関口誠人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
関口 誠人
基本情報
出生 1959年5月2日(55歳)
出身地 日本の旗 日本東京都世田谷区
血液型 A型
ジャンル フォーク
J-POP
職業 シンガーソングライター
担当楽器 フォークギター
活動期間 1982年 - 1987年
2008年 - (ココナッツボーイズ、C-C-B)
1987年 - (ソロ)
共同作業者 C-C-B
公式サイト 関口誠人 超個人的日記 

関口 誠人(せきぐち まこと、1959年5月2日 - )は、日本のシンガーソングライター音楽プロデューサー俳優小説家

東京都世田谷区出身。身長167cm。実兄はロマ音楽などの民族音楽に造詣が深く、大学で講師などを務めたりもする関口義人

概要[編集]

1980年代に活躍したロックバンドC-C-Bのメンバー(ギターヴォーカル)であったが、1987年1月、中野サンプラザ3Day'sコンサートの最終日・6日にステージ上で脱退を表明。翌日、生放送の音楽番組にて、改めて画面を通じて脱退宣言を行った。 C-C-Bのメンバーとして参加した最後のコンサートツアー『TOUCH and GO』の最終日、1987年4月6日のよみうりランドEASTでのステージを以って脱退。

その後、関口はソロ活動を、C-C-Bは4人での活動を開始する(C-C-Bは1989年に解散)。

1990年代に入り、C-C-Bのメンバーと幾たびかユニットを組んで単発ライブを行っている。また、テレビ番組の企画で一時的にC-C-Bの元メンバーとしてとして参加し演奏を披露している。それらとは別に、単独でC-C-Bの名義を使用してライブやイベントを行うこともある。

2008年渡辺英樹笠浩二とともに正式にC-C-B名義で再結成してライブツアーも行ったが、2009年に入ってからは活動を行っておらず、事実上休止(自然消滅)状態になった。

人物・来歴[編集]

