テクノポップ

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テクノポップTechno-Pop和製英語)は70年代末から80年代を通じた日本の音楽界、媒体における流行文化である。また現在においても当時の雰囲気を再現するかのようなグループが人気を博している。シンセサイザーを使用する楽曲に対しこの呼称が多用されたが、どちらかといえば特に特定の音楽スタイルを指すものではなく、新しいものを目指すという姿勢を前面に打ち出し新奇性を強調していたグループや楽曲がそう呼ばれていた。

同様の電子楽器を用いた音楽スタイルに「テクノ en:Techno」がある。混同されがちではあるが、「テクノ」とはデトロイト・テクノ以降のダンス・ミュージックを指し、日本におけるテクノポップとは明確に区別される。

目次

[編集] 概要

主に1970年代初頭から1980年代にかけて特に流行した、電子楽器シンセサイザーコンピュータ等)が奏でる電子音の無機質性を逆に利用して、旧来の楽器(アコースティック楽器電気楽器)ではつくれない新たなポピュラー音楽ニューミュージックのスタイルを模索するムーブメントを指す、日本でのみ通用する和製英語である。大阪の著名なロック雑誌編集者、阿木 譲(あぎ ゆずる)が1978年に自身の編集する雑誌「ロックマガジン」内のディスクレビューにおいて、クラフトワークのアルバムMAN MACHINE(邦題:人間解体)を解説した時に使ったのが初出である。この造語を気に入った坂本龍一がさまざまな媒体に出演した際に使ったことにより一般的に広まったとされる。

また、コンピュータやMIDI機器を用いて制作された音楽を特に「コンピュ・ミュージック」と称する。シンセサイザーを多用したポピュラー音楽は「Synth-Pop」「Electropop」と呼ばれている。そのため、日本において「テクノポップ」にカテゴライズされている日本国外のミュージシャンでも、この用語の存在そのものを知らない者が多い[要出典]。また、日本以外のメディアにおいてこの用語が使われる頻度もほぼない。石野卓球は「日本で受け入れられたテクノは、ほぼ全てが『テクノポップ』なのであって、テクノではなかった」と語っていた[要出典]

クラフトワークは日本でのみ通用するこの言葉を面白がって、後年自分たちの新作のアルバムタイトルを「テクノ・ポップ」にしようとした。バグルスが1980年に発表したアルバム『プラスティックの中の未来』の1999年リマスター版に収録された、LPオリジナル盤では収録されなかった三曲の中に「TECHNOPOP」[1]と言う曲が存在する。

代表的なグループとして、ドイツクラフトワーク(Kraftwerk)、日本イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が挙げられるが、YMOに続いたテクノポップ・グループとして、P-MODEL平沢進ら)、ヒカシュー巻上公一ら)、プラスチックス中西俊夫立花ハジメら)の三組が知られており、総称して「テクノ御三家」あるいは「三大テクノ」と呼ぶことがある。

1978年 - 1981年の「テクノポップ・ブーム」といわれた時期、「テクノポップ」の名のもとに紹介されたバンド・ミュージシャンには、上記「テクノ御三家」のほかに、ヒカシュー同様に近田春夫がプロデュースしたジューシィ・フルーツサエキけんぞう率いる少年ホームランズハルメンズ久保田真吾率いる8 1/2高木完が在籍した東京ブラボー小川美潮が在籍したチャクラ土屋昌巳見岳章の在籍した一風堂戸川純、戸川と上野耕路が結成したゲルニカ鮎川誠シーナ&ザ・ロケッツモモヨ率いるリザードフリクションケラ率いる有頂天などがある。同ジャンルは、日本においての「ニューウェイヴ」とほぼ混同されていた。

[編集] テクノ歌謡

詳細はテクノ歌謡を参照。

歌謡界でもっとも初期にシモンズen:Simmons (electronic drum company))のシンセドラムen:Electronic drum)を使用した楽曲はピンク・レディーサウスポー』(1978年3月)であり、もっとも初期に「イエロー・マジック・オーケストラ」を「編曲」に起用したのは、近田春夫『エレクトリック・ラブ・ストーリー』(1979年)である。筒美京平が初めて手がけた「テクノ歌謡」が、榊原郁恵『ROBOT』(編曲船山基紀、1980年6月1日)である。このあたりから「テクノ歌謡」は出現する。

テクノポップは1980年にYMOのヒットとともに日本においてブームとなった。

細野晴臣が作曲・編曲したイモ欽トリオの『ハイスクール・ララバイ』はミリオンセラーとなり、川上さんと長島さん『きたかチョーさんまってたドン』(作編曲細野、1983年)ほか、当初コメディアンに多く楽曲が提供される。その後、アイドルの楽曲でもテクノポップ調の伴奏をバックに歌唱するスタイルが確立。のちにこれらは「テクノ歌謡」と呼ばれた。当初は打ち込み演奏+生演奏でニュー・ウェイヴやテクノを意識したものを特別にカテゴライズしていたが、その後打ち込みが一般的になってくるとこの名称は使われなくなっていた。

2008年Perfumeのアルバム『GAME』が「テクノポップ」を宣言するユニットとしてはYMO以来25年ぶりにオリコン1位を記録した。

[編集] 関連事項

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  1. ^ 英語版Wikipediaの「en:The Age of Plastic」の項の記述を参照。