はっぴいえんど
| はっぴいえんど | |
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック |
| 活動期間 | 1969年 - 1972年 1973年 1985年 |
| レーベル | URCレコード (1970年 - 1971年) ベルウッド / キングレコード (1971年 - 1973年) |
| 影響 | バッファロー・スプリングフィールド モビー・グレープ |
| 旧メンバー | |
| 細野晴臣 大瀧詠一 松本隆 鈴木茂 |
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目次 |
[編集] メンバー
- 細野晴臣(ほその はるおみ 1947年7月9日 – ) - ベース、ボーカル、キーボード
- 大瀧詠一(おおたき えいいち 1948年7月28日 – ) ボーカル、ギター
- 松本隆(まつもと たかし 1949年7月16日 - ) - ドラムス
- 東京都港区青山出身。
- 鈴木茂(すずき しげる 1951年12月20日 - ) - ギター、ボーカル
[編集] 概要
バンドの作詞担当であった松本隆が、ダブルミーニングなどの技法を積極的に歌詞に取り入れ、日本語ロックと呼ばれた独特の世界を構築。松本は後年、ジャックスの楽曲「からっぽの世界」の歌詞に影響を受けたことを公言し、この曲がなければはっぴいえんどはなかったかもしれないという趣旨の発言をしている[1]。大瀧と細野は音楽性を重視していたため、ロックに日本語の歌詞をつけるこの提案に反対したらしい。またサウンド面においてはアメリカのバッファロー・スプリングフィールドや、モビー・グレープに影響された先進的な音であった[2]。メンバーは宮沢賢治に影響を受けており、その世界観が音楽性にも影響している[3]。
しかし、ブリティッシュロックの人気が絶頂期を迎えつつあった当時の日本において、これらのバンドはほぼ無名であったにも拘らず、このような音楽性を標榜したのは、ブリティッシュロックはアメリカのロックをコピーして生まれたイギリスオリジナルの音楽であるため、日本のロックを作るためにはアメリカのロックをやらなければならないという考えがあったからだという[4]。はっぴいえんどがとった方向性は後続のバンドに少なからぬ影響を与え、葡萄畑や乱魔堂、センチメンタル・シティ・ロマンスなどの後継者を生んだ。
また、今でこそシングルとアルバムのバージョンを違えたりリミックスすることは一般的になっているが、シングルカットする際にはアルバムの音源を使うのが通例だった当時において、彼らはすでにシングルとアルバムのバージョンを変えて発表していた。シングルがキングレコードから発売されたのは、当時キングレコード社員だった三浦光紀がはっぴいえんどに注目し、「12月の雨の日」のシングルバージョンのレコーディングスタジオにキングスタジオを提供したためである。
代表曲「風をあつめて」は、2003年にアメリカの映画『ロスト・イン・トランスレーション』、2009年に『おと・な・り』で取り上げられた。
遠藤賢司、岡林信康、加川良、高田渡、小坂忠らのバックバンドとしても、コンサートやスタジオ録音などを行っている。
[編集] 来歴
小坂忠、柳田ヒロらとともに結成したバンド、エイプリル・フールを脱退した細野晴臣と松本隆、そして大瀧詠一と鈴木茂が出会い、1969年にバレンタイン・ブルーという名前でバンドが結成された。1970年4月にハッピーエンド、さらに平仮名表記のはっぴいえんどとバンド名は改名される。
活動期間中に、URCレコードからアルバム『はっぴいえんど』『風街ろまん』、ベルウッドレコードから『HAPPY END』を発表している。1972年末に解散したが、1973年の文京公会堂と、1985年の国立競技場で再結成のライブを披露している。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- 12月の雨の日 (1971年4月1日) - EP:BS-1366 ※両曲ともアルバムとは別ヴァージョン
- 12月の雨の日
- はいからはくち
- 花いちもんめ (1971年12月10日) EP:BS-1467
- 花いちもんめ
- 夏なんです
- BELLWOOD ⁄ KING
- あしたてんきになあれ (1999年11月26日) - CD-S:TOCT-22045
- あしたてんきになあれ ※宝島社『smart』CMソング
- 風をあつめて
- あやか市の動物園(ライヴ・ヴァージョン) ※第2回全日本フォークジャンボリー(1970年8月9日)より
[編集] オリジナル・アルバム
[編集] ベスト・アルバム
- BELLWOOD ⁄ KING
- CITY 〜HAPPY END BEST ALBUM (1973年9月10日) - LP:OFL-15
- コーラスに小坂忠参加の「はいからはくち」の別ヴァージョン、第3回全日本フォークジャンボリーのライブ音源の「かくれんぼ」を収録。