  • 三人兄妹の次男。歯科医の子息として出生。何不自由ない幼少期を世田谷区成城で過ごす。
  • 関口が小学校の入学式当日の朝、父が病気で急逝。同級生たちよりも一週間ほど遅れて通学を始めた。一人だけ編入生のような気後れを感じていたところに、父を亡くしたことへの同級生の心無い言葉に傷つき、クラスにはなかなか馴染めなかった。やがてその意識は大きくなり、たびたび登校拒否をするようになる。中学に進学してからも学校に対する苦手意識が消えることはなかった(近年になって、中学二年生の時、仮病を使って休んだことが原因で虫垂炎と誤診され開腹手術されてしまったこと、不良との交流、C-C-B時代は高校を卒業しているとしていたが実は中学卒業後、母の知人の会社に就職したことなどを吐露している。その頃の感情や体験をモチーフに幾つか楽曲を作っている)。
  • 音楽好きの兄の影響で小学生の頃には既にギターに触れていた。
  • 10代半ばにバプテスマを受けたクリスチャンである。肉体に意図的な傷を刻むことを禁じる教えを受けていたため、刺青(タトゥー)に興味はあるものの実行に移していない。しかし、ピアスは1983年頃に渡辺と一緒にあけている(場所は新宿アルタの男子トイレ。ピアッサーを使い自分であけた。緊張のあまり間違えて右耳にあけてしまったと言う。渡辺曰く「絶対にワザと狙って右にあけたと思う」)。その後、ソロになって暫くして右の乳首にボディピアスをあけた。
  • 母思いである一方、思春期の自分に対し清らかであれと教会の教えを主として説く母を厭ったこともある。綯い交ぜになる矛盾な感情を抗うように自問自答を繰り返した。また、音楽・演劇・文章・絵などに強く気持ちを傾け、辛い現実から目を背けようとした。結果的にそれらのことから受けた刺激や培われた感受性が、自らが表現する側になりたいと強く思うようになった切っ掛けという。母は関口の成人直前に死去。
  • 80年代初め、芸能関係者が多く出入りしていたレストランゼスト キャンティーナ原宿店」(2006年閉店)でアルバイトをしていた。顔馴染みになった音楽業界の関係者に自作の曲の入ったカセットテープを渡したりするなど、音楽で身を立てられるよう積極的にアプローチをしていた。時を置かずして、親しくなったビクターレコードの関係者を通じ、渡辺英樹を紹介された。
  • 中森明菜の『二人静 -「天河伝説殺人事件」より』(角川映画天河伝説殺人事件」主題歌)、五木ひろしのアルバム収録曲(1992年発売「五木」収録曲、「胡蝶蘭」「紅葉狩」)など、他のアーティストへの楽曲提供も多数。新人をプロデュースしたこともある。
  • フォークソング、歌謡曲、日本語ロックといった、日本語の歌詞の面白さや美しさに影響を受けていると公言しており、落語や浪曲なども好んでいる。物書き(小説家)としての顔もあり、イラストレーターや俳人としての才能ものぞかせている。
  • 音楽の専門学校でボイストレーニングや作詞、作曲理論などを教える講師をしていた時期もある。
  • 既婚者である(結婚2回・離婚1回を経験)。
  • 2007年3月に心筋梗塞を発症し、入院をしたことを告白。病床で「もう一度C-C-Bとして活動したい。ずっと思い続けてくれたファンに音楽を通じて感謝を伝えなければ、自分の人生に悔いが残ると強く思った」と語った。シンガーソングライターであるゆえ、後遺症を懸念していたが、声質や発声(呂律)に違和が生じたものの、ギターを弾く手指の神経などに問題は残らなかった。現在も定期的に通院しており、日常生活を送るには問題無いという。
  • 心臓への負担を回避すべくダイエットも意識し始めた。イメージキャラクターを務める健康食品[1]を併用し、その食生活や体重の変化などの経過をウェブサイト内でブログとして公開[2]。ダイエット企画スタート時の体重は、若い頃の50kg台から約20kg以上増加していること、また、2008年3月の頃は体重78kg・体脂肪率37%であったことを明かしている。しかし、やや減量の兆しが見え始めた2008年12月頃からダイエットを休止。周囲の声を受けて2009年9月に再開したものの、同年11月以降ブログは更新されていない。近年、リバウンドの兆候がある。
  • 普段は髪を派手な色に染めていない。そのため2008年のC-C-B再結成時には80年代のブレイク当初の印象=カラフルな髪色を思い起こさせる緑色にカラーリングを施したカツラを製作した。ジャケット写真やプロモーションビデオなどで使用しているが、ライブなどで使用することは基本的にはない。しかし、テレビ出演時や取材などで必要と判断した場合は使用している。2011年になって衣装やカツラの使用は事務所からの強要であり、不本意であった旨を吐露している。
  • ライブでは20代の頃と現在とのルックスのギャップを自らイジり、トークでは進んでボケ役を買って出ることが多い。一方で、C-C-Bの音楽性やファンを嘲笑する発言をするなど自虐ネタの範疇を超えている言動が多い。
  • 2014年8月2日、ライブ会場にて体調を崩し倒れたため病院へ救急搬送、数日の入院となった。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

  • 東京・Lovers Map / FOLK SONG-2(1988年2月21日、ポニーキャニオン) 作詞 / 作曲:関口誠人
  • FOLK SONG / 雨の満塁ホームラン(1988年7月6日、ポニーキャニオン) 作詞 / 作曲:関口誠人
  • New Town Child / 悲しみのマリア(1988年11月2日、ポニーキャニオン) 作詞 / 作曲:関口誠人
  • TALKING MAN / LOVE SONG(1989年6月21日、ポニーキャニオン) 作詞 / 作曲:関口誠人
  • ノー、ノー、ボーイフレンド / Angel Game(1989年10月21日、ポニーキャニオン) 作詞 / 作曲:関口誠人
  • 天河伝説殺人事件 / 宝島(1991年2月14日、ポニーキャニオン) 作詞:松本隆 / 作曲:関口誠人
  • たまゆら / 少しだけ永遠を(1991年7月21日、ポニーキャニオン) 作詞:松本隆 / 作曲:関口誠人
    • 「たまゆら」は「不思議サスペンス」のテーマ曲。
    • 「少しだけ永遠を」は羽野晶紀に提供した「永遠を少しだけ」のセルフカバー。
  • 砂の暦 / 悪党(1992年1月21日、ポニーキャニオン) 作詞 / 作曲:関口誠人
  • 青空 / 永久に咲かぬ花(2009年9月11日)
  • 僕はキスをしたんだ(2010年9月21日)
  • TAMAGO(2012年5月3日)

アルバム[編集]

