C-C-B

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C-C-B
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基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック/ポップス
活動期間 1982年1985年ココナッツボーイズ
1985年1989年/2008年〜C-C-B
レーベル ポリドール
公式サイト ユニバーサル 公式サイト
メンバー
渡辺英樹ベース
笠浩二ドラム
関口誠人ギター
田口智治キーボード
米川英之ギター
旧メンバー
山下康文
山本恭司BOWWOWとの掛け持ち)

C-C-B(シーシービー)は1980年代に活躍した日本のロックバンド。結成当初の名称はCoconut Boys(ココナッツボーイズ)で、C-C-Bはその略称。1985年中頃からCoconut Boys名義は使用せず、C-C-Bで統一している。

目次

[編集] バンドの構成・特徴・総評

  • 1982年、青山に開局したミニFM局「KIDS RADIO STATION」(通称:KIDS)が、夏をイメージさせる新生バンドを数組結成させ、競わせるプロジェクトを企画。そのなかの一つとして、グループ・サウンズの再来を思わせる「和製ザ・ビーチ・ボーイズ」をコンセプトにメンバーが集められ、結成されたのが『Coconut Boys』であった。しかし、実はメンバー全員、それまでビーチボーイズの音楽を耳にしたことはあれど造詣が深いわけではなかった。1983年6月1日、シングル「Candy」でデビュー。
  • 1985年当時は、まだ日本では珍しかった六角形パッドのデザインの電子ドラム「SIMMONS」を演奏しながらインカムでメインボーカルを担うスタイルで、「SIMMONS」の知名度を日本に広めた功績を認められた笠は、シモンズ社から限定生産のドラムセットのモニターに選ばれている。
  • 1987年、関口誠人の脱退を機に、それまで主にコーラスを担当していた米川英之がセンターポジションに就いてメインボーカルとして歌う機会が増えた。
  • 当初はカラフルな髪の色や派手めの服装、アイドル雑誌やテレビ番組での露出が多かったため「アイドル」「イロモノ」扱いをされることが多かった。20代の男性であるメンバーには少々可愛すぎる内容の取材やテレビ出演の際のセット、衣装が用意されることもあった。しかし、どのような形であれ、まずは自分たちの名を知って貰うことを優先すべきと割り切って仕事をこなしていった。バンドを継続出来ない状況に陥ることの方が不本意であった。
  • 「Romanticが止まらない」のヒットから約一年、「一発屋」の下馬評を見事に打破し、人気も安定してきた頃合いを見計らって、髪色をナチュラルカラーに戻した(衣装は年齢相応に落ち着いた物から、奇抜なものまで様々)。しかし、もう少し骨太なロック色の強さを打ち出したいメンバーの思惑と、現状維持を求める周囲の状況は少なからずメンバーを追い詰めるていた。仕事と割り切らなくてはいけない一面と、ミュージシャンとしての自我のせめぎ合いに苦しんだ時期である。自分たちに出来ることは何か、求められているものは何か。メンバー内で幾たびも話し合いが持たれた。そして辿り着いた指針は、音楽に真摯に向き合い、挑戦すること。自分たちにしか出来ない表現、勝負することであった。時間は掛かるかもしれないが、少しずつでも必ず結果がついてくると信じて、ライブや楽曲制作に力を注いだ。途中、メンバーの脱退やそれに伴う編成の変化など紆余曲折があったが、それらも経験の一つと受け止めて成長の糧にしていった。
  • アルバム制作に費やす時間を増やして、それまで以上に音作りに没頭する。作詞・作曲・編曲とメンバーの個性や特性が磨かれ、開花していった。それらを盛り込んだアルバムを携え、ロックの要素が色濃くなったライブを年間に数十本こなす傍ら、他のバンドも出演するイベントやセッションにも積極的に参加した。
  • メンバー個々の音楽性、可能性を更に昇華させる意も込め、1989年に解散を決定。同年10月9日、日本武道館でのコンサートを以って解散した。
  • 解散後も時折テレビ番組の企画においてメンバーが数人集まり「Romanticが止まらない」を披露することがあった。
  • 2008年に渡辺・笠・関口の3名でC-C-B名義を正式に名乗り、再結成(2009年以降、活動は休止)。
  • 2011年、渡辺、田口、笠、米川の4名が、ファンキー末吉プロデュースの爆風スランプトリビュートアルバム『We Love Bakufu Slump』に参加[1] 。クレジットにもC-C-Bと記される。