- SINGLES (1974年6月25日) - LP:OFL-26
- A面に大瀧詠一と細野晴臣それぞれのシングル、B面にはっぴいえんどのシングル曲を集めたベストアルバム。
[編集] ライブ・アルバム
- BELLWOOD ⁄ KING
- ライブ・はっぴいえんど (1974年1月15日) - LP:OFL-20
- THE HAPPY END (1985年9月5日) - 12inchEP:18AH-1933
- 1985年6月15日に国立競技場で行われたイベント“ALL TOGETHER NOW”の際の再結成ライブを収録した30センチEP。
- はっぴいえんど GREEEATEST LIVE! ON STAGE (1986年7月15日)
- はっぴいえんど LIVE ON STAGE (1989年8月25日)
- CDでのみ発売。「第2回全日本フォークジャンボリー」(1970年8月9日)、「ロック・アウト・ロック・コンサート」(1971年8月21日)、「加橋かつみコンサート」(1971年4月14日)、「第3回全日本フォーク・ジャンボリー」(1971年8月7日)での演奏を収録。
[編集] ボックス・セット
- HAPPY END (1993年5月25日)
- はっぴいえんどBOX (2004年3月31日)
- ボックスセット。オリジナル・アルバム『はっぴいえんど』『風街ろまん』『HAPPY END』、ライブアルバム『ライブ・はっぴいえんど』『THE HAPPY END』と、はっぴいえんどがバックで演奏を務めた楽曲を集めた『バッキング音源集』、未発表ライブ音源を多数収録した『ライブ・ヒストリーvol. 1』『同vol. 2』がセットになっている。
[編集] 関連作品
- はっぴいえんどに捧ぐ (1993年9月9日、再発: 2004年11月3日、2010年12月15日)
- HAPPY END PARADE〜tribute to はっぴいえんど〜 (2002年5月22日)
- はっぴいえんどかばあぼっくす (2002年5月31日)
- 5枚組CDボックスセット。はっぴいえんどが現役当時に発表した3枚のスタジオアルバムと1枚のライヴアルバムを、山本精一、大友良英などの様々なアーティストが全曲カバーしている(参加アーティストの多くは、本ボックス発売元のOZ discに所属)。さらにボックスセット収録の未発表曲までカバーされている。ライヴアルバム「ライブ・はっぴいえんど」のカヴァーについては、1973年9月21日に行われたライヴ「CITY - LAST TIME AROUND」を、2002年1月10日に同じ文京公会堂(現:文京シビックホール)にて完全再現またはカバーを行っている。ライヴアルバムに未収録となっている「CITY - LAST TIME AROUND」参加アーティストの曲もカバーされている。それらのカバーは「-はっぴいえんどかばあぼっくす外伝-素晴らしき船出かな」に収録されている。ボックスには収蔵されていない。また、「レア・トラックス」と題されたボーナスCDには、はっぴいえんどが当時ライヴで演奏していた曲のカバーが収録されている。Oz discで予約注文および注文を行うと、はっぴいえんどのシングル3枚をカバーしたアナログシングル盤3枚と、ベスト盤「CITY」のカヴァーを収録したCD-Rが特典として配布された。
- CITY COVER BOOK(2010年12月15日)
- はっぴいえんどのベストアルバム「CITY」を丸ごとカヴァーしたアルバム。泉谷しげる、和田アキ子、センチメンタル・シティ・ロマンス、ジム・オルーク、カヒミ・カリィ、栗コーダーカルテットなどによるカバーを収録。
- はっぴいえんど (1983年6月)
- センチメンタル・シティ・ロマンスによるカバー・アルバム[6]。
- ひっぴいえんど(2009年2月18日、CD+DVD:COZP-354【初回限定盤】,CD:COCP-35382【通常盤】)
[編集] 脚注
- ^ 『TJ MOOK 聴け! 伝説の日本ロック1969-79』(宝島社、2004年、ISBN 4-7966-3862-8)p.32
- ^ もっともこの時期には、日本でもすでにプログレッシブ・ロックが注目されており、バッファロー・スプリングフィールドは過去のものとなりつつあった節がある。しかし、1970年の洋楽専門雑誌では、特集で彼らが回顧されており、その音が全くの時代遅れではなかったことがわかる
- ^ 劇場アニメ『銀河鉄道の夜』(LD解説書の細野の発言)
- ^ 細野がアメリカ音楽からの影響を強く受けていたことや、単に売れている物を否定するというアンチの精神もある。
- ^ 1974年1月15日発売 SHOWBOAT ⁄ TRIO LP:3A-1014
- ^ ファースト・アルバム『センチメンタル・シティ・ロマンス』(1975年)では細野がチーフ・オーディエンスとしてクレジットされている。
[編集] 関連項目
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