  • FOLK SONG(1988年3月21日、ポニーキャニオン)
    • FOLK SONG / Young Love / 噂の真相 / 僕のバラード / Japanese Boy / 紅茶色の夕やけ / ラブ・ユー・東京 / 青い鳥 / マグ・カフェ
  • Women & Me(1989年7月21日、ポニーキャニオン)
    • TALKING MAN / Knock!! / ミセス ディープキス / Woman & Me / Love song / 17才のジャングル /Weekend Girl / Angel Game / 太陽の迷路
  • Money Flower(1990年3月21日、ポニーキャニオン) 全作品 作詞 / 作曲:関口誠人
    • Good-Bye I'm sorry / Money Flower / Maybe Heartbreak / Snow Song / BREAK SOUND / アメリカ /アダムとイヴ /パジャマ クエスチョン / Summer Rain / 普通のさよなら
  • 悪戯(1991年3月21日、ポニーキャニオン)
    • 天河伝説殺人事件 /惑星/悲しみのマリア/ 夢見るナタリー/ 悪戯美人/ギターとラブレター/普通のさよなら/ 宝島
  • 千夜一夜(1992年2月21日、ポニーキャニオン) *印の作品は作詞:松本隆 / 作曲:関口誠人。他作品はすべて作詞 / 作曲:関口誠人
    • ロシアの少女 (*) /砂の暦 / 反逆の果実 / 悪党 / 月下仙女 (*) / たまゆら (*) / 優しさの破片/ 明日が一番遠い日 / 少しだけ永遠を / ふたり
  • スゴイカタチスゴイキモチ(2003年1月30日) 全作品 作詞 / 作曲:関口誠人
  • 魂のレベル~スゴカタ2 / スターダストシンドローム / 唇ベイブ / Just like 西遊記~reloaded (2006年12月11日・作詞 / 作曲:関口誠人)
    • シェイクハンドDX /幻モーターバイク / Jast Like 西遊記 / パルいう歌舞伎町 / Japaneas suck / 演歌 After Hour / マリー世界は美しい / フラワー / SEX / BORN AGAIN / 真っ赤な金魚 / ゴールデンメンバーズ~東京ピンサロックスに捧ぐ~ / 自分の意味
  • スゴカタ3(2008年5月2日) 全作品 作詞 / 作曲:関口誠人バースデイ・ライブでの限定発売だったが、のちに一般発売された。
    • ほんとうのことのうた /僕と彼女の森 / 玉子~たまご~ / 普通のさよなら / 宝島~少年編~ / スターダスト・シンドローム(スゴカタ2に収録されているものとは歌詞が異なっている)
  • No Song No Momotaro(2011年3月3日)
    • No Song No Momotaro - Intro / No Song No Momotaro - Story / No Song No Momotaro - Song / Private Muscle
(“Momotaro”は柏本圭二郎との共作、“Private Muscle”はC-C-Bのアルバム『冒険のススメ』収録の“プライベートマッスル”のセルフカバー)

その他[編集]

  • オリバー ニューヨーク子猫ものがたり(1990年・日本公開版)
    • 主題歌『いつかニューヨークの街で』の日本語カバー版を歌う。
  • GUITAR & SONGS カセットテープ版(2000年・全作品 作詞 / 作曲:関口誠人)
    • 笑う天使 / 銀色の月 / 父の風景 / DAVID
  • GUITAR & SONGS CD-R版(2004年・全作品 作詞 / 作曲:関口誠人)
    • 笑う天使 / 銀色の月 / 父の風景 / DAVID / 夏の幻

VIDEO&DVD[編集]

  • ノー、ノー、ボーイフレンド(1989年12月6日・プロモーションビデオ&ライブ映像)
    ノー、ノー、ボーイフレンド / FOLK SONG / 東京・Lovers Map / TALING MAN / マグカフェ
  • Makoto Sekiguchi Live 2003-2004(2004年8月・江古田マーキーでのライブDVD)
    シェイクハンドDX / 幻モーターバイク / FOLK SONG-2 / Money Frower / 僕と彼女の森 / 17才のジャングル / アダムとイヴ / 悪戯美人 / 悲しみのマリア / パジャマクエスチョン / ミセスディープキス / バライゾン / フラワー / 演歌After Hour / 流星のラストデート / マリー世界は美しい / JUST LIKE 西遊記

著書ほか[編集]

出演作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオ[編集]

その他[編集]

  • セキグチMaコトの電脳カフェ(2007年3月 - 2008年7月) - ビデオポッドキャスト番組
  • 1046radio/霜ノ関通信社(2014年8月 - ) - YouTube上で聴けるインターネットラジオ番組

音楽担当[編集]

楽曲提供[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]