[編集] 略歴

[編集] 活動実績

  • 1982年昭和57年)渡辺英樹の呼びかけで、笠浩二、関口誠人が集まり、Coconut Boys(ココナッツボーイズ)として結成。結成メンバーは6人であった。
  • ミニFM局による、数組のバンドを結成させ競わせる企画であった為、バンド名や音楽性などメンバーの趣味嗜好は反映されず「和製ビーチボーイズ」のイメージで活動を始める。
  • 1983年(昭和58年)シングル「Candy」でメジャーデビュー。全農ヨープレイトのCM曲に起用されるがヒットせず。
  • 1984年(昭和59年)初期メンバー3名脱退。田口智治、米川英之が新たに加入。セカンドシングル「瞳少女」がロート製薬なみだロート」のCM曲に起用される。
  • 1985年(昭和60年)バンド名をC-C-Bに変更(関口はC-N-Bを提案したが、渡辺が「読みやすいしゴロも良い」とC-C-Bに決めた)。
  • 1985年1月 TBSテレビで放送された連続ドラマ『毎度おさわがせします』のテーマ曲になったシングル「Romanticが止まらない」でブレイク。
その後も「スクール・ガール」「Lucky Chanceをもう一度」とヒットを連発。
同年、第27回日本レコード大賞金賞を受賞。 第36回NHK紅白歌合戦に出場(曲は「Lucky Chanceをもう一度」)。
  • 1986年 「元気なブロークンハート」発売を期に、全員髪の毛を黒にした。
  • 1986年度のFNS歌謡祭では、「不自然な君が好き」で優秀歌謡音楽賞受賞。
  • 1986年(昭和61年)リリースのシングル「ないものねだりのI want you」でオリコン1位を獲得。
  • 1987年(昭和62年)4月 関口誠人が脱退。
  • 1987年9月 「原色したいね」が明治製菓の菓子、「かるかったウエハー」のCMソングに採用される。
  • 1988年(昭和63年)1月 「抱きしめたい」が『日立 世界・ふしぎ発見!』のエンディング曲に採用される。
  • 1989年平成元年)最終シングル「Love is Magic」をリリース、10月9日日本武道館でのライブを最後に解散。

[編集] 解散後の動き

  • 1994年、『ザ・ベストテン同窓会II』に5人揃って出演。
  • 2002年11月4日、「2002佐賀インターナショナル バルーンフェスタ」にて、笠・渡辺・関口の3人による非公式復活ライブ。
  • 2002年12月31日2003年1月1日放送の、テレビ朝日系列『年越しロンドンブーツ俺達の選ぶTV名場面全部見せちゃうぞSP』にも、上記の3人で出演。
  • 2003年3月25日放送の、日本テレビ系列『学校へ行こう! 奴らがB-RAPに出たのは“なんでだろう”SP』の1コーナー「速報!歌の津軽テン!!」にも、上記の3人で出演。「Romanticが止まらない」の”津軽弁バージョン"を、本人歌唱という形で披露した。
  • 2005年(平成17年)2月21日から放送されるアサヒ飲料缶コーヒー「WONDAショット&ショット」のCMに「Romanticが止まらない」がタイアップされメンバーの笠浩二もこのCMに出演している。
  • これに合わせて2月23日に「Romanticが止まらない」がRemix Versionで再リリースされた(2曲目にOriginal Versionも収録)。
  • 2005年7月からCX系で放送されたテレビドラマ電車男』の劇中挿入歌として採用され、ほぼ毎週主人公の大切な場面で印象的に使用された。これによって更に再注目の度合いが増した。
  • 2005年8月16日、NHKが毎年夏に行う大型公開歌謡番組『思い出のメロディー』にて「Romanticが止まらない」が披露された(田口智治は不参加)。観客を前にした生放送での演奏は実に17年ぶりである。この出演については半年近く前からNHKのスタッフと幾度も打ち合わせを行い、当日のリハーサル直前まで膝をつき合わせたという。一般に知られる通常のアレンジではない、ロックテイストを前面に出したアレンジを米川英之を中心に行った。
  • 2007年10月8日放送の『SMAP×SMAP』で、稲垣吾郎扮するキャラクター・CCB吾郎の新宿でのゲリラライブにサプライズとして渡辺・笠・関口がこの日のためだけに、ブレイク当時を思い起こさせる派手目のカラーを入れた髪と衣装で登場。「Romanticが止まらない」を披露した。

