBS 「明日の刑事」第58回ゲスト出演(看護婦役)(1月)
- 2002年 NHK 「連続テレビ小説 さくら」(ヒロイン・さくらの母親、響子役)
[編集] その他の番組・ゲスト出演
- 1993年、2006年 ANB 「徹子の部屋」
- 1996年、1998年 CX 「ライオンのごきげんよう」
- 2002年 NHK 「スタジオパークからこんにちは」
[編集] 映画
[編集] ラジオ
- 「太田裕美の公園通り一丁目」(渡辺音楽出版)ローカル各局
- 1996年10月~1997年3月 「太田裕美の電リク 歌のデリバリー」(RFラジオ日本)
- 2003年10月~2005年3月 「野村邦丸のごきげん!二重丸◎」木曜日パートナー(文化放送)
- 2005年4月~2008年3月 「ミュージックプラザ」(NHK-FM放送・金曜日第2部・ポップス編 EPOの後任)
- 2007年4月~9月 「太田裕美のおいしい噂」(文化放送)
[編集] CM出演
- ブラザー工業 電子オルガン「エミリオン」
- サントリー「フルーツソーダ」
- 森永「ハイキャミンキャンディー」
- ベネッセコーポレーション「進研ゼミ 小学講座」
- トヨタ自動車「ターセル」(5代目後期=最終型)
[編集] CMナレーション、挿入歌
- 味の素「赤いシャポーの味の素」(1976年~)
- キリンビール「キリンオレンジエード」(現在はグループ会社のキリンビバレッジから「きりり」という商品名で発売)。本人出演はなし。挿入歌「南風」
- 三菱自動車「シャリオ」。(ミッキーマウスの「声」役で声のみの出演)
- JR東海・高山本線キャンペーンソング「メタモルフォーゼください」
- サントリー「SORA」。挿入歌「木綿のハンカチーフ」
- ダイエーCMソング。(2008年)
- 宝くじ(ナレーション)2009年
[編集] 他の歌手によるカバー
- 雨だれ (小林麻美)
- 太陽がいっぱい (ザ・リリーズ)
- 木綿のハンカチーフ (チェリッシュ、藤谷美紀、椎名林檎 with 松崎ナオ、中澤裕子、市井紗耶香、What's Love?、いきものがかり、キンモクセイ、草野マサムネ、桑田佳祐、OUTLAW、INSPi)
- オレンジの口紅 (藤田陽子)
- さらばシベリア鉄道 (大滝詠一)
- 君と歩いた青春 (風)
- 満月の夜 君んちへいったよ (高見知佳)
- ランドリー (くじら)
[編集] トピック
- 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の秋本治も一時期ファンで、かつて『こち亀』のコマ余白には太田裕美ネタが、同様にファンだったアグネス・ラムネタと並んでひしめいていた。『こち亀』第4巻「亀有大合唱!?の巻」は太田のコンサートをテーマとし、他巻でも何度かキャラとして登場させるほどの入れあげようだったが、1990年代に入ると、コマ余白の太田裕美ネタは重版分から一斉に抹消されてしまった。なお『こち亀』第3巻の巻末解説は太田が担当している。
- 少女漫画『星の瞳のシルエット』においてアルバム「Feelin' Summer」収録の「星がたり」が物語の重要な役割をなす曲として使われている。なお同漫画のイメージアルバムには「星がたり」原曲及びインストゥルメンタルバージョンが収録されている。
- 1990年、JR東海の飛騨観光のCM(「ワイドビューひだ」車内で撮影されたもの)に出演、CMソングとして「メタモルフォーゼください」を歌うが、1999年、限定発売のボックスセット「太田裕美の軌跡 ~First Quarter~」に収録されるまで一般向けリリースはされなかった。
- 吉田拓郎の1976年の自著の中に、拓郎がよく飲んでいた原宿のパブ・「ペニーレイン」の隣に「ライムライト」という飲み屋があり、その頃そこへ太田が、天地真理と一緒に飲みに来たのを見たらしい。太田と天地とは同じ事務所(渡辺プロダクション)である。
- 可愛らしい声質ではあるが、本人は男性的なさっぱりした性格だと言われる(太田が歌唱する歌詞に「男性語」がよく出てくるのもその影響が大きいといえる)。また酒豪としても有名である。
- 2006年に放送されたテレビ番組では、「太田裕美は歌謡曲(アイドル?)~フォーク(フォークシンガー)の架け橋的存在」と自ら称した。
- 渡辺プロダクションが、若者のニューミュージック指向を高めようと立ち上げたNON STOPプロジェクトの一員である(他のメンバーは、大塚博堂・桑江知子・山下久美子・ルイス・ララ・大沢誉志幸・大上留利子他)。1970年代、渡辺プロ所属の歌手は、日本テレビ制作の一部番組には出演できない時期があったが、“NON STOP所属”の歌手ということで太田裕美だけは例外で、「TVジョッキー」「どっきりカメラ」などにも度々出演していた。(読売テレビ等の系列局制作番組や前出の「TVジョッキー」等井原高忠が関与していなかった番組にはNON STOPプロジェクト所属歌手以外でも出演できた)
- 3歳から22歳まで埼玉県春日部市に住んでおり、デビュー当時は春日部市民だった為、「春日部の歌姫」の異名がある。
- キン肉マンの好きな芸能人・歌手として、太田裕美が筆頭に位置している。
[編集] 関連項目
- キンキンのこんにちは(TBS系列)
- 福岡智彦
- ジョン・ゾーン(TZADIK RECORDS主宰)
[編集] 外部リンク
- 太田裕美オフィシャルサイト 「水彩画の日々」
- オリジナル・フルアルバム「始まりは“まごころ”だった。」
- 太田裕美所属事務所の公式スケジュールブログ(ボイスアンドリズム)
- CANDY
- 株式会社パンジー
- 世田谷オーガニックライフ
- YouTube - ワイドビューひだCM