[編集] 再結成

  • 2008年4月17日、渡辺・笠・関口の3人で正式に再結成を発表。同月28日、東京・表参道FAB公演を皮切りに、大阪、名古屋でライブを行った。2009年以降、3名によるユニット活動は休止。

[編集] その他

  • 時折、メンバーがランダムに集まり、C-C-B名義を使用しないユニットを組んでライブを行うことがある(例:渡辺×田口×米川→ヨネタワタル、渡辺×米川→WY、渡辺×田口→タナベなど)。
  • 2011年7月、『ヨネタワタル』にファンキー末吉をゲストミュージシャンに迎え、『AJ-米田渡』[2]名義のユニットを組み、3日・神戸CHICKEN GEORGE、4日・名古屋BOTTOM LINE、6日・渋谷DUO MUSIC EXCHANGEの三会場で、C-C-B時代にメンバーが作った楽曲を主にセットリストにした『冒険のスズメ』ライブを行った。同年10月27日には同じメンバーで『田口智治Birthday Live「田口★祭」』を Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASUREにて敢行。同日、7月に行なわれたライブを収録したDVD『AJ-米田渡-TOUR 2011「冒険のスズメ」』を発売。
  • 2012年2月1日、新宿BLAZEにて『AJ-米田渡Presents 渡辺英樹 Birthday Event「30周年リサイタル」』を開催。このライブを一区切りとして『AJ-米田渡』の今後の活動は未定である旨発表された。

[編集] メンバー

メンバーの現在の活動については各個人の章を参照のこと。

渡辺英樹(わたなべ ひでき、1960年2月1日-、ベースパーカッション、リーダー)
ブレイク当時、ベースを極めて高い位置(胸の位置)で演奏していた。C-C-B後期より現在まで腰の位置での演奏をしている。チョッパー(スラップ)を得意としている。
元C-C-Bメンバーとの交流も積極的であり、「プチC-C-B」「ヨネタワタル」「CCBプロジェクト21」と銘打ったライブには元リーダーらしく出演し、演奏している。
初期は髪を紫色に染めていた。
笠浩二(りゅう こうじ、1962年11月8日-、ドラム
ブレイク直後のショッキングピンクに染めた髪とパステルカラーの眼鏡は、C-C-BのカラフルでPOPなイメージコンセプトを象徴していた。現在もC-C-Bとしてのテレビ等出演時には、髪を(一時的に)ピンク色に染めている。
当時最先端のシモンズの電子ドラム(パッドが六角形)、ヘッドフォンインカムマイクを使用し、ドラムを叩きながらファルセットを駆使し高音で歌うスタイルは、非常に斬新であった。
関口誠人(せきぐち まこと、1959年5月2日-、カットギターサックス
結成当時からのメンバーであったが、1987年1月の中野サンプラザ3Day'sにて脱退を表明。脱退直前よりソロ活動を展開。シンガーソングライターを主軸とするかたわら、俳優物書きなどを経験。
初期は髪を緑色に染めていた。再結成後は当時のイメージを再現するため緑色のカツラを着用する場合もある。
田口智治(たぐち ともはる、1960年10月27日-、キーボード
加入前は、近藤真彦のバックバンド「ダブルス」のメンバー。既に武道館でのコンサートを経験しているプロのキーボード奏者だった。その後メンバーの強い誘いにより、ココナッツボーイズに加入。
シンセサイザーはヤマハDX7ローランドD-50を使用している。普段は温和でおとぼけキャラのため他のメンバーにとっては「愛すべきイジられ役」であった。
後期のアルバム制作においては作曲・編曲面において中核的な存在であった。
長髪を後ろで束ねていて、初期は後ろ髪を紫色に染めていた。
米川英之(よねかわ ひでゆき、1964年3月3日-、リードギター)
音楽専門学校在籍時にスカウトされて、ココナッツボーイズに加入。
関口が在籍時代はボーカルをとることが少なく、主にコーラスを担当。ギターを弾くことに比重の多くを傾けていた。
アルバム「愛の力コブ」の収録曲「ハートブレイク・カラー」でメインボーカルデビュー。関口脱退後からは、それまで関口が歌っていたパートを他のメンバーで振り分けて歌うようになったため、米川にも割り振りが多く回ってきた。
「ヨネタワタル」「CCBプロジェクト21」「AJ-米田渡」のライブ等にも参加している。
メンバーで唯一、派手なヘアカラーを入れず、自然な髪色で通した。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  1. Candy (1983.6.1)
  2. 瞳少女 (1984.7.25)
  3. Romanticが止まらない (1985.1.25)
  4. スクール・ガール (1985.4.25)
  5. Lucky Chanceをもう一度 (1985.8.21)
  6. 空想Kiss (1985.11.27)
  7. 元気なブロークン・ハート (1986.4.9)
  8. 不自然な君が好き (1986.8.27)
  9. ないものねだりのI Want You (1986.12.10)
  10. 2 Much,I Love U. (1987.6.3)
  11. 原色したいね (1987.9.23)
  12. 抱きしめたい (1987.12.2)
  13. 恋文(ラブレター) (1988.4.13)
  14. 信じていれば (1988.10.25)
  15. Love Is Magic (1989.4.25)
  16. Romanticが止まらない Remix Version (2005.2.23)

[編集] 12インチシングル

[編集] オリジナルアルバム

アルバムは1994年10月26日に初期の2作品を除いて、前後のシングル盤を収録したPlus版として再リリースされている(既に廃盤)。

  1. Mild Weekend (1983.6.25)
  2. Boy's Life (1984.8.25)
  3. すてきなビート (1985.5.25)
  4. 僕たちNo-No-No (1985.12.15)
  5. 冒険のススメ (1986.6.18)
  6. 愛の力コブ (1986.12.15)
  7. 石はやっぱりカタイ (1987.7.25)
  8. 走れ☆バンドマン (1988.5.25)
  9. 信じていれば (1988.12.15)

[編集] ベストアルバム

  1. 楽しい夏休み (1985.6.25)
  2. The Best Of C-C-B Vol.1 (1989.6.1)
  3. The Best Of C-C-B Vol.2 (1989.9.1)
  4. C-C-B Super Best (1992.1.25)
  5. ベスト2500/Romanticが止まらない (1993.11.1)
  6. SINGLE COLLECTION (1994.10.26)
  7. スペシャル1800 (1996.11.21)
  8. TREASURE COLLECTION (1999.6.30)
  9. すてきなビート(テクノ歌詞DX ポリドール編) (2000.5.25)
  10. スーパー・バリュー/C-C-B (2001.12.19)
  11. GOLDEN☆BEST C-C-B (2003.11.26)
  12. プライム・セレクション C-C-B (2006.1.18)
  13. エッセンシャル・ベスト C-C-B (2007.8.22)

[編集] 企画アルバム

[編集] 未音源化作品

  • 赤いセーターの女の子 作曲:米川英之
  • オープニングラップ 作詞:渡辺英樹・関口誠人/作曲:田口智治・米川英之・笠浩二
  • カラフルコミックス 作曲:田口智治・渡辺英樹・米川英之・関口誠人・笠浩二
  • グットナイトは早すぎる 作詞・作曲/関口誠人

[編集] その他

  • RASPBERRY AVENUE - 1982年にKIDSレーベルで企画・発売されたコンピレーション・アルバム。『Mild Weekend』に収録されている曲から抜粋されたものが収録されている。同アルバムにはオレンジ・シスターズやパイナップル・ボーイズらの曲も収録され、ショーケース的な意味合いも含まれた作品である(この企画に参加したバンドは全て果実の名が付けられた)。後に同内容で『KIDS PRESENTS “RASPBERRY SOUND”』のタイトルでもプロモーション用LPとして再発売された。
  • なお、「Romanticが止まらない」以前に発表されたアルバム『Mild Weekend』、『Boy's Life』、シングル「Candy」、「瞳少女」はKIDSレーベルから発売されていた。「Romanticが止まらない」のヒット以降、ポリドール・レコード(現:ユニバーサルミュージック)に版権が移った。
  • ナヤミの種 - 1986年12月-1987年1月までNHKみんなのうた」において発表されたオリジナル曲。笠浩二をメインボーカルとした曲であり本放送ではクレジットにもその旨記されていた(作詞:川村真澄/作曲:渡辺英樹/編曲:米川英之・田口智治/うた:笠浩二・C-C-B)。現在販売されている「みんなのうた」関連のCDおよびレコードでは別の歌手が歌っている。「ヤングスタジオ101」には笠ひとりで出演し、ハンドマイクを手に椅子に腰掛けて歌唱した。
  • We Love Bakufu Slump - 2011年12月25日発売。爆風スランプのトリビュートアルバムに、渡辺・田口・笠・米川の4人が参加。「Runner」を担当。クレジットにはC-C-Bと記載される。

[編集] DVD・映像作品

  • C-C-Bの大冒険 (1985.11.25)
  • C-C-B LIVE晴 (1986.7.5)
  • C-C-B LIVE TOUCH AND GO (1987.5.25)
  • C-C-B ビデオクリップ コレクション(1989.9.1)
  • C-C-B メモリアル DVD BOX (2004.9.29)

[編集] 関連書籍

  • Don't stop the C-C-B : C-C-B photo & song CoConut Boys (1985.7)日音
  • コミックザカメラボーイ : C-C-B写録&語録 ボクらが、ボクらを、ズームした (1985.11)日音
  • C-C-B yes,100熱 (1986.11)ワニブックス
  • C-C-Bネイキッズ (1987.2)シンコーミュージック
  • C-C-B go ahead : 写真集・終章 (4・6 east)からのスタート (1987.9)シンコーミュージック
  • C-C-B寝たふり : Memorial (1989.11 )シンコーミュージック
  • Close/C-C-B (1989.12)CBS・ソニー出版
    • C-C-B田口君のラッキーボードをもう一度 (1986.6.1)シンコーミュージック
    • C-C-B米川君のロック・ギターが止まらない (1986.6.1)シンコーミュージック

[編集] 関連商品

  • ブルボン 『懐メロクッキー』:2003年4月22日~5月5日までの期間限定、全国のローソンのみで発売。1960年~80年代に流行した歌謡曲の8cmCDを1枚おまけとして貼付。全9種。C-C-Bは『Romanticが止まらない』を提供。
  • サントリーフーズBOSS 懐かしのヒット曲歌謡祭』:2011年8月16日~、6缶パックケース側面に1箱あたり8cmCDを1枚を貼付して販売。全30曲。C-C-Bは『Romanticが止まらない』を提供。9月20日からの第4弾シリーズ、カフェオレ缶に貼付。[1]

[編集] テレビ番組

ドラマ

  • ふぞろいの林檎たちTBS) - 1985年放送「Ⅱ」の第3話「転職考えますか?」の回に渡辺、関口がエキストラとして出演。バンドマン役。
  • 毎度おさわがせします(TBS) - 第1シリーズから第3シリーズまで、全て主題歌を担当しオープニングVTRにも登場。また「1」ではライブバンドとして、「2」のスペシャル放送の回においては銭湯の女湯に乱入する役で5人揃って出演している。
  • 温泉サギ師 湯けむり・グルメ・やっちゃうからぁ!(TBS) - (1986年12月31日)。ライブシーンが数分間使用されている。
  • パパはニュースキャスター (TBS)- (1987年)。第2話にC-C-Bとして出演。劇中で「ないものねだりのI Want You」を演奏するが、ストーリーの展開上、止む無く演奏を中断。

バラエティー等

  • C-C-Bのファーストドリーム(TBS) - (1986年1月) - お正月特番。歌ありコントありのバラエティー番組。メンバーにとっては黒歴史扱いになっている。
  • レッツ・ラ・ゴー! (TBS) - (1986年1月9日3月20日)。「COCONUT倶楽部」コーナーを担当。視聴者からの質問に答えるなどトーク主体。コーナー内で必ず一曲は演奏。
  • MTV:Music Television - (朝日放送) - (1986年) 。邦楽PVを紹介するコーナーを担当。

その他、ひょうきんベストテンなどのバラエティー番組にも柔軟に対応し、出演をしていた。 解散直前には、多くの歌番組でヒットメドレーを披露した。

※上記はC-C-Bとして特筆に価するもの。他に音楽番組・バラエティー番組・トーク番組など多数出演。  

[編集] ラジオ番組

 ※他にトーク番組のゲストや、ライブを放送するなど多数出演。

[編集] CM

  • 1983年 全農「ヨープレイト」 - シングル「Candy」が起用される。出演はなし。
  • 1984年 ロート製薬「なみだロート」 - シングル「瞳少女」が起用される。出演はなし。
  • 1985年 ファーストキッチン - アルバム「すてきなビート」収録曲「二人のシーズン」が起用される。メンバーをアニメキャラクターにした映像を使用。
  • 1987年 明治製菓「かるかったウエハー」 - シングル「原色したいね」が起用される。出演はなし。
  • 1989年 HONDA オートバイ「ホンダAX-1」 - イメージキャラクターに笠が起用される。ポスター、パンフレットのみ。楽曲はなし。
  • 1989年 UCC上島珈琲缶コーヒー「UCC CAN COFFEE 」 - 笠の曲「30センチでつかまえて」が起用される。出演はなし。なお、この曲はC-C-B解散後、笠のソロ曲として発売される。


[編集] 関連項目

[編集] インタビュー記事

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ 2011年9月20・21日、ファンキー末吉所有の「ファンキースタジオ八王子」にて録音。20日の楽器演奏を主体としたレコーディング風景はUstreamで約4時間に渡り生配信された。また、翌日21日は「平成23年台風第15号」直撃の最中行なわれ、途中で停電に見舞われ中断するなどアクシデントもあった。しかしそれも含めて思い出深いレコーディングになったという。熊本県在住の笠は現場に参加せず、9割方出来た音源を送ってもらい、そこにボーカルを合わせるという別録音形態で作品を完成させた。
  2. ^ 『AJ』とは、田口の弁によると、米田渡の打ち合わせをしている席で、参加メンバー3人の名前の漢字一文字を並べて、『英・治・英』→『えい・じ・えい』→『えいじえぃ』→『エージェー』→『AJ』になったとのこと。何故名前を並べていたのか、字のチョイスの選択基準などは不明。